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魔法ノ書編 1+


 数時間の経験値稼ぎをいったん終え、ペンタの店へ戻るためにウキウキと街中を跳び回っていた青年は、不意に強烈な違和感を覚えて立ち止まる。


「……ん、あれ? 何かおかしい……ような気がする?」


 一体自分は何を感じたのだろう。両腕を組みあたりを見回して少しの間考えるものの、別段いつもと違うところは見当たらない。首を傾げながらも、青年は店へ向かう。

 店の中はいつもと変わらず、ペンタもいつも通りにカウンターの中に座っていた。なんとなく青年はほんの少し安堵して、いつもの定位置に席を陣取りペンタに話しかけた。


「なあ、ペンタ?」

「どうしたんすかー?」

「なんかさ、変じゃないか?」

「気のせいじゃないっすかねー?」


 ペンタの答えに、青年は納得いかないように首を傾げる。頭をがりがりと掻き、あれこれと思い巡らせていれば、ようやくそれらしいことに思い当たった。


「あー、さっきは声をかけられてないんだな」


 いつもであれば、ハイジャンプで街中をショートカットなんかしていれば「あ、空飛ぶ人だ!」だとか「なんとかは高いところが好きなんだろー!」なんて呼びかけられたり、揶揄されたりするのに、今に限ってそれがない。

 思い返してみれば、街中を歩いていた住人も少なかったようだ。

 確か、経験値稼ぎのために街に出る前までは、普通だったはずなのだが。


「なあペンタ、住人少なくないか?」

「……んー、やっぱシュンおにーさんは、この世界を良く見てるっすねえ」


 半ば感心したように言われて、青年はぽかんと呆けたような顔をする。ペンタはからかうように笑って、こんなことを言った。


「いま、ちょっとしたトラブル発生中なんすよ。だから、住人ちょーっと少ないんっすよね。でも、ショップなんかはちゃんと動いてるから、大目に見るっす」

「……トラブルかあ。さっき、ハルが飛び出して行ったのってそれか?」

「ま、そういうことっすね」


 ここ二週間βテストを経験してきた青年にとって、初めてとも言えるトラブルに妙な関心を抱いてしまう。珍しい、と一瞬思ったのだが、今まで大きなトラブルもなく、平穏にゲームを楽しめたことの方が開発中のゲームとしてはよほど珍しいことなのかもしれない。


「じゃあ、あんまり鯖に負担かけるのも嫌だし、今日は一旦落ちようかな」

「気を遣わせて悪いっすね。また来てくださいっす、旅人のおにーさん」

「おう、またな」


 手を振ってペンタの店を後にする青年。人気の無さに気付いたからなのか、街が妙に寒々しく思えて、彼はさっさとログアウトするのだった。





 そんな平凡な風景から、ところ変わって。

 異世界の、王都。そこは、まさに地獄絵図だった。



 視界を埋め尽くす魔物、魔物、魔物。

 王都に伸びる道という道すべてに蠢くものたちが押し寄せるのを見たときには、クオの口から思わず力の無い笑いがこみ上げてきたほどだ。


 自分に魔物を寄せる力があったときだって、こんな光景は見たことがなかった。


 そんな風に自嘲して唇を歪める暇なく、クオは剣を振るう。



「大丈夫か、クオ!」

「だ、大丈夫ですっ……!」

 ルナフィリアの言葉に、息も絶え絶えながら、クオは応じる。

 幸いなことに、この周囲に牽引された魔物は弱いものばかりの上、路地は見通しがよく不意打ちを気にする必要は殆どない。必死に剣を振るって、叩き切って、減らない魔物に、積み上がる骸に、辟易としながらもどうにか持ちこたえていた。



「姫さんッ、そろそろ交代だッ!」

 離れた場所から聞こえてくる太い声に、ルナフィリアは頷く。



「すまないっ! クオ戻るぞ!」

「はいっ!」

 物陰から飛び出してきた数人の兵士に場所を譲り、二人は物陰に飛び込むように隠れる。

 ――これで数分は休める。

 ルナフィリアが引き攣るように息を吸い込むと、額から頬から流れてきた汗が口に入ってきて、酷く塩辛かった。

 クオは崩れるように倒れこみ、仰向けに寝転がる。肩で息する少年に、ルナフィリアは問いかけた。



「……クオ、チハルはまだか?」

「ま、だみたいですっ……!」

 圧倒的な物量の魔物たちに何度も絶望しかかって、それでも心が折れなかったのは、彼女を待っていたからだ。数十分どうにか持ちこたえれば“最強の魔法使い”が、助けに来てくれると、二人は判っているからだ。

