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魔法ノ書編 5


 フェンリルの背に乗って、白い世界をゆっさゆっさと進んでいく。……進むというか、戻っていく、と言った方が正しいのかもしれない。いやでもこの真っ白で何もない世界に、奥とか手前とかあるのだろうか。そんなことを、とりとめもなく、ぼんやりと考えていた。


 ……いや、なんていうかさ。神さまとか魔法ノ書の正体とか色々ありすぎて、思考回路はショート寸前。っていうか内心「えええええ!?」なわけで。「ミコミコの神ならバッチ来いだけど、本物の神さま、かっこわらい、とかないわー」とか思ってるわけで。

 はあ、と軽くない溜息が口から漏れた。


 まあ、思い悩んでいても、今すぐにどうにかなるようなものでもなし。私はいったん、それを頭の中から捨て置く。

 私は、無言でのそのそと歩くフェンリルに、声を掛けた。



「ねー、フェンリル」

「……何じゃ?」

「何でさ、このタイミングで天界に来ることになったの?」

 太郎さんは、“魔法ノ書の主として認められた”と言っていた。神さまとしての素質ありなのは、皆でゲーム作りに没頭してたから判るとしても、このタイミングで主として認められた意味がわからなかった。だから、フェンリルに聞いてみる。


 フェンリルは、歩くペースを保ったまま答えてくれた。



「認められたキッカケは、フェイルの処遇に関する選択じゃの」

「選択? ……って、『汚物は島流しだー!』って感じの外れしかないロシアンルーレット的なアレが? ええー?」

 私の言葉に、フェンリルが喉の奥でくつくつと笑う。



「むしろそれにしたから、とは考えないんじゃな。……まあ、たとえ普通に奴の死を選んでいたところで、お主がお主であれる限りは、認められていたと思うがの」

「私が私であれる限り?」

「そうじゃ。重大な選択というのは、どんなものであれ自身の心を変質させる。成長でも、閉ざすでも、傷つくでも、腐らせるでもな。そういうのは人としては正しいかもしれんが、神には向かん」

「ふーん」

 納得しかけて、「ん?」と首を傾げる。



「それって私が成長しないって言いたい?」

「……チハル、それは被害妄想というものじゃ」

「ああ、うん……まあいいや」

 最初の間が気になるとか、どう聞いても誤魔化しだとか、色々突っ込みたくもあったのだが、深入りしてダメージを負うのは自分なので、これ以上の追求はやめた。いや、あんまり成長してないのは自覚してるけどさ……。



