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異世界編 7


「あれ?」

 しばらくの時間歩き、ようやく私達は街へと辿り着く。


 が、残念ながら、入り口にアルバートさんはいなかった。

 代わりに門を守っていたのは、初めて見る兵士の人だ。手には槍を持ち、キッとした視線で門の外を威圧している。



「あの、アルバートさんはいないんですか?」

「ん? 隊長の知り合いか? 隊長は昼番だからな、今頃酒場にでもいるんじゃないか? ……何か用事だったか?」

「あ、いえ。会えるかな、と少し思っていただけですから」

 残念だなと呟き、肩を落とす。別に何を話すわけでもないが、顔くらいは見たかった。



「何か伝えておくか?」

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 小さく会釈すれば、気にするな、と男がそれを制した。



「あ、そうだ。ここ通りたいんですけど、クオくん、カード失くしちゃったんです。どうしたらいいですか?」

「そうか、ちょっと待ってくれ」

 問いかければ、男はごそごそと腰についていた皮袋を探る。

 出てきたのは見覚えのある水晶だった。



「あの、その水晶ってアルバートさんも持ってましたけど、門番全員に配布されてるんですか?

「いや、交代の時に渡すようにしてるんだ。高価だからな、全員に行き渡りはしない」

「あ、そうなんですか」

 私の問いに答えながら男は、水晶をクオくんにかざす。

 それは私のときとは違い、ぼんやりとした光を発していた。



「クオ=リーナス、出身はイーディの村、か。確かロッテンハイムの方の村だな。犯罪歴もないみたいだな……よし、通っていいぞ」

「あ、はい」

 クオくんがぺこ、と頭を下げる。

 私もその人にギルドカードを見せ、門番の横を通り過ぎた。

 門が見えなくなるくらいまで歩いてから、そこで立ち止まる。



「さて、と。宿に行く前に、ギルドに行っていい? お金が無いと、宿に泊まれないからさ」

 もう夜も遅いので本当なら宿に直行したかったが、クオくんが宿に泊まるためのお金がない。仕方がないがギルドに向かうことにした。

 さっき携帯をチラ見したら午後8時半だったので、まだぎりぎり開いているはずだ。



「あ……ご迷惑をかけてしまい、すみません」

「気にしないの。そんなに気になるなら一緒の部屋で寝る? そしたら多少はお金も節約できるし」

「えっ! 一緒でもいいんですか?」

 彼は勢い良く食いついてきた。


 ……本当は、冗談のつもりだったのだが。


 でも、彼が嬉しそうならそれでいいや。



「じゃ、一緒に寝よっか」

「はい!」

 まだ彼は子供だ。はっきりと年齢は聞いていないが、まだまだ誰かと一緒に寝たい年頃だろう。

 しばらくは、彼の母親役をやってもいい。



(そしたらフェンリルは父親だね)

(……いきなり何じゃ)

(あ、でもそしたら、私とフェンリルが夫婦になっちゃう。もふもふが夫なのはやだなー)

(だから何なんじゃ!)

 そんな心話漫才が繰り広げられるのだった。



「あ、そだ。クオくん、これ持ってくれる?」

 人通りが無いことを確認してから、カバンの中から殻を取り出し、クオくんが伸ばした腕の上に積み上げていく。殻の厚さは1つ10センチほど。



「このまま持って行くんですか?」

「マジックアイテムって貴重なんでしょう? だったら、あんまりこのカバンがそうだって知られない方がいいかなって思って」

「ああ、それはそうですね」

 5つ積んだところでクオくんが限界のようだったので、そこでやめておく。

 それから一旦立ち止まり、地面に積み上げた8個の殻を持ち上げる。

 ちなみに、最終的に回収できたのは18個。あと5個はとてもじゃないが持ち切れないので、次の機会に持ち越すことにする。


 視界が塞がれた中、ふらふらとしながら、ギルドへの道を歩く。

 人通りは少なかったのだが、すれ違う少数の人たちがぎょっとしたように私達を凝視してきて、恥ずかしかった。



「すみませーん」

「はーい……って、わっ! すごいですね……!」

 ギルドにいたのは、お昼に私に色々と説明してくれたお姉さんだけだった。どうやらもうそろそろ閉まるらしい。



「エスカルーナの殻集め、やってきましたー」

 どん、とカウンターの上に置く。クオくんも同じように置いた。



「……わあ、よくそこまで集めましたね。殻はかさばるし割れやすいし、エスカルーナはあまり見つからないしで、Dランクの中でも鬼門扱いなんですよ、この依頼。ですので、チハルさんがこれだけ集めてきてくださって、とても有り難いです」

