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四季編 1


 鏡をくぐって目を開けば、そこは見慣れた場所。

 初めて魔法ノ書を使った、人気の全くないあの階段だった。


 私は万感の思いを込め、こう言った。



「高校よ、私は帰ってきた!」

 辺りを見回していたクオくんには、ぽかんとされました。

 クオくんの腕の中にいたフェンリルには、哀れみの視線で見つめられました。


 泣いてなんかいません。泣いてなんか。……うっ。



「さて……」

 そんなことをしている場合ではない、とはっと我に返る。

 これからどうしたものか。



「……まずは、家に帰ろう、かな?」

 学校で見つかり騒ぎになるより、家に帰って両親に全て説明して、一緒に考えた方がいいだろう。大体、この失踪事件(?)がどういう話になっているのかすら、わからないのだから。

 そう思った私は、まずは家に帰ることに決めた。


 確か、透明になる魔法があるはずだよな、と、私は魔法ノ書を元に戻す。

 そこでクオくんが、驚きの声を上げた。



「チハルさん、そのブレスレットも、マジックアイテムだったんですか!?」

「え? あ、……あー……」

 そういえば、そこから説明しなくちゃいけなかったんだっけ。

 私は何と言おうか迷い、結局後回しにすることにする。



「後で教えるね。私の……はじまりだから」

「あ、はい!」

 それ以上私の邪魔をしないように、と考えたのだろう。それきり彼は黙して、私がページをめくるのをじっと見ていた。

 魔法ノ書は、またしてもその文量を増やしていた。下巻を手に入れた影響だろう。

 あとでまた読み返そうと思いながら、今必要な情報を探し出す。



「……ええと、透明化して空を飛んで帰ればでいいか。そういえば、下巻手に入れてレベルが上がったお陰で、もう派生属性使えるはずなんだよな……それも今度試さなきゃ……」

 ぶつぶつと呟きながら、魔法ノ書の文字を指でなぞる。

 初めて下巻を手に入れた時は、知らない魔法の呪文が頭の中にぱっと出てきたけど、今はそんなこともなく。

 あれは、力に酔っていて、尚且つクオくんを傷つけられて切れていたからこそ出来たことだったんだな、と思った。

 「クリリンのことかあああ」とパワーアップした悟空みたいなものだろう。



「んと、よし。じゃあ窓をあけてっと」

 すぐ近くの窓に近付き、それを開ける。クオくんも窓に近付き外を見て、わあ、と息を呑んだ。視界に広がる街並みが、あまりにも彼の居た世界とは違っていたからだろう。



「……これが私の世界。あっちとは、全然違うでしょう?」

「はい……! すごい、です……!」

 彼は目をきらきらさせて、その光景に見入っている。

 私も、初めて異世界の街並みを見たときはそんなことを思っていたから、彼の気持ちはよく理解できた。



「じゃあとりあえず、私の家に行こうか」

「チハルさんの…………はい!」

 透明化と飛行、ついでに温度を一定に保つための魔法をかけ、開け広げた窓から外に飛び出す。

 ちなみにクオくんは、私の魔法に、もう驚きを示さなくなっていた。

 少しだけ、切ないものを感じた。







 学校から歩いて15分ほどの自宅は、空を飛ぶと5分くらいで到着できた。

 クオくんは私の魔法には全然驚いてくれなかったが、空から見るこの世界にはしきりに驚きを見せていた。

 電柱、車、建物、道路。その街並み全てが彼にとって、初めて見るものばかりだったから。

 その内、一緒に街を探検しようね、と言えば、彼は嬉しそうな声色ではい、と言った。残念ながら透明化しているためその表情は見えなかったが、たぶん満面の笑みだったのだろう。

