四季編 6
その電話がかかってきたのは、夕方5時すぎ。
クオくんと安全のためのマジックアイテムについて話し合っていた時だった。
鳴り響く携帯の着信音に、私たちの会話がぷつりと途切れる。
「ん、電話だ。誰だろ……あ、奈津」
「ナツさんですか? どうしたんでしょうね?」
クオくんの言葉に、さあ、と首を傾げ、通話ボタンを押した。
『ちょっと、ちい! パソコンつけて! 動画見てみ!』
「え、何、どうしたの!?」
聞こえてきたのは、興奮気味な彼女の声。
パソコンはリビングにしかないから、私はクオくんと一緒に連れ立って、階段を下りた。
リビングのパソコンを起動しながら、奈津の話を詳しく聞いてみる。どうやら昨日投稿した私たちの動画が、凄いことになっているらしい。
何がどう凄いのかは、見てみろと言われたので、素直に見てみることにする。
「えっと……あ、これだこれだ」
ブックマークに入っているミコミコ動画のURLをクリックし、奈津が投稿した動画を検索する。
「えっと、これだ……あ、れ? 9万再生……?」
そこに映し出されていたのは、信じられない数字だった。
あれ? だってこれ、昨日投稿したんだよね?
私は呆然としたまま、動画ページに移動する。
『やばいよね!?』
「やばいっていうか……何事?」
『何か、ランキングもカテゴリ一位だし、10万再生支援も始まっちゃってる……!』
「ええ!?」
ここまで大事になるとは、想像もしなかった。
正直、1000再生くらい行けばいいかな、と思っていたので、これは予想外。
「亜紀や冬香には?」
『まだ言ってない。たぶん言ってもわからないかな、と思ったから』
「まあ、普段から見てないと、この伸び率の異常性はわからないかも。……うーん、とりあえず10万再生ありがとうのコメント出そっか?」
『えっと、ちいが文面考えてくれる? 私は、あーちゃんとふーちゃんにも連絡するから』
「ん、わかった」
ぷつ、と通話が途切れる。
つー、つー、という音を耳にしながら、私は小さく息を吐く。
それにしても、何でこんなに伸びたんだろう?
「どうしたんですか?」
「……いや、宣伝用に投稿した動画が、すごい再生数だったから」
「えっと……9万……って凄いんですか?」
彼の言葉に、深く頷く。
「普通は1000行くかどうかだからね。四桁の壁は厚いよ」
「……確かにすごいですね」
彼は驚いたように言う。
やっぱりサムネイルのエルフが良かったのだろうか?
それともCGという名目に引かれてくれたのだろうか?
どちらにしても、多くの人に見てもらえたのは良かった。
パソコンのテキストエディタを開き、ぽちぽちと打ち込みながら文章を考える。
そのついでにメッセンジャーを立ち上げ、オンラインになっている奈津に繋いだ。おーいと打ってみるが反応がないので、どうやら今はパソコンの前にいないらしい。
読み込み終わった動画を再生すると、俗に言う0秒コメントが、画面を埋め尽くした。
『☆10万まであと5000☆』『95000キタ!』『紫煙』『つ ○○○○』『もうちょっとで10万!』『wktk』『お前らもっと熱くなれよ!』『修造www』『もうちょいだああああ』
「わー、盛り上がってる……!」
思った以上の熱狂に、思わず画面に食いつく。
動画が進むと、更にその熱狂はヒートアップして見えた。
『弾幕薄いよ何やってんの!』『動画も見ろよお前ら!冬さまああああああ!』『秋こそが至高』『←エロフの春だろjk』『←エロで春とか自重しるwww』『なら夏は頂いていきますね』『妖精の動きが優雅すぐる』『夏はアホの子に違いない』『←自分の火でダメージ受けてたりしてw』『←ワロタwww』『機械ッ娘のクールさに惚れたぜえええええ』『エルフ( ゜∀゜)o彡°エルフ( ゜∀゜)o彡°』『wktkwktk』『マジやべえwwww』『つーかエルフ弾幕多くね?w』『支援』『きたきたきたああああ』『愛してるううううううう』『真赤な誓いいいいいいいいいい』『←その弾幕はちげえww』
最早、動画どうこうというより、ただ祭りになっているだけのようだったが、好意的に思われているのは確かなようだ。
だが、やはり流れるのは賞賛のコメントだけではない。
『ただの釣り動画だろ』『釣られてる奴らwwm9(^Д^)ザマァwwww』『超きもいんだけど』『え、こんな動画を喜んで見るとか。引くわ』『目が腐る』『死ね死ね死ね』『見る価値無し』『エルフwwwとかwwwwオタク乙wwwwww』『クズは死ねクズは死ねクズは死ね』『VRとかwww頭おかしすぐるwwww』『※工作動画です※』
そう言った荒しコメントも、当然のようにあった。
それに反論するコメント、荒らしを煽るコメント、無視しろよという反応を返すコメント……もはやカオスと呼ぶにふさわしい状況だった。
「ネットってすごいなー……」
