四季編 20
今日も今日とて、亜空間の白い空の下。
クオくんの素振りと、死んだように横たわって眠る“私”を視界の端に入れながら、いつものように魔法の改造作業に勤しんでいた。
「んーむ……本当、私のやることが多いよなあ。いや、言い出したのは私だし、文句言うなって感じだけど……もう疲れたよ、ぱとらっしゅ……」
ぶつぶつとそんなことを呟きながら、指での操作と共に空中に現れたスクリーンを見上げる。透過された青を背景にして浮かぶ情報に、私は小さく満足の息を吐きながら、文字を指でなぞっていく。
「ええと……LV、HP、MP、攻撃、防御、魔攻、魔防、俊敏、運、職業、種族、所持金額……」
ステータスに表示されている項目を一つ一つ読み上げて確認しながら、指でスクロールしていく。
今現在表示されている私のキャラステータスは、LVが11、魔攻が9999(カンスト)、攻撃が20以下、他が30前後と言ったところだ。この魔攻は装備品に魔法ノ書があるからで、それを外してしまえば50近くまで落ちる。それでも高いのは、エルフの魔攻が高い設定だからだ。ついでに初期状態で覚えている魔法も多い。
他の例を上げると、アマゾネスは攻撃が高く、素早さはそれに次いで高いが、特攻が低い。そして初期スキルは多く覚えているのだが、魔法は覚えていない。
妖精は素早さと魔攻がそれなりに高く、防御がかなり低い。そして、最初からテレポートや飛行などの、移動系の魔法が使える。
アンドロイドは防御・特防が高く、他のパラメータも平均的に伸びる。しかし魔法を使うことが出来ず、その代わりに、レーザービームや火炎放射などの魔法っぽい科学技術?が使える。種類は少ないが。
と、いうような感じに、種族の差別化を計っている。
ちなみに種族の提案は亜紀、大体の容姿の設定は奈津、バランス調整は冬香、そして実装は私。人形に制約つけるだけだけど。
他にもダークエルフとか、鳥人族とか、普通の人とか、精霊とか、ドワーフとか、獣人族とか、サイボーグとか、シノビとか、種族は結構沢山あったりする。
「クオくーん。そっちから文字見えない? 大丈夫?」
素振りをしていたクオくんに問いかければ、彼は手を止めてこちらを振り向く。それから青いウィンドウをじっと見つめた。
「大丈夫ですよ」
「本当? 良かったー! じゃあ次は『ステータス開示』っと。クオくん、今度は文字見えるようになった?」
「あ、はい、見えるようになりました」
「そっか、良かった。上手く行ってるんだね」
ステータスを他人に見せるかどうかを選択出来るように、なんて細かい機能もちゃんと動いているようだし、ゲーム周りのシステムは、大体これで完成だ。
VR魔法の発動は“インターネットに繋がっているパソコンに接続した時のみ可能”とか、色々条件もつけてあるし。この条件付けは、前にルナさんに頼まれて試行錯誤したのが役に立った。
ということでこっちに関してやることは……魔法と、スキル組み込みか。魔法は八割がた終わってるけどスキルは……うん、これはもう明日にしよう。ワタシ、ツカレタヨー。
ちなみに、世界作りに関しては順調だ。私の割り当てられた国は大体出来てるし、アイテム関連は亜紀と冬香にまとめてもらって、世界の理いじりつつデータを流すだけだし。
ステータス画面から「ゲーム終了」を選んで、私は“私”に戻る。
「ふわあー……」
起き上がるなり、大きな欠伸が漏れた。精神的には覚醒状態だが、肉体的には思い切り睡眠状態だったからだ。
でもこれ、ちょっと身体に悪そうだよね。ゲームやっている間は全く身体を動かさないわけだし。空腹とか、尿意とか、身体になんらかの異常が起きたらアラートを出して、強制終了するような作りにはなっているけど、一度にやれる時間は2〜3時間くらいに決めたほうがいいかもしれない。1時間やったら15分の休憩を取ってください! みたいな感じで。
「……さて、と」
起き上がった私は、その場から人形が無くなったことを確認する。無くなった人形は、異世界にある保管庫に小さくなって並べられているはずだ。
……保管庫は、すごく、恐ろしい部屋と化しています。
考えてもみてほしい。小さくなったとは言え、人にしか見えない人形がずらっと並んでいるところを。恐いっての! 作ったの自分だけどね!
