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魔法ノ書編 2


「よっし、ノルマ終わりッ!」

 担当を言い渡された地区の魔物を掃討し終えた私は、喜色ばんだ声を上げた。が、折り重なるようにして路肩に散らばる骸たちを思い出し、はあ、と重い息を吐く。



「というかこれ、疫病とかが怖いな。一応、その辺りのことも考えておかなきゃ。……もしそこまで考えての上だったら、フェイルが性格悪すぎる」

 この国の人たちだけで対処に当たっていたら、そこまで気が回ったかどうか怪しい。ただでさえ、物量作戦に対処しきれていなかったわけだし。


 もしフェイルが勝てば、即座に魔物の骸の処理を指示すればいい。そうすれば、疫病の発生の確率は、限りなく低く出来る。

 逆にフェイルが負け、骸の処理が滞れば、“嫌がらせ”も自動的に完了する。きっちりと対処されたところで、特にフェイルに痛手はないだろう。


 もしそんな考えを持ってこの事態を引き起こしたのだとしたら、フェイルはどこまでも外道だと思う。まあ、そんなことまで考えていなかった可能性の方が大きいか。……ないと言い切れないのが、やはり恐ろしいが。



『おーい、ちい。聞こえる?』

 考え込みながらぶつぶつと呟く私の耳に聞こえてきたのは、奈津の声だった。彼女の声がよく聞こえるように、ぱっと耳に手を添える。



「あ、奈津! そっちは終わったの?」

『うん、大体ね。まだ少し残ってるけど、あとは街の人たちだけで大丈夫だと思う。あ、勿論クオくんたちも無事だよ』

「そっか、よかった……奈津、ありがとう、お疲れ様!」

『ちいこそね!』

 お互いに苦労を称えあってから、奈津が本題に入る。



『それで、ルナさんが少し話をしたいから、来てくれないか、だって』

「あ、うん、わかった。奈津のところに移動しようと思うから、半径1メートル以内に物が無い状態にしてくれる?」

『了解! ……準備いいよー』

 その声に転移しようとして、不意に自分の姿を思い出す。そういえば「ハル」の姿では、ルナさんには私だって判らないだろう。というかそれ以上に、ルナさんをモデルにして作った姿だから、混乱させてしまいそう。

 混乱を招く前にと、自身の姿を魔法で変化させる。



「さて、じゃあ行きますか」

 今度こそはと気合を入れ、私は奈津のもとへ転移した。



「呼ばれて飛びでてじゃじゃじゃじゃーん」

「ふるっ!」

 すぐ隣にいた奈津がしっかり突っ込んでくれて、私は思わずぐっと親指を立てる。彼女は呆れたのか小さく苦笑してから、人差し指を私のちょうど後ろの方へと向けた。指先に従って振り向くと、くたびれた様子のルナさんとクオくんが並んでいる。私は思わず、クオくんのもとに駆け寄っていた。



「クオくんっ、無事っ!?」

「は、はいっ! あ、あの、助けにきてくれてありがとうございましたっ!」

 ホッとしたのと嬉しいのが合わさって、思わず口元が緩んだ。それを必死に押さえつつ、クオくんに「ご苦労様」と声を掛ける。彼は疲労で頬を赤くしながらも、嬉しそうに頷いた。


 クオくんとの会話に区切りがつくと同時に、ルナさんが改まった様子でこちらに向き直る。彼女も疲れているだろうに、毅然とした表情を保とうと努めているようだった。



「今回のことは、本当に助かった。感謝する」

「まあ……なりゆきというか、偶然みたいなものです」

 頭を下げるルナさんの言葉に、私は肩を竦める。

 正直なところを言うと、たまたまクオくんがこちらに居なければ、放っておいた可能性が高い。というか、この事態に最後まで気付かず、次にこの世界に来たときに呆然としていたような気がする。



「たとえ、なんだったとしてもだ。チハルたちに助けられたことは、間違いない」

「……何にせよ、助けられて良かったです」

 言うと、ルナさんは再度、頭を下げた。そのまま静止すること数秒の後、彼女はゆっくりと頭を上げる。緊張した面持ちで、口を開いた。



「……今度こそ、決着をつけたい。手伝ってくれないか、チハル」

 瞳に真剣な光を映す彼女の言葉に、私はふう、と息を吐きながら頷く。そんな中、視界の端で、奈津がクオくんを連れて私達から距離を取るのが見えた。気を遣ってくれたのだろう。その気遣いに感謝しつつ、話を続ける。



「フェイルの居場所は?」

「恐らくだが、王城だ」

「根拠は?」

「明らかに魔物の分布に偏りがある。誘っているのだろうな」

 ものすごく罠っぽい。罠っぽいのだが。



「行くしかないでしょうね」

 その言葉に、ルナさんも同意して頷いた。







 侵入した城内は、妙な静けさに満ちていた。

 ルナさんと警戒しながら進めば、途中、倒れている兵士などに行きあった。どうやら眠っているだけのようなので放置する。今この状態で起こせば、パニックを誘発しかねないからだ。



「父上の私室に行こう」

 言ったルナさんが先導し、廊下を進んでいく。物音一つしない空間は、非常に不気味だった。


 私は歩きながら、半年ほど前のことを思い出していた。

 そういえば、あの時はグレイさんやヴィトさんも一緒にいたっけ。そういえばあの二人って、今何してるんだろう?



