42.おとり捜査(五)
ステラを守るように立ちはだかったのは――レオナルドだった。
「……殿下……?」
思わず息を呑むステラ。その視線の先で、レオナルドは怒りに震え、全身から殺気を放っていた。
次の瞬間。ステラに剣を突き立てようとした男の武器を奪い取り、見えないほどの速さでその身体を切り裂いた。血しぶきが宙を舞う間もなく、屋上にいたほかの男たちが次々と斬り伏せられていく。
「――っ」
ステラはその光景をただ見つめるしかなかった。
彼が強いのではないかと想像したことはあった。だが、目の前で繰り広げられる剣さばきは想像をはるかに超えていた。まるでソードマスターのような流麗さ、そして誰も寄せつけない圧倒的な強さ。美しさすら感じさせる剣撃に、囚われていた女性たちも息を呑み、見惚れていた。
気がつけば、屋上にいた敵はすべて倒されていた。振り返ったレオナルドに、ステラは震える声でつぶやく。
「どうして……」
皇太子である彼が、こんな危険な場所にただ一人で来ていいはずがない。しかしレオナルドは、迷いのない声で答えた。
「――君が心配だったからだ。……最初からこうしていればよかった」
膝をつき、しゃがみこんだステラの前でレオナルドも腰を落とす。その表情には後悔の色がにじんでいた。
「実はな、ステラ嬢がここに来る一日前に……俺はすでにここへ到着していたんだ」
「え……?」
レオナルドは説明する。魔法で皇都周辺や被害の多かった地域へと移動し、あえて自分が誘拐されるよう仕向けたのだと。
ステラは思わず声を上げた。
「よくユリウス様がお許しになりましたね」
だがレオナルドは悪びれもせず、肩をすくめて言った。
「ユリウスにも……誰にも伝えずに来た」
「……ユリウス様、きっとかんかんですね」
ステラは苦笑しつつも、内心は冷や汗をかく。レオナルドはわずかに微笑み、そして言葉を続ける。
「やはり男でもさらわれることがあるんだな。俺が証明してしまったわけだ」
「殿下は……顔がいいですからね」
ステラがぽつりと答えると、レオナルドは一瞬目を丸くした。けれどすぐに満足げに微笑んだ。彼は手を差し出し、ステラを立たせる。
「……ありがとうございます」
ステラは静かに礼を述べた。
その時、屋上の扉が開き、ロイクを先頭に数名の騎士が駆け込んでくる。
「殿下、中にいた男どもはすべて捕らえました!」
レオナルドはうなずき、視線を遠くに向けた。こうして、長く続いた誘拐事件は収束へと向かい始めたのだった。
眠っている子どもたちが多かったため、夜の間は大きな騒ぎを起こさず、男たちを一人ずつ静かに捕らえる作戦が続けられた。短い呻き声と鎖の音だけが夜の屋敷に響き、やがて不気味な静寂が戻る。
翌朝。保護されたことを知らされた女性や子どもたちは、恐怖から解放されたように安堵の涙を流した。誰もが生きて戻れることなど夢にも思っていなかったからだ。
ロイクたち騎士は夜のうちに屋敷を徹底的に探し、重要書類を見つけ出していた。その書類には今回の誘拐事件にかかわった人物の名が網羅されており、収容所の場所や人身売買のやり取りを行っていた拠点までもが詳細に記されていた。長く霧に包まれていた真相へとつながる扉を開く手がかりだった。ステラはそれを聞き、ひとまず胸をなで下ろした。
そこへ、駆け寄ってきた小さな影。
「お姉ちゃんの言った通り、すぐに助けが来たね!」
笑顔を見せたのはカレンの妹、ミラだった。昨日の冷静で大人びた様子とは打って変わり、年相応の少女の表情だった。
「よかったね、ミラちゃん。もうすぐ家に帰れるよ。お姉ちゃんも心配してるから……早く帰ろうね」
ステラが優しく声をかけると、ミラは小さくうなずいた。ステラはロイクに視線を向ける。
「この子がカレンの妹のミラちゃんです」
ロイクは真剣な表情で少女を見つめ、深く頷いた。
「必ず責任をもって、カレンのもとへ送り届けます」
そのほかの女性や子どもたちも、騎士たちの手で一人残らず家族のもとへと帰されることになった。そんな中、レオナルドがステラのそばに歩み寄る。
「ステラ嬢は……俺と一緒に帰ろう。魔法を使えば、一瞬で皇宮に戻れる」
差し伸べられた言葉に、ステラは安堵したように微笑み、素直に答えた。
「ありがとうございます」
レオナルドが魔法を発動させるため、そっとステラの背に手を添えた瞬間――ステラは顔をゆがめ、小さな吐息を漏らした。
「……! ステラ嬢、ケガをしているのか?」
慌てた声に、ステラは首を振る。
「いえ……大丈夫です」
だが、レオナルドの目はごまかせなかった。背中に走る痛みの理由――あの鞭の傷を、彼はすぐに察したのだ。
「強がらなくていい」
真剣な表情で彼はステラの手を取り、しっかりと握りしめた。
「早く帰って、手当をしよう」
ステラが言葉を返すよりも早く、光の魔法陣が二人を包み込む。次の瞬間、彼らの姿は深い森の屋敷から掻き消え、皇宮へと移動していた。




