21.専属護衛(三)
ステラは急ぎ足でカフェへと戻った。
ドアを開けて中を見渡すと、席にいたのはカレンだけだった。
「ロイク様は……?」
「ステラを心配して、屋台のほうに向かったよ。ハンカチ探しに行ったのかと思って」
「……そうなの?すれ違っちゃったのかしら」
ステラが席についたそのとき、タイミングよく扉が開いた。
「お、もう戻ってたのか。すれ違っちゃったな」
ロイクが息を切らせながらやってきた。ステラは「ごめんなさい」と小さく頭を下げる。
「いや、いいんだ。無事ならそれで」
ロイクが照れたように笑い、再び3人で歩きながら王宮への道を戻っていく。
夕暮れの街並みに柔らかなオレンジの光が差すなか、1人の小さな少年が嬉しそうに走ってきた。
「ロイクおにいちゃん!」
「お、アルか!」
ロイクはしゃがみこみ、少年を受け止める。頭を優しく撫でながら、「元気だったか?」と笑いかける。
少年――アルは以前、両親とはぐれて迷子になっていたところをロイクに助けられた子どもだった。
ステラとカレンはその様子を少し離れた場所から見守っていた。
「ふふ、なんだか微笑ましい光景だね」
「ね。ロイクって、あんな優しい顔もするんだ……」
アルと別れ、ロイクが2人の元に戻ってくる。
「ロイクって……結構優しいんですね。見知らぬ子どもにもあんなふうに」
ステラがぽつりと呟くと、ロイクはわずかに顔を赤くしてそっぽを向いた。
「べ、別に。ただ泣きつかれたから、しょうがなく、だ」
「ふふ……」
ステラは思わず笑みを漏らす。そんなロイクの姿がなんだか可愛く思えてきた。
(年上なのに、まるで弟みたい……)
その温かな余韻を胸に、3人は王宮の門をくぐった。
王宮の執務室。夜の帳が下りたというのに、部屋にはいまだ3人の姿があった。
ロイクはレオナルドとユリウスを前に、今日の報告を淡々と始めた。
「ステラ嬢の件ですが、先日街に出た際の行動をすべて確認しました」
「……やけに真面目だな、ロイク」
レオナルドが肘をつきながらニヤリと笑う。だがロイクは無視した。
「まず、同室のカレンさん。明るく人懐っこい性格で、ステラ嬢とも非常に仲が良いようです。警戒の必要はないと判断しています」
「ふむ」
「それと、アクセサリー屋台での出来事ですが。ステラ嬢は花のついたネックレスを手に取りました。……亡くなった姉上がよく身に着けていたものに似ていたそうです」
「姉……?」
レオナルドの指がぴくりと動いた。ロイクはうなずく。
「その後、自分には似合わないと、そっと戻していました」
短く息をついたあと、ロイクの表情がわずかに曇る。
「それから、ステラ嬢は1人でカフェを離れ、不審な人物と接触しました。フードを深く被った男です。路地裏で手紙の受け渡しをしていたのを確認しました」
ユリウスの目が鋭くなる。
「手紙?」
「ええ。しかも……その男、なかなかの手練れかもしれません。自分が少し距離を取って見ていたのですが……すぐに気配を察知されてしまいました」
「尾行がバレた?」
ユリウスが眉をひそめる。
「はい。気配の探り方が素人ではなかった。正体は不明ですが、油断はできません」
「……なるほど」
レオナルドも、少しだけ真剣な顔を見せた。
だが、次に彼が口にした言葉は、完全に斜め上だった。
「ロイク。その男……ステラ嬢の恋人という可能性は?」
「……は?」
「逢引だったのではないか?雰囲気は?」
ユリウスが眉間を押さえた。
「殿下、報告の主旨が違います」
「いや、でも可能性はゼロじゃないだろう?」
「見えませんでしたけどね?あの張り詰めた空気、どう考えても男女のそれじゃありません」
ロイクが少し呆れたように返す。
「そもそも、手紙をこっそり受け取ってる相手と恋人関係だったら、もっと甘い雰囲気になってますよ」
「ふむ……だが、そういう堅物な恋人もいるかもしれないし?」
「レオナルド様」
「……冗談だよ、冗談」
肩をすくめたレオナルドだったが、その視線はどこか本気だった。
ユリウスがため息をつく。
「まずはその男の正体を突き止めることが先です。ステラ嬢と個人的なつながりがあるか、どこかの怪しい組織の人間か……あらゆる線を洗いましょう」
「うん。よろしく頼む、ユリウス」
「はあ……はいはい、殿下の恋敵かもしれない“彼”の調査、粛々と進めておきます」
皮肉を込めたその言葉に、ロイクは吹き出しそうになった。
レオナルドは聞こえなかったふりをして、窓の外を静かに見つめていた。




