四季編 12
とうとう待ちに待ったVRテストの日。
今日までに、ルナさんに家を貰ったり、魔道具改造なんかもしたけど、特に面白い出来事もなかったから、とりあえず省略ね、省略。
「……とうとう、今日ね」
ごくり。緊張したような冬香の言葉に、生唾を飲む。私の家に集まった四季+お手伝いの一人と一匹は、座って円陣を組んでいた。
「みんな、準備はいいかしら?」
「ばっちし!」
「もちろんさ!」
「大丈夫だよ!」
私たちはそう声をあげ、クオくんとフェンリルの両名はこく、と頷く。
「じゃあ……今日は頑張りましょう!」
「おーっ!」 そうやって気合いを入れた後は、皆にあらかじめ渡しておいた指輪型のマジックアイテムで姿を変える。もし知り合いなんかがいると、とってもまずいことになりそうだしね。
ちなみにフェンリルは自力で人の姿になれるのだが、このマジックアイテムで変身するように言ってある。……だってフェンリルが自力で人に擬態すると、狼耳の銀髪幼女なんだよ。もう、狼耳とか銀髪とか幼女とか、どれとっても案内役には向かないからね。合法ロリですげー可愛かったけど。
「千春……どう?」
「いつもとは違う魅力でナイス!」
一番最初に変身した冬香……フユがその場で自分の身を見回す。腰のちょっと上まであったポニーテールは消失し、ショートカットになっていた。元から整っていた顔つきも微妙に変わっているので、クラスメイトに見られてもわからないだろう。
「ね、ちい、どお!?」
「……どう見ても上げ底です、本当にありがとうございました」
いきなり抱きついてきた奈津に感じた、ポイン、とした感触に私は咄嗟にそう返す。容赦ない一言に、奈津は崩れ落ちた。
崩れ落ちた奈津……ナツを改めて見る。
茶色がかっていた髪は、黒に染まり、長さもセミロングになっていた。顔は「orz」となっているので見えないが、たぶん目の色も変えている気がする。茶色がかった髪と目が、彼女の小学校からのコンプレックスだったから。あ、ついでに胸もね。
「千春ちゃん、私はどうかな?」
「おお、可愛い」
亜紀……アキは、どこかの令嬢みたいなふわふわとした桃色のワンピース姿をしていた。どうやら容姿だけでなく、服装も変化させたらしい。髪も背中の中ほどまで伸びており、顔つきは何を参考にしたのかとても愛らしい顔つきだ。……うん、これで白い帽子なんかかぶせたら、本当にどこかの避暑地のお嬢様みたいだ。
「……でも、確かに可愛いけど、それで案内するの?」
「……駄目かな?」
「いや、駄目じゃないけど……浮いてはいるよね」
「やっぱり?」
そう言ってアキは服装を、元に戻す。変身前までの、パーカーにチェックのスカート。これなら浮かないだろう。可愛くて逆に浮いてるかもしれないけど。
「んじゃ、次は私っと」
私……ハルは新しく考えるのが面倒なので、ゲーム用容姿の色違い(2Pカラー)だ。鏡越しに見る、黒髪黒瞳のルナさんも美人ですなあ(自画自賛)。
「ほい、次フェンリル」
「しょうがないのう……」
そう言って、フェンリルも変身する。その姿に、思わず吹き出した。
「……なんという3Pカラー」
フェンリル……リルは、私の容姿の茶髪バージョンだった。なんという双子。ルナさんを合わせると三つ子か。
「考えるのも面倒じゃしな……」
「それには同意するけどさ……」
興味外のことには、ものぐさな一人と一匹なのであった。
「最後はクオくんだよー」
「……えっと、はい!」
恥ずかしそうに笑いながら、彼は変身する。
女だけだともしもの時危ないから、抑止力になるような姿でね、と前から言ってあったので、彼はその通りに変身してくれた。
……抑止力ある意味抜群の、とあるツナギ姿に。
「ちょっと待てーい!」
恐らく何かを期待していたのだろうナツが、思い切り突っ込みを入れる。
私も唖然としたけどね……流石にその姿はない、と。
「……クオくん、何でその恰好に?」
「抑止力になるものは何かってフェンリルに聞いたら、これだと教えてもらったので、僕なりに調べて変身してみたんですが……違いましたか?」
確かに、抑止力にはなるだろうよ。なるだろうが、それと同時に四季=くそみそ説がまことしやかに囁かれてしまうじゃないか!
