一、赤ずきん少女と黒狼の少年
「いい? セレア。ケーキと葡萄酒の入った瓶をこのカゴに入れておくから、これを隣町の病院に入院しているお祖母様のところに届けてちょうだい」
十六歳の赤ずきんの少女――セレアは母親からカゴを受け取ると、
「って、お母様。お祖母様はたしか糖尿病で入院――」
「お祖母様はきっと喜ばれるはずよ」
「もしかしてお母様、こんなくだらない童話的な流れを一気に火曜サスペンスへとねじ曲げようとして」
「あらやだわ、セレア。ドラマの見すぎよ。それに話は盛り上がりが大事っていうでしょ? 最後は崖の上に立って、ちゃんと生き別れたお父様に会うんですよ」
「っていうか、もうオチ出ちゃっているし、私が犯人になっちゃっているし」
「大丈夫よ。話の流れは充分取り戻せるわ。証拠隠滅、アリバイ作り、あとは適当に他人を巻き込んでみたり回想を入れたりすれば、ちゃんと終章まで引き伸ばせるはずよ」
「終章って何? 何を引き伸ばそうとしているの? ってか、つまんないよ。こんな出だし」
「あとはあなたのお色気と萌えで、ちゃんとみんなを騙すのですよ」
「みんなって誰? これから私は誰を騙そうとしているの?」
「お行儀よくして、お祖母様によろしく言っておいてね。寄り道とかせずに真っ直ぐ行くんですよ」
「って、何気に話を戻しましたわね、お母様」
「赤ずきんの少女は『ちゃんと言われたようにする』とお母様と約束しました」
「地の文で無理矢理締めたわね、お母様……」
セレアは仕方なくケーキと葡萄酒の入った瓶のカゴを手に、家から旅立ちました。
◆
村を出て、隣町へと行く道をセレアはひたすら歩き続けました。途中、道を外れて獣道の森の中を三十歩進んだところで、セレアは狼耳と狼の尻尾を持つ愛想ない黒髪の少年と鉢合わせしました。歳はセレアと同じ十六歳だったと思います。
セレアはそれがどんなに悪い動物人間か知らなかったので、ガチャンと葡萄酒をぶつけてみました。
「あら、こんなところに狼さん。こんにちは」
「――って、RPG世界の勇者じゃあるまいし、いきなり襲撃してくるとは何の嫌がらせだ?」
狼少年は血だらけでした。
「正当防衛か? オレはまだ何もしてねぇぞ。先手必勝にしては悪質だな、おい」
セレアはにこりと微笑んで、
「今からお祖母様の病院に行くの。一緒に来なさい」
「オレとは初対面だよな? しかもなぜいきなり下僕扱い? オレが何をした?」
「一緒に来ないと猟師さんを呼ぶわよ」
「その前に医者を呼んでくれ」
セレアは「まぁ」と口に手を当て非難しました。
「病院に先回りしてお祖母様を食べる気ね?」
「食べねぇよ。ってか、いきなり現れてその態度がすげぇームカつくんだが」
しかしセレアは無視して、狼少年の背後にある花畑を見つけました。
「あら、きれいなお花。お祖母様に摘んでいってあげようかしら」
「だから医者呼べって。先に」
「きっと喜ぶわ」
「聞けよ、オイ」
わき目も振らずにセレアは夢中で花を摘みました。
狼少年は仕方なく、セレアを無視して自分で病院に向かいました。