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魔法ノ書編 6


 一ヶ月というのは、本当にあっという間で。テスター後期組の対応や、イベントのための街づくり、その他雑多な諸々をひいこら言いつつ今日までやってきた。


 まあ、問題はまだまだ多いけれど、何だかんだみんな楽しそうで嬉しい。


 テスター後期組と前期組の間で、リソースの奪い合い等で軋轢なんかも生まれるかな、って思ったんだけど、思ったよりそうでもなかった。確かに、険悪なムードになることもあるのだが、むしろ精霊が仲を取り持って、プレイヤー同士で仲良くなることも多いみたいだ。


 ……エルフさんと触手さんが出会った時は、正直この世界はもう駄目だと思った。なんなのあの二人。なんでエルフと触手の純愛という題材で半日語れるの?

 あ、ちなみに触手さんは、水棲系の海人族という種族をプレイヤーキャラクターに選んだ女性だ。何でその種族かって? ……イソギンチャクになりたかったそうだ、触手的な意味で。好みは人それぞれとは言え、予想外すぎだった。



「さて、そろそろ準備は終わりかしら」

 フユの言葉に、みんなで頷く。今日は襲撃イベント実施の日なので、さっきまで色々と準備していたのだった。とはいえ、襲撃イベントは事前準備の方が多く、本日準備することは殆どなかったと言っていいのだけど。


 中立都市・クォーフェン。それがイベント用に作った都市の名前だ。とはいえ、イベント時だけでなく、常時、プレイヤー同士の交流のために解放している。今まで国を越えた交流を行う場は殆どなかったから、逆に丁度良かったとも言える。

 ちなみに、見れば判ると思うのだが、名前はクオくんとフェンリルから取った。彼ら二人のキャラが、この都市を治めているという設定である。

 でも、本日のプレイヤーの頑張りによっては、“崩壊都市”とかに名前が変わるかもしれない。どうなるか、今から楽しみだ。



「あとはイベントの開始を告知して、始めればいいだけかな」

 彼女の言葉に、私が代表して答える。

 各地のテレポーターから中立都市へ転移出来るようにしてあるし、精霊たちにイベントへの誘導の手順も伝えた。あとはノリに任せて突っ走るだけ。



 と、いうわけで。

 私は本日最後の大仕事に行こうかな。



「じゃあ、ちょっと天界に行ってくるね。イベント開始時刻までには戻ってくるよ」

 ひょい、と手を上げて三人に言う。みんなは真剣な表情で頷いた。


 彼女たちには、魔法ノ書がどうたらこうたら、という話を包み隠さず言ってあった。ゲーム作りに関わることは報告しあうことになっているし、私一人じゃ結論なんか出せないと思ったから。


 ちなみにそのときの反応は、『超展開乙』『わー、神さまって本当に居るんだ』『また良く判らないところに飛んだわね……』と言った感じ。すみません良く判らない天界(展開)に巻き込まれて。



「じゃあフェンリル、連れてって」

「わかったぞ」

 私の足元にいたフェンリルが応え、フェンリル(大)に変化する。そういえば何でいちいち変身するの? と聞いたら、大きい方は正装、小さい方は略装みたいなものだと返された。へー。



「行ってきます!」

「ちい頑張れー」

「行ってらっしゃい!」

「いい結果を期待してるわ」

 三人が見送ってくれて、私は手をぶんぶんと振りながら白い光に包まれる。

 そうして、予想応対集(冬香製作)をポケットに、天界へと転移した。







 太郎さんの執務室。私と彼は、机を挟んで向き合っている。

 彼は優しげな表情で口を開いた。



「じゃあ、答えを聞こうかな。千春さん」

「あの、その前に……みんなと相談して、いくつか疑問が出てきたので、聞いてもいいですか?」

「ん、いいよ。納得してから決めてほしいしね」

 彼の言葉に、ホッとする。私はポケットの辺りに手を当てて、一度深呼吸した。



「じゃあ、まずは。魔法ノ書の権利を放棄、もしくは譲渡したとき、書で作ったマジックアイテムはどうなりますか?」

「効果はなくならないよ。ただ、魔法ノ書がなくなれば、何かあった時に修理も改造も出来なくなるだろうけどね」

 正直、その答えに心から安心した。

 最悪でも、今の世界ゲームを維持し続けることは可能らしい。皆で考えた結論は、この条件が必須だったのでこっそり安堵する。


 最終的に、皆で話し合って出した答えは、「書の力を半分ほど移すことに成功したマジックアイテムを持って帰る」だ。半分の力があれば、あれ以上の改造は難しくとも、修理と増産くらいは出来る。

 書の守護獣であるフェンリルも、次に召喚されるまではどこにいてもいいらしいので、しばらくは(もしかしたら私が生きている内はずっと)一緒に居られる、ということも確認してあった。