思わず呟く。ここで反応して荒しに燃料投下するのもどうかと思ったが、この機会を逃さないほうが宣伝にはなるだろう。それに、大多数は好意的な意見だ。炎上はしないはず。……たぶん。
「……本当に凄いですね」
クオくんも、私の後ろから画面を覗いてそう呟く。彼は短時間でこの世界に順応しつつあった。
最初はネットというのも良く判っていなかったが、沢山の人との間でやりとり出来るもの、くらいは理解したらしい。
『でも、CGはともかくVRとかは嘘だよな?』『←だと思うが。流石にVRはないだろ』『←それでも四季なら……四季ならきっと何とかしてくれる!』
リアルなCGはともかく、やはりVRについては信じている人も少ない。が、少数の人は期待してくれているようだ。
その時ちょうど、メッセンジャーの音がした。
『奈津 さんの発言:
ふーちゃんもメッセに呼んだから、その内来ると思う』
どうやら三人で色々と相談することにしたらしい。
亜紀の家にはパソコンがないので、彼女は参加できないのがネックだが。
恐らくあとで、冬香が結果をまとめて携帯にメールで送ってくれるだろう。
『千春 さんの発言:
おk』
私は簡単に反応を返してから、メンバーに冬香を入れて彼女を待った。
彼女を待つ間、ふと思ったことを打ち込む。
『千春 さんの発言:
やっぱVR、信じられてないね』
少し待つと、彼女からの返事が来た。
『奈津 さんの発言:
まあ、しょうがない
実際VRじゃないし』
魔法だもんね、と声に出さず呟き、キーボードに向かう。
『千春 さんの発言:
だからさ、ミコ生とかで放送できないかな?
みんなのコメント通りに動かすの
奈津 さんの発言:
亜空間の映像を、そのまま配信ってこと?
千春 さんの発言:
カメラで撮った映像をパソコンに取り込んで、デスクトップの画面を配信の方が
隣にミコの画面とか開いておいて
奈津 さんの発言:
あー、それならどうだろ
普通に出来る気がするけど、やりかたわからん
千春 さんの発言:
……ビデオカメラに転移魔法とかかけてみよっかw
奈津 さんの発言:
それでどうにかなんのか?ww』
彼女の突っ込みに、思わず笑ってしまう。
やっぱどうにもなりませんよね、と一頻り笑ったところで、冬香がやってきた。
『冬香 さんの発言:
大変なことになってるみたいね
奈津 さんの発言:
うn
千春 さんの発言:
びっくり
冬香 さんの発言:
ちょっとログ辿るわね』
そう言って沈黙した冬香。私たちも沈黙し、彼女を待った。
しばらくして、彼女からのコメントが返ってくる。
『冬香 さんの発言:
ミコ生って何かしら?
奈津 さんの発言:
ミコミコ生放送の略なんだけど
ユーザー側から、リアルタイムで動画を配信できる
といってもちょっと遅延はあるけど
冬香 さんの発言:
そんなのもあるのね』
彼女達の会話を眺めながら、テキストエディタで先程まで打っていた文章をコピーする。
そしてメッセの画面に貼り付けた。
『千春 さんの発言:
こんにちは、四季です。
10万再生、ありがとうございます。
沢山の方に動画を見ていただけたようで、嬉しいです。
VRについては、嘘だと思われる方が大半だと思います。
ですので、近いうちにミコ生で実演したいと思います。
詳細はこちら→ URL
↑文章考えたんだけどどう?』
少しして、二人からコメントが返ってきた。
『冬香 さんの発言:
まだミコ生で出来るかどうか決まっていないんだし、最後の一文はやめておいたら?
書くならせめて、「近いうちに何らかの形でお見せしたい」くらいに
奈津 さんの発言:
だね
というか、ミコ生とかじゃなくて、もうテスター募集しちゃえば?
RPG部分はまだ出来ていませんが、VRのテストがしたいので募集、みたいに
偽装VRは殆どできてるんだから、たぶんそっちの方が楽だよ』
二人の意見に、あーそっか、と思わず納得してしまう。
確かに、奈津の言うほうが断然楽だ。
それに画面越しよりは、体験した人たちに口コミで広げてもらった方が、まだ信頼してもらえる気がする。
『千春 さんの発言:
そうかも
どこか場所借りて、やっちゃおうか』
それを送信してから、ぽちぽちと文章の一部を書き換える。
『千春 さんの発言:
ですので、テスターを募集したいと思います。
募集要項→ URL
最後これでいい?』
問いかけると、二人からゴーサインが出たので一安心する。
募集要項のページについては、三人で考え、ささっと奈津に作ってもらうことにした。
彼女を待つ間、動画とそれについたコメントを眺める。
全くもってカオスだ。
「あの、チハルさん」
「何?」
「聞きたかったんですけど、エルフって……この世界では、どういう認識なんですか?」
そう問われ、考えたこともなかったことに悩んでしまう。
どういう認識か……?
