四季編 13
「ねえ、ナツ、来るかな?」
「来るよ、きっと!」
公民館の入り口の辺りで、ナツと二人でテスターの人たちを待つ。他のみんなは、テスターの人たちが来るまで小会議室で待機中だ。
「VR、楽しんでもらえるかな?」
「楽しんでもらえるよ、きっと!」
わくわくとした声のまま、お互いに問答を繰り返す。そわそわと落ち着かない私たちは、そうやってじゃれあって緊張を解そうとしていた。
「あ」
と、そこでちょうど、第一不審人物発見。
きょろきょろと辺りを見回しているジャケットを着た、高校生か大学生くらいの男性に、二人一緒に笑顔で声を掛ける。
「こんにちはー!」
「え、あ、え!?」
声をかけられた男性は、おどおどと挙動不審な様子で肩を揺らす。男性は私の顔をじっと見て、ぱくぱくと口を仰がせた。
私は、ん、と首を傾げてから再び口を開く。
「どうしました?」
「あ、いえそのっ……こんにちは……?」
男は、何故かいまだ落ち着かない様子だったが、ちゃんと挨拶を返してくれた。
「えっと、四季のテスターに応募して下さった方ですか?」
「あ、はい、そうです」
「お名前をお願いします」
ナツが相手の名前を確認する傍ら、私は心話でリルに連絡する。
(一人来たので、至急案内のための人員を送るべし)
(了解じゃ。アキを送るぞ)
そんなやり取りをしている内に、確認が終わったらしい。
「はい、確認が取れました。では案内しますね。じゃあハル、案内お願いね」
「了解! じゃあ、こちらです」
手を向けて案内する。男性は恐縮したように肩を縮ませ、私の後についてきた。
妙に緊張した様子の彼に、私は笑顔で話しかける。
「緊張なさってますか?」
笑いかけながら問えば、男性は強張った表情でこくこくと頷く。
「えっと、はい……正直、すごい驚いてます。ハルさん、ですよね?」
「はい、私が四季の暴走特急、ハルです」
びしっと敬礼のポーズを取りながら冗談めかして言えば、相手も少し笑う。ほんの少しでも緊張が取れたのか、その相手は長く息を吐いた。
「でも……まさか動画に出てくるエルフそのままの姿だとは思いませんでした」
「あはは、試作品は自分の容姿をサンプリングしたので、私だけ本当の姿にそっくりなんですよね。色は違いますけど」
「そうだったんですか……」
何から何まで大嘘だ。これについては、必要悪だと思ってるけど。流石に、魔法ですから! なんて言えたものじゃない。
と、そこでアキがこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、アキ! ここからお願いね」
「うん、わかったよ。……じゃあ、ここからは私、アキが案内させて頂きます」
ぺこ、と頭を下げる彼女に、男性はほっとしたように表情を緩ませた。きっと、アキの可愛さに緊張が解けたのだろう。
軽く手を振って、アキと男性の背を見送る。
「っと、戻らなきゃ」
ぱたぱたと走って玄関まで戻る。
あと十四人、ちゃんと来ますように!
「わー! すげー! 超エルフー!」
「あはははは、超エルフですー!」
「俺、北海道から来たんですよ。寝台特急で」
「……わー、お疲れ様です。その分、ファンタジーな世界を楽しんでいただけると思いますので、楽しみにしててくださいね」
「は、はい……!」
「エルフ! エルフじゃないですか!? ……力の限り抱き締めていいですか?」
「駄目です。女同士とは言え、セクハラで訴えますよー?」
「ナツさんは動画と違うんですね」
「いや、ハルが特殊なだけですよー。姿変えたほうがいいと思うんですけど、あの子考えなしなんで」
「その言い草はひどくない?」
「大丈夫さ、問題ない」
「……スゲー! つーかヤベー! 動画そのままとか想像してなかった! なあ!?」
「あ、ああ……びっくりした……」
「あれ? 友達同士での参加ですか?」
「ん、いや。友達の知り合いにテスターに受かった奴が居るっていうから、紹介してもらって一緒に来たんです」
「あ、なるほどー」
「エルフの人が二人!?」
「それは残像だ。……冗談です、リルは私の双子の妹です」
「姉じゃ」
「妹です」
と、そんな感じに、最初のテスターさんが来てから30分。テスト開始時刻まで、まだ30分はあるけど、テスターの方々は全員揃った。
大抵の人たちは、私を見ると、動画のエルフそっくりなことに驚く。そしてリルの姿を見てもっと目を丸くする。ちなみにリルの設定は、私の双子の姉妹。姉か妹かは、意見が割れてしまうので未決事項ということで。
