四季編 3
異世界から帰ってきて、初めての学校。
私が教室に入るなり、変なざわめきが起こった。
二週間も行方不明だったから、皆、興味津々なのだろう。仕方がないとはいえ、何となく針の筵にいる気分。
教師には、こっちに帰った日にすぐ母が連絡してくれたので、何か聞かれることは無いと思う。
ただ神隠しという設定なので、妙な目で見られることもあるかもしれないが、それは仕方がない。
妙な空気の中、内心で溜息をついて自分の席――いちばん窓側の前から二番目――に座る。
「おはよっ、ちい!」
「千春ちゃん、おはよう?」
「千春、おはよう」
でも、そんな空気を払拭するように、三人が笑顔で挨拶してくれて。
「おはよ、みんな!」
私もちゃんと笑顔を浮かべられた。
「あ、そだ。みんな、ノートありがとう。すごい助かったよ!」
土曜日に借りていたノートを、三人にそれぞれ返す。
これが無ければ、今日からの授業が大変だっただろう。何も言わなかったのに持ってきてくれた彼女らに、心からの感謝だ。
ただ、繋がりの鏡を通った時に自動的にかかる翻訳魔法のせいで、英語のノートですら日本語に見えて焦ったけど。魔法を解いたら戻りました。
「あ、そういえばちい、昨日結果どうだった?」
「ん? あ、病院の? やっぱり体調に異状はなし、健康そのものだって。神隠し中は、よっぽどいい生活してたんだろうねー」
あっけらかんと、笑って言う。こうやってわざと情報をばら撒いておけば、周りにも段々と浸透していくだろう。
「でも、神隠しなんて……千春ちゃんも凄いね。全く記憶にないんでしょ?」
「うん。ふと気付いたら家の前に居てさ。あれ、さっきまで学校にいたはずなのに、と思って家に入ったら、すっごいお母さんやつれてるし。二週間もどこに行ってたの! とか怒鳴られるし……あの時はびっくりしたよ」
「……まあ、仕方がないわよ。今回心配させた分まで、ちゃんと親孝行しなさいよ、千春」
「はーい……」
一芝居打ってもらうことは事前に相談してあったので、そんな会話がすらすらと交わされていく。周りの注意がこちらに向いているのがわかったけど、私たちは知らん振りで続けた。
「でも、有り得るんだね、神隠しって……」
「しっかりそれに遭遇するあたり、千春よね……」
「……まあ、ちいは、面白そうなものハンターだからね」
「えっ、ちょっと、“面白そうなものハンター”って何!?」
思わず本気で突っ込みを入れてしまう。
あの、そんなの台本にないんですけど。
「だってちいってば、面白そうとか言って、変なものばっかり持ってくるじゃん。無駄に長い鉛筆とか、無駄にでかい電卓とか」
「あ、授業中にそれを使って、先生にびっくりされてたよね?」
「あと、変わった飲み物には必ず飛びつくよね。変わったお菓子にも」
「……ジンギスカンキャラメルは、ちょっと本気で不味かったわよね……。それと、受験シーズンのウカールとかも大好きね、受験生でもないのに」
「バレンタインの時は、でっかいチョコシリーズとか言って沢山買ってきたもんね。あのサイズじゃ、板チョコっていうかもうただの板だよ、板」
「どうあっても普通じゃないんだよね、ちいって。ま、全部市販されてるんだから、需要はあるんだろうけどさ」
「よ、よく皆覚えてるね……?」
笑いながらぽんぽんと列挙され、少しへこむ。
少しむくれていたら、ちょうど先生が教室に入って来たので、そこで会話はおしまいになった。
久しぶりに受ける授業は、何だかとても退屈で。
もし異世界に居たら、なんて考えばかりが浮かぶ。
今頃クオくんと一緒に、魔物退治をしている時間かな。
そういえば、アルバートさんに挨拶してこなかったな。
ルナさんは今頃、頑張ってるかな。
そんなどうしようもない思考たちに一つ溜息を吐くと、右手でペンを回しながら、外を見た。
微かに聞こえる鳥の声に、今日もいい天気だな、と目を細める。
ふとそこで、異世界に鳥らしき生物が一匹もいなかったことを思い出した。