「ルナさん、グレイさんやヴィトさんは今ごろ何してるんですか?」

 こんな事件があれば、彼らは真っ先に出張ってくるだろうに。そういう意図を込めて彼女に聞く。



「最近、魔物の動きがまた妙になっていてな、あの二人にはそれを調べて貰っていたところだ。……そういえばチハルは、グレイの怪我を治したんだったか」

「あー、そんなこともありましたね。……ってあれ、グレイさんの怪我って、ルナさんを庇ったんだとか言ってませんでしたっけ?」

「その頃は、私も一緒に調べてたんだ。ただ、それだけにかまけてもいられなくなってな」

 そうなんですか、と相槌を打つ。……ルナさん愛のくせに肝心な時に役に立たないなー、なんて別に思ってません。


 と、そんな雑談を交わしているうちに、何の異変もなく私室前の扉まで辿り着く。罠らしきものが特に見当たらなかったのが、逆に警戒心を責め立てた。

 ルナさんは一度こちらを振り返る。私がそれに頷くと、一気にそのドアを開き放った。


 そこには、いつか見た水色がかった銀髪の青年が立っていた。青年は音に反応したのか、ゆっくりとこちらを振り返る。



「やっぱり来たね、姉さま。それに、魔法使いの君も、久しぶり。来てくれて嬉しいよ」

 彼が浮かべたのは、全くもって隔意のない笑顔だった。私の前に居たルナさんは肩をぴくりと跳ねさせたが、ぐっと堪えたように拳を握り、冷静さを保っているようだった。

 私は言葉を発さず、二人のやり取りを見守る。



「しばらくだな、フェイル。もう会えないものだと思っていた」

「僕は、ずっと姉さまと会いたかったんだけどな」

「残念ながら片思いだ」

「うん、そうみたいだね」

 その会話は、穏やかとも言える、寒々しいものだった。



「父上はどこに隠した?」

「僕たちの逢瀬には邪魔でしょう? キースに言って、みんな地下に運んで貰っているよ」

「地下、というと牢か?」

「うん、これでおあいこでしょ?」

 おあいこ、というのは恐らく自分が牢に入れられたことに対して言っているのだろう。心狭いな。……そもそも、そういう問題でもないか。



「それでフェイル。こんなことまでしでかして、今度は何がしたいんだ?」

「うーん、前も言ったと思うけど、王座がほしくてね。ただ、それにはやっぱり姉さまが邪魔みたい。というか、姉さまが繋ぎを持っている、魔法使いの君が邪魔なんだけど」

 唐突に話に加えられて、私の身体がびくりと揺れる。二人から向けられる視線に、思わず視線をあらぬほうに逸らした。



「ねえ、君。なんで姉さまに従っているの? それとも、この国がそんなに好きなの?」

「いや別に、ルナさんに従っているわけじゃないです。あ、当然、この国を守りたい! とかそういう義憤に駆られているわけでもないです」

 後半怒られそうな発言だが、本音だった。いやまあ、クオくんの母国だし、ルナさんいるし、アルバートさんもいるのだけれど、国自体はどうでもいい。割とどうでもいい。

 私の言葉で、ルナさんが歯の奥に何か挟まったような表情をしていたが、見なかったことにして続ける。



「でも、ルナさんとは、何だかんだで友達ですから。手伝えることは手伝ってるだけです」

 もし友人が困っていて、それを助ける力が自分にあるのならば誰だって、手伝ってもいいかな、と思うだろう。それさえも面倒だと思うような相手ならば、それはもう友人じゃないし。

 ただ今回の場合、クオくんが巻き込まれていたのも大きいのだが。



「じゃあ、僕とも友達になろうよ。なんなら、恋人になってもいい」

 彼は誘うような、蠱惑的な笑顔を浮かべて言う。その笑みは、ルナさん以上の美貌だと心底思えるくらいには、美しい笑みだった。



「いや、要らないです」

 しかし私は即答だった。

 フェイルは微妙な表情を浮かべ、口を尖らせる。



「……僕、結構美形な自信があったんだけどな。それこそどんな貞淑な姫君でも、微笑み一つで僕と同衾したくなるくらいには。ね、君ってさ、趣味が悪いの?」

「いや、確かに格好いいとは思いますが……」

 ルナさんを裏切ってまで、手に入れたいものでもないし。

 というかそれ以上に、ゲームの中では出会う人の三分の二は美形なので慣れたとも言えたりする。みんな盛りすぎだ(自分含め)。シュンくんはあの中でもノーマルな顔つきだから、何となく見ててほっとする。



「まあ、それはいいや。で、友達になってくれないかな?」

「今更、無理です」

 あの時、クオくんを傷つけられた恨みは、忘れていない。

 それにそれが無かったとしても、王座簒奪などを企んでいる人間と、私が友達になどなれるわけがないし、なったとしてもそれに協力するわけがないのだ。



「うん、そう、残念だな。じゃあさ、仕方がないから……死んで?」

「え」

 言葉が消える。

 何かが自身の右胸を貫く音を、私は確かに聞いた。


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