「と、こんな話をしておったら、ようやく入り口に着いたぞ」

「えっ?」

 立ち止まるフェンリルに、私は辺りを見回す。広がる白に、まったくの変化はない。太郎さんの部屋はまだ目の前に白いドアがあったから、違いは目に見えたのだけれど。

 首をしきりに傾げる私に、フェンリルが笑う。



「まあ、判らんだろうの。チハル、潰されたくなければ、目をつむっておれ」

「あ、うん」

 フェンリルに言われて、目をつむる。

 ここに来る時と同じように、瞼越しにも感じる強烈な光に私は包まれた。







 天界から帰ってきて一番最初に目に入ったのは、ルナさんの鬼気迫る表情だった。思わず、ひいい、と後ずさってしまう。ルナさんは、ずずい、と私に詰め寄ってきた。



「チハル!」

「は、はい!」

「どうしてチハルは、いつも、いつも……!」

 それ以上、言葉にならない様子の彼女に、がしりと両肩を掴まれた。必死さが滲む表情に、私は思わずバツが悪くなって、目を背ける。

 考えてみれば、彼女にはいつも心配をかけている気がする。倒れたり刺されたり消えたり。そんなことばかりしていれば、心配をかけるのも当然だった。

 慣れるという選択肢もあるが、ルナさんにそれを求めるのは酷だろう。奈津たちなら「あ、おかえりー」とか言ってくれそうだが。



「心配させないでくれ……」

「ええと……善処します」

 今回のようなのは不可抗力なので何とも言えないが、今度からは気をつけようと思う。そもそも次の機会があるかどうか謎だが。

 ルナさんは私の言葉を聞き冷静になったのか、すっと肩から手を放す。そして、ぽつりと言った。



「……そもそも、怒る権利は私には無かったな。遠因は私にあるのだから」

「いや、そんなことは……」

 ぶっちゃけ無いとは言い切れなかった。



「ま、まあ、それはともかく。そろそろ城下に戻りませんか? みんなに、魔物の処理を任せてきちゃったし」

「いや、私はその前に父上たちを助けてこよう。それに、城の者たちも起こしてやらねばならんしな」

「あ、そっか。じゃあここでいったん別れましょうか……っていや、ちょっとその前に聞いておきます」

「何だ?」

 ルナさんが首を傾げた。私は真剣な表情で言う。



「どこまで、やっておいてほしいですか?」

 私の問いかけに、ルナさんが私と同じようにすっと表情を引き締めた。一度瞼を閉じて息を吐いたかと思うと、数秒の後に目を開く。



「いや、何もしなくていい。そのまま弟子たちを連れて、帰ってくれ。今回は本当に助かった」

「……わかりました」

 私は薄い笑みを浮かべて、こくりと頷いた。

 流石に、そこまで何もかもを任されていたら、友情よりも面倒という単語が頭に浮かぶ気がしたから。ルナさんがそう答えてくれて、私は妙にホッとしてしまった。


 ……っていうか弟子って何の話だ? クオくん?



「なら、私達はもう帰りますね。あ、判っているかもしれませんが、魔物の死体は早めに片付けた方が。放っておけば、そこから疫病が発生するかもしれませんし」

「ああ、そうだな。最優先事項にする」

「じゃあ、ルナさん。私たちはこれで。またその内、会いましょう」

「チハル、本当に助かった。ありがとう」

 ルナさんの言葉を聞くか聞かないかのタイミングで、私はそこから転移した。

 さて、とりあえず皆に連絡して、クォーターに帰りますか。







 数百人の精霊を連れて、私たちは城に帰還する。色々あって疲れたー! と身体を伸ばしていたら、私が名前を付けた精霊の一人であるモノがこちらに近付いてきた。彼は、妙に生き生きと輝いた目をしている。



「なあ、チハル! チハル! 今日のすっげー楽しかったんだぜ! またやろ!?」

 またやろ、とかそんなキラキラした瞳で言われても。今日みたいなのは、もうこれきりだと思うんだ。

 ……っていうか精霊、ずいぶんとタフだな。私は慣れたこととは言え、あっちこっち血まみれだったのに。


 あの冬香でさえ、遠目からでもグロッキー気味なのが見て取れる。亜紀は自分で言ったとおり、平気そうだ。奈津はと言えば、魔物には絶対に近付かない指揮官役を貫いていたらしく、存外に平気そうだった。それでも顔は青いが。


 半ば精霊の言葉に呆れていると、少し青ざめた奈津がこちらに寄ってくる。



「でも確かに、襲撃イベントみたいのだったら面白そう。それなら私でも普通に楽しめるし」

「襲撃イベント?」

「うん。襲撃イベント」

 個人的にはあまり聞き覚えのない言葉だったが、恐らく字面の通りなのだろう。大量、もしくは強い魔物が街を襲って、プレイヤーが街を防衛するとか、たぶんそんなイベント。



「んー、じゃあさ、今日のお詫びってことで、やってみよっか?」

「あれ、出来るの? この世界の魔物って街に入れないよね? あと、街も壊れそうだし」

「魔物はどうにでもなるよ。でも、街は確かに壊れるなあ」

 元から、この世界の魔物は私が作ったわけだし。しかし後者はどうしたものか。保護魔法をかけてもいいのだが、破壊されない街というのもつまらない。そんな街では、防衛する意味がなくなってしまう。



「イベント用の都市でも作ろっか? どの国にも属していない中立都市みたいな位置づけで」

 言えば、奈津はぱっと表情を輝かせる。



「え、本当!? 面白そうだし、ちい、やろうよー! 今日から告知して、んーっと、街を作らなきゃいけないから……一ヶ月後とか! その頃にはテスター後期組も落ち着いているだろうしさー」

「うんうん、いいよー! って、ん? 一ヶ月後?」

 何かあったような、と頭の隅で何かが引っ掛かり、一瞬停止する。

 が、そのことにメモリを回す前に、後ろから声が聞こえてきた。



「と、二人は私達のいないところでとんでもなく仕事を増やすのよねえ、亜紀」

「二人とも酷いよねー、冬香ちゃん」

 私と奈津は揃って振り向く。

 満面の笑顔の二人が、そこには居た。


 その後、私たちの姿を見たものは大勢いましたが、正直見て見ぬふりをしてほしかったです。


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