「へー、そうだったんですか」

 確かに、普通だったら大変だろう。

 実際、私もクオくんと会わなければ、今日は5個で限界だった。持ち運びも、魔法があるからこそなせる業だ。



「持ちきれなくて、五個宿に置いてきちゃったんですけど、それも持ってきた方がいいですか?」

「あら、本当ですか? ええ、持って来ていただけると嬉しいですが、今日はもうそろそろ業務終了時間ですので、明日お願いいたします」

「わかりました。あと、クオくんがカードを失くしちゃって再発行したいんですけど、それも明日の方がいいですか?」

「ええ、そうですね。……これが報奨金です。ご確認ください」

 そう言って布袋を手渡される。中を見てみると、金貨が2枚と、銀貨が6枚入っていた。

 たった半日魔物を追い掛け回しただけにしては、結構ウマーな稼ぎだと思う。



「ありがとうございます。あ、本代って今払ってもいいですか?」

「大丈夫ですよ」

「じゃあ、はい、一枚っと」

「はい、ありがとうございました」

 お姉さんがぺこりと頭を下げてくる。私は彼女に手を振って、ギルドを去った。



「じゃあクオくん、宿に行こっか」

「はい」

 手を繋いで、のんびりと夜道を歩く。何となくだけど、このシチュエーションに胸がほんわかした。親子っていうか、仲のいい姉弟って感じ。







 宿についた私たちは、早速クオくんが泊まることを伝えた。

 ダブルの部屋が余っている、とのことだったので、部屋をそこに移す。


 部屋を移してから宿の人に、「これ置いてありましたよ」とすっかり忘れていたパニシュを差し出され、宿の人にも売ってくれたあのおばさんにも申し訳なくなった。


 クオくんと二人の夕食も食べ終わり、私は食後にも関わらずパニシュを黙々と食べる。当たり前だがすっかり冷めていて、昼ほどの美味しさは感じなかった。

 しかも夕食の後だ。段々と食べるのが億劫になってくる。しかし、食品添加剤なんて無い世界なので、さっさと食べきらなくては。



「……そういやフェンリルって、何か食べなくていいの?」

「お主らの魔力で生きておるからの。食べる必要はないぞ」

「食べる必要はないってことは、一応は食べられるんだ。……これ食べる?」

「……いただくかの」

 はい、と大きめに千切って差し出すと、毛玉がぱくんと私の指に食いついてくる。

 ふむ、そこがフェンリルの口か。



「美味しい?」

「まあまあじゃな」

「その割には随分食いついてるね?」

「……ふんっ」

 恥ずかしそうにフェンリルがそっぽを向く。そのまま、ベッドの上にぴょん、と飛び乗った。

 ……どうやって今ジャンプしたんだろう? 足なんか無さそうなのに。

 そもそも何の生物かもわからないので、謎は深まるばかりである。


 残ったパニシュを口に詰め込み、少し喉につっかかりながら全て食べ終えた。



「さて、クオくん。ちょっと遅くなっちゃったけど、私の方の事情とこれからを簡単に説明するね?」

「あ! はい!」

 ベッドの上が気に入ったのか、フェンリルがごろごろとその上で転がっている。それをじっと見ていたクオくんは、いきなり話を向けられて、少し驚いたようにこちらを向いた。



「私は、あるものを探してるの。どこにあるかはわからないけど、絶対に探さなくちゃいけないんだ。そのために、今はとりあえずお金稼ぎをしている段階。だから、ギルドで積極的に依頼を受けようと思ってるし、お金が溜まったらあちこち飛び回ろうと思ってる。だから、クオくんと、ずっと一緒にいるわけにはいかないと思う。それで……クオくんは明日からどうする? 何かやりたいこと、ある?」