 この絶望的な状況で、いまだ士気が保たれているのは、抗うには酷く脆く見える二人組――歳若い女と幼いガキ――が折れようとしないからだ。



「……くそっ……」

 弟の仕出かしたことに、ルナフィリアは口惜しそうにぎりりと唇を噛む。

 魔物を操るマジックアイテム。厳重に保管されていたそれが、「ただの抜け殻」だと気付いたのはいつだったか。

 長らく警戒はしていたものの、まさかここまで事を大きくするなど、誰が思おうか。



「……いや」

 唇に、自嘲の笑みを浮かべるルナフィリア。

 王に……父親に手をかけようとした時点で、あれのたがはとっくに外れていたのだ。それに気付けなかった自分が、愚かなだけだったのだ。



「大丈夫ですか……?」

「ああ、心配させてしまったか。大丈夫だよ、クオ」

 余計なことを考える前に、今はこの街を守りきることを考えなくては。

 今はまだ、士気は保たれている。それに、戦っている者たちがいる内は、立てこもる一般市民たちに、積極的に牙を向けることもない。だから大丈夫だ。まだ、限界ではない。爪をぎりりと腕に突き立て、ルナフィリアはそう自身に言い聞かせた。

 ふと、すぐ傍の少年が、不安げな顔で自身を見上げていることに気付く。ルナフィリアは少年の汗に濡れた頭を、些か乱暴にぐりぐりと撫でてやった。



「クオ、少しは休めたか?」

 無言でしっかりと頷くクオに、ルナフィリアは微笑む。



「出るぞ!」

「お願いします!」

 声に、兵士たちが答える。

 陰から飛び出し、二人と兵士が交代したその瞬間。

 ……すぐ目の前、石畳が爆ぜた。


 王都に居た魔法使いは、魔力切れでもうとっくに使い物にならなくなった。

 ――ならば、この爆発は……!

 ルナフィリアとクオがぱっと目を輝かせて振り向くと、そこにいたのはチハル……などではなく十数人ほどの集団だった。



「チ……なっ!?」

「チハルさ……ええっ?」



 思わず喜色ばんだ二人の口から、言葉が途切れた。絶句である。何が起こったのか全く把握できず、ぽかんと間抜け面をしていれば、集団の内から「行けぇええ!」という緊張感のないどこか抜けた声が聞こえてくる。



 そこからは、また別の意味で地獄のような絵図だった。

 土砂降りのようでありながら、秩序ある順列で魔法が降り注いでいく。逃げ場をなくした魔物たちは、咆哮を残しながら命を刈り取られていった。


 この世界では、魔法使いは貴重な存在だ。そのため、魔法への耐性のある魔物はごく僅か。少なくとも、ここに集められた魔物たちの中には、そんな高等なものは存在しなかった。そんな状況で、戦況が一方的にならないはずがない。


 酷く圧倒的かつ無慈悲な光景は続く。ルナフィリアとクオ、そのほか防衛線を繰り広げていたはずの者たちは、しばらくの間、ぽかんと気の抜けた面持ちでそれを見守ることしか出来なかった。



「あ、いた! クオくん、大丈夫!?」

「あっ、ナツさん!」

 不意に、後ろから聞こえた呼びかけの声に、クオが振り向く。声の主を確認した彼は、ぱっと笑顔を浮かべた。ルナフィリアは剣に手を添え、一瞬警戒した素振りを見せたものの、クオの反応を見て刃を収める。



「ちいに変わって、助けに来たよー! ちいも王都に来てるよ!」

「ええと、ありがとうございます? ……あのでも、ナツさん、これはどういうことでしょう……? チハルおねえちゃんはこれだけの魔法使いを、どうやって……?」

「うーん……人望かな!」

 チハルはあれほどの力を持った魔法使いなのだから、これほどの数の弟子が居てもおかしくはない。

 ルナフィリアは奈津の言葉を聞いて、勝手にそう納得した。



「チハルおねえちゃんの、人望……?」

「……クオくんそんな不思議そうな顔しないで、ちいが微妙に可哀想だから。精霊たちだよ」

「あっ、なるほど」

 こっちはこっちで納得したようだった。


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