 自宅の前に着地し、誰もいないことを確認してから、魔法を解く。



「何か久しぶり……でもないけど。お父さんは仕事だよね。……お母さんいるかな?」

 ちなみに、母は専業主婦、父はしがないサラリーマンである。


 チャイムを、ぴんぽーん、と一押し。

 しばらく待てば、がちゃりと玄関が開く。


 顔を出した母は、俯いたまま口を開こうとし、そしてようやく視線を上げたところで、目を見開いて固まった。

 私は、どこかやつれてしまったように見える母に、笑顔で一言。



「ただいま、お母さん」

「……千春!」

 母は勢い良く飛び出し、私の名を呼びながらひたすらに抱き締めてくる。

 私の服に熱いものが染み込む感覚がして、ああ、やっぱりとても心配させてしまったのだな、と心苦しく思った。



「あの……ごめんね、お母さん。心配、かけて」

 言葉もなく、母は腕の力を強める。

 私はもう一度だけ、ごめんなさい、と呟いた。

 ふと後ろのクオくんに視線を向けると、彼の表情は羨望の色に染まっていて。私はなんとも言えない気持ちになった。

 私が視線を向けたことでようやく、母が後ろにいたクオくんに気付く。そこでまたしても、母は固まった。



「……ち、千春、アンタちょっと、その子一体どこから連れてきたの!?」

「えーっと、それも含めて今回のことを全部説明したいんだけど……だから、家に入らない?」

「そ、それもそうね」

 母は私から離れ、家に入る。私もクオくんを手招きしてからそれに続き、クオくんは戸惑った様相ながらも私の後に続いた。



(……いい母親じゃの)

(でしょ?)

 フェンリルにそう答えながら、懐かしい家の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、胸の内に安堵感が満ちる。

 リビングに入った私たちはソファに腰掛け、私と母は向かい合う。クオくんは私の隣で、がちがちに固まって座っている。



「ええと、お母さん……信じられないかもしれないけど、聞いてね?」

「娘の言葉を信じないわけないでしょう。だからグダグダ言ってないで、ちゃっちゃと吐きなさい」

「……はーい」

 母のいつもの調子が戻ってきた。私はそのことに小さく笑んで、今回のことについて話し始める。



「ええと、まずは……二週間どこに行ってたかというと、異世界に行ってた」

「……はあ? アンタ、何言って……」

 ぽかん、と。母は、鳩が豆鉄砲食らったような表情を浮かべる。

 私は言いかけた母の言葉を遮って、畳み掛けるように続ける。



「きっかけは、この本」

 ブレスレットにしておいた魔法ノ書を、元に戻す。それを見た母は、さっと表情を驚愕に彩り、すぐに真剣な面持ちへと変化させる。

 私が、虚言や妄言を言っているわけじゃないと、それだけで理解したからだ。



「たまたま、高校の図書室で見つけたんだけど、魔法ノ書なんてタイトルでさ。面白そうだから読んでたら、本当に魔法が使える本で。ちょっと試しに使ってみたの。そしたら異世界まで行ったはいいけど、戻ってこれなくなっちゃって。この子は、異世界で知り合って、事情があってこっちまで連れてきた。こっちのもふもふは、ペット、みたいなものかな」

(ペットとは何じゃ)

 フェンリルに突っ込まれたが、無視しておいた。



 一息ついて、最後にこう纏める。



「……どこかの物語みたいだけど、本当の話です」

 証拠も何も無しにこの話をすれば、恐らく私は、鉄格子のついた病院に投げ込まれていただろう。

 だが、実際に今、私はその本を手に持っている。形を変化させるところも見せた。だから、母も信じざるを得ないはずだ。

 母は、何とも言えない表情をし、じっと考え込む。

 少しして、口を開いた。



「……私が千春に言えるのは、1つだけだわ」

「なに?」

「無事に帰ってきてくれて、ありがとう」

 心からの言葉が、照れくさくて、嬉しくて、何も言えずにただ俯く。

 目が潤んで、世界がぼやけた。



「さて、と。私はお父さんに報せてくるわ」

 さっと立ち上がる母に、私はハッとして問いかける。



「あ、そういえばお母さん? 警察に届出とかってしてあるの?」

「勿論、してるに……って、そうだった。見つかったって連絡したら、どこに居たのか当然聞かれるわね。どうしようかしら……」

 頬に手をあて、うーん、と考え込む母が、ぽつりと言う。



「……魔法で何とかならないの?」

「いや、ならないから」

「あら、魔法なんて言うから何でも出来るのかと思ったのに。使えないわね?」

 あれだけすごいと思った魔法たちも、母にかかると“使えない物”扱いのようだ。母の感性に、苦笑するしかない。

 というか、母は魔法をすぐに受け入れすぎだと思う。

 魔法に対して忌避を覚えられるよりは、断然いいんだけど。

 確実に私は、彼女の血を引いているな、と悟った。



「……じゃあ千春、アンタ家出してたことにしなさい」

「ええー……何で家出?」

 母のあまりの言葉に、口を尖らせる。



「なら、異世界に行ってましたって言うの? 警察に?」

「それはー……。なら、この二週間の記憶がありません、とかどう? 神隠しってことで」

「“現代の神隠し! 少女はどこに消えていた!?”とか週刊誌に特集されちゃったりしてね。……まあ、家出なんて言って、内申点が下がるよりはマシかしら」

「世間体うんぬんよりも、まず先に内申点を気にする辺り、お母さんだよね」

「そうね」

 肯定するのか。思わず内心で突っ込んでいた。



「じゃ、それでいきましょうか。お父さんと警察、それと学校にも電話してくるわ。あんたは部屋に戻って、携帯で友達に連絡してあげなさい。そろそろ学校も終わる時間だしね」

