四季編 25
ばーちゃるりありてぃは、たいへんですね。
思わずそうやって棒読みしたくなるくらいには、βテストが始まってからのこの二週間は大変だった。
とりあえず、行ったことは以下の五つだ。
1、自然保護
2、セクハラ対策
3、自警団の設立
4、初心者窓口の開設
5、第二次βテスター募集
それぞれ読んだままなので説明するまでもないとは思うが、一つずつ解説しようと思う。
まず一つ目。自然保護。
これは私が一人で請け負った。
燃やされた木は蘇生魔法で復活させた上で、森一帯に火属性への魔法耐性を付与した。ついでに効果延長の魔法を重ね掛けし、数ヶ月ほどは保つようにした。前は数日の延長が限界だったので、一応は成長したんだなあ、としみじみ実感したりしなかったり。
……本当は、世界の理自体を弄って、魔法じゃ森が燃えないようにしようとか思ってたんだけど、精霊たちから猛批判を食らいました。
無かった概念(魔物について)を足すのはまだしも、元からある法則に関してを弄ってしまうと、バランスが崩れて精霊が存在できなくなってしまう可能性があるらしい。いやあ、ホント不勉強でごめんなさい。
次に、セクハラ対策。
これは私と奈津の二人で担当した。胸や腰周りに見えない壁を作るだとか色々考えたけど、そうすると友達同士でじゃれあうとか、そう言ったことにまで制限がかかってしまう。それに腹フェチとか、足フェチとか出てきても困るし。
フレンド登録した相手にはOKにするとか、そう言ったことも考えたのだが、ゲームマネー(もしくはリアルマネー)を稼ぐための「ぱふぱふ屋さん」なんかが出てきたらマズイのでやめた。クォーターズ・オンラインは18禁ではありません。
なので、いやらしい目的を持って相手(PC、NPC問わず)に触ろうとすると、“何か良く判らないけど凄く嫌な気持ちになる”という効果が出るように、VR魔法を変更した。
奈津(実験台)に試してもらったところ、何か良く判らないけど凄く嫌な気持ちになって、相手に触る余裕なんて全くなくなったそうだ。
私も試したら何か良く判らないけど凄く嫌な気持ちになった。言葉には表しづらいのだが、あえて表すとすれば「うじゃうじゃと蟲がうごめくバケツの中に手を突っ込む感覚」というか。正直、トラウマになりそうなくらいの感覚だった。奈津ごめん。
さすがにこの感覚の中、女体へ突撃する奴も出ないと思う。……これでセクハラ被害出たら、どうしようかなあ。
三つ目は、自警団の設立。
これは亜紀と冬香に一任した。
精霊たちの中から血気盛んなのを集め、自警団を纏め上げたそうだ。団の規則や行動指針は亜紀が作り、それを冬香が徹底させた。後で様子を見たらどっかの軍隊みたくて恐かった。
何をしたらそうなるの、冬香……?
団長と副団長である精霊には、イエローカードを付与する管理者権限を預けることも決めた。こうすることで、完全ではないものの、私達の負担も大幅に減るだろう。
ただ、精霊は色々と抜けている。基本的に善意の存在だ(一部例外有)。だから、きっと足りない部分が出てくると思う。今のところ人数も少ないから大丈夫だが、将来的に彼らだけでゲームを管理するのは難しいだろう。……いや、精霊がみんなペンタみたいな性格になれば、ゲーム管理も普通にこなしそうではあるが。
そして初心者窓口の開設。これも、亜紀と冬香に任せた。というより、自警団の本部を、初心者窓口と兼用することになった。
……うん、チュートリアルはありません! と豪語したはいいが、問い合わせが多発しすぎて阿呆らしくなったんだよね。ある程度の指針は必要だということで、色々聞けたり、資料が置いてあったりする場所を用意することに。
……流石に、説明書も読まず、メニューの出し方も判らないままフィールドに出て、ばっさばっさと魔物をなぎ倒し続け、そのまま時間切れでログアウト、なんてことになる人が出るとは思わなかったんだよ……。精霊たちと交流する気皆無だなー。それもまた、楽しみ方の一つだけど。
最後に、第二次βテスター募集。これは奈津の担当。
