四季編 4
「フェンリルーッ!」
「うわっ、何じゃ、どうしたんじゃ!?」
あの後、とりあえず実現可能かどうかを試してみる、ということにして帰宅した私たち。
家に帰るなり、リビングでテレビなんて見ていたフェンリルを両手で握るようにとっ捕まえて、自分の部屋に拉致る。
「あのね! 魔法でVRのゲームを作りたいの! 出来る!?」
「チハル、落ち着け! お主が何を言っとるのか全く判らんわ! というか苦しい、離さんか!」
あ、という声と共に、私は手の力を緩める。私の両手に捕らえられていたフェンリルは、そこからすっぽりと飛び抜けた。
ベッドの上に着地したフェンリルは、ふう、と溜息を吐く。
「えっと……ごめん……フェンリル」
「落ち着いたなら、とりあえず1から話してみい」
頷いて、事の顛末を語って聞かせる。
そして全てを聞き終えたフェンリルは、呆れた声で言った。
「……前から思っとったが、チハル、お主少し変わっとるの」
「……そんなに変?」
「初めてじゃぞ、そんなことに使うと言い始めた主は……」
きっとまともな身体があったならば、頭を抱えていたに違いない声色で、フェンリルは言う。私は、そんなに変かなあ、としきりに首を傾げた。
「まあ、それはいいわい。それで、チハルは何を聞きたいんじゃ」
フェンリルの問いに、少し戸惑う。
具体的にどうすればいいのか、全然考えていなかった。
ちょっと考え、まずは、と聞いてみる。
「……んっとさ、下巻が揃ったから新しい魔法、作れるよね?」
魔法ノ書の上巻は、呪文から効果まで型にはめられた魔法が書かれており、いわば魔法入門編みたいなもの。
それに対し下巻は、魔法を自由に創造する方法が書かれており、魔法応用編といった感じ、らしい。
上下巻が揃ってから、まだぱらぱらと流し読みしただけだが、概ねこの認識で正解なはずだ。
「魔法ノ書を読め……と、言いたいところだが、まあいいじゃろ。出来るじゃろうが、今のチハルじゃ無理じゃの。魔法使いとしての実力が全然足りんわ」
「今から修行に専念したとして、どれくらいかかる?」
「そうじゃな……今のペースじゃと、一月半くらいかの」
結構かかるな、と思わずげんなりする。
出来ることなら、私は今日からでもゲームを作り始めたいのだ。
「魔法ノ書にある魔法を少し変えるくらいなら、今でも出来るぞ?」
魔法を変える、か。そちらの方が、まだ使えるかもしれない。
「じゃあさ、亜空間を作る魔法ってあるでしょう? あれを変化させることって出来る? たとえば亜空間を、緑豊かな世界に変えるとか」
「出来んの。亜空間はああいう世界じゃから、あのままじゃし、亜空間じゃないものを作ろうとする時点で、それはもはや別の魔法じゃ」
「うーん……駄目か……」
亜空間を好きに弄ることが出来れば、楽だったのだが。そうは問屋が下ろさないようだ。
じゃあ一体どうしたらいいのかな、と頭を捻り、ハッと閃いた。
「そういえば、亜空間とは別の、異次元空間、みたいなのを作れる魔法もあったよね?」
現実世界を、そっくりそのままコピーした世界を作り出す魔法があったはずだ。人間や動物はコピーされないので、余計に都合がいい。
「あるの。ただ、そこで壊れたものは現実でも壊れるぞ。異次元空間もそういう世界じゃから、そこは変えられん」
「ええー……」
RPGを作るのだから、当然、魔法や武器は沢山使ってもらうことになる。いちいちそれの影響を受けるのは、ゲームのステージとしては非常に相応しくない。
「……じゃあさ、生き物の居ない異世界ってあるかな? しかも、自然は豊かな感じの」
「世界は何千、何万とあるからの。あるかもしれんの」
「……あ、よかった」
あるかもしれないのなら、それについては、繋がりの鏡に頼ろうと思う。
