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四季編 16

「……ぐぁーっ!」

 私は吼える。今までの鬱憤を晴らすように、思い切り。

 その雄叫びは、亜空間の白い空に飲み込まれ、跡形もなく消えていく。

 反響すら残さず消えてしまったそれに、私は疲労感が増した気がして、がっくりと肩を落とす。そして、黒いリノリウムのような床にどっかりと腰を落とした。



 新しい魔法作りは、難航していた。

 それはもう、難航していた。



 VRのための魔法を作り始めて早三週間。

 つまりは、初VRからもう一ヶ月半は経つ。正直、そろそろ私たち『四季』も、そしてそれを応援する人たちも、熱が冷めてくるころだ。動画内のコメントは相変わらず賑わっているけれど、たぶん一部の人たちが頑張ってくれているのだと思う。


 進展がないわけではない。先に「想像通りの人形を作る」という魔法を作ってみたのだが、こちらは呆気ないほどにすぐ出来た。恐らく、創造魔法というヒントがあるからだろう。

 が、しかし、肝心の「人形を操り、視界を共有する」という魔法が出来ない。出来ないどころか、きっかけすらも見えてこない。



 どうしたものか。そう思っていた私を、不意に後ろから呼ぶ声があった。



「千春お姉ちゃん、電話ですよ?」

 部屋へと続く穴から、クオくんの上半身だけが覗いていた。もうそろそろその奇怪な光景も慣れてくる頃で、私は表情も変えずに、今行くー、と返す。


 亜空間から私の部屋に戻ると、充電器に繋がれた携帯が音を立てていた。その着信音は奈津からのもので、私は半分亜空間に入ったまま、クオくんに携帯を手渡してもらう。



「もしもーし」

 ぴっと通話ボタンを押し、そのままの様相、つまりはバッグから半身を出した状態で通話を開始する。亜空間に戻ってしまえば、電波が届かなくなってしまうからだ。



『やほー。ちい、元気ー?』

「元気だよー。ってか今日も学校で会ったでしょうに、何をいっとるかね君は」

『あっはは、まあね! そんで本題だけど、魔法作りはどう?』

 思わず眉根を寄せて、停止してしまう。すると奈津は悟ってくれたのか、やっぱりかと言いたげに、僅かに息を吐いた。



『駄目かー』

「うーん、まだまだだねー。少しでも掴めれば、あとはなし崩しに何とかなると思うんだけど……」

『あっちの世界に、そういう魔法とかってないの?』

「あー……」

 思考が魔法ノ書だけで完結していたが、確かに異世界の魔法にも学べるところはあるかもしれない。ルナさんにでも聞いてみようか。



「そうだね、明日は土曜日だし、あっちに行ってみるよ」

『頑張れ、応援だけはしてるぜ!』

「ふははは、この私を応援する権利をやろうっ! ……あ、そういえば、サイトの方はどう?」

『いつも通りだよ。短い応援コメントが何個か来てた』

「そっかー! それを聞くと、やる気出てくるねー」

『ちい、最初からやる気とノリだけは溢れてるじゃん? ……ただそれが結果に結びつかなかったり、とんでもないところに不時着するだけで』

「何か言った?」

『いいえ、何も』

 そんないつも通りのグダグダとしたやり取りを交わし、私と奈津は通話を終える。

 明日の予定は異世界訪問。ならば明日は、早く起きなくちゃ。

 私は今日の魔法作りを終えることにして、亜空間からずるりと抜け出した。







「ラミパス、ラミパス、ルルルルル~♪」

 調子をつけて呪文を唱えてから、クローゼットの右の扉を開ける。一歩踏み出せば、そこはもう異世界だ。


 雨戸を閉め切っているために、真っ暗な室内。そして、些か埃っぽい。

 私は魔法で明かりを作ってから、古びた木造りの内装を見渡す。ほとんど物は無く、生活の痕跡が全くない。


 この古びた一軒家が、ルナさんに用意してもらった家の一つだった。王都の隅にあるこの建物は、もう誰も住んでおらず、その内取り壊しされるのを待っていた物件だそうだ。

 もう一つの、シルヴァニアにある方の家は、ここまで古い物件ではなく、そこそこに綺麗な石造りの一軒家だ。そっちの方に行くには、呪文を唱えながらクローゼットの左の扉を開ける必要がある。