幸いなことに、βテストの初日から、私たちの世界は、結構いい評価を貰った。ミコミコ動画でも「面白い」とか「凄い!」とかいうコメントが多い。それ自体は嬉しいのだが、そのせいで、ものっすごい量の問い合わせがサイトに届くようになったのだ。
いわく、「自分もテスターやりたいです!」「次のテストはいつですか!?」「テスターしてやるから道具送れ! もちろん給料払え!」「テスターの二次募集無いのー?」などなど。
そんな内容が数百通を越え、某掲示板でも叩かれ始めたあたりで、第二次βテスターの募集をすることに決めた。
元々βテストは三ヶ月間の予定だったため、「終了日程は変えられないが、今からでも世界を体験したい人」という募集内容で、数日間募集したら何かたくさん応募が来た。簡単に言うと、なんと初回の倍以上。
やはり、詐欺だとか、住所の収集だとか、そう言った行為を疑った人が多かったらしい。
とりあえずその人たちは、テスター後期組として、来月の中旬からログインしてもらうことにした。人数を増やしても対応できるのか試してみなきゃいけないし、ちょうどいいだろう。
とまあ、二週間で色々と対応していたら、非常に疲れてしまった。
というわけで、今日はゲーム管理のあれこれは忘れることにしました。改変を加えたところも、大体安定してきたみたいだし。
「奈津と亜紀は、これからフィールド行くんだよね?」
アグナの城の客室で、いつもとは違うキャラになった二人に、私は声をかける。奈津はキツネ耳の女性姿で、亜紀はローブの少女姿だ。
何故城にいるかというと、私たち、というか権限持ちプレイヤーがクォーターにログインする時は、この部屋から開始することになっているからだ。
二人は私の言葉に頷く。
「うん、行ってくるよー! この剣でばっさばっさと切り倒してくる!」
「たっくさん魔法撃ってくるからね!」
「あはは、頑張れー」
管理を忘れて真っ先にやることが「魔物退治」な辺り、ストレス溜まってたのかなあ、なんて思ってしまう。これからは楽になるはずだし、お互い頑張ろうね。
ちなみに冬香は、勉強道具を持ち込み、城の図書室内で勉強中。最近勉学が疎かになっていたので、時間の流れが違うこの世界で勉強するらしい。
……冬香はホントすごいと思う。こうやってちゃんと努力するから頭いいんだよね。
え、私? やるわけないじゃないっすかー!
部屋を後にした二人を見送ってから、私はしばしの間考える。
冬香のように勉強など論外だし、奈津や亜紀のように魔物退治というのもつまらない。魔物退治はクオくんとの日常だったし。
結局、私はいつものようにペンタのところで駄弁ることに決めた。ペンタは中々情報通なので、ゲームの中の情勢が判って面白いのだ。……たまに恐いけどね。
「やほー、ペンタ」
「やほーっす、ハル!」
奈津たちとは違い、いつもと同じキャラで彼女の店までテレポートした私は、これまたいつも通りに挨拶を交わす。
「最近はどんな感じ?」
「うーん、そうっすねー」
カウンターの近くにある椅子を借り、頬杖をつきながらペンタの話を聞く。
連続空き巣犯が無事に出所しただとか、借金を負った二人と看板娘の間のラブコメディだとか、最近のリーンディアの情勢を脚色を交えながら話してくれた。いつもの事ながらペンタの引き出しはかなり多いと思う。
あとは、この国以外の話なんかも色々と教えてくれた。アグナでは城に入ろうとして度々抓み出される人が居るらしい。
緑色の服とか着てオカリナ吹いてなかった? と聞いたら、ペンタに不思議な顔をされた。
「ああ、そういえば」
ふと、思い出したようにペンタが口を開く。
「エルフさんが、アグナとの国境越えたみたいっすね。アグナに居るっていうエルフを求めて」
「……うわー、エルフさんすげー」
ペンタの話に、思わずあんぐりとしてしまう。エルフさんは私たちの間での通称で、確かプレイヤーネームは「みーにゃ」だったかな?
あの人、会話中心プレイだったはずなのに、どうやって国境越えたんだろう。逃げスキルとか持ってたっけ?