 そう母に言われ、ふと、時間という概念を喪失しかけていた自分に気付く。異世界で携帯の電源が切れてからは、感覚と太陽の角度で大体の予想をつけて過ごしていたせいだ。


 時計を見れば、確かに母の言う通り、そろそろ授業の終わりそうな時刻だった。



「……うん、そうする。クオくん、私の部屋に行こう?」

「……あ、はい!」

 話に入れず、すっかり置いてけぼりだったクオくんを呼ぶと、彼は勢い良く立ち上がる。

 私はこっち、と二階にある自分の部屋まで彼を案内した。



「ここが私の部屋。好きに寛いでね?」

「あ、ありがとうございます」

「すまんの」

 二週間ぶりの私の部屋は、何も変わっていなくて安心する。

 ただ、学習机の上にぽつんと、あの日学校に置去りにしたはずのスクールバックとコートがあった。きっと、奈津か亜紀が持って帰ってきてくれたのかな、とか考えながら、どさ、とうつ伏せにベッドへと倒れこんだ。

 あー、久しぶり私の布団! 愛してる布団! と、一通り布団への愛と賛辞を振りまいてから、身体を反転させる。天井を見上げ、ほう、と息を吐いた。



 そして、内心で一言。


 ……知ってる天井だ。



 そんな馬鹿な独り言を心の内で展開させていると、カーペットの敷かれたところに座っていたクオくんが、ぽつりと言う。



「チハルさんには……素敵な家族がいるんですね。すごく、幸せそうでした」

 その言葉が、切なく、寂しいものに聞こえて、私は起き上がって言った。



「クオくんも、これから幸せになるんだよ」

「……そう、でしょうか?」

「うん。絶対そうだよ」

 その内、クオくんの家族に会いに行ってみようと思う。

 捨てたか、捨ててないかは、わからないけど。クオくんを愛していないなんてことは、きっとないはずだから。

 ……もし愛情の欠片も無くて、あんな子いらない! みたいなことを言う家族だったら、もうずっと私の家にいればいいよ。弟になればいいよ。食費とかは私が異世界で稼ぐよ!



「……さて、とりあえず携帯を復活させなきゃ」

 枕の脇にあった充電器を掴み、充電が切れていた携帯に刺す。携帯に充電中を示す赤ランプが点灯したことを確認してから、ぱか、と開いた。



「チハルさん、それ何ですか?」

「ん? 私が作ったコイン型通信機の、凄い版かな?」

「……じゃあ、それ、マジックアイテムなんですか?」

「いや、魔法は使われてないよ。こっちの世界の科学って技術の結晶」

「魔法も使わずにそんなことが出来るんですか……。チハルさんの世界って、凄いんですね」

「ま、まあね……」

 私が褒められたわけでもないのに、つい照れてしまう。頬をぽりぽりと掻きながら、逆の手で携帯の電源を入れた。

 見慣れた起動画面が終わり、待ち受け画面になると、まず私はメールを受信させる。きっと溜まっているんだろうなと思ったら案の定で、一分程で受信したその数なんと213通。


