四季編 21
「千春ちゃんも、奈っちゃんも……馬鹿でしょ?」
その落ち着いた口振りが恐ろしい亜紀に、私と奈津は「すみませんっしたー!」な勢いで平身低頭。冬香はもはや呆れて言葉も出ないのか、私たちに意識すら向けてくれない。
それというのも、つい先程まで、同じクラスの陸上部の子に延々と勧誘されていたからだ。
どうやら、遅刻しそうだった朝に、話しながら爆走していたのを、思い切り見られていたらしい。余裕を見せながらあのスピード。本気で走ればどれだけ速いのか、期待されるというのも当然だろう。
「どうして二人は、今日に限ってトラブルを呼び込むのかなあ?」
今日は、私の家で四季のミーティングを行うはずだった。ゲーム作りを開始してから毎週一度は必ず、各々の進捗具合と問題点の相談などを行っているからだ。
が、放課後まで続いた勧誘のせいで帰宅時間が普段より一時間近くも遅れてしまった。何とか振り切れたから良かったけど。私と奈津は名誉帰宅部員なのだから、今更部活なんて所属するわけがないのに、しつこいったらありゃしない。
私たちは、しどろもどろで言い訳する。
「……いや、だって、遅刻しそうだったから、ね?」
「うん、そうそう……遅刻したらうちの担任恐いし、だからしょうがないっていうかさー…………ごめんなさいッ!」
「ごめんなさーい!」
言い訳は無言の圧力に負けました。
「……うん、もう諦めたよ」
そして諦められた。
怒られるより、よほど嫌なのは何故だろう。
とりあえずそこで亜紀のお叱りは終わり、それからは冬香も参加して普通に雑談しながら私の家に帰った。……のだが、家に着くまで何となく肩身が狭かったです。
「ただいまー」
「帰ってきたのかの、チハル……っと、おお、お主らも来たんじゃな」
帰宅した時、玄関ではフェンリルが出迎えてくれた。ちょうどリビングから私の部屋に行くところだったらしい。
「こんにちはー! フェンリル一週間ぶりー!」
「お邪魔します」
「上がらせて貰うわね」
「どぞどぞー、狭い我が家ですが」
いつものように、二階にある私の部屋に案内。もう案内するまでもなく、みんなわかってるけど。
フェンリルは亜紀が抱きかかえ、一緒に部屋に連れて行く。奈津は、亜紀の腕の中のフェンリルに手を突っ込んで、ふわふわもふもふ〜、なんて言いつつ感触を楽しんでいるみたいだった。
私の部屋に着き、全員がそれぞれの位置に陣取ったところで、リーダーである冬香が早速ミーティングを開始する。フェンリルは一人、ゲームを始めていた。最近のマイブームはPSアーカイブらしい。WA面白いよね。
さてさて、まずはお互いに進捗報告。今日は珍しく四季の逆順での発言だった。
「私から報告するわね。……申し訳ないんだけど、誰か余裕のある人に、こっちの国を手伝って欲しいのよ。ラルトとノージアが喧嘩して、街を半壊させてしまって……」
ラルトとノージアは、冬香が精霊たちにつけた名前だ。方角をもじってつけたらしい。
というか半壊って……何やってるんだ精霊。
「何でまた……」
「前から相性が悪かったのよ。何とか止めようと思ったのだけど……魔法が出始めてから壊滅までは早かったわ……」
精霊は私たちに好意を持ってくれているとは言え、性格はそれぞれ。おっとりさんも居れば、喧嘩っ早い奴も居る。でも、私が手伝ってもらっている子達は、いい子ばかりなんだけどなー。
疲れたように、重い溜息を吐く冬香。文句を言いたくとも、手伝ってもらう立場なので、そこまできつく言えないのだろう。
「……次からはやらないと、泣きながら誓わせたから、もう無いとは思うけれど」
前思撤回。どうやら泣くくらいには、きつく言ったらしい。
さすが、「彼女には誰も逆らえない」とホームページに書かれるだけはある。書いたのは私たちだが。
「じゃあ、一番進んでる誰かが手伝いに行けばいいかな?」
「そうね、そうして貰えると助かるわ。……あ、そうそう。四季の法人化は何とかなりそうよ。会社の所在地については、貸し住所を使おうと思っているんだけど……お金がかかるけどいいわよね?」
「ん、いいんじゃない? さすがに、私たちの住所は使えないし」
会社所在地を私たちの実家にして、誰かに押しかけられても困る。あとグーグルマップとかで見られても困る。
というか貸し住所なんてものが、世の中にはあるのか。初めて知ったよ。
「じゃあ、βテストのあとになると思うけれど、書類だけは用意しておくわね」
冬香はそう締める。よろしくー、と気の抜けた声で応援しておいた。
会社かあ……このまま順調に行けば、βテストが終わるころには、私は副社長なのか。ほんっと実感ないなー。
あ、社長は冬香ね。リーダーだし。
さて、彼女の報告が一段落したところで、次は亜紀だ。
「んっと、国は七割くらいかな。メインクエストは最後まで書けたよ。あとは、サブクエストと、道具の案をもっと出して、纏めるだけ!」
「おお、結構進んでるね?」
「うんっ、すっごい楽しいから!」
