43.おとり捜査(六)
魔法の光が収まると、そこはレオナルドの執務室だった。机の前にはユリウス、クラウス、マティアスの三人が揃っていた。
「……」
ユリウスはレオナルドの姿を認めた瞬間、笑顔を絶やさなかったが、その奥には殺気めいたものが漂っていた。誰が見ても怒っていると分かるほどだ。ステラは思わず身をすくめ、このままでは殿下がユリウスに殺されてしまうのでは、とさえ思った。
しかし当の本人は気にも留めない。
「ただいま」
のんきにそう言ってのける。
ユリウスは笑顔のまま、低く響く声で問う。
「殿下、今までどこへお出かけに? ずいぶんと長い休暇を取られていたのですね」
その声音に棘があることは明らかで、レオナルドの表情にわずかな焦りが浮かぶ。
「えっと……ステラ嬢とデートに行っていた」
苦し紛れに出した答えに、ステラは思わず息を呑む。
ユリウスの笑顔は崩れない。だが言葉は早口になっていく。
「ステラ嬢はおとり捜査の真っただ中でした。そのステラ嬢と一緒にいらっしゃったということは、殿下も捜査に加わったということですよね? あれだけ私が“大人しく、おとなしーく”しているようにと申し上げたにもかかわらず、私に無断で城を抜け出し、英雄のようにステラ嬢を助けに行かれたと。……さぞ、ご立派なことでしょう!」
畳みかけるような言葉に、クラウスとマティアスは慌てて後ろから手振りで「素直に謝れ」と伝える仕草をしていた。
レオナルドは少し気まずそうに頭をかき、あっけらかんとした声で言う。
「無断で出かけたのは申し訳なかった。けど、事前にユリウスに伝えていたら、どうせ乗り込むのを許してくれなかっただろう?」
その一言に、ユリウスの笑顔がついに崩れる。
「当たり前でしょう!」
鋭い声が響き、執務室の空気が一瞬で張り詰めた。
ステラは思わずユリウスに同情する。これでは苦労が絶えないだろうと。
だが、レオナルドはすぐに切り替えた。
「小言は後で聞くから……先にステラ嬢の手当てをしてくる」
「ステラ嬢、お怪我を?」
ユリウスが慌てて振り返る。
「医務官を呼びましょうか」
その提案を、レオナルドは軽く手を振って退ける。
「俺が魔法で治すからいい」
そう言うと、ステラの手を引き、執務室の奥にある階段を上っていく。階段の先にはレオナルドの私室と、今だけ用意されたステラの部屋が並んでいた。
残された三人はしばらく無言だった。やがてマティアスが口を開く。
「殿下……ステラ嬢を妃にでもなさるおつもりなのですか?」
その問いにユリウスは深いため息をつき、こめかみを押さえた。
「そのような意味で殿下がステラ嬢を好きかどうかはわかりかねます。ですが……殿下がステラ嬢に強い好意を持っているのは確かですね」
クラウスが小さく笑い、呟いた。
「あの方に仕えるのは悩みが尽きませんね」
執務室に、三人の苦々しいがどこか諦めを含んだ空気が満ちていた。
ステラはレオナルドに手を引かれ、そのまま隣の皇太子の部屋へと連れ込まれた。
「さすがに殿下のお部屋に入るわけには……!」
必死に抵抗したが、レオナルドはお構いなしに扉を開き、ステラを中へと導いた。
ふかふかの絨毯、繊細な彫刻が施された家具、そして中央に置かれた大きなベッド。そのベッドに腰を下ろさせられた瞬間、ステラの心臓は激しく打ち始めた。
(な、なんで私が殿下のベッドに座っているの……? 二人きりで……)
声を出せずにいると、レオナルドが一歩近づき、真顔で告げた。
「……服を脱ぐんだ」
「……え?」
最初は意味が理解できなかった。だが数秒後、その言葉が意味することを悟った瞬間、ステラの顔は真っ赤になった。
「な、なななにをおっしゃってるのですか殿下!!」
頭の中が一瞬で大混乱に陥る。男女が二人きりの部屋、そして“脱げ”という命令。まさか、そういうことなのかと。
ステラの慌てっぷりを見て、レオナルドも我に返った。
「ち、違う! そういう意味じゃない!治療をしようとしたんだ!」
真っ赤になりながら両手を振る。ステラも顔を覆いながら早口で反論する。
「殿下は魔法で治してくださるとおっしゃったではありませんか! 服を脱ぐ必要はありません!」
「俺は……治癒魔法が苦手なんだ。直に触れないとうまく治せない」
「ちょ、直に……?」
「下心なんて一切ない!」
「そんなことは分かっています! 殿下が私をそういう目で見ていないことくらい!」
お互いに真っ赤な顔をして、視線を合わせられない時間が流れた。
ステラはしばらくためらったのち、後ろを向いて器用に上半身だけ服を脱ぎ、背中をさらした。そこには痛々しい鞭痕がくっきりと残っていた。
「……」
レオナルドの指がそっと背に触れる。温かな魔力が流れ込み、痛みがすっと消えていく。
治療が終わり、ステラが服を整えると「ありがとうございます」と小さく礼を言った。視線が交わった瞬間、ふたりはまた顔を赤らめる。
そして次の瞬間、レオナルドの手がステラの頬に触れた。顔が近づいて、もう少しで唇が触れてしまいそうな距離――。
だが、寸前でレオナルドは動きを止め、顔を真っ赤にして離れた。そしてベッドの横にしゃがみ込み、手で顔を半分隠しながら言う。
「さっきステラ嬢が“殿下は私をそういう目で見ていない”って言ってたけど……もし“してもいい”って言ったら……俺は、するから」
心臓が破裂しそうだった。ステラは胸を押さえ、呼吸を整えようとするが、鼓動は早まるばかりだった。
レオナルドは視線を逸らしたまま手を伸ばし、ステラの手に触れる。
「……ほんと、ステラ嬢って何なんだよ。最初は“面白い子だな”って思ってただけだったのに。言ったことは曲げないし、危ないことにも平気で足を踏み入れるし……目が離せない」
そして、手をぎゅっと握りしめた。
「頼むから、俺のそばを離れないでくれ」
緊張と熱気に包まれた空間の中、ステラは小さな声で答えた。
「……はい」




