四季編 22
「ちいの家にお泊りとか、中学以来だなー」
「冬香ちゃんの家には良く泊まったけど、千春ちゃんの家には初めてだな。楽しみ!」
放課後。私たちは、和気藹々と帰宅の途についていた。
一月前、βテストを始めると決めた日付は、狙ったわけでも何でもなく、金曜日だった。
だから今日は、私の家でみんなでお泊り。みんなで、一緒にβテストの開始を祝うのだ。
……そしてその後は、地獄のトラブルシューティングな時間が始まる。恐らくは、GMコールに呼び出され、色々と奔走する羽目になるだろう。ぶっちゃけ今から少し不安。ちゃんと700人近い人を、問題なく楽しませることが出来るのだろうか。
「平和なお泊りにはなりそうにないけれど……頑張りましょう」
「すごい不穏な台詞やめてー! ああ、胃が痛い……」
「ちい、大丈夫ー?」
胃を押さえる仕草の私に、奈津は私の背をさすってくれる。いつもすまないねえ、と決まった台詞を言えば、それは言わない約束だろうおとっつぁん、とこれまた決まった台詞を返してきた。全く変わりのない、いつものやり取りである。
「今日から、かぁ……」
私の作り上げた魔法で、私たちの作り上げた世界で、世界がはじまる。動き出す。VRの道具(色々考えたが、結局ヘッドセットにした)はシロネコさんで送付済みだし、魔法もとりあえずオールグリーン。精霊たちも新しい来訪者たちを待ちわびているだろう。
あ、そうそう。
NPC役である精霊たちとは、2つだけある約束を交わした。
1つ目は、世界の根幹に関わることを口にしないこと。まあ、本当にクォーターは異世界なのだとか、女の子が身体を作ってくれたとか、そんなことを言っても、“そういう設定”なのだと思われるだけだろうけど。疑惑の種はばらまかないに限る。
そして、2つ目。それは、精霊たちが自由に振舞うことだ。
横暴に振舞うプレイヤーがやってくるかもしれない。そうなったら、叩き出してくれていい。
NPCである精霊を奴隷のように扱う人がいるかもしれない。そうなったら、魔法で抵抗すればいい。
逆に、友人のように仲良くなれる人がいるかもしれない。そうなったら、精霊も友人のように過ごして欲しい。なんなら、一緒に冒険に出ても構わない。
ストーリーに関わるメインイベントは本稼動時に開始するつもりだが、サブイベントは至るところに散りばめている。それを、精霊たちの機嫌で発生させるかどうか決めていい。だから人によっては、一生辿り着けないサブイベントがあるかもしれない。それはそれで、面白いと思う。……とはいっても、限度は考えるように言ってあるけど。
ゲームだとしても、そこは本当にファンタジーな世界なんだと、テスターの人たちにそう思って欲しいから。別に、マナーがどうこうじゃない。……いや、こうすることで多少治安が良くなるだろうな、ってのも実際あるけど。ほら、この類のゲームで一番気を遣うのって、雰囲気の維持だと思うし。
まあ、それはともかく。
私たちみたいに、現実とは違う、もう一つのファンタジーな世界で楽しんでほしい。私が、四季が思うのは、それだけだ。
「じゃあ、後で千春ちゃんの家に行くね!」
「また後でね」
帰り道の途中にある丁字路で、亜紀と冬香と別れる。
手を振って二人を見送り、私と奈津は再び歩き出した。
「ねー、ちい?」
「なにー?」
「頑張ろうね」
「そうだねー」
ものすごく緩い会話を交わしながら、二人で歩く。
「いつだったか、前にも言ったけどさ、どうしてこうなった状態だよね、お互い」
「あはは、確かに」
奈津の言葉に、笑ってしまう。
彼女の言うとおり、どうしてこうなった、と発案した本人である自分に聞きたくなる。
魔法ノ書を見つけて、本当に私の世界は変わった。180度正反対……というわけでもないから、240度くらい? なんかそれくらい微妙な角度の方が私っぽい。どうせなら、239度とかの方が微妙感が漂っていていいかも。
「あ、そうだ。ねえねえ、私らも、一緒にゲーム参加していいよね?」
「いいと思うよ。ただし、時間があれば、だけど」
「時間……あるのかな」
「さあー?」
奈津の言葉に、半笑いで目を逸らす。
時間ができるかどうかは、これからわかるんじゃないですかねー。……うん、イッツ棒読み。
ただ、管理については、色々と考えてはいる。というか、私たちと精霊だけじゃ、きっといつか限界が来ると思うので、何とかしなくてはならないはずだ。一応代案はあるので、色々と画策してみようと思う。
実際どうなるかはわからないし、かなりの調整が必要になるとは思うけど。
「ま、まあ、お互い頑張りましょう!」
「だ、だね!」
私たちはそうやって明るさを取り戻す。
何となく上っ面な感じなのは、気にしちゃいけないところだろう。。
「んじゃ、後でねー、ちい!」
「ん、待ってる!」
交差点で奈津と分かれ、私は一人帰り道を歩く。とは言え、私の家はここから1分もかからないのだが。ちなみに奈津は、ここから5分ほどの距離だ。
「……頑張ろうっ」
ぽつり、呟いた私は、駆け出した。
……勢いを付けすぎて、沿道に足突っかけて転びそうになったのは秘密だ。
「乾杯!」
あの後、私の家に集合した私たちは、クォーターにやってきていた。
奈津の作った国「アグナ」にある王城で、私たち四季と、そして私たちを手伝ってくれた精霊達で乾杯を交わす。あ、もちろんジュースです。
精霊たちが作ってくれた料理に舌鼓を打ち、私たちは和気藹々と今日までの苦労をみんなで語り合う。その最中、ラルトとノージアと名付けられた二人の精霊は、微妙に肩身を狭そうにしていた。まあ、半壊させたらしいしねえ。
「今日までありがとう、みんな! そして、今日からもよろしくね!」
ぐいっとオレンジジュースを飲み干してから、私は礼を告げる。私を手伝ってくれていた精霊たちは、私たちが持ってきたお菓子をまるでハムスターみたいに頬張りながら、何度もこくこくっと頷いていた。
「こんな楽しいことなら大歓迎だぜ!」
精霊の一人が言った言葉に、他の精霊たちが同意するように頷く。
「うんうんっ、街を作るの、とっても楽しかったですよお〜!」
「あ、わかるっすわかるっす!」
「今日から、僕達がみんなで住む街ですもん、楽しくないはずがありません」
精霊たちのきゃあきゃあとした言葉に、私はとっても嬉しくなって、両手を広げてみんなを抱き締める。
「あああっ、もうありがとうね! みんな大好きッ!」
「ハル苦しいっす! やめるっす!」
「や、やめれ〜っ……!」
「ハル! ジュースで酔っ払うなよー!」
「あははは、酔ってない酔ってなーいー!」
「反応が酔ってる人だよ!」
ナツの突っ込みに、あはははは、と爆笑で返す私。
精霊たちの嫌がる素振りは見知らぬフリをして、私は彼らをぎゅぅうっと絞め続ける。
まあ、声色は嫌がっていなかったし、大丈夫でしょ。
アキはちびちびとジュースを口に含みながら、そんな私を見て笑い、フユはこちらをチラ見しながらも食事を黙々と食べていた。
こっちの世界であと2時間後。学校の廊下で始まった私たちのクォーターズ・オンライン(β)が、ようやく始まる。
……とりあえず、くれぐれも大きな問題が起こりませんように!