上下巻が揃った今なら好きな世界に行けるので、条件指定した上で探せば何とかなりそうだ。
「……じゃあさ、星属性に世界の理をちょっとだけ弄る魔法があるでしょ? それって、どこまで適用されるの? 誰かをこっちの世界から連れて行ったとしたら、その人にその理は適用されるの?」
「されんの。その世界の理は、その世界に属する物や者だけに適用されるものじゃ」
「うーん、難しいな」
“この世界では人は死なず、致命傷を受けた場合は指定の場所に戻る”とか、そういう風に理を弄った上でゲームのステージにすることを考えていたのだが、それも無理のようだ。
「じゃあ、何から何まで全部魔法で作るしかないか。……うん、大体固まったかな。ありがと、フェンリル」
「……全く。全部、書に書いておることじゃろうて……」
「それはそうだけどさ。でも、書の守護獣さんに聞いたほうが早いと思って」
「……はあ。わしは下に戻るぞ」
「ごめんね? テレビ見てたのに拉致って」
「全くじゃわい」
フェンリルは悪態を吐きながら、ぴょん、とベッドから飛び降りる。
部屋のドアをあの身体でどうやって開けるのかとワクワクして見ていたら、さっさと開けんか、と怒られた。理不尽な。
フェンリルを見送ってから、その辺りのいらない紙を引っ張り出し、案を書いて纏めていく。
『 project『四季』(※仮称)について
・まず、どうやって人々をゲームに誘導する?
ネットか何かで宣伝して、βユーザーを募集しようと思う。
宣伝方法は、奈津と要相談。
どこかに来てもらうのか、それとも何かアイテムを作り配布するのか
……今はまだ、配布は無理かな?
じゃあ、とりあえずはどこかに集めて、そこから異世界に誘導する方針で
もし新しい魔法が作れるようになったら、幽体離脱の魔法とか、感覚だけ飛ばす魔法とか作りたい
・VRとするために
名目はVRなので、誤魔化すための道具が必要
無難なのはヘッドセット、とかだろうか?
ヘッドセットをつけたユーザを魔法で眠らせる→異世界に放り込む→魔法で起こす、で誤認する?
最終的にネトゲみたいに、多人数参加型のものにしたい
・安全装置
自動防御魔法+転移の魔法をかけておく
防御魔法が無くなった瞬簡に、転移が発動するように
一目で残り魔法残量がわかるようにして、それをHPのメーターにする?
創造魔法で、そういう感じのものが作れないか試してみよう
・姿
現実と一緒じゃ、ゲームにならない
理想の自分になってこそ、ゲームだと思う
でも、理想を伝えてもらうのって難しい
CG技術がもっと発達してればいいんだけどなー
最初は、髪や肌、目の色で区別をつけよう
顔は殆どそのままで、ちょっと弄るくらい
・魔物とNPC
この辺りは難しいので、後回し
VRシステムを構築してから、考えよう
今はゲームじゃなくて、VRで魔法を体験してもらうところまでを目標に』
「……とりあえず考えなきゃいけないのって、こんなもんかな?」
出来上がった紙を見て、私は満足げに頷く。
とりあえずは、こんなところでいいだろう。
「よし、じゃあまずは、創造魔法の練習しようっと!」
結局、異世界では一度も使うことのなかった派生属性だが、ようやく使う時が来た。
まずは、簡単なものから作ってみよう、と私は実験を開始した。
二時間ほどかかって試してみた結果、色々なことがわかった。
まず、ずっと作ろうと思った宝石類。これは、見た目的には完璧だった。
ただ成分については、目当ての宝石通りとも限らないので、本物と呼べるかどうかはわからないが。
しかし、魔法の触媒としては非常に優秀だ。魔蓄率も魔導率も、金貨の数倍ほどという体感だ。もしかしたら、“魔法を込めるために使う”というイメージを持っていたために、そうなったのかもしれない。