 なので、ここから先の問いは、これ以上の最善を求められないか、という問いかけになる。



「じゃあ次。魔法ノ書を誰かに譲渡したら、前の持ち主の情報はどうなりますか?」

「消えてしまうよ、記録にも残らない」

「じゃあ、権利を誰かに移してすぐに戻す、を繰り返せば、とりあえずは所持し続けていられる、ということでいいんでしょうか?」

 この案に対して、粉飾決算みたいね、と冬香は呟いていたっけ。最近、ゲーム関係で会計にも詳しくなってきた彼女である。すみません任せっきりで。



「出来ないことはないよ。でも、神様の素質がない人間には譲渡できないし、それに、別の誰かの手に渡った時点で、上巻と下巻は分離して、下巻がどこかに行ってしまうんだ。一々探しにいくならそれでもいいけど、それは難しいんじゃないかな」

「あー、確かに面倒ですね……」

 太郎さんはこれまた真面目に答えてくれる。義務を放棄して権利だけ使いますよ、と言っているに等しいのに、ずいぶん寛大だと思った。とことん神さまらしくない太郎さんである。



 私はそれからも、彼に質問を続けていった。『神様はすぐに辞められますか』『神様の仕事ってやらなきゃ駄目ですか』等々、自らに都合の良い問いかけは続いていく。

 問が十を越えた辺りで、最初はただ微笑んでいた太郎さんも、苦笑以外の表情を取らなくなっていった。



「ほんっとうに神様やりたくないんだねえ、千春さんってば」

 呆れたように言われ、気まずくなって頬を掻く。



「いや、やりたくないというか……いや、取り繕うのはやめます。なりたくありません。神様とかまっぴらごめんです。“天界の公務員”という間抜けな響きには正直ちょっと惹かれましたが、でもやっぱり嫌です」

「どうして? 神様みたいなことしてたのに」

 ゲームのことを言われていると悟り、口篭る。確かに、世界クォーター作りは神様みたいだって思ったけど。でも、それとこれとは、違う。



「何が違うのかな。ゲームを作るのと、世界を作るの。やっていることは、同じじゃない?」

 彼の言うとおり、似ている。とても似てはいるのだが、確実に違うと思う。……でも、何が違うのだろう?

 みんなで考えた「予想応対集」には無かった質問に、私はぐちゃぐちゃと整理できない心情のまま、口を開いた。



「ええと……あ、友達がいません。それに、目標がありません。つまりまとめると、……楽しくありません!」

 口にしてみて、自分自身、気付く。確かに、そうだと思った。

 ゲーム作りは、四季のみんなでやっているからこそ、みんなに楽しんで貰うという目標があるからこそ、楽しいし、面白いのだ。



「“世界を作ること”が楽しいんじゃなくて、“みんなで作ること”が楽しいんです!」

 確かに世界ゲームを作るのは楽しいと思ったけど、そうじゃなくて、みんなで1つのことをやり遂げようとすることが楽しいんだ。

 だから自分は、神様になど向いていないと思う。世界を作ること自体を、きっと心から面白いとは思えないから。



「……ああ、そうか。なるほどね。僕とはそこが違うのか」

 太郎さんは、得心がいったように頷く。うんうんと首肯を繰り返す彼に、私は首を傾げた。



「僕の時は、拒否権なんてなかったんだけどね。それでも、神様になってよかったって思ってる。だって、世界を作るのって本当に楽しいんだもの。作った世界はどんどんと変化して、人の数だけドラマが増えていって、広がって、絡まって、大きくなって……ああ、話していたら、またやりたくなってきた」

 太郎さんは、うっとりしたような笑みを浮かべたが、すぐにその表情を変化させる。彼の表情は、どこか寂しそうに見えた。



「だから、千春さんもすぐ食いつくと思った。君も、世界を作るのが楽しいって言っていたから。……でも、僕のそれとは、全然違うんだね」

 その言葉に、しっかりと頷く。私のこたえに、仕方がないと諦めているような、そんな苦笑を彼は浮かべた。



「うん、それだったら、千春さんは神様になんか、ならない方がいいのかもね」

「『神様になんか』なんて、そんなこと言っていいんですか? 太郎さんも神様なんですよね?」

「あはは、僕はただの雇われ下級神だからね。下っ端もいいところ。だから、無理矢理勧誘なんてしないよ」

 神様にも位があるんだ、と私はそのとき初めて知った。なんか冴えない公務員っぷりに磨きがかかったな……。

 苦笑していると、太郎さんがこほん、と1つ咳払いする。



「千春さん。そろそろ、質問は終わりでいいかな?」

「あ、えっと……はい」

「ならそろそろ、結論を出してもらおう」

 太郎さんが言う。私は一度頷いて、口を開いた。



「私、神様なんかにはなりたくないんです」

「うん、じゃあ、魔法ノ書は手放すってことでいいのかな?」

 その問いに、一瞬、止まる。

 作ってあるマジックアイテムもあるし、神さまになりたくない以上は、そうするのが一番だって皆で決めた。

 だから、問いかけに頷こうとして、しかし私は不意に思いついてしまった。



「あの……魔法ノ書の力って、貰えませんか?」

「え? ……ぶはっ! あはっ、はははははっ……げほっ、ごほっ!」

 吹き出された。大笑いされて、しかもむせられた。



「げほっ……待って待って、千春さん、もう一回言って?」

「だから、魔法ノ書の力だけ、下さい。別に、魔法ノ書を持ち続けるのに、神さまになるのって必須じゃないんですよね? 現に、小細工はアリみたいですし。だから、義務はまったく要らないので、力だけほしいなーって」

