四季編 7
のんびりタイムな、夜。
私は濡れた髪をタオルで包んだまま、ベッドの上でうつ伏せに寝転がって携帯を弄っていた。
「えっと、タイトルは……『祝・初ブログです』っと」
奈津が借りてきてくれた四季のブログに記事を投稿するため、新規メールにぽちぽちと文章を打ち込んでいく。
んー、と考え込みながら、何度も文章を消しては書き、消しては書きを繰り返した。
そして、頭を使うこと十数分後。
「……ん、こんなもんかな?」
書いた文章を読み返す。
『title :
祝・初ブログです!
内容 :
はじめまして、こんにちは。四季の暴走特急(笑)の、ハルです。
このブログは、ゲームの情報1割、その他9割な感じに更新されるブログです。
よろしくおねがいします!
……さて。
早速書くことに詰まりました(笑)
あ、そうだ。
今、テスターを募集しているαテスト(勝手に命名)について語りましょう。
βテストの前段階なので、αテストです。
まだ、RPGの部分は全然出来ていないのですが、テスターを募集させていただきました。
何故、未完成の今なのか。
理由は簡単です。
ぶっちゃけ誰もVRとか信じませんよね?(笑)
なので、今回体験してもらった人に、口コミで広げてもらおうっていう算段です。
実際にゲームが完成する頃には、少しでも信じてくださる方が増えればなあ、と思っています。
そして、皆でファンタジーな世界で遊びましょう!
じゃあ、今日はこの辺りで。
次はナツです。ナツ、宜しくね?』
しばらくの間、何度も文面を読み返した私は、満足の行く出来ににんまりと笑う。
「よし、これで完成!」
宛先に投稿のためのアドレスを記述して、送信ボタンをぽちっとな。
「……さて、送信完了っと。……くしゅっ!」
送信ボタンを押したのと同時に、口から漏れた大きなくしゃみ。髪を乾かしていないせいで、すっかり湯冷めしてしまったようだ。
「うう、さっさと髪乾かそうっと……」
ぶる、と震えた肩を抱き、タンスの上に置いてあるドライヤーを手に取った。
そして次の日。
「あ、千春、おはよー」
すっかり二週間の失踪のことなんて忘れたように、クラスのみんなは登校してきた私に軽く声をかけてくれる。それがとても嬉しくて、私も満面の笑顔で挨拶を返し、自分の席に座った。
クラスメイトたちが心の中でどう思っているかは知らないが、イジメも有りえるかもと考えていた私としては、今の雰囲気は悪くないと思っていた。
そんな、朝の学校特有のざわざわとした空気の中、カバンを肩にかけたままの奈津が声をかけてきた。
「ちい、おっはよ!」
「あ、おはよ、奈津」
一時間目の準備をしていた私は、カバンを探る手を止めて奈津へと挨拶を返す。
カバンを持ったままなところを見ると、どうやら教室の入り口から私の元へ直行で来たらしい。そんな彼女は、とても機嫌が良さそうな満面の笑顔を浮かべていた。
その表情はまるで、機嫌のいい理由を聞いてください! と言わんばかり。
スルーしても良かったのだが、まだショートホームルームまでに時間はあることだし、聞くことにする。
「……んで、どうしたの? 妙に機嫌良さそうだけど」
「あのね、昨日だけでなんとメールが20通くらいきてたよ!」
一瞬、何のメールかわからなかったが、すぐにピンと思い当たる。テスター募集のメールのことだろう。
20通。それを多いと取るか少ないと取るかは人次第だが、私は多い方だと思う。
昨日のブログにも書いたが、VRなんて信じるほうが稀なのだ。
これから少しずつでも実績を積んでいけば、信じてくれる人も増えるだろうけど。
でも今は、難しいこと抜きに、喜んでおこうと思う。
「奈津、それはぐーっどなニュースじゃないですか!」
「だよね!?」
お互いにノリノリで、いえーい! と両手を合わせる。周囲の視線が、「あ、また何かやってるよ」という微妙に痛いものを見る視線だったけど、気にしないことにした。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるね」
午前の授業が終わり、昼休み。みんなと机を囲んでいた私は、弁当を開ける前にそう言って席を立つ。
「落ちるなよー」
「どこにだ!」
奈津のからかいに、思わず突っ込む。
まさかどこかのラノベみたいに、水洗トイレから異世界にコンニチハ! なんてことは無いと思う。
例えそんなことがあったとしても、今の私ならすぐに帰ってこれるけど。
「あ、先にご飯食べててねー」
「うん、わかった」
亜紀が小さく手を振る。私も手を振って彼女に応え、教室を後にした。
ふんふん、と鼻歌を歌って携帯を弄りながら、廊下を歩く。と、そんな私の行く手を誰かが遮った。
「……?」
俯いていた顔を上げれば、そこには一人の男子生徒がいた。だが、相手はまったく知らない顔。首を傾げながら通り過ぎようとすれば、しかし彼は私の通り道を塞ぐ。
「……なんですか?」
眉を潜めながら、私はその生徒に問いかけた。すると、その男はこう返してくる。
「なあ、失踪してたのってお前だよな?」
「そうですけど? まあ、記憶にはないけど、失踪してたみたいですね」
「神隠しだっけ? ……それってさ、嘘なんじゃねーの?」
「……嘘って?」
嘘という言葉に、私は警戒を強め、彼を睨みつける。
……この男は、何か知っているのだろうか?