亜紀は全開の笑顔で言う。
彼女は、ゲーム作りを始めてから、とても楽しそうだ。以前からずっと、ファンタジーとか魔法に憧れてたから、余計に気合が入っているに違いない。読む小説も、ハリーペッターとか、ナルミアとか、ファンタジーが多かったし。
「それじゃあ、こっちは亜紀に手伝ってもらうことになりそうね?」
「たぶんそうなるのかな? あ、でも千春ちゃんと奈っちゃんの進み具合によるけど」
「そうね。じゃあ、次は奈津お願い」
「あ、私か。えーっと、国は半分ちょっとってところかな。それと、βテスト募集の方は締め切って、住所録の作成までは終えたよー」
奈津はそこで言葉を区切り、意味深な表情で黙る。
私たちは、彼女の次の言葉をじっと待った。しかし、雰囲気のせいか何故か緊張してしまう。気分はミリオネアだ。
「……それでね、βテストに申し込んでくれたのは全部で682名でした。あ、勿論悪戯とか、無効なのは除いてね」
「えっ、すごっ!」
奈津の言葉に、思わず大きな声を上げてしまう。
ってか700人近いんだ!? VRのテストのときは、300ちょっとだったから、一気に2倍以上に跳ね上がったよ。
いや、ネトゲってサーバーに1万人とか居るのが普通なんだろうけど、でもミコミコで宣伝してるだけなのに、それは凄いと思う。テストの甲斐あったんだなあ……しみじみ。
「つまり、これだけで70万近く行くわけだよ。まあ、応募してくれた全員が振り込んでくれる前提だし、ここから必要経費も引かれるんだけどさ」
「でも、それでも凄いわね……」
「うん、驚いた……結構、期待されてるんだね」
冬香と亜紀の二人も、そんな風に驚きを表に出す。
「頑張らなきゃって気になるね」
「そうね。今更、引き返せないわ」
その会話に、私も頷く。
引き返すつもりは毛頭ないが、緊張感は増してきた。
「ええと……少し逸れてしまったのだけれど、次は千春よ」
「あ、うん。私は、国の方は殆ど出来てて、あとは精霊たちが細々としたところをやってくれてる感じ。VRのシステムに関してはあとは微調整のみ……そうそう、ちょっと相談したいことがあるので、そこは宜しく。RPGの方のシステムは……ようやく4割ってところかな。製造職のスキルがちょっと手間取ってる感じ」
私の報告を頷きながら聞いてくれる三人。
聞き終わった冬香は、全員の話をまとめる。
「残っている仕事量は、私を除けば全員同じくらいかしらね。でも、千春は少し詰まってるみたいだから、奈津と亜紀に手伝ってもらうことにするわ」
「わかったー」
「了解だよ!」
「二人とも、私の代わりによろしくー」
手をひらひらと振って、二人を応援。とは言っても、私も頑張らなきゃいけないんだけど。
でも、こうして皆の報告を聞くと、別に私の仕事量だけが多いわけでもない気がするな。でも全体量を考えれば、やっぱり私が一番多いのか。
「さて、現状を纏めたところで。千春、相談って何かしら?」
「あ、そうだったそうだった。あのね、VRに制限を掛けたいんだ」
「制限?」
朝、奈津にした説明をもう一度繰り返す。すると二人も納得したような表情で、それについて考えてくれる。
まず案を出してくれたのは亜紀だ。
「一時間いくらで買ってもらうとか、どうかな? 一ヶ月何百時間まで、みたいな購入制限をかけてさ」
「クレーム出すなら金を出せ! ってか。サーバーの負荷うんぬんって誤魔化せば、いけるかな?」
亜紀の案に対して、私が応える。
すると奈津が横から意見を挟んだ。
「うーん、でも、あんまりお金で有利になったり、不利になったりは嫌だな、個人的な意見だけどさ。ネトゲって、リアルの財力で色々左右されるのが結構あるんだけど、私たちのゲームでそれをやるのは何か違う気がするんだよね。目標は、ファンタジーな世界で楽しんでもらうことでしょ?」
奈津の言葉に、私も亜紀も、確かにと唸ってしまう。
ファンタジーな世界で遊ぼう! という目的を元にここまで来たはずなのに、結局現実のお金で左右されてしまうのは、奈津の言うとおり何かが違う気がする。
とは言っても、無制限にしてしまっては、健康に悪いし、制限によってはクレームが……うーん。
「ねえ、千春? あっちの世界は、亜空間みたいに時間の流れを変えられないのかしら? たとえば、こっちの時間で3時間って制限をかけても、あちらの時間で6時間プレイできるなら、満足度も多少は違うんじゃない?」
冬香の言葉に、んー、と考えてみる。亜空間はもともと次元の歪みから出来ているので、時間を歪ませるのも割りと簡単だったのだが、世界間の時間を歪ませるのは少し難しいかもしれない。
だけど、たぶん可能だろうとは思う。やったことはないが。
「やれば出来ると思うけど……それはそれで身体に悪い気がするなー。あれって結構、体内時計狂うよ?」
まあ、私の体内時計が狂ってるのは、20分の1なんて比率にしてるからだけど。2〜3分の1くらいなら大丈夫なのかな?