「フェ、ン、リ、ル!?」
「で、出来心だったんじゃ! 悪かった! 悪かったからやめい!」
私と同じ顔のリルをとっ捕まえ、首に腕をまわす。そのまま暫くの間、落ちない程度に絞めておいた。
「……頭が痛いわ」
フユが眉を顰めて、頭を抱える。
なんかホント、こんなんでごめんなさい。最近相模家の住人は、何だかとってもカオスです。
結局、その辺りにいそうな黒髪爽やかお兄さんに変身したクオくんと共に、会場である公民館へと向かう。
ちなみに交通手段は、電車だ。何だかんだで私は公民館の下見に行っていないので、転移魔法でそこまで行けないのだ。
転移魔法は、誰かに見られる危険性があるから、あんまりこの世界では使いたくない。だからわざわざ転移魔法だけのためには、下見には行かなかったんだけど。
「……視線が、痛い」
「……そうだね」
アキが引き攣った顔で笑う。うん、そりゃあ、美人だったり可愛い女の子が5人固まってたら、視線も行くわ。違う意味での“見られる危険性”を考えておけば良かったなあ、と思ってももう遅い。
そして一番視線が突き刺さっているのは、私の隣にいるクオくん。このハーレム野郎が! ていう視線がすごい。それを敏感に感じ取ったクオくんが、肩を縮めていた。たぶん本人は、何で見られてるのかわかってないと思うけど。
「……あと30分、頑張りましょう」
「……らじゃー」
変身魔法には、自重も大事です。
ようやく会場についた頃には、私たちのHPは大幅に削らていた。
自重しなかった私たちも確かに悪かった。でも四季は謎の美人4人組! っていうのは個人的に譲れない。
「美少女4人から構成される、クリエイトグループ『四季』! ネット上に颯爽と現れた彼女たち、その正体はいかに!?」とかもしも特集されたらなんか燃えるじゃん。どっかの漫画かアニメみたいで。ないと思うけど。
あ。そもそも会場の近くで変身すれば良かったのでは? という突っ込みは、私が思いついたくらいだから、たぶん皆の胸にもあるのだろう。でもそのことは、誰も口にしなかった。今更感溢れる上に、口にしてしまえば情けなさが当社比120%だから。
「あ、見てみて。『大会議室・小会議室 四季VRテスト会場』だって」
ナツが指差した先には、本日の催し物一覧、と書かれたボードがあった。
他には絵手紙教室、ジャズダンスサークル練習などと書かれており、私たちのそれだけが物凄く浮いていた。
「さて、じゃあ私とナツは公民館のひとに挨拶してくるわね。他の皆は、そのまま会議室に行って準備をお願い」
「わかったー」
そう言って二手に分かれる私たち。
「じゃあ、千春ちゃ……じゃなくて、ハル。こっちだよ」
「うん、行こっか」
唯一会議室の場所を知っているアキについて、ぞろぞろと移動する。
只今の時間は12時ちょっとすぎ。VRテストは2時からに設定してあるので、準備時間は約二時間。早めに来る人がいるかもしれないことを考えると、一時間ほどだろう。
大会議室と小会議室は隣り合った場所にあったので、先に待合室のために使用する小会議室を見る。
「こっちは弄らなくて良さそうだね」
「うん」
そこは、椅子と机が並んだ、標準的な会議室だった。狭いものの、20人くらいは入れるだろう。
「じゃあ、次はあっちだね」
そう言って隣の大会議室に向かう私たち。部屋はアキたちの言っていた通り、確かに狭い。大きさは学校の教室くらいだろうか。会議室としては十分だろうけど。
そんなことを考えながら、まず並んでいた机と椅子を片付けることにする。
部屋のドアを閉じ、誰も入れないように鍵を閉めてから、リルが亜空間への入り口であるカバンの口を広げ、クオくんが魔法で重量を極限まで減らした椅子と机をぽいぽいと亜空間に放り込む。
それを横目に見ながら、私も十数枚ほどの暗幕を創造魔法で作り出した。
「えっと……『ウイングロード』!」
アキが、ブレスレットに込められた魔法を使って宙を舞い、暗幕を運ぶ。私も同じように飛びながら、ガムテープで窓の辺りに貼り付けた。なんとなく中学の時の学校祭でやった、お化け屋敷の準備を思い出す作業だ。
……あの時はホント楽しかったっけなー。こだわって作ったお陰で、子供も、別クラスの同級生も、奈津も泣いてた。……奈津の場合は、一緒に準備したくせに何故泣いたやら。恐いのすっごい苦手らしいけど、だからって自分のクラスの出し物で泣くか、普通?