次に、魔法で改造した後のものを想像しても、そういうものは創造されなかった。つまりは、『何の変哲の無いコイン』は創造できても、『通信魔法を込めたコイン』は創造出来なかったのだ。
そして、機械類。やはり、私のイメージ力が足りないのか、中身の機械部分は創造されず、ただのハリボテが出来てしまった。当然、魔法がかかっているわけでもないそれが、動作することはなく。
これらの実験から、創造魔法は、アイテムのための素材を作るにはもってこいだが、アイテム自体は作れない、という結論になった。
「……よし、じゃあここからが本番だな。『我は光を詠う。我は光を謳う。』……」
自分の望む素材のイメージを、心の中で呟きながら構築していく。
形状はとりあえず腕輪。魔蓄率は、複数の魔法を込められるように高ければ高いほどいい。あとは、魔力の残量によって色が変わる性質でも持ってくれれば最高だ。
もやもやとしたイメージを、段々と明確にし、膨らませる。ぴん、と私の中で全てが嵌ったところで、その魔法を発動させた。
「……『光よ、我の唱を聴き、祈りを纏いて発現せよ』!」
キラキラと光が舞うエフェクトと共に、それが現れる。シンプルな腕輪の形状をしたそれは、鈍い銀色だった。
「……何か、手垢のついた装飾品みたいだな……」
もっと磨かれた銀を想像していたのだけど。
少し落胆しながらそれを手に取り、とりあえず自動防御の魔法を込めてみた。
「……お? お、おお!」
すると、見る見る銀色が輝いていく。私は思わず、なるほど、と唸った。
「つまり、これが鈍い色になったら、魔力切れが近い……ってわっかりにく!」
思わずノリ突っ込み。
通常時ならともかく、戦闘の時までこんな微妙な差に気を遣ってられないよ、これ。
「……でも、こういう性質のものが作れるってわかっただけで、儲けものだと思っておきますか」
魔力の残量が減ったら、ぴこーん、ぴこーん、なんて音がするものとかも作ったらどうだろう。すごくRPGっぽい表現で面白そうだが、実に間抜けなことになりそうだ。
それか、魔力の残量が減ると、少しずつ麻痺の魔法がかかるようにする、とか。
次から次へと浮かぶ案に、食指が動きまくって、しょうがない。
よし、今日はとことん、試してみるぞ!
「おはよー、みんなぁー……」
「うっわ、ちい、凄い顔……!」
「……千春ちゃん、具合悪そうだよ、大丈夫?」
「寝不足かしら?」
「冬香、正解ー……だから、心配はしないでねー」
寝不足でぼーっとする頭のまま、はっきりとしない意識で心配する皆に手を振る。そのまま倒れるように、椅子にもたれかかった。
結局、昨晩寝たのは朝方の4時過ぎ。
クオくんを巻き込んでまでの、一大実験だった。
そのお陰で、VRシステムの大体の形は出来た。ただ心配なのは、安全性について。それについては、クオくんともテストしたが、あとで四人ともテストしようと思う。被験者の数は、多いだけいい。
「例のあれ、作ってたの?」
「うんー、凄いはりきっちゃって……でもそのお陰で大体出来たよー……あとはテストで色々と確認かなー……」
「さすがだね、千春ちゃん!」
亜紀が嬉しそうに、ぐったりと突っ伏す私の手を取る。私は彼女の動作に、されるがままになっていた。
「ちいは時々、信じられない位の集中力を発揮するよね。……ま、私もホームページは大体作っちゃったし、ちいのこと言えないんだけど」
「あら、奈津も凄いじゃない?」
「と言っても、本当に形だけだけどね。ページに書く内容も、ちゃんと決まってないし」
「ああ、それもそうね。……内容って誰が考えるの? 亜紀?」
「えー、みんなで考えようよ?」
私以外の会話を子守唄に、机にのしかかりながら目を閉じる。
……ああ、早く、放課後にならないかな。
ドキドキを胸に、担任が来るまでの少しの時間、私は浅い眠りについた。