 思わず、うはー、と良く判らない溜息を吐いてしまった。



「後でちゃんと全部読もうっと。……えっと、きっとみんな一緒にいるだろうから、奈津でいいよね」

 電話帳から奈津の番号を選び、発信する。

 ぷるるる、と三度のコール音の後、電話が繋がった



『ちいッ!? ちいなの!?』

「は、はい! 千春です!」

 奈津のもの凄い剣幕に、思わず姿勢を正してしまう。突然情けない声と共に正座した私を、クオくんが目を丸くして見つめていた。



『ちい……! アンタ、一体どこ……あ、ちょっとあーちゃん、まだ私が…………千春ちゃん!』

 最後に私の名を呼んだのは、亜紀だ。きっと奈津の携帯が彼女に奪われたのだろう。



「……亜紀、心配させてごめんね?」

『本当だよ……! どこに行ってたの!?』

「えっと……それは」

 彼女達に魔法や異世界について説明していいか? という問いが私の中に浮かび、愚問だな、と即決する。

 あの三人なら、信頼できるから。

 私を、怪しい研究所に売ったりはしないって。


 ……年頃の女子高生としては変な悩みだが、下手な人に知られると有り得そうで嫌なのだ。



「絶対、説明する。……でも後でね?」

『……わかった。電話越しじゃ大変だもんね。ちょうど明日は土曜だし、家に押しかけるから! 覚悟しててよ!?』

「は、はい!」

 電話越しだから伝わらないというのに、私はこくこくと頷いていた。私にそうさせるだけの圧力が、彼女の声からは感じられたのだ。普段おっとりで大人しい癖に、やるときはやる子だ。



『なら、明日聞くからね。……じゃあ、冬香ちゃんに代わるね?』

 その裏で、ちょっとそれ私の携帯なんですけど、なんていう声が小さく聞こえてきて、思わず笑ってしまった。うん、奈津はもう、いつも通りみたい。



『……もしもし?』

「あ、冬香? 元気だった?」

『それはこっちの台詞よ。……全く、千春ったら、私たちを心配させて。明日会ったら、洗いざらい吐かせて上げるから、覚悟しなさい?』

「えっと……はい」

 きつめな言葉の中に、私への気遣いと心配がはっきりと見えて。

 私はにやけながら、彼女の言葉に素直に返事をした。

 やっぱり私には勿体無いくらいの、素敵な友人たちだ。



『じゃあ奈津に代わるよ。…………くそー、私の携帯なのに殆ど話せなかったし』

「明日があるさっ!」

『……ちい、明日アンタ30秒くすぐり責めね』

「うえぇ!?」

 思い切り変な声が出た。



「ちょ、何いきなり!?」

『だって何かムカついたんだもん』

「横暴な!」

『はいはい、横暴で結構。じゃあそろそろ切るよ。明日の時間はこっちで決めてメールで報告しますからそのつもりで。じゃ!』

「えっちょ、私の意思はっ…………あー……」

 つー、つー、と切れた通話に、肩を竦める。こりゃあ、きっと明日は朝の8時とかに来るな、と小さく苦笑を零しながら、携帯をぽふんとベッドに投げた。



「……チハルさんのお友達ですか?」

「うん、そうだよ。明日来るって言ってたから、クオくんに紹介するね」

「……はい」

 どこか元気なく返事する彼。私は少し考えてから、ちょいちょい、と手で招き寄せる。

 首を傾げながら立ち膝で近寄ってきた彼を、えい、と引っ張って抱き止めた。



「ねえ、クオくん……寂しかったら、もっと甘えてくれていいんだよ?」

「……いえ、僕は、十分甘えてます。それに今でも、チハルさんには迷惑をかけてますし、これ以上なんて……」

「うーん……そこから間違いかな? 私は本当に好きでやってるから、迷惑とかは思ってないよ。というか、迷惑だったら連れてきたりしないし、もっと淡白な態度を取るよ」

 迷惑な人を一緒に連れてくるほど、私はお人好しじゃない。本当に迷惑だと思ってたら、ルナさんの両親にしたみたいに、全く顔も合わせずに出てくると思う。自らの手に負えなくなるような面倒ごとは嫌いなのだ。



「……それに、クオくんは私の命の恩人なんだから」

 フェイルたちと戦っていた時。もしクオくんが庇ってくれていなければ、私は今頃死んでいただろう。自分で傷を治療は出来るが、痛みを抱えた状態でも冷静になれる自信は私にはない。

 それに、クオ君の中に魔法ノ書があったからこそ、フェイルたちを倒せたようなものだ。



「もっと頼ってくれていいんだよ? 甘えてくれていいんだよ?」

 だから、彼は我慢しないで、もっと私に色々言えばいいんだ。



「だってもう、私たちって家族でしょう? そう思ってるのって、私だけ?」

「……僕も、です……!」

 ぎゅ、と彼の腕が背中に回されて。それはまるで、必死に何かを求めているかのようだった。

 ……きっと、沢山の人に囲まれる私に、孤独を覚えたのだろう。それと同時に、私に嫉妬も感じたと思う。

 それがどんな気持ちかは、こうやって囲まれている私にはわからない。でも、それを少なくしてあげることは、出来ると思うから。


 私は、彼の背中を撫でる。

 将来は絶対ブラコンだな、と、簡単に予想のつく未来に小さく笑みを零した。

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