 私の問いに、クオくんはしばし考え、口を開いた。



「僕は…………僕は、チハルさんの手伝いがしたいです。でも、僕は弱いから、足手まといにしかなりません。だから、これから強くなるために、武器を買ってほしいです。魔法を使えない僕でも、チハルさんを守れるように。お金は後で返しますから。……駄目でしょうか?」

 その言葉に、じーんと来た。ああもう、可愛いなあこんちくしょうめ。



「武器の値段がわからないから何とも言えないけど……とりあえず、明日一緒に見に行ってみようか」

「はい!」

「……ああもうっ! いい子だね、クオくんはー!」

 頭を撫でる。彼は一瞬肩を揺らしたが、すぐに気持ち良さそうに瞼を閉じた。



(……ショタコン、とか言ったかの)

(もふもふ、うるさい)







 クオくんは、ベッドに入ってすぐに寝てしまった。疲れていたのだろう。私の腕に引っ付きながら、すうすうと寝息を立てている。


 ……それにしても。異世界生活二日目で子持ちになるとは。


 本当なら、ちょっとお金稼いで、亜空間で魔法の練習して、あちこち飛び回って情報を集めて……そうしてすぐに帰るつもりだったんだけど。


 クオくんは可愛いし健気だし、とてもいい子だ。

 だから、一緒に行こうって言ったことに後悔はない。


 けど心の奥底で、ほんの少し、面倒だって思っている自分がいる。

 早く帰りたいのにって、訴えている自分がいる。



 ……最低だな、私。



(……ねえ、フェンリル、まだ起きてる?)

(なんじゃ?)

(あの、さ……)

 不意に、そこで言葉が詰まる。

 一体私は、フェンリルに何を言いたかったのだろう。



 愚痴だろうか? それは、何についての? 誰についての?



 私は、誤魔化すように息を吐く。



(……クオくん、いい子だよね)

(そうじゃな)

 ベッドのすぐ横のサイドテーブルの上にいたフェンリルは、ぴょんと私のすぐ傍に飛んできた。私はそれを目で追う。



(あまり悩むな、チハルよ)

 もふ、と私の頬に自らの体を押し当ててくる。

 あんまりもふもふされたくないとか言ってるくせに……自分からもふってるじゃないか、もう。


 ……でも、気持ちいいな。



(お主は、やりたいようにやればいいんじゃ)

(……うん)

(お主の探し物も、意外と近くにあるかもしれんしの)

(そうなら、いいね)

 目を閉じる。

 そうすれば脳裏に、元の世界にいるみんなの顔が浮かんできて、胸が痛くなった。







 そして翌朝。

 昨晩のセンチメンタルな自分を思い出して、無性に恥ずかしかったのは内緒。


 夜って、どうしてかネガティブになるよね。


 にこにこと朝食を頬張るクオくんを正面に見ていると、私は昨日どうしてあんなこと思ってしまったのかと、こっそり苦笑してしまう。



 早く帰りたい? だったら早く帰ればいいじゃない!

 クオくんと一緒は面倒だ? むしろ私の存在が一番の面倒ごとだ!


 クオくんが居たって居なくたってやることは変わらない。

 ちょっと必要なお金が多くなって、ちょっと一人になる時間が減って、ちょっと魔法の練習がし辛くなるだけだ。


 そんなの全然どうってことない。むしろ彼と出会えたお陰で、私は寂しい思いをしなくて済む。フェンリルとだって、クオくんが居たからこそ会えた。彼が居なければ、召喚という発想も無かったのだから。



「クオくん、口元についてるよ」

 指で拭ってあげると、彼は恥ずかしそうに、ありがとうございます、と笑った。



(ショタコン再び……かのう?)

(違いますー、子供好きなんですー)

(……そうか、ならもう何も言わぬ)

(……あれ? 何でそんな引くの? あの、ちょっと、何で私から離れるの? ねえ、何でクオくんを守るような位置に陣取るの!?)

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