 私は雨戸を開けて、室内に光を入れる。それからついでに、風の魔法を使って埃を全部外に吹き飛ばした。その際、ほんの少し威力配分を間違ってしまい、申し訳程度に置かれていたテーブルや椅子などの家具が煽られて、がこん、ごとん、と音を立てた。

 思わず、あ、と苦笑いしてから、私は外に出る。

 王都の中心部から外れたそこは、人気がなく、静かだった。



「さて、行きますかー」

 一歩を踏み出し、それからふっと家屋を振り返る。今にも倒壊しそうに見えるボロ屋に、私はルナさんの申し訳なさそうな表情を思い出した。


 この古い建物をルナさんに引き渡された時、彼女には「申し訳ない」と謝られてしまった。一応の恩人である私に、こんなボロ屋しか用意できなかったことが、彼女の矜持に触れたのだろう。見た目に反して倒壊の危険は無いらしいが、きっとルナさんは、もっと街中に近い綺麗なところを用意したかったに違いない。


 だが私は、これくらいの寂れた方がいいと思った。たまにしか出入りしないのだし(実際、貰ってから初めて来た)、人が住んでいないくらいに見えていた方が都合がいい。



 ポケットからルナさんへの直通回線を持つブレスレットを取り出し、彼女へとコンタクトを図る。呼び出しを示すちかちかとした点滅の後、ルナさんの声がブレスレットから聞こえてきた。



『チハル、どうした?』

「こんにちは、ルナさん。えっと、ルナさんに教えてほしいことがあって来たんです」

『教えてほしいことか? 一体何だ?』

「えっと、魔法についてなんですけど」

『む、チハルが魔法を、だと? 珍しいな?』

 驚いたような声に、私は苦笑する。確かに、魔法ノ書なんていう規格外アイテムを持っている私が、今更魔法など言い出すとは思わなかったのだろう。

 ルナさんは、少しうーむと唸ってから、悪びれた声で言う。



『……だが、悪いが今はまだ抜け出せそうにない。都合が良くなったらこちらから連絡しよう』

「わかりました。えっと、大体どれくらいかかりますか?」

『四時間ほど……だな』

「じゃあ、それまで時間を潰してますね」

『すまない』

「いえいえ、こっちこそ突然でしたし。じゃあまた後で」

『ああ、またな』

 そう言って、通信を切る。

 さて、何をして時間を潰そうかな。



「……久しぶりにギルドでも行くかな」

 あっちに戻ってから全く行っていなかったし、ここでお金を稼いでおくのもいいかもしれない。私はそう思って、ギルドへ向かうことにした。







 久しぶりのギルドの雰囲気に、私は思わず弛緩した溜息を吐く。ああ、あの日々が懐かしい、なんて遠くない思い出に浸った。

 それから、カウンターにいる受付のお姉さんのところに向かう。



「こんにちは」

「こんにちは!」

 挨拶を交わしながら、ギルドカードを提示する。お姉さんはそれを受け取って確認したあと、依頼の書いた紙の束を渡してくれた。

 私はそれにざっと目を通す。私の職業が魔法使い(水)なだけあって、臨時要員としてパーティーの後衛募集や、治療などに関連した依頼が多い。ちなみに治療と言っても緊急性の高いものではなく、腰痛治療とかそういった類のもの。Cランクなんてそんなものだ。


 私はその中で、短時間で終わりそうなものを選ぶ。



「えっと、これと、こっちの治療依頼でお願いします」

「はい、わかりました」

 何やら手続きをした後、お姉さんがギルドカードと、依頼書の写しをくれる。私はそれをバッグにしまってから、ギルドを出た。



「さて、行きますかー!」

 私が受けたのは、足を捻挫してしまった子供を治す依頼と、腕を骨折してしまった男性を治す依頼だ。ということで、私はまず子供の方へと向かうことにした。男性には悪いが、子供を優先したい。







「まほーつかいのおねーちゃん、ありがとうございました!」

 スカイブルーの髪を二つ分けにした少女が、嬉しそうに手を振ってくる。私がそれに手を振り返すと、青の髪を持つ母親がぺこり、と会釈してきた。私もそれに会釈を返してから、もう一度少女に手を振ってその場を去った。