「うーん……ファンタジーの登場人物、かなあ……実際にはいないしね。憧れとも言えるかも」
少なくとも、私にとっては憧れの存在なので、そんな説明をする。
天使や悪魔、神と並ぶほどに、ファンタジーでは定番だし、間違いともいえないだろうが。
「でも、どうして?」
「僕のいた世界では、エルフは悪い生き物と言われてましたから……」
「へー。ていうか居たんだ、エルフ」
街では人間しか見ないので、人間しかいない世界だと思っていたが、どうやらエルフはいるらしい。
その内、リアルエルフに会ってみたいと思った私だった。
そんな会話を二人で繰り広げていると、奈津から待ちに待った反応がきた。
『奈津 さんの発言:
あげたよー
ttp://seasonsxxxxxxx.xxx.xx/fortester.html』
彼女の提示したURLをクリックする。ブラウザが別枠で立ち上げられ、そのページが表示された。
私は内容を確認する。
『○VRテスター募集
日時、場所はまだ未定です。
場所は関東地区、日時は今月下旬、もしくは来月上旬を予定しています。
テスター条件
・ファンタジーや魔法の世界に憧れていること
※交通費、謝礼などはお支払い出来ません。
ファンタジーに憧れており、それを体験したいという方の中で、その点を了承してくださる方のみ、下のメールフォームより申し込みをお願いいたします。
追って連絡させていただきます。
規定数より多い応募があった場合は、抽選にさせていただきます。』
『千春 さんの発言:
GJ
いいと思う
冬香 さんの発言:
応募がくるといいわね』
冬香の言葉にぎくりと身体が強張る。
流石に交通費も謝礼も出せないじゃ、VRなんて不確かなものに応募してくれないかもしれない。
でも、それ以外に方法もないので、こうするしかない。
『奈津 さんの発言:
まあ、どうなるかはノリと祭りの雰囲気に任せようよ
駄目なら駄目で、また別な方法を考えればいいんだし』
ま、そうだね。そう打とうとキーボードに手を掛けた瞬間、母に名を呼ばれる。
どうやら夕食の時間らしい。
『千春 さんの発言:
ごめん、ご飯
いったん落ちる』
二人の返事を待たず、席を離れる。
後ろにいたクオくんと一緒に、キッチンに向かった。
夕食を食べ終えた私は、パソコンの前に戻る。クオくんは母に捕まって、一緒にお風呂だ。二人とも順応しすぎだと思う、特に母。
パソコンを見ると、私がいない間も二人はメッセで会話していたらしい。メッセの画面に会話のログが溜まっていた。二人の話に混ざる前に、ログを辿る。
その内容は殆ど瑣末な雑談で、動画に寄せられたコメントに対するものだったり、四季のサイトの日記についてだったり。
そういえば順番に日記を書こうという話もしていたな、とそれを見て思い出したのは内緒。
『千春 さんの発言:
ただいま
ログ読んだ
日記書くなら、やっぱり春夏秋冬の順番にしたいな』
端的に伝えると、二人はお帰りと共に、それぞれ同意するコメントを返信してくる。
奈津がそれを受け、ブログレンタルしてくる、とメッセから離れた。
『千春 さんの発言:
ねえ、冬香
VRの実験、どこでやろうか
冬香 さんの発言:
……やっぱり考えてなかったの
というよりテスターは何人呼ぶつもりなのよ?
千春 さんの発言:
個人的には、10人~20人を予定してた
あんまり多いと、大変だと思って
冬香 さんの発言:
なら、公民館の一室でも借り切れば?』
思わず、その発想は無かったと唸ってしまう。
そうか、公民館って一般人でも借りられるのか。
なんとなく、行政とかそういうイメージだったので、借りるという発想すら思い浮かばなかった。
『千春 さんの発言:
うん、それいいかも
冬香 さんの発言:
ならちょっと検索してくるわね
千春 さんの発言:
いてら』
冬香もメッセから離れたようなので、手持ち無沙汰になった私は、動画をまた再生する。
見るたびにコメントが変わって、見ていて面白いし、私たちの動画で盛り上がってくれるのだと思うと嬉しい。荒らしはちょっと苦笑いしながら見なかったことにする。
「あ!」
幾度目かの更新ボタンの後、私は声を上げる。画面上に七色で彩られる“10万再生”の文字に、私の指はキーボードを走っていた。
『千春 さんの発言:
10万きたー!』
私の発言に、二人がすぐに反応する。
『冬香 さんの発言:
とうとうね
奈津 さんの発言:
おー、はえー
動画コメント変更してくる ノシ』
ふう、と一息吐く。
これからどうなるかはわからないけど、上手くいけばいいなあ、と思わずにやにやした。