羽の生えた魔物は居たが、あれは断じて鳥ではないと思う。どちらかというと、哺乳類に羽が生えた生物、という見た目をしていた。魔物の本には、ほぼ伝説扱いでドラゴンの絵も書いてあったけど、あれだって鳥ではないはず。
やはりこちらとは、進化の過程が違うのだろう。
「相模、次読めー」
「うえっ、ふあい! あっ、ごめ……!」
考え事をしていて、焦った私は、勢い良く立ち上がる。
弾かれた椅子が、がたんと思い切り後ろの席にぶつかって、周りからくすくすとした失笑が漏れた。
「相模ー、記憶はしっかりしてるかー」
「あっ、記憶はしっかりしてますけど、読む場所はわかりません!」
「……ばかものー」
正直に言うと、先生からは苦笑が漏れる。
恥ずかしくて思わず縮こまると、隣の亜紀が笑いながらページを教えてくれた。
「えっと、私が掛茶屋で先生を見た時は……」
前より少し進んでいる教科書のページ。
でも、変わらず接してくれる、友人たち。
……二週間が長かったのか、短かったのか。私にはわからないけど。
帰ってこれて良かったと、しみじみ思った。
退屈な授業をやり過ごし、ようやく訪れたお昼休み。
私はげっそりとした面持ちで、机に突っ伏していた。
「どうしたの、千春ちゃん?」
「……いや、何ていうか……長期休み明けって感じがして」
「……あー、それはそうかもしれないね」
亜紀だけに聞こえるくらいの小さな声で言うと、納得したらしい。
どこか困ったような声色で、同意してくれた。
「えっと、ファイト、千春ちゃん! ……あ、それより、ご飯食べようよ? 久しぶりに4人揃ったから、お弁当も張り切ってきちゃった!」
どーんと目の前に差し出された二段の重箱に、思わず苦笑する。
「これは張り切りすぎでしょ!?」
「あはは、やっぱり?」
自分でもそう思っていたのだろう。彼女は照れたように、頬を掻いた。
「わっ! あっちゃん、何これ、どしたの!?」
「凄いわね……」
私たちの席に、お弁当を持ちながら寄ってきた奈津と冬香もそうやって驚く。
亜紀は、さっきと同じ説明を彼女たちにもして、私と同じような言葉で呆れられていた。
「それより、早く食べよう?」
「そだね。じゃ、亜紀の机とくっつけてっと」
「はいよっと」
私はいつものように、亜紀と私の机を引き寄せ、くっつける。奈津も手伝ってくれた。
くっつけた二脚の机を、囲んで座る。私もお弁当をバックから取り出し、テーブルの上に置いた。
「……じゃあ、早速いただきましょう!」
「いただきます!」
手を合わせてから、亜紀が重箱を開ける。そこには、彩り豊かで美味しそうなおかずやおにぎりの数々が所狭しと詰まっていた。
「卵焼きにタコさんウィンナー、肉団子にほうれん草の和え物、そしてアスパラのベーコン巻きにきんぴらさん……!」
さすがは亜紀。
すごく、おいしそうです……。
がしっと隣に座っていた亜紀を抱き締める。
「亜紀! もう、私の家にお嫁に来ないっ!?」
「あはは、考えておくよ、千春ちゃん」
「あー、ちいだけズルイ」
「なら、四人で重婚すれば解決ね」
「あ、それいい」
「えっ?」
亜紀が良くないよ、と奈津をぺしりと叩く。
そんなやり取りに私は一人爆笑し、言い出しっぺの冬香は、我関せずと言った様子で卵焼きに箸を伸ばしていた。
私も負けじと、肉団子に箸を刺し、ぱくりと一口。
「うう、美味しい……!」
冷凍食品ではない、彼女手作りの味。きっと朝早くから頑張ってくれたのだと思うと、その美味しさもひとしおである。
「あ、ちい、抜け駆け! 私も食べる!」
「千春ちゃんも、奈っちゃんも、どんどん食べて!」
こうして賑やかに、むしろ騒がしく、お昼の時間は過ぎていった。
昼食の後は、流れるように時間は過ぎ、放課後。
下校の準備をする彼女達に、私は一声掛ける。
「あのさ、ちょっと図書室に行ってこようと思うんだけど」
「ちい、ついてくよ!」
「私も行くね?」
「一緒に行くわ」
「うえっ!?」
三人が次々にそう言うから、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
何でいきなりついてくるなんて皆言い出したんだろう? と、目を白黒させながら少し考えてみれば、すぐに合点がいった。
