四季編 14
VRテストが終わり、会議室その他の後始末も終えた私たちは、私の家に集まっていた。
「ひとまずはお疲れ様、っていうところね」
「ホントだねー。でも楽しかった!」
「滅多に出来ない体験だしねー」
「まあまあじゃったのー」
「僕はお手伝いでしたけど……凄くわくわくしました!」
私の部屋であれこれと会話を交わしながら、お互いにVRテストの成功を喜ぶ。私はベッドでごろんとうつ伏せになりながら、みんなの話に、うんうんー、と気の抜けた声で同意した。
態度が悪いのは重々承知だが、私はすっかり気が抜けてしまっていた。通過地点だとはわかっているけど、今日のためにみんなで頑張ってきたから。
……でも、ホント楽しかったなあ。
皆、喜んでくれていたようだったし。企画した甲斐があったというものだ。
「おーい、ちい、寝るには早いよー」
「ぐえ」
奈津に腰の辺りに座られて、蛙が潰されたような声を上げてしまう。
「なぁーつー! おーもーいー!」
「重いとは失礼な」
「重いに決まってるでしょうがー」
べしべしと奈津の太股を叩き、彼女に退けてもらう。
それから、よいしょ、と起き上がり、今度はベッドに腰掛けた。
「あ、そだ。アンケート見ようよ!」
「そうね、みんなで見ましょうか」
テストが終わってからテスターの人たちに書いてもらったアンケート用紙を、冬香が取り出す。そして何枚かずつ、私たちに配ってくれた。
『もう、ホント楽しかったです!夢見たいな体験をありがとー!』『正直、VRとか信じてなかったです。ごめんなさいorz』『エルフ愛してます!(デフォルメエルフのイラスト入り)』
みんなのコメントに、思わずにやにやしてしまった。
というか最後のエルフ、たぶんあの女の人が描いたと思うんだけど、すごい上手いな。……漫画家か何かなのかな?
最初に奈津の持つ用紙と交換し、次に亜紀、クオくん(withクオくんの頭上で、もふってるフェンリル)、最後に冬香と交換して、順番に読み進めて行く。どれもみんな、楽しそうな、満足そうなコメントばかりだった。
何か、うん、よかったなあ、なんて。胸の内が、ほっこりした。
「全部読んだかしら?」
「うん、読んだー」
冬香がそれぞれの用紙を回収してくれる。それを纏めてファイルにしまってから、改めて冬香が口を開いた。
「じゃあ、今回の反省会をしましょう」
「えっ、今から!?」
奈津が嫌そうな声を上げる。その気持ちもわからなくはないが、そんな露骨に言わなくても。
「今だからよ。人間は忘れる生き物だもの、反省は早いうちにしないと」
冬香の正しすぎて涙が出るお言葉に、彼女以外の一同は小さく溜息を吐く。でも確かにその通りなので、私たちは姿勢を正し、反省会を始めることにした。
「じゃあまずは……千春からね」
「え、トップバッターですか!?」
いきなりのご指名に、腕を組んで考える。
「……うーん。やっぱり、会場設営が面倒だったかな。個室なんかも作ったりしたし」
魔法があって色々楽だったとは言え、反省はするべきだと思う。似非VR道具作成の次に、多くの時間をかけているからね。
「確かにそうね」
冬香は小さく頷きながら、バッグから取り出した小さなノートに私の発言をメモしていく。そしてその手が止まったところで、次は奈津、と彼女に視線を向けた。
「テスターの人たちが集まってから、亜空間に案内するまでが、かなり面倒だったと思うよ」
冬香は再び同意するように頷いてから、ノートにメモを書き連ねていく。
ということで、次はフェンリルとクオくん。
「僕は特には……あ、そうだ、電車の中での凄い視線がちょっと気になりました」
「……そういえばそんなこともあったかの。わしは特にないぞ。あくまで手伝いじゃしな」
つまりは、移動時の問題だね。次からは気をつけようってことで。
じゃあ次は亜紀かな。
「……予定にないことは、しないでほしいかな」
じっとりとした目で見つめられて、私は思わず目を反らす。そうしたら隣にいた奈津と目が合った。彼女も私みたいに、目を反らしていたようだ。
しかしいつまでも絡みつく視線が無くならなかったので、ごめんなさい、と亜紀に頭を下げておく。土下座風味で。床に額をつけたままちらりと隣を見たら、奈津も私みたいに頭を下げていた。
「……亜紀、気が済んだかしら?」
「うん、先に進めていいよ、冬香ちゃん」
「わかったわ」
呆れたように息を一度吐いてから、冬香が纏めに入る。どうやら亜紀の機嫌も直ったようなので、私たちも元の姿勢に戻った。
「ということで、これからの課題は、三つね。これは千春に頼りきりになってしまうけれど、VRをもっと簡単に行えるようにすること」
「うん、了解。今のままだと大規模には出来そうにないしね」
今の擬似VRの方法じゃ、どう転んでも大規模にするのは無理だから、根本的に違う魔法にする必要がある。それはまた、少しずつ考えてみようと思う。そろそろ魔法も新しく作れるはずだし。何だかんだで、あっちの世界から帰ってきてから一ヶ月以上経ってるわけだし、毎日のように魔法は使ってるし。
「あとは、移動も含めた当日の予定をしっかり立てて、それにちゃんと従うこと。これは特定の誰かさんがたに言っておくわね」
「すみません」
「ごめんなさい」
何度目かわからないが、二人で謝る。ほんの出来心だったんです、ええ。
「まあ、結果的には喜んでもらえたんだし、これ以上は言わないわ。最後に、次のテストについてだけど……」
