四季編 11
「……こちら千春、応答せよ」
『えっと、こちら奈津。何かあったのか』
「何もない」
『……了解した』
小さな声でメタルギアごっこをしながら、兵士が守る王城の門前から少し離れた場所に立つ。
と言っても、ダンボールをかぶっているわけではなく、透明化の魔法を使っているだけだが。
……いいよね、ダンボール。今度、認識阻害的な魔法をかけたダンボール作ろうっと。使い道はないけど。
兵士は先程の声を感知したのか、こちらを一瞬見る。が、すぐに視線を前に戻した。風か何かで、王都の方から流れてきたものだとでも思ったのだろう。
『……ねえ、ちい。これやめない? すっごい意味ないし、周りから変な目で見られるし』
「……だね。じゃあ、また後で連絡するから、街で色々見てて? 何かあったら要連絡ね。あと欲しいものあったら、渡した金貨で買い物してていいよー。お金についてはさっき教えた通りね」
『はいはい、わかったー』
奈津とそんな風に遊んでいたわけだが、虚しくなった私たちはそこで通信を切る。これから城に侵入するわけだし、どっちにしろこれ以上遊んではいられなかったんだけど。
「さてっ、行きますかっ!」
魔法を使って、ふわ、と浮き上がる。そして易々と、城門を越えた。
「……えっと、こっちか」
あらかじめ、地図作成魔法で城の地図を作り、頭に叩き込んでおいたので、迷うことなく進んでいく。しばらく飛んでいれば、ルナさんの部屋に辿り着いた。
ルナさんの部屋をこっそり窓から覗き込めば、彼女が執務机に座っているのが見える。と、その時、がばっと勢い良くルナさんが振り向いた。
「誰だ!?」
視線はしっかりこちらに向かっている。ちゃんと姿は消しているはずなのになんでだろう、と冷や汗を掻いていると、ルナさんは剣を片手にこちらに向かってきた。
私は思い切り焦ってしまい、思わず声を上げる。
「わーわー! ルナさん私です、千春です!」
「何……? チハルか!」
切り倒す! そんな鬼気迫る勢いのまま剣を抜いていたルナさんは、私の呼びかけに驚いたように目を見開く。私が魔法を解けば、ようやく剣を鞘に戻し、窓を開けてくれた。
私はホッとして、そこから室内に入り込む。
「突然ごめんなさい。ルナさんに会いたくて、侵入してきちゃいました」
「いやいい、私も会いたかったからな。侵入は……まあ仕方がないだろう。門兵に取次ぎを頼んだとしても、一蹴されるだろうしな」
ルナさんはそう言って、手に持っていた剣を机の上に置く。彼女の疲れたような表情と、目の下に薄っすらと浮かぶ隈が気になったが、とりあえずそれは置いておく。
「ところでルナさん、何で私がいるってわかったんですか?」
「気配だ」
「……へー」
透明化しても気配は消せないのか。……気配なんて普通の人は感じられないと思うけど、これからは気をつけるようにしようっと。
「それでチハル、今日はどうした? 何かあったのか?」
「あ、えっと、ルナさんと色々話したいことがあって。……ここじゃなんですし、いつもの酒場に行きませんか?」
「む、それもそうだな。誰かが来ても面倒だ。チハルは先に向かっていてくれるか?」
「はい、わかりましたー」
私は頷いて、再び自身に魔法をかける。ルナさんが机の上の書類を纏めるのを横目に、再び窓から外に飛び出した。
というわけで、私は酒場に行く前に奈津たちと合流することにした。待ち合わせ場所を決め、近くの路地裏に一度降りてから、すぐにその場所へ向かう。
「ちいお帰りー」
「……あ、パニシュだ!」
すると、三人揃って懐かしい食べ物を食べていた。初めて異世界に来た時に食べた、白いソース(みたいなもの)がかかった、細いお好み焼きみたいな食べ物のパニシュだ。そういえば最初に食べた時以来食べてないなあ、なんて思い当たる。
「あ、ちいも食べたことあるんだ!」
奈津が口の端に白いものをつけながら笑う。聞けばどうやら奈津たちも、歩いている時に感じたソースの匂いに釣られたらしい。
「ねえ奈津、私の分は?」
「無いよ?」
「嘘っ!?」
「嘘よ。はい、これ」
冬香に手渡され、ほっとする。まさか一人だけ仲間外れかと思っちゃったじゃないか。
「もう、あるんじゃん! 奈津のいじめっ子ー」
「ちいのいじめられっ子ー」
口を尖らせて奈津に文句を言ったら、逆に笑ってそう返された。何さ、いじめられっ子って。
「それで千春ちゃん、ルナさんは?」
「あ、そうそう。酒場で話すことにしたから、みんなも一緒に行こう? 隣のテーブルに居れば見れるよ」
「ねえ、千春? 私たち未成年なんだけど……」