だってあの日、私はそう言い残して、異世界に消えたんだ。
だから、私が一人で図書室になんか行ったら、またどこかに消えるんじゃないかと思ったんだろう。
もう、そんなことは恐らく起こらないだろうとは判っていても。それでも彼女たちは、心配してくれたんだ。
その心遣いが、とても嬉しい。
「……特に用事はないんだけど、いいかな?」
「いいよ、行こう?」
亜紀が、私のカバンを取って、手渡してくれる。私はありがとう、とそれを受け取った。
四人で連れ立って、図書室を目指す。
「……ねえ、ちい? 特に用事がないって言うけど、じゃあ何しに行くの?」
「えっと……ほら、これとの出会いの場所だから、ちょっと行ってみたくなっただけ」
これ、と手首に着けてある魔法ノ書をちらと指差せば、彼女たちは納得して、各々相槌を打つ。
「ちょっと覗いたら、すぐに帰るから。……ごめんね? 付き合わせて」
「気にしないでいいわよ。私たちが勝手について来てるだけだから」
「そうそうっ! だからちいは、思う存分聖地巡礼しててよ!」
「……奈っちゃん、聖地巡礼って……」
「え? あれ? 普通に使わない? あれ?」
焦ったような笑みを浮かべる奈津に、全員がトドメを刺す。
「言わないよ?」
「言わないわね」
「オタク乙」
私たちの厳しい突っ込みに、奈津は頭を抱える。
うう、オタクは学校じゃ隠してるのに、なんてぶつぶつと呟いていたけど無視しておいた。そもそも奈津は隠しているつもりらしいが、彼女がオタクだということは、クラスメイトの殆どが知る周知(羞恥?)の事実だ。正に、無駄無駄無駄ァ、である。
ちなみに私は、奈津に色々と染められたクチ。時たま飛び出す様々な名(迷)言はそのせいだ。
と、グダグダとそんな話ばかりしていたら、もう図書室だ。やっぱり楽しい時間は早く過ぎるなと思いながら、引き戸を引いて中に入る。
そして真っ直ぐ、あのラノベコーナーに向かった。
「へー、高校の図書室にラノベなんてあったんだ?」
自暴自棄から復活した奈津が、潜めた声で言う。
「……そっか、奈津は図書室で本なんて借りないで、ネットからコピペだもんね」
「こらこら、確かにそうだけど、そんな真っ直ぐ言わないでよ。濁して濁して」
「あ、ごめんごめん」
小さく笑いながら、本棚に並ぶ内の、一冊を手に取る。魔法ノ書を見つけるキッカケになった、あのラノベだ。
「千春ちゃん、その本がどうしたの?」
「……この本さ、私も持ってるんだけど、結構古いんだよね。10年以上前の本だったはず……あ、ほら、やっぱり古い。1997年だって」
言いながら、ぱらぱら、とそのラノベを捲る。青年の書かれたカラーイラストを眺め、その懐かしさに目を細めた。
「だからさ、高校なんかにあることにビックリして、あの日もこうやって手に取ったんだ」
「それで、どうしたの?」
「そしたら、そこの隙間から、これとご対面。……運命的でしょ?」
手首を見せながら、小さく笑って問いかける。彼女たちはどこか真面目な雰囲気で、頷いていた。
「本当に、たまたまだったのね」
「うん。だから、このラノベには感謝してる。……まあ、そのせいで行方不明なんてことにもなっちゃったんだけど」
思わず苦笑したら、気にするなとでも言うように、冬香が肩をぽんと叩いてくれた。
「……でもね。きっと、魔」
そこまで言いかけて、ハッとして声を潜める。周囲を見るが、誰も近くに居なかったので、そのまま潜めた声で続けた。
「きっとさ、魔法を使いたい人って、いっぱい居ると思うんだよね。亜紀も、そうでしょ?」
「うん、凄く憧れてた。だから、この間は、凄く楽しかった……!」
うっとりとした笑顔で手を組み、彼女は言う。その輝いた表情に、私は思わず目を逸らしてしまう。
「……だからさ、ほんのちょっと運の良かった私だけが、こんな力を手に入れていいのかって、思っちゃうんだ」
「千春ちゃん……」
どこか心配そうな声色で、亜紀が言う。でも、しくしくと胸を苛む罪悪感で、私は彼女に視線を向けられなかった。
ふと、手の中のラノベに意識が向く。
ん?
