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素晴らしい挨拶

掲載日:2024/06/10

「おはようございます!落合サツキさん!」


「おはようございます!春日ソウタさん!」


 春日ソウタさん、合格。


「おはようございます!落合サツキさん!」


「おはようございます!不破コトネさん!」


 不破コトネさん、合格。


「おはようございます!落合サツキさん!」


「聞こえません。もう一度」


「おはようございます!!!落合サツキさん!!!」


「おはようございます!水野アオトさん!」


 水野アオトさん、合格。


「おはようございます!落合サツキさん!」


「聞こえません。もう一度」


「おはようございます!落合サツキさん!」


「聞こえません。もう一度」


「おはようございます!落合サツキさん!」


「聞こえません。次が最後のチャンスです」


「おはようございます!!落合サツキさん!!」


「……まあいいでしょう。明日はもっと声を張ってください。挨拶は全ての基本ですよ。おはようございます、柿崎レンタロウさん」


 柿崎レンタロウさん、補欠合格。


「おはようございます!!!!!!!落合サツキさん!!!!!!!」


「おはようございます!香取サクラコさん!あなたの挨拶はいつも素晴らしい!」


 香取サクラコさん、満点。



 新入社員の教育係に任命されてから早1ヶ月。

 どうして私がそんな面倒なことを……と思ったが、今となっては引き受けてよかったと思っている。

 毎朝こうして5人の若者に挨拶の素晴らしさを伝えることができるのだから。


 挨拶は全ての基本である。


 朝、人に会ったら挨拶をする。

 おはようございます!


 昼、人に会ったら挨拶をする。

 こんにちは!


 夜、人に会ったら挨拶をする。

 こんばんは!


 一緒に何かをする時、物事を頼む時。

 よろしくお願いします!


 別れる時。

 さようなら!おつかれさまです!


 私が挨拶をするとき、私もまた挨拶をされる。

 挨拶の素晴らしさを真の意味で理解できたのは小学4年生のときだった。

 風紀委員会として校門の前で先生たちと並び、登校するたくさんの生徒たちに挨拶をした。


 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!


 挨拶をしても挨拶をしても、次々と生徒がやってくる。


 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!


 私が挨拶をする横で挨拶が行われ、私が挨拶をすると挨拶が返ってくる。


 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!


 この無限挨拶天国がいつまでも続けばいいと思った。

 挨拶をすることによって人は繋がれるのだと心の底から理解した。


 中学時代は美化委員会として校門の前で挨拶をした。


 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!


 高校時代は生徒会として校門の前で挨拶をした。


 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!


 こんなにも素晴らしいことなのに、どうしてみんな恥ずかしがったり面倒くさがったりするのかわからなかった。

 一度やればわかると誘っても、理解してくれたのはほんの一握りだった。


 大学時代は自主的に校門の前で挨拶をした。


 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!

 おはようございます!おはようございます!


 大学側からガチ説教をされてからは、アルバイト先で挨拶をした。


 いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!

 いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!

 いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!

 いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!



 そして今日も新たな1日が始まる。


「おはようございます皆さん……おや、柿崎レンタロウさんは遅刻ですか?」


「詳しいことは知らないんですけど、やめたらしいです」


 春日ソウタさんが答える。


「そうですか。彼は最後まで挨拶が改善しませんでしたね。あのような挨拶では社会ではやっていけないでしょう。残った皆さんは挨拶弱者にならないようにしっかりと挨拶を行ってください。では、今日も早速始めましょう」


「……」


「どうしましたか。挨拶をしますよ」


「……はい」


 いつものように5人で挨拶を行った。

 入社当初は腑抜けていた挨拶も最近はかなり良くなってきた。

 特に香取サクラコさんという挨拶の原石の存在は大きく、彼女の影響で他の3人の挨拶レベルは私の予想以上に急速な成長を遂げていた。

 

 何事もなく午前の業務が終わった。

 私が飲み物を買うために廊下を歩いていると、前から部長がやってきた。


「ああ落合くん、いいところに」


「こんにちは部長」


「今ちょっと時間いいかな」


「はい、大丈夫です」


 昇進の話だろうか。

 それとも重要な仕事の話だろうか。


「そんなに固くする必要はないよ。新入社員たちの教育について話を聞きたかっただけだから」


 まあそうだと思った。


「やりがいはありますがなかなか大変です。私への連絡もなしに1人退社したそうですし、学生気分がまだ抜けきっていない者もいます。最近の若者はよくわかりません」


「まあうん、その辺りの話はまた別の機会にするとして、実は落合くんに伝えたいことがあってね」


「なんでしょうか」


「まあなんというか、指導内容とやり方が少々厳しすぎないかという意見がちらほら出ている。もう少しその優しくというか、今と昔は違うというか、ね」


「お言葉ですが部長、私は間違ったことはしていません。指導が厳しく感じるのは本人にも責任があるのではないでしょうか。できていないことをできていないと指摘されて不満を漏らすのは、自分の努力不足を棚にあげているだけの怠慢に過ぎません」