「ええと、また公民館借りるの?」
亜紀の言葉に、うーん、と首を傾げてしまう。公民館が悪いって言うわけじゃないけど、精々今日みたいな人数が精一杯だ。そんな少人数でやり続けても、沢山の人にファンタジーな世界は体験してもらえないわけで。もっと別の方法を考える必要があるだろう。
「まあ、これについては、千春の改良結果によるかしら。期待してるわよ、“自称魔法使いさん”」
冬香にからかわれるように言われて、私はにやりとした笑顔で返す。
「……そう言われては、魔法使いの名にかけて頑張るしかないじゃないですか!」
胸を張って宣言すれば、みんながパチパチと軽い拍手を浴びせてくれる。
「おー、ちいカッコいいー! じゃあ私は今回の様子を纏めて動画でも作るかー!」
「頑張ってね、千春ちゃん! 私もゲームの世界観をもっと作り込むよ!」
「私は……えーっと……みんなを見守っているわね」
何も見つからなかったのか、冬香がそんなことを言う。私たちは思わず吹き出して、ずるいよー、じゃあ宿題やってー、リーダーもっと頑張ってよー、なんて軽口を浴びせながら、じゃれ合うように腰の辺りに抱きつくのだった。
「うーん、新しいのか~」
反省会も終わり、それぞれ解散した四季の面々。亜紀と冬香は自分の家に帰ったし、奈津は動画作りのために、亜空間に篭もっている最中だ。
私はといえば、ベッドに横たわりながら、新しいVRについて、あれこれと考えていた。
学習机の上で一人……いや、一匹黙々とゲームをやっているフェンリルの後ろ姿を見ながら、ぼんやりと思考を巡らせていく。
……っていうかフェンリル、どうやってゲーム機握ってるの?
思わず気になって、私はだるい身体を起こし、学習机に近付く。するとちょうど一狩り終わったのか、フェンリルはゲーム機から離れてしまった。
「……む」
「なんじゃ?」
私の漏らした不満げな声に、フェンリルがもふんと全身で振り返る。
「いや、どうやってゲーム握ってるのかなーって」
「ん? 普通にじゃが」
「……普通?」
首を傾げれば、もふもふな毛が指向性を持ってさわさわと動き出す。思わず、うわっ、と呻いてしまう私。
「……随分、嫌そうな声じゃの」
「や、だって、気持ち悪っ」
「今まで知らなかったかの?」
「知らないよ……今までフェンリルがゲームしてるところとか、ちゃんと見たこと無かったし」
そんなもぞもぞと動く毛玉とか、すごく嫌なんだけど、視覚的に。見てて何だか背筋がぞわぞわする。
たぶん私は、物凄く嫌な顔をしていたのだろう。フェンリルが私を見上げながら溜息を吐いて、ぴょん、と私の方に飛び掛ってくる。私は咄嗟に両手を突き出し、それを受け止めた。
「こうやって軽快に飛べる時点で、毛を動かせることくらい、わかると思うんじゃがの」
「あー、そういえばそうかも」
言われてみればと、納得する。
今までは、手足とかあるのかな、とか考えてたけど、例えあったとして毛玉に埋もれてる時点で、あんなに飛距離が出せるわけないもんね。
「で、何じゃ?」
「へ?」
うんうん、と納得して頷いていれば、フェンリルがそうやって問うてくる。その問いが突然すぎて良く判らず、私は思わず首を傾げた。
「何が?」
「……何か用事があったわけでは無いんじゃの」
「いや、全然」
ごめーん、なんて軽い調子で謝れば、フェンリルは私の掌の上で溜息を吐く。それからぴょんと私の頭の上に飛び乗ってきた。
その時、頭で受け止めるのを少し失敗したせいで、首がぐぎりと逝きそうになった。が、何とか耐えた。
ほんの少し引き攣ったような感覚の首筋を手でさすっていれば、フェンリルのどこか心配したような声音が降りてくる。
「わしはてっきり、新しい魔法作りが煮詰まっておるのかと思ったぞ」
一狩りしながらも、気には掛けてくれていたらしい。私は気を向けてもらっていた嬉しさに、薄い笑みを浮かべてフェンリルを両手で鷲掴みにして頭から下ろす。うむ、相変わらず魅惑のもふもふです。
「色々と考えたところで、まだ新しい魔法は作れないしねー。出来るようになってから、色々と試行錯誤するよ」
完全オリジナル魔法を作るには、まだレベルが足りないようである。体感的には、あともうちょっとで出来ると思うんだけど。
「まあ、それもそうじゃな」
フェンリルの同意を得たところで、壁に掛けてあったバッグから、腕がにょきりと生えてきた。私はちょうど目に入ったその異質な光景に、目を剥いて固まってしまう。
よいしょ、と亜空間バッグから這いずり出てきたのは奈津だ。きっと撮影が終わったところなのだろう。だがしかし、これは何度見ても、見慣れない光景だと思う。まるでどこかのホラー映画みたい。
「ちい、ただいまー」
「お疲れー、奈津ー」
私はねぎらいの声を彼女にかける。奈津はふふん、と鼻を鳴らしてから、私のベッドに勢い良く腰掛けた。
「んで、いい映像は撮れた?」
元々魔法ノ書には、過去を見るための魔法がある。それをビデオカメラと合わせることで、VRテストの様子を奈津に撮って貰っていたわけだが。
私の問いかけに、奈津はいえーいと両手でピースを返してきた。どうやら首尾は上々らしい。
「動画出来たら、見せるねっ!」
「うん、お願いっ!」
何故かノリノリで、お互いにがっちりと握手しあう。
私の手から肩に移っていたフェンリルは、何故か呆れたように息を吐いた。