「今の時間帯なら、普通に食事だけしてても変に思われないから大丈夫だよ」
「ふうん?」
そんな会話をしながら、いつもの酒場に向かう。ちなみにみんなの格好は、ちゃんとこちらの世界にそぐう物になっている。奈津が格闘家風で、亜紀が魔法使い風、冬香が剣士風だ。
ちなみに私は、いつもの町娘風だったり。
なので4人で歩いていると、私だけが物凄く浮く。剣士・格闘家・魔法使い・町娘なパーティってどんなやねんっていうね。しかも戦力的には町娘最強。とんだクソゲーですな。
「あ、ここだよ」
私たちは酒場の中に入る。隣同士あいているテーブルに陣取り、私は座ってルナさんを待つことにした。後ろにいる三人は、早速頼む料理を選んでいる。
「……メモ肉のかりかり揚げってのがあるよ? メモって何だろうね」
「さあ? 頼んでみたらどうかしら」
「こっちはラゴラのサラダだって。うーん、全然どんな料理か判らないけど、食材が違うのって面白いね」
後ろの会話に、思わず頬が引き攣る。
メモは犬に似た魔物で、ラゴラは植物系の魔物なんだけど。まあ、味は美味しいから言わなきゃわからないだろう。知らぬが花だよ、花。
と、暫くの間ぼんやりと後ろの会話を聞いていたら、ようやくルナさんがやってきた。彼女はいつものローブ姿で、私を見つけてこちらに近付いてくる。
「待たせたか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、ならよかった」
ルナさんは店員さんを呼び、何かを頼む。少しして店員さんが持ってきたのはビールみたいな飲み物だった。ただし、何故か色が真っ黒だったけど。正直ちょっと引いた。
「それで、話したいこととは何だ?」
ルナさんが顔を隠すローブを外してから、そう切り出す。ローブを外した瞬間、私の後ろから息を呑むような音が聞こえた。わかるよ、美人だもんね。
「えっと、長くなるんですけど……」
アルバートさんに説明したように、私がこの世界じゃない場所から来たことと、私はこの世界で探していたものについて話す。もう自身の安全が確保されているので、そう隠す必要もなくなったからだ。あ、ちゃんと口止めはするけどね。なんてったって王妃様は黒いらしいから。
そして、私の説明を黙って聞いていたルナさんが一言。
「……信じるしかないだろうな」
肩を竦めての言葉に、私も思わず苦笑気味ですみません、と頭を下げてしまう。ルナさんはいや、と私を手で制しながら言葉を続けた。
「チハルの魔法は、この世界の魔法とはあまりにも違いすぎる」
「そうなんですか?」
「ああ。あの後、魔法についての文献を漁ったが、転移魔法などは一切記述がなかった。世界のどこかにはあるのかもしれないが、そんな稀有な魔法を、普通の町娘が使うわけもないだろう。色々と正体を予想はしていたが、どれもしっくり来なかったところだ。異世界の人間と言われたほうが、まだ理解できる」
正体、か。彼女の予想ではどんな人間だったんだろう、私。
すごく気になったが、それについて問うことは出来なかった。ルナさんが先に問いかけてきたからだ。
「それで、チハル。何が目的なんだ? わざわざ教えるということは、何かあるのだろう?」
「……まあ、わかりますよね。ええとですね、ズバリ言いますが、こことシルヴァニアに一軒ずつ家を用意して欲しいんです」
今回の本題はこれだった。
繋がりの鏡を改造したので、異世界との境界が常時設置が可能になった。ので、こちらの世界にも拠点的なものが欲しくなったわけだ。クオくんのこともあるし。
「家? どうしてだ?」
「家というか、隔離された空間があったほうが行き来が楽なんですよね。転移魔法で、いきなり変な場所に出たら怪しまれちゃいますし」
「なるほどな。わかった、準備させよう」
おおう、即答ですか。さすが王女さまです。
「いいんですか?」
「ああ、勿論だ。例の件では、殆ど礼も出来なかったからな。その分だと思ってくれ」
言われて気付く。確かに、以前の事件では、何一つその類を貰っていない。貰う前に飛び出してきた、と言ったほうが正しいのかもしれないけど。
どっちにしろ今回は、彼女の厚意に甘えておこう。
「準備が出来たら連絡しようと思うのだが……前回のコインの様な、チハルと会話するための道具はあるか?」
「あ、そうでした。これ、ルナさんにあげます」
アルバートさんにも渡した、VRのための試作品のブレスレットを取り出す。そして同じような説明をルナさんにすれば、彼女は何故か眉を潜めてしまった。あれ、いらなかったかな?