「アインとモニカが手伝ったみたいっすね。スパルタ上げとかしてたみたいっすよ」
「ああ、あの爆裂兄妹。あれ、でもエルフさんハーレムの一員だったっけ?」
「最近組み込まれたらしいっすよー」
「エルフさんホントすごい……どうやったらあの三癖くらいある子たちを一員に出来るのさ……」
「エルフさんっすからねー……似顔絵とか描いてもらうとポイント高いみたいっすね。うちらにそういう文化なかったっすから」
「あー、なるほど」
などと二人でしみじみと色んなことを話していれば、店の入り口から見知った顔が現れた。
「ペンター、いるかー?」
「あ、おにーさん、こんにちはっすー」
シュンくんだった。彼は私を見ると、頭をぺこりと下げてくる。
二人の挨拶に遅れ、私も挨拶を交わした。
「今日も精がでるねー?」
「そりゃあそうですよ! すごく楽しいですから!」
「楽しんでもらっているようで何よりだよ!」
シュンくんの言葉に、思わず笑顔になる。うむうむ、楽しんでもらえているようで、本当に何よりだ。
彼もカウンター近くの椅子を引っ張り出し、私から少し離れた位置に座る。
「そういえば、シュンくんはレベルどれくらいまで行ったの?」
「ようやく16ですねー」
「おー、中堅プレイヤーだね!」
現在のトップレベルは確か22だったかな? といってもリーンディアのことしか把握してないので、他の国のプレイヤーについてはわからないけど。
「ふっふっふー、ウチのお陰っすねー!」
「感謝してるよ、ペンタ」
「……そう素直に礼を言われると照れるっすね」
「ははは、何だよそれ!」
何かこの二人はこの二人で、仲いいな。
くう、ペンタの名付け親は私なんだぞ! ペンタが欲しければ私の屍を越えていけ!
なんてね。
二人がわいわいと話している脇で、私は妙に微笑ましい二人をぼんやりとした面持ちで見つめる。
色々大変だったけど、この光景を見られただけで、この世界を作った甲斐はあった、なんて思ってしまう。今までの疲れが、じんわりと溶けていくような気持ちにさえなった。ああ、癒されるわあ……。
二人の談笑がひと段落したところで、私はふと思い出して、彼に問う。
「あ、そだ。シュンくん、あんまり話題にしたくないんだけどさ。大体毎日、限度いっぱいまでログインしてるみたいだけど、大丈夫?」
「んー、あー、大丈夫です。バイトやめましたし」
「やめた!? え、それ大丈夫なの!?」
「元々、時間を潰すために始めたバイトでしたしね。三ヶ月間はこっちでめいっぱい遊ぶつもりですよ!」
予想外な彼の台詞に、目を見開く。バイトやめたって、え、それはいいの? 大丈夫なの?
あっけらかんとした彼に、私は思いがけなく悩んでしまう。「時間を潰すため」という彼の言葉を信じるのなら、別に問題じゃないんだろうけど……。
あれ、でもこれはもしかしたらチャンスかも?
「ねー、シュンくん。あのさ?」
「はい、なんですか?」
「バイトって、やってみたくない?」
思い切って、彼に提案してみる。本当はもっと後に、具体的にはβテスト終了前後に言うつもりだったのだけど、バイトもやめたということだし、いい機会だったのだ。
簡単にどういうバイトか説明し、彼の答えを待つ。彼は、即答した。
「いや、いいです。俺は、純粋にこの世界を楽しみたいですから」
そのきっぱりとした答えに、一瞬目をぱちくりとさせてしまう。彼が、あまりにも即断だったからだ。
……でも、そうか。純粋に楽しみたい人にとっては、管理者権限なんか不必要、むしろ余計なものなのかもしれない。じゃあ、こうやってクォーターの中で勧誘しても意味が無いのかも。
私は今更ながらに、ようやくそう思い当たって、自分の今までの思い込みに小さく笑ってしまった。
「男の人って、みんな俺TUEEEEがやりたいんだと思ってたよ。偏見だったかな?」
あまりにも即答で断られたのが何となくくすぐったくて、そう話を逸らす。シュンくんもそれに乗ってくれたので、少しだけだけど気が紛れた。
「あ、そういえばね、リーンディアからアグナに行った人が出たみたいだよ? 国境付近は敵のレベルが結構高いから、もっと先だと思ってたんだけどなー」
「へー、早いですね?」
「ホントだよねー。シュンくんも頑張って国境越えてみてね。他の国も本当にいいところだから」
「ええ、俺も早く行ってみたいです」
「頑張って!」
彼のキラキラと生気に満ちた目に、私は応援の言葉をかける。彼は頷いて、それに返してくれた。
(チハル!)
(……ん?)
そんな会話の最中、不意に脳裏で響く声。フェンリルからの心話だった。
そういえば心話を使うの久しぶりだなあ、なんて思っていたら。
『街が魔物の大群に襲われて、クオがそれに……ああもうこんな悠長にしとる場合じゃないの……とにかくっ、クオが危ないんじゃ!』
「えぇえええ!?」
切羽詰った響きを持った言葉に、私の口からは思わず上ずった声が漏れた。