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異世界編 