と、内心で自己ツッコミを一通り行った私は、気を取り直してクオくんに声を掛ける。
「私はもう戻るけど、クオくんどうする?」
「あ、なら僕も戻ります」
額に垂れていた汗をぐい、と拭い、クオくんが言う。私はそっか、と答えてから、不意にクオくんの剣を見た。
「あれ、その剣どうしたの?」
今の今まで気付かなかったが、クオくんが持っていた剣は、以前、あちらの世界で買い与えたものではないようだった。剣の違いなんて私にはわからないが、前のよりも刃渡りが長く、少し幅広い、ような気がする。前に買い与えたものをずっと使っていた気がするのだが、いきなりどうしたのだろう、と私は首を傾げた。
「あ、その……この間、依頼の途中で折れちゃって」
「あらま……」
クオくんの言葉に、私は目を丸くする。
修行がてら、クオくんがギルドの依頼を受けていることは知っていたけれど、剣がぽっきり折れるって恐ろしい気がするよ? 剣なんか消耗品だし、そんなこともあるんだろうけれど、魔法使いの私にとってはかなりの大事件に聞こえてしまう。
「怪我とかしなかった?」
「あ、それは大丈夫です。……でも、折角、チハルおねえちゃんに買ってもらった剣だったんですけど……」
浮かない顔をするクオくんに、私は彼の頭を撫でる。
「気にしない気にしない。……といっても、やっぱ気になるか。じゃあさ、折れた剣の代わりに、クオくんのために魔道具作るね。剣を折るくらいに頑張ってるんだから、私からのプレゼントってことで」
今でも、VR用に作った試作品は渡してある。
でも、剣が折られた、なんて話を聞いてしまった今では、それでも不足な気がしてしまった。……過保護なのはわかってるんだけどね。
「……大変じゃありませんか?」
「ん、大丈夫。気晴らしにもなるし、日本一の魔法使いである千春おねーちゃんが、腕によりをかけて作ろうじゃないっ! ……まあ、日本一ったって、魔法使いなんか私くらいだろうけど」
確かめたわけじゃないが、たぶん私以外に魔法使いなど居ないのだろうと思う。いや、もしかしたら私以外にも居るのかもしれないけど、それでも魔法ノ書を所持する私はトップ近くに立っているはずだ。
……そんな私が魔法で何するかってゲーム作りなんだから、世の中色々間違ってるよね。私が言うことじゃないけど。
「じゃあ、今度こそ戻ろうっか」
嬉しそうにはにかむクオくんの頭にぽんぽん、と手を置いてから、そう声をかけて、亜空間の入り口に足を向ける。クオくんも後ろからついてくるのを足音で感じながら、私は亜空間の外に出た。
部屋に戻って時計を確認すれば、11時2分だった。亜空間に入ったのは10時55分で、亜空間の中の時間の流れは外界の20分の1だから……7分×20で140分=2時間20分ほど、亜空間に居たらしい。
……最近、体内時計が狂いまくっている自覚がある。亜空間であれこれやってるんだからしょうがないが。流石に20分の1は、やりすぎなのかもしれない。5分の1くらいに設定しなおそうかな?