……あれ?
…………あっ!
「ねえ! 三人ともっ!」
「しーっ!」
三人から指を立てられ、慌てて両手で口を塞ぐ。
周りからも痛い視線が突き刺さるが、でもこの思いつきは、もう止まりそうに無い。
わくわくと、どきどきが、私の中でこれでもかというくらい暴れまわっていた。
私はラノベを本棚にしまい、唖然とする三人を、力の限り引っ張る。
そして、急いで図書室を後にした。
三人を人気の全く無い廊下まで連れてきた私は、ようやくそこで立ち止まる。
「ちょっと、ちい! 何、どしたの!?」
「あのさ! あのさ! みんなでVRのゲーム作ろうよ!」
「……はあ?」
ぽかん、と皆の表情が固まった。
私はそれに構わず、畳み掛けるように続ける。
「私が魔法でゲームのシステムを作るでしょ? で、奈津が広報担当! 亜紀がゲームのストーリーを書く! 冬香は皆のまとめ役! 完璧! もう完璧でしょ!?」
「ちょっと待って! ちい、落ち着いて、落ち着いてってば!」
どうどう、と制されて、私は仕方がなく声を落とす。
でも、このわくわくは止まりそうにない。だって、もうさっきから面白そうセンサーがうずうずしてしょうがない!
「ちい、言いたいことはわかった。でも、まずは二人にVRの説明をしようね。VRが何かわかってないから」
「あ……」
申し訳なさそうに頬を掻く二人に、私は思わず停止してしまった。
小さくごめんと謝り、深呼吸で自分を落ち着かせてから、彼女達に説明するため口を開く。
「えっと、VRは、バーチャルリアリティ(Virtual Reality)の略なの」
「あっ、それ聞いたことある。確か、現実みたいな世界を体験できるんだよね? ……じゃあVRのゲームってことは、えっと?」
「……つまりは、魔法で擬似的な世界を作って、その中で遊ぼうってことかしら? ……でも、VRって言うの、それ?」
「わかんないけど、でも楽しそうじゃない!? きっと、沢山いると思うんだ! 異世界に行きたいって人! 魔法で空が飛びたい人や、剣で戦ってみたいって人! だから、だからね、私たちから、そんな素敵な世界のおすそ分け! でも本当の魔法だって思われたら困るから、VRってことにするの!」
興奮のあまり、私は一気にまくし立てる。はあはあ、と息が切れたが、胸に充足感が満ちた。
私は、皆を見回す。三人とも戸惑った顔をしていたが、やがて奈津が表情を明るく変えた。
「……そうだね、確かに面白そう。うん……ちい、やろうよ!」
「本当っ!?」
奈津の両手を握り、彼女に詰め寄る。彼女は私の目を見て、うん、と大きく頷いた。私は嬉しくなって、きゃーと奇声を上げながら彼女に抱きつく。
「私もっ、私もやるよ、千春ちゃん! 魔法を、皆に届けよう!」
「私も参加させてもらうわ。たまには見てるだけじゃなくて、一緒に楽しみたいもの」
「本当!?」
嬉しくなって、満面の笑顔の私はその二人にも飛びつく。
どうしよう、どうしよう!
今なら、本当に何でも出来る気分だ!
「ねえねえ、ちい? じゃあさ、私たちのグループ、いや、ユニット名? それともサークル? まあ、どれでもいいけど、名前、決めようよ?」
「名前? ……うん、そうだね!」
「……でも、もう殆ど決まってるようなものじゃないかしら?」
「うん、そうだよね?」
四人で顔を見合わせ、いっせーので、で口にする。
当然、私たちの声は、きっちりしっかりハモったわけで。
こうして私たち『四季』は、密かに始まりを告げるのであった。
やっとここ(本題)まで来ました。
長かった……。
もともと「現代での魔法の有効活用方法って何よ?」から考え付いた話だったのです。ゲーム作りが有効的かどうかは置いておいて。
読者の皆様方は、魔法が使えたらこの現代の日本で何をしますか?