「……物はとても嬉しいのだが、誰にでも使えるのは少し問題だな」
「まあ、そうですね。さっきも言いましたが、取られたら終わりですし、だからって肌身離さず持ってるわけにもいきませんし」
風呂のときや寝るときまでずっと身に付けているのは、流石に煩わしいだろう。それにルナさんの場合、色々な行事があって服を着替えることが多いだろうから、普通以上にずっと付けているのは難しい。
「何らかの使用制限をかけることは可能か?」
「ん……出来るとは思うんですけど、今すぐはちょっと難しいですね。次来るまでに、その辺り何とかしてみます」
条件によって使用制限がかかる魔道具、か。VR作りにも役立ちそうだから、帰ってからその辺り色々と試してみようっと。
「とりあえず、これは返しておく。だがそうすると、連絡が取れないのか。……そうだな、十日後にもう一度会わないか?」
「十日後……」
頭の中に今月のカレンダーを思い浮かべる。十日後っていうと、VRテストの前の週の日曜日になるのか。ま、大丈夫でしょう。
「大丈夫です。じゃあ十日後で、場所はここですよね。……時間は?」
「今日と同じくらいで頼む」
「わかりました」
了承の意を込めて頷く。ルナさんはテーブルの上にあった飲み物を、ぐいっと呷った。……真っ黒だけど美味しいんだろうか、それ。
話が一段楽したところで、会った時から気になっていたことを聞いてみる。
「ルナさん、随分疲れてるみたいですね」
「……まあな。以前の件で、城が色々と騒がしくなってしまってな。私含め、皆が奔走しているところだ」
「大変そう、ですね。……そんな大変な時に来てしまってすみません」
「いや、大丈夫だ。グレイにも「休んでください」と言われていたところだしな。丁度いい機会だ」
不意に出た「グレイ」という名詞に、私は思わず肩をびくつかせてしまう。ルナさん関連で殺気を向けられ続けたこともあり、すっかり苦手意識が根付いているようだ。
「……今度来た時は、リポDでも持ってきますよ」
「リポD? 何だそれは」
「こっちの世界にある……ええと、元気になれるお薬です」
栄養ドリンクでは通じないだろうと思い、そう言葉を変えてみる。するとルナさんが、キッと目を尖らせ、こちらに厳しい視線を向けた。
「……麻薬の類か?」
「いやいやいや! そんなものじゃないですから!」
まさかの言葉に、思わず過剰反応してしまう。
するとその反応を見たルナさんが、口元にニヤリとした笑みを浮かべた。
「冗談だ」
ルナさんの冗談は笑えません。
内心、全力で突っ込む私だった。
「では、またな、チハル」
「はい、また」
それから少しの間ルナさんと世間話をしていたのだが、彼女がそろそろ戻るというので私は入り口まで彼女を見送る。それからテーブルに戻れば、奈津たちが話しかけてきた。
「ちょっと、ちい! ちいのキャラってルナさんじゃん!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「言ってないよ! もう、ビックリしちゃったんだから!」
VRのための自キャラであるエルフは、ルナさんを参考にしたわけだが。確かにそのことを、三人には伝えていなかったかもしれない。奈津や亜紀に言われ、ようやくそのことに気付く私なのだった。
「でも、それなら納得ね。あんな美人、想像だけじゃ普通は作れないもの」
「確かにモデルはいるんだろうなって思ってたけど、でもまさか異世界人だとは思わなかったよ」
「ごめん、教えてたと思ってた」
照れ隠しに笑いながら、頬を掻く。奈津はしょうがないなあ、なんて顔で私の額をツンと指で突く。爪があたって地味に痛かった。
「じゃあ、今日はそろそろ帰ろっか」
私の問いに、三人が頷く。私たちは食事代を払い、酒場を出た。
「……でも、今日は楽しかったなあ。千春ちゃんがVRゲームで伝えたい“素敵な世界”っていうのが、何となくわかった気がする」
不意に出た亜紀の言葉に、二人も頷く。どうやら、今日の“日帰り界外旅行”は存分に楽しんでもらえたようだ。
「よし、帰ったらゲームのストーリー考えようっと!」
「応援してる!」
「応援してて!」
心からやる気いっぱいの様子な亜紀に、私たちは各々檄を飛ばすのだった。