彼は私の視線を馬鹿にしたように肩を竦めて、口を開いた。
「だってこの現代日本で神隠しなんか有り得ないだろ? ガキの御伽噺じゃねーんだし。だから、実はさ……監禁とかされてたんだろ?」
思わず、脱力した。
そういやそんな噂が立ってたと、亜紀が言っていたっけ。最近忙しくて、すっかりそんなこと忘れていた。
つまりこの目の前にいる男は、私が監禁されてアレな日々を過ごしていたと思っているわけか。というより、そっちの方が面白そう、とか思ってるんだろう。
一気に、沸々とした怒りが湧き上がる。
……殴り飛ばしてやろうかな。
こっそり後ろ手で拳を握り締めたが、流石に校内で暴力沙汰は停学になりかねないので我慢した。
「……それで? 妙な自論を並べて何がしたいんですか?」
「実際のところどうなのか、本人に教えてもらおうと思ってさ。なあ、何発出されたんだ?」
にやにやと笑いながら下卑たことを言う男に、ぶち、と何かが切れた。
怒りのまま、心の中でとある魔法を思い浮かべる。
「……な、何だよ?」
突然黙りこくり、雰囲気を変えた私に、男が僅かにたじろぐ。私はそんなことを気にせず、こっそりと魔法を発動させた。
よし、完了。
「……とにかく、何も覚えてないから、答えられません! じゃ、私急いでますから!」
私はそう言い残して、本来の目的であるトイレに向かう。後ろではチ、とつまらなさそうな舌打ちが聞こえたが、聞こえなかったフリをしておいた。
「……ってなことがあったわけよ!」
「大変だったね、千春ちゃん……」
教室に戻るなり、弁当をやけ食いした私は、その勢いのまま憤慨を隠さずに先程あったことを愚痴った。
すると、亜紀がよしよし、と頭を撫でてくれる。私は「うう、辛かったよう!」と芝居がかった仕草で彼女に抱きついておいた。
ちなみに亜紀は(検閲が入りました)カップなので、抱きつき心地は実にマーベラス。ちなみに奈津はステータスで、冬香はエクセレンッ! な感じ。……何を言ってるんだ私は。
「どこに行っても、トラブルに巻き込まれるのは流石ね」
「人をトラブルメーカーみたいに言わないでよ」
冬香の言葉に、亜紀から離れて口を尖らせる。
別に、トラブルに巻き込まれること自体は、そんなに多くない。……ただ、面白そうな何かに体当たりで突っ込んでいくだけで。
「それで、相手にはどんな制裁加えたわけ?」
「……制裁じゃなくて、ちょっとしたお仕置きですよ?」
「言葉を変えても一緒だから。で?」
「えっと……」
1、性質を変化させる魔法で、相手の運をゼロに
2、ついでに、女子からの好感度もゼロに
3、ついでのついでに、性質にドジっ娘属性追加
「……みたいな感じ?」
「うわあ……」
私の言葉に、一目散にそう声を漏らしたのは奈津。亜紀と冬香は苦笑を漏らしていた。
「有効時間は三日にしたし、女の子に下品なこと言った罰としては妥当でしょ」
ちなみに今回使用した魔法は、本来は物質の性質を変化させる魔法だったんだけど、ちょっと改造して生物にも使用できるようにしてみたのだ。生物も言ってしまえば物質の塊だから、改造は簡単だった。
この魔法以外にも少しずつ色々と改造しているので、いつか試してみたいものだ。
「ねえねえ、そのドジッ娘属性ってどんなの?」
亜紀の言葉に、そうだなあ、と例を挙げる。
「何も無いところでずっこけて、パンチラとか。転んで壁に穴をあけちゃうとか。淹れてきたコーヒーをぶちまけて、ご主人様にお仕置きされたりとか……って最後のはちょっと違うか」
「……えっと、それを男が?」
「…………うん」
何だかそう改めて考えると、結構非道なことやってしまった気がする。せめてドジっ「子」にしておけば良かったかな。今更遅いけど。
「……ま、まあ、とにかく! ちい、これからも気をつけなよ?」
「うん。心配してくれてありがと!」
奈津の言葉に、笑顔で礼を言う。ちょうどそこで昼休み終了のチャイムが鳴ったので、この話題はここで終わりとなった。
後日談として。
ドジっ娘属性(=なんか妙に可愛い)
+女子からの好感度ゼロ(=男子からの好感度そのまま)
+運ゼロ(=とことん不要なフラグが立った)
というタチの悪いトライアタックのせいで、彼が新たなる何かに目覚めたとか目覚めなかったとかという話を、風の噂で聞いた。
……本人に資質があっただけで、私のせいじゃないもーん。