「いやまあ、うん。時にはそういう場合の可能性もあるかもしれないね。でも今回はその、具体的に言うと挨拶の指導に関してで」


「はい!挨拶指導には特に力を入れています!挨拶は社会人として、そして人間として基本中の基本です!」


「まあ、うん。挨拶は大切だと僕も思う。だけどそれはあくまでコミュニケーションの一環であって、それ以上でも以下でもないのは、まあ優秀な落合さんなら理解してると思うけど一応ね」


「ご心配には及びません。この落合サツキ、挨拶の大切さと素晴らしさは心の底で理解しています。これからを担う若い世代にも挨拶の素晴らしさを伝えるため、毎朝挨拶発声練習を行い、己の鍛錬と共に徹底的に彼らの若い体に叩き込んでいます」


「そう、まさにそこ、そこなんだ。今の落合くんは挨拶を手段ではなく目的にしてしまっている。挨拶をすることはゴールではないんだ」


「おっしゃっている意味がよくわからないのですが」


「まあ結論だけ簡単に言うと、挨拶をするという行為自体に恐怖を覚える人もいることを知ってほしい。君が納得するまで挨拶をやり直したり、挨拶をしなかったら罰を与えるという方法は、まあなんだ、ちょっとやり過ぎじゃないかなと僕も思う」


 挨拶に恐怖?

 意味がわからない。

 こんなにも素晴らしい挨拶をどうして怖がる必要があるのだろうか。


「つまり私のやり方は全て間違っていると?挨拶は必要ないと部長はおっしゃっているのですか?」


「そこまで言うつもりはないが、部下の声をもう少し聞いて改善できるところは改善してくれるとこちらとしても助かる。彼らはこれから会社を支えていく人材なんだから良い関係を築いてほしい。まあ僕から言えることは以上です」


「わかりました。失礼いたします!」


 部長は去っていった。

 しかし、いまいち何が言いたいのかわからなかった。

 あの人の話はいつも要領を得ていないせいでわかりにくい。

 今の若い世代にはもっと効率的な別のやり方があるということだろうか。

 そういうことなら帰宅してからネットで調べれば解決するだろう。

 さて、と。

 今日の予定は……。


…………………………………………部長、挨拶していたか?


 ああ落合くん、いいところに。


 こんにちは部長。


 今ちょっと時間いいかな。


 はい、大丈夫です。


 挨拶、していなかった。

 部長は、挨拶を、していなかった。

 私が、おはようございます、と、挨拶を、したのに。

 私が、失礼いたします、と、挨拶を、したのに。

 あいつは、挨拶を、返さなかった。

 それなのに私を否定した!?

 挨拶をされたら挨拶を返す!

 挨拶は人間の基本!

 挨拶をしない奴の言葉に騙されるな!

 私が挨拶をしたのに!

 あいつは挨拶を返さなかった!


 私は外へ飛び出した。

 今すぐ挨拶をしなければ。

 誰でもいい。

 挨拶をして、挨拶を返してもらわなければ。


 私は間違っていない!

 私は正しいと証明する!


「こんにちは!」


 私は歩きスマホをしている若い男性に挨拶をした。


「えっ。あ、はい」


 はあああああああああああああああ!?!?!?


「なんですかその腑抜けた返事は!挨拶をされたら挨拶を返すのがマナーですよ!」


「はあ……そうっすか」


「私は挨拶をした!あなたも挨拶をしなさい!」


挨拶ってなんですか?


 なんてことを言うの!?

 挨拶がなにか知らない!?

 挨拶は挨拶に決まってるでしょうが!


「早く挨拶をしなさい!こんにちは!こんにちは!こんにちは!」


「え、なに、こわっ」


「こんにちは!こんにちは!こんにちは!こんにちは!」


「ちょっ服が伸びる!やめてください!警察呼びますよ!?」


「お前が挨拶をしないから!お前が挨拶をしないから!」


「やめろっつってんだろ!あんた頭おかしいぞ!?」


 男は私を突き飛ばして逃げていった。

 挨拶もできない挨拶弱者のくせに挨拶な挨拶だ。

 あー挨拶をしてほしい。

 あー挨拶をしてほしい。


「おはようございますこんにちはこんばんはおはようございますこんにちはこんばんはおはようございますこんにちはこんばんは」


 誰も挨拶をしてくれない。

 みんなが私を見挨拶て気持ち悪いと言っ挨拶てくる。


「よろしくおねがいしますよろしくおねがいしますよろしくおねがいしますよろしくおねがいします」


 誰も挨拶をしてくれない。

 挨拶をしようと挨拶近寄るだけで睨みつ挨拶けてくる。


「おつかれさまですさようならおつかれさまですさようならおつかれさまですさようならおつかれさまですさようならおつかれさまですさようなら」


 挨拶がしたい。

 挨拶がしたい。

 あいさつがしたい。

 あいさつがしたい。

 あいさつあいさつ。

 あいさつあいさつ。

 あいさつあいさつ。

 あいさつあいさつ。

 あいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつあいさつ。


「こんにちは、警察です。ちょっとお話聞かせてもらえますか?」


「あいさつ!」

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