「くっ、あははっ、僕そんなこと言われたの初めてだよ、初めて! 聞き間違いじゃなかったよ!」

 ひたすらに笑う彼。お腹を抱えて机をバンバンと叩く彼に、私は視線を逸らした。いや、そこまで笑わなくても……。



「大抵は、素直に書を返したり、力を手放したくないから神様になったり、マジックアイテム作ってそれで我慢したり、譲渡を繰り返して頑張ったり裏切られたり、俺は大丈夫だって言って結局死んじゃったり、そんなのばっかりなのに……! 普通、そんな直接聞く!? あはははっ!」

 彼曰く、この場において、魔法ノ書の主となった者たちの反応は大体三つに分かれるらしい。

 1つ目は、神様になるのを受け入れること。

 2つ目は、魔法ノ書を返却すること。

 3つ目は、小細工でどうにか魔法ノ書を、もしくはそれに準じた力を持ち続けようとすること。皆で考えたのはこれだ。

 私のように、ここまで直接的に聞かれたのは初めて、だとか。


 ひーひーと息を切らす彼は、机に伏せて顔を隠しながら言う。



「いや、ある意味すごいよ、千春さん……ぶっ……良くそんなこと言えたねえ? 普通なら、選択肢にすら挙がらないと思うよ、それ。だって何の代償もなく、力だけを貰えると思わないでしょう」

「いや、それはそうですけど……でも、太郎さんなら意外とOKしてくれそうだなって。神様の職務を心から全うしているわけでも無さそうでしたから、こんなこと言っても怒らないだろうとも思いましたし。だから、駄目元で言ってみるだけ言ってみようかと」

「駄目元……! 曲がりなりにも神様に駄目元……!」

 またしてもむせて咳き込む彼に、私は居た堪れなくなった。

 そこまで変な選択肢でも無いような気がするけどなあ。だって一番素直で我欲的な答えじゃないか。力だけくださーい、なんて。だからこそ、誰も言わないのかもしれないけど。



「あー、何かもう楽しくなってきた。魔法でゲームって聞いた時も大笑いしたものだけど……千春さんってさ、変わってるって言われない?」

「ああ、よく言われます……」

 色んな人に言われすぎて、もう既に諦めの境地だった。うーん、そこまで変じゃない、というか普通だと思うんだけどなあ。



「千春さんがどこまで行くのか、僕としても非常に楽しみになってきた。うん、あげるよ、力だけ。勿論、神様になんてならなくていい」

「え、本当ですか? というか、そんなぽんぽんと与えていいもんなんですか?」

 まさか了承されるとは思わなかった。普通に言うだけ言ってみただけなので、私は驚く。太郎さんはようやく笑いがおさまったのか、椅子の上で姿勢を正した。



「魔法ノ書くらいの力は、加護として与えてもいいことになってるんだ。まあ、与える相手は選ばないと世界の管理が面倒になってしまうけど、千春さんなら大丈夫でしょ。あ、そうだ。その代わりに、1つ頼んでもいいかな?」

「え、私に出来ることなら」

 神様関係の話だと本末転倒なので、そう予防線を張っておく。

 彼はにっこりと笑った。



「僕も、千春さんの世界で遊んでいいかな? 君の作った世界は、すごく楽しそうだ」

 予想外の言葉に一瞬戸惑って、すぐに笑顔で頷く。



「本当なら1000円かかるんですけど、友情料金でロハでいいですよー?」

「あっははは、それは嬉しいね」

 冗談めかした言葉に、太郎さんも和やかに笑った。



「千春さん、ちょっと魔法ノ書を貸して?」

「あ、はい」

 ブレスレットに変化させていた魔法ノ書を、彼に手渡す。途端、ふわ、と彼の手から浮き上がったと思うと、元の本の姿に戻っていた。



「うん、流石に良く使われてるみたいだね」

 太郎さんは言いながら、ぱちんと指を鳴らす。一瞬、魔法ノ書が眩い光を放ったのだが、光が収まったとき、特に変化らしい変化は見られなかった。



「はい、これで大丈夫だよ。余計な機能はなくなったから、持ち続けていても大丈夫。千春さんにあげるね」

「あ、どうも……」

 ふわ、と手の内に収まる。何が変わったのかは判らなかったが、とりあえずいつものようにブレスレットに変形させて身につけた。



「よし、じゃあそろそろ時間だし、行こうか?」

「え、どこにですか?」

 その言葉に、私は首を傾げながら聞く。



「どこにって、今日はイベントでしょう?」

「えっ、太郎さん今日から参加するつもりですか!?」

「だって、イベントなんて楽しそうなもの、参加しなきゃ駄目でしょう」

 そう言って執務室を出る彼の背を、私は絶句しながら追うのだった。

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