テスターさんたちの内訳は女性が2人、男性が13人。女性が圧倒的に少ないのは、やはりVRなんてものは非常に怪しいからだろう。
動画内でも拉致だとか色々と言われていたけれど、確かにそう考えるのも無理はないわけで。一回目のテストが終われば、少しくらいは信じてくれる人も増えそうだし、それまでの我慢我慢。
フユが紹介やVRに関しての説明をしてから、三人ずつテスターの人たちを案内する。クオくんはこの部屋で荷物番だ。ちなみに私の担当は女性二人と、男性一人。女性を固めたのは、その方が安心出来ると思ったからだ。
「この中に入るんですか……?」
暗がりの会議室の前で、私と同じくらいの女の子がそうやって不安がってはいたけれど、動画で見慣れたエルフというだけで一応は信頼してくれて、概ねスムーズに案内は済んだ。
フユが前に言ってた。「慣れない環境にいる人は、見覚えのあるものに安心感を覚える」って。つまりは目論見どおりってことです。
その後、テスターの三人に眠りの魔法をかけたり、VRのための腕輪を彼女らにつけたりと、すべての準備を終えた私は、一足先に亜空間の中に向かった。
亜空間の白い空の下。
眠ったまま、綺麗に一列に並ぶ、変身魔法で姿を変えられたテスターの人たち。と、動画での姿に変身した私たち。
「なんか、一列に並んでるのって異様だね……」
「ごめん、凄い不謹慎なんだけどさ。大きい事故とかの後に、遺体が一列に並べられるじゃん? それ思い出した」
「うん、思った以上の不謹慎さでびっくりしたよ」
「いや本当ごめん」
そんな馬鹿みたいな会話をつらつらと交わしながら、状態異常を回復させる魔法を全員にかける。
「ん……?」
一番最初に目が覚めたのは、赤い髪を短く刈り上げた男だった。ちなみに姿は元の姿を参考に、髪と目の色、服装を変化させるだけに留めてある。
男はぱちくりと目を瞬いた後、白い空と黒い床が広がる世界をぽかんと眺め、自分の手を握ったり開いたりする。
そして。
「うぉおおおおお!?」
思い切り叫んだ。その声で目を覚ましたのか、他のテスターの人たちも身体を起こしたかと思うと、ぼんやりとした面持ちで、延々と広がる黒の床を見つめた。
「うお!? なんだこれ、なんだこれなんだこれええ!? すげー! すげええええ!」
最初に目覚めた男が立ち上がり、奇声を上げながらぴょんぴょんとそこらを飛び回る。それに誘発されたように、他の人たちも立ち上がって、自分の姿を確認しているようだった。
「……まずまずの掴み、なのかな?」
「そうなんじゃないかしら?」
こそこそと会話を交わす私とフユ。何だか魔法がなくとも、今のままでもとても楽しそうなので、落ち着くまで放置することに決めた。
「何だこの空! やべー! すげー!」
「私の髪、青くなってる……! ちゃんと触感もある!」
「すげえええええ! こえええええええ! ひょおおおおお!」
「世界が動画のまんまだ……VRとか嘘だろってずっと思ってたけど、やべえ……これはやべえ……」
楽しげな声を上げて興奮する人たちに、何だか懐かしさを覚える。私も魔法を使えるようになった当初は、すごい楽しかったっけなー、なんてぼんやりと考えた。今も十分楽しいけど、最初の興奮にはやっぱり敵わない。
「リアルエルフー!」
「わあ!?」
こちらに飛び掛ってきた金髪の女性を、私は目を丸くしながら何とか避ける。その女性は、慣性のまま、ずしゃあ、と地面に滑り込むように倒れこんだ。
「いっ……たくない!? やっぱりバーチャルなんだ!」
私はその言葉に、ホッとする。どうやらちゃんと護りの魔法は、効果を発しているらしい。
っていうかエルフ好きなんだろうか、この人。玄関でも、抱き締めていいですか、とか言ってたし。
「セクハラで訴えますよー?」
「エルフにだったら訴えられても構いません!」
「……どんだけエルフ好きなんですか」
「日々エルフという単語で動画検索するくらいには!」
この人キャラ濃いなあ、なんて内心で思いながら、視線を全体に向ける。まだ落ち着いた様子には程遠いが、最初よりはマシになっただろうか。
「えーっと、皆さん楽しんでますか?」
「楽しんでまーす!」
「は、はいっ……!」
「ホント、すごいです、これ!」
「俺、北海道から来た甲斐あったわ……ホント、五万円の価値あったわ……」
問いかけに帰ってきた言葉は、全て好意的なものだった。どうやら存分に楽しんでくれているらしい。
皆の視線がこちらに集まったところで、隣にいたフユに視線を向けた。フユは私の視線に頷き、口を開く。
「では、ファンタジーの醍醐味ですし、魔法を使ってみましょう」