「ネトゲなんかやる時点で、どうやっても体内時計は狂うと思うし、とりあえずはそれでいいんじゃない? それに、時間の流れが違うってのも、VRの設定ではありがちだし、よりいっそうVRっぽくなりそう」
奈津の言葉に、まあそうか、と思う。確かに、VRの中では時間の流れが違うっていうのは、VRゲームの小説なんかでは良くある設定だ。
「うーん、じゃあとりあえずそういう風にしてみようかな」
ってまた私の仕事増えたな。別にいーけど。
「じゃあ、1日にゲームをプレイできるのは、現実時間で……6時間くらいかな。ただし、3時間ごとに1時間以上の休憩を取る必要が有る、って感じで。それでゲーム内時間では……12? それとも18?」
「いっそ24時間にしちゃえば? それならクレームつけようがないっしょ。「1日に24時間やれますが何か文句でも?」みたいな」
「でも、時間感覚が狂うと言うことなら、12時間くらいがいいのかもね」
「じゃあとりあえず、24時間を目標にやってみるよー」
机の上にあったメモ帳を引っ掴み、「5分の1に変更!」と昨日メモした次のページに、新しく「目標は24時間で」と書き記しておく。
「もしかしたらVRの魔法を弄ることになるかもしれないから、その時は皆のブレスレット回収するね」
「……魔法のアップデートは手動なのね」
「今のところねー。その内、中心で管理するような大きい魔道具作るつもりではいるけど。ユーザーの情報も、魔法の管理も、全部行えるようなやつ」
さすがにゲームのアップデートをするたびに、魔道具一つ一つを回収なんかしてられない。
それに、ゲームが終わるときのために、一斉に魔法の効果をなくす方法なんかも用意しておかなくちゃいけないし。始まってもいない内に終わりを考えるのも、何となく切ないが。
「ということは、千春にはその魔道具作りも残ってるのね」
「まあ、残ってるといっても、たぶん1日くらいあれば出来ると思うよ」
「そうなの?」
冬香の疑問を乗せた言葉に、自信ありげに頷く。
ルナさん達がいる世界では、マジックアイテムを使ってギルドに登録された人たちの情報を管理している、といつだったか聞いた。しかもその情報は、小さな水晶と常時同期しているという超すぐれもの。
なのでその内、城にあるらしい大本を見せて貰いに行こうと思っている。参考になる……というか、ほぼそれの複製品で何とかなるだろう。
「システム面が千春に頼りきりなのは申し訳ないけれど……頑張って頂戴ね?」
「もっちろん! 魔法少女チハルに任せなさい!」
「魔法使いすぎて魔女にならんようにねー?」
えへんとわざとらしく胸を張れば、奈津が笑って茶化してくる。
「大丈夫、私がなるとしたら魔女ガエルだ」
「あはは、なついな〜」
お互いにしみじみ。
これは亜紀と冬香にも判ったらしく、二人とも懐かしいねと頷いていた。
「……じゃあ最後に、そろそろβテストの開始日を正式に決定しようと思うの。決まった日を目標にしてた方が、やる気が出るでしょう? いつにするかは……千春が決めて頂戴」
「私? んー、そだなー。じゃあ……一ヶ月後くらい?」
「……それでいけるの?」
「……いけるっ!」
私の宣言に、冬香が笑う。
「じゃあ、一ヵ月後の今日にβテストを開始しましょう。……つまり、配達にかかる日数を考えると、三週間後くらいには完成させてないといけないわけだけど」
「あぁっ!?」
思い違いに、思わず声が漏れる。そうだ、道具はシロネコさんで送るんだった!
少し狼狽する私に、冬香がわざとらしく冷ややかな目で、こちらを見る。
「千春? 女に二言は無いわよね?」
「……やってやろうじゃないの!」
挑戦的な表情で言われたので、それに乗ってみる。
まあ、自動的に魔法のアップデートが出来るような仕組みにするつもりだし、一週間の差はそこまで考えなくていいだろう。お届けの最中にも、魔法は改造できるのだ。冬香も判ってて言っているだろう。
「じゃあ、あと一ヵ月間、ラストスパート頑張ろうねっ!」
「勿論だよ!」
「一番最初、ちいが失踪した時に、誰がこんな展開になると予想しただろうか……」
「確かにそうね」
確かにVRなんて半年前には、思いもよらなかった。
でも、それはもうすぐ現実になる。
わくわくする。
具体的な日にちが決まって、本当にどきどきする。
楽しんでもらえるだろうか。いいや、きっと楽しんでもらえるはずだ。
一ヶ月後の、今日。
私たちの世界は、とうとうはじまるんだ!