 さて、次は男性だ。私は依頼書を手に、男性の住居に向かう。子供の家からすぐ近くにあるのは、依頼を受ける時に確認済みなので、私はうろうろと家を探す。



「えっと、青い屋根の……あ、あれだ!」

 家を見つけた私は、たた、と駆け出す。そして、声を掛けながら戸を叩く。



「ちょっと待ってくれ」

 中から聞こえた声に、私は「あれ?」と首を傾げる。どこかで聞いたことがあるような気がしたからだ。

 そして少しの間の後に中から姿を現したのは、私の天敵、ルナさん馬鹿のグレイさんだった。



「……!? ちょっ、えっ、~~~ッ!?」

 私は思わず後ずさって、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 以前、八割がたルナさんのせいで厳しい環境に置かれるハメになっていた私は、もはや微妙に涙目だった。しかも久しぶりに会ったせいで、彼に対しての免疫がゼロに戻ってしまっている。

 彼は左腕を三角巾で吊りながら、目を丸くして私を見つめた。



「……チハルか」

 どこか威圧的に聞こえる声に、私は肩を揺らす。それから、インテルもびっくりなスピードで頭を下げた。



「は、はい! チハルですグレイさんにいたしましてもご機嫌麗しくあらせられるでしょうかあ!?」

 良く判らない文言と共に頭を下げていれば、頭上から溜息が降ってくる。

 恐る恐る顔を上げれば、グレイさんはどこか呆れたように、無事なほうの右腕で頭を抱えていた。

 ……何ですか、その反応。



「……まあいい、入れ」

 釈然としないものを感じながら、招き入れられるままに家に入った。


 グレイさんの家の中は、殺風景だった。ベッドや食器棚、テーブルなど、必要最低限のものしかない。テーブルの上には十枚ほどの乱れた書類の束が置かれており、ついさっきまで読んでいたのだろうと思う。


 グレイさんは書類を整えて手に持ち、ベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しの中にしまう。それからどかりとベッドに腰掛けると、私には椅子を勧めてくれた。



「まさかお前が来るとは思わなかった」

「……私も、グレイさんだとは思いませんでした」

 正直なところ、依頼人の名前なんかろくに見ない。見たとしてもさっと流してしまう。じっくりと見るのは期限と、報酬くらいだ。


 二人の間に落ちる沈黙に、私は落ち着かなくそわそわと身体を揺らす。グレイさんはむすっとしたような表情で、そんな私をじっと見る。耐えられなくなった私は、彼を見ながらおずおずと問いかけた。



「あの、その腕どうされたんですか?」

「……お前には関係ない」

 でーすーよーねー!

 泣きそうになりながら、私は立ち上がった。こうなったら、さっさと治して帰ろう。



「えっと、じゃあ治しますね。『ヒール』!」

 短縮詠唱で魔法を発動させる。詠唱は無くとも発動出来るのだが、一応はこの世界の魔法らしく取り繕った方がいいだろう、と思ったためだ。だが、あの事件の日、共に行動していた彼には今更だということに、魔法を使った後に気付いたけれど。

 私は少しだけ口元を歪めて自嘲してから、彼に問いかける。



「どうですか?」

「ふむ……完全に治っている、な」

 彼が三角巾を取り、何度か腕を動かす。どうやら痛みは無いらしく、私は良かったと息を吐いた。骨を繋ぐだけであれば医療知識など必要ないし、簡単な魔法で済むのだが、不安なものは不安だ。変にくっついてしまえば、筋を痛めてしまうかもしれない。



「感謝する」

 彼らしくない素直な感謝の言葉に、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 やっぱりどうしても、この人は、苦手だ。



「じゃあ、これにサインを」

 終了証明書を差し出せば、彼は左手でサインする。どうやら左利きらしい。そんなどうでもいい情報は、目から脳へと辿り着き、そのまま蓄積されることなく空へと飛んでいったが。



「はい、ありがとうございました。私は帰りますね」

「ちょっと待て」

「……な、何でしょう?」

 さっさと去ろうとした私の背に、声が掛けられる。私はびくりとして、振り返った。



「ルナフィリア様のお傍に近寄ることを、認めてやる」

「……そう、ですか」

 今更そんなことを言われても、既に何度か会っている上、これから会う約束もしているわけだが。

 そんなことを言えば、きっと私の寿命が縮まりかねないので、口を噤んだけれど。



 私は最後にぺこりと頭を下げて、たたたっと彼の家を走り去る。

 うん。やっぱりあの人は、心っ底、苦手だ!

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