魔法という言葉に、ざわりとテスターさんたちが騒がしくなる。VRという体験が強烈過ぎて、忘れてかけていたのだろう。
「じゃあ、システム担当の私ことハルが説明しますね。といっても、使いたい魔法に応じた呪文を口にすればいいだけなんですけど。じゃあまずは簡単な魔法から」
ぴっと腕を伸ばし、誰も居ない方向を指差す。
「『フレイム』!」
私にとってはVR作りのために散々見た魔法だが、テスターの方たちにとってはそうじゃない。ちりりと舞う火花と、そのすぐ後に起こった爆発に、声も無く魅入っていた。
「とまあ、こんな感じです。口にするのは恥ずかしい、と思うかもしれませんが、大きい声で呪文は言いましょうね!」
私がにっこりと笑うと、テスターの方々が我先にという風に呪文を唱えはじめた。
「『フレイム』!」
「ふっ……これしきで私がやられると思ったか!」
「何っ、避けられた、だと……!?」
「ふははは! 私の魔法を受けてみよ! 『フレイム』!」
「ぐああああ!」
ごく一部で、アクション映画ばりの寸劇をやっている人たちが居た。護りの魔法のお陰で、多少の熱は感じても、怪我することもないし別にいいんだけど。というか痛みがないからこそ、あれだけゴロゴロと転がったりアクロバティックな動きが出来るんだろう。
「ねえ、ハルー。私たちもあれやろうよー!」
「ん、いいけど。でも、下は皆いるから空中戦にしない? アマゾネスとエルフの空中戦って微妙な感じするけど」
「え、いいんじゃない?」
「そう?」
二人で笑いながら、すい、と白い空を舞う。
「使用魔法は、ファイアボールだけね。どっちかが被弾したら終わりで」
「わかった。じゃあ、はじめッ!」
ナツが勢い良くこちらに飛び込んでくる。私はそれから逃げるように更に上へと飛んだ。空中での追いかけっこに、地上にいるテスターの人たちは魔法を忘れ、私たちを見上げている。
「『ファイアボール』!」
ナツが打ち込んでくる三発の火炎弾を旋回することで避ける。が、その火炎弾は、私を追うように急角度で曲がった。
「わ!? ナツ、ちょっといつのまに誘導とか出来るように!?」
「私とリルはオタク友達だからねー! こっそりとハルを驚かせるために、練習させてもらってたのさー!」
「な、何だってー!?」
あの毛玉! たまに亜空間バッグを持って外に遊びに行くと思ったら、そういうことか! てっきり買い物のためかと思ってたぜHAHAHA畜生!
私はうう、と唸りながら、後ろに向けて四発のファイアボールを放った。火炎弾同士はぶつかり合って、小さな爆発を起こす。予備だった残りの一発は、あらぬ方向に飛び去っていった。
下では、テスターの方たちが盛り上がっているようだ。私を応援する声、ナツを応援する声、そのどちらでもない歓声が耳に入ってきた。
私たちは少し離れた位置で、向かい合って対峙する。
「今度はこっちから行くよ! 『ファイアボール』!」
「そっちは大きさでくるかっ……!」
さっき出したものとは比べようにもならない大きさの火炎弾に、ナツが眉を寄せる。それを両手で抱えるように上げて、私は台詞を発した。
「みんな、私に力を貸してくれー!」
「元○玉かよ!?」
ナツのツッコミをよそに、私は、でええい! と彼女に思い切り火炎弾を投げる。ナツはそれを避けるため、咄嗟に上へと跳ぶ。
だがそこには、先程あらぬ方向に飛び去っていったはずの火炎弾が!
巨大な火炎弾ばかりに気を取られ、自分からその火炎弾に突っ込んだナツは、悲鳴を上げながら地面に落ちていった。
私もそれを追いかけて、ゆっくりと着地する。
「ナツ、大丈夫?」
「ん、大丈夫ー。あーあ、私の負けか。特訓したのになー。……でも楽しかったー!」
「私もー。あんまり戦いとか好きじゃないんだけど、こういうのって燃えるね」
「だねー」
二人であれこれ言いながら、みんなのいるところに戻る。
迎えてくれたのは、テスターの人たちのキラキラとした目と、リルの楽しげな目と、アキとフユのどこか冷たい目。……うんごめんね、予定にないのにあんな大立ち回りしちゃって。
「ゲームではさっきみたいに、空中バトルなんかも出来ますよー!」
「お、お楽しみにー!」
私とナツは取り繕うように言う。すると、感極まった様子のテスターの人たちに、私たちは囲まれた。
「期待してます!」
「俺も!」
「エルフのためなら世界中どこにでも行くわ!」
「またテストやってください!」
「俺、道民だけど、また応募します!」
「……それは無理すんなって」
私とナツは口々に期待の言葉をかけられる。その期待がくすぐったくて嬉しくて、お互いに顔を見合わせて笑った。