さて、窓の半分ほどを塞いだ辺りで、会議室のドアがノックされる。恐らくフユたちが帰ってきたのだろう。そう思いながら、魔法を解いて地面に下りる。
リルがそれを確認してからドアを開ければ、思った通りナツとフユだった。
「挨拶は終わったの?」
「ええ、勿論。それにしてもこの短時間でここまで……流石に早いわね」
「まあね。魔法さまさまって感じ」
並んでいた机と椅子は片付け終わり、窓の半分は既に塞がれている。フユたちと別れてから10分ほどなので、確かにスピーディだ。
「じゃあ、私たちは何をすればいいかしら?」
「ん、じゃあフユは暗幕の続きをお願い。ナツとリルは私の方を手伝って。クオくんは、その隅に積まれてる椅子もしまっちゃってくれる?」
それぞれに指示を出し、また創造魔法を使用する。今度はパーティションを作成。これで道を5つ作り、テスターをそれぞれの道に3人ずつ誘導するのだ。
ぽんぽんと創造していったものを、ナツとリルが引き摺って道になるように微調整する。それを繰り返し、ようやく道が出来たころ、他のみんなの作業も終わったようだった。
「じゃあ、ちょっと電気消してみるよ?」
アキが言って、部屋の電気を消す。うん、思った以上に真っ暗だ。暗幕はきっちりと自然光をシャットアウトしているらしく、漏れ入る光も殆どない。
「じゃあ、つけるね?」
その言葉で、部屋に明るさが戻ってくる。
はい、感想をそれぞれどうぞ。
「暗すぎね」
「案内とかこれじゃ無理だね」
「私がテスターだったとして、この中には正直入りたくない……正直」
「あはは、お化け屋敷みたいだもんね」
「……そんなに暗かったかの?」
「暗かったですよ……」
フェンリルはどうやら、あの暗い中でも周りが見えているらしかった。なんか猫みたい。
「んー、しょうがない。薄暗く見える程度の灯りは設置しよっか」
そう言いながら、魔法で作ったランプ(らしきもの)を、ロッカーの上に幾つか設置する。
「はい、じゃあ電気消して?」
ぼんやりと小さな光に照らされ、浮かび上がる道。
「怪しさが増したわね」
「……ですよねー」
「でも、この程度なら『VRのための環境として、薄暗くしています』って言い訳で通じるんじゃないかな?」
「……うん、そういうことにしよっか」
妥協と言い訳とは、何と素晴らしき言葉であろうか。
「じゃあ、あとは道の角部分に『繋がりの鏡』を設置して、っと……こんな感じ、かな?」
魔法を設置した場所には、ほいっと暖簾をかけておく。そうすれば色々誤魔化しが効くし、ナツたちが案内する時もわかりやすいだろう。
「あ、ちょっと待っててね?」
皆にそう伝えてから、暖簾をくぐり、繋がりの鏡を通る。その途端、辺りが真っ暗になった。偽装VR部屋には、窓も作っていないので仕方がないが。
ランプを幾つか作成し、部屋を照らす。うん、これであっちと同じくらいの明るさになっただろう。
「ただいまー」
「お帰りなさい。大丈夫そう?」
「うん。同じくらいの明るさになったし、わからないと思うよ」
「どれどれー?」
ナツが言って暖簾を潜る。うん、角だし薄暗いせいもあって、急に消えたとしても不自然には思えないだろう。
少しして、ナツがあっちから帰ってくる。
「うん、大丈夫だと思うよー」
「そっか。じゃあ他のとこにも同じようにやってくるねー」
ささっと他の偽VR部屋にもランプを置いて、会議室に戻る。
電気をつけて、ようやくホッと一息。
「んじゃ、準備も終わりだね」
「そうだね。……えっと……あ、1時間かかってないよ」
「わ、本当だ」
アキの携帯を覗き込んだナツが驚く。
私も時刻を見せてもらうと、1時2分前だった。始めたのが12時ちょっと過ぎだから、50分強か。
「……普通にやったらどれくらいかかるのかな」
「えっと……まずベッドを運び込まなきゃいけないから、それだけで1時間くらいかかるんじゃないかな」
「そのまま運ぶにしても、分解したものを運ぶにしても、このメンバーじゃ1時間じゃ足りないと思うわよ?」
「結論は、沢山時間がかかるってことで」
「うん、ナツは正しい」
そのやり取りに、私たちは笑う。
さあさ、準備は完了です。
みんなで、魔法パーティを楽しもうじゃないか!