「じゃあ今日はもう寝よ?」
「そうですね。おやすみなさい」
「ん、おやすみー」
部屋を後にするクオくんを見送った私は、その辺にあったメモ帳に「5分の1に変更!」とだけ書いてから、さっさと着替えて寝ることにした。
次の日、私は思い切り寝坊した。やっぱり体内リズムが狂っているらしい。ただの言い訳だけど。
一分一秒が惜しかった私は、亜空間に制服を持ち込んで着替える。ついでにぐっと伸びて眠気を完全に覚まして、魔法で水を出して顔を洗ってから外に戻った。
「やっばい遅刻! 遅刻!」
「魔法で行けばいいじゃない? テレポートみたいな魔法あるんでしょ?」
どたんばたんと煩い私に、呆れ口調の母が言う。
「それは駄目! 実験されたくなーい!」
テーブルの上のお弁当をひっつかんで鞄に入れ、ついでに皿に乗っていた目玉焼きの両端を掴んでぐるんと丸めたあと、大口を開けて一口で頬張る。普通に朝食を食べていたクオくんが、目を丸くして私を見ていたのが見えた。行儀悪くてごめんね。私を見習っちゃ駄目だよ。
「ふぃっへふぃまふ!」
「チハルお姉ちゃん、行ってらっしゃい!」
「事故に合わないようにしなさいよー」
二人の見送りの言葉を背に、魔法を使う。と言っても、テレポートとかじゃなくて、足を速くする魔法だが。
軽く走っても、全速力ほどのスピードが出ているのがわかる。頬に当たる風が段違いで強く、冷たい。これなら余裕で間に合いそうだ。
「私は今、風になるっ!」
「ちいってば、何をアホなことを……」
調子に乗って、年甲斐もなくアラレちゃん走りをしていたら、後ろから聞き覚えの有る声に突っ込まれた。ほんの少し速度を落として後ろを見れば、私にぴったりとつくように走っていたのは奈津だった。家が近いので、たまに行きが一緒になるのだが、こんな日まで一緒になるとは。
「わ、奈津おはよー」
私の速度についてきているということは、彼女も魔法を使っているんだろう。ちらりと彼女の手首を見れば、奈津にあげたブレスレットが見えた。
「今日は遅いんだね?」
「うん、ちょっと寝坊してさー。ほら、世界作りがあまりにも楽しくて、寝たの夜中なのよー」
ゲームの舞台になる異世界へは、全員が自由に行けるようになっている。と言っても行けるのは精神だけであって、身体ごとではないが。
「おお、頑張ってるねー。どんな感じ?」
「んー、ようやく半分ってとこかな? 精霊さんたちに指示だけしておいて、次の日行ったら結構作業が進んでるでしょ? だから、本当にゲームみたいな感覚だよね、シムシティみたいな」
「あ、その気持ちわかる!」
「リアルシムシティ……需要ありそうじゃない? 第二弾のVRゲームはこれで決まりですなー!」
「需要はありそうだけど、どんだけ世界を使い潰す気だっ!」
突っ込みに、奈津がげらげらと笑う。
端から見れば全速力で、しかし実情は小走りで、私たちは悠々と会話を交わしながら道を駆ける。
「あ、そだ。ねえねえ、奈津。ちょっと意見を聞きたいんだけどさー」
「何?」
ふと思い出し、私は奈津に言う。彼女は不思議そうに首を傾げてこちらを見た。
全速力で走りながら、顔を見合わせあう私たち。端から見れば異様なんだろうなあ、なんて思いながら問いかけを続ける。
「ゲームにさ、制限みたいなの付けたいんだよね」
「制限? 何で?」
「ほら、VRって寝っぱなしでしょ? 絶対、健康に悪い」
「あー」
私の言葉に、得心が言ったように唸る奈津。彼女はうーん、と手を顎に当てる。
端から見れば全速力。しかし、腕も振らずに足だけ動かす女子高生。絶対奇妙だろう。考えたくもなかったので端から見た自分たちの姿を頭の隅に追いやってから、奈津の言葉を待つ。
「でも、どんな制限?」
「んー……ゲームは1時間やったら15分の休憩を取りましょう! みたいな」
「……それってあんまり意味ない気がするなあ。15分ぽっちじゃ、そのまま横になって過ごされそう。それに、1時間ずつしかゲーム出来ないって萎えると思う」
「確かにねー。……じゃあ時間を延ばして、2〜3時間やったら1時間はゲームが出来ません! とか」
「絶対、一時間おきに起きてやる馬鹿が出るよ、それ。世の廃人舐めちゃいけない」
「えー……じゃあー……一日に数時間までしか出来ません、みたいな?」
「それはそれで、文句が出そう……「金を払ってるのに数時間しか出来ないとか、有り得ない! 金返せ!」みたいな」
「あーもうっ! クレーマー乙ッ!」
そう茶化したものの、奈津の言うそれらは酷く現実的だった。1000円で文句を言われるんだし、そんな制限なんかつけたら格好の的になりそう。
二人であれこれと話すものの、いい案が浮かばない。
結局、何の解決法も見出せないまま、私たちは息切れも汗も無く、学校に辿り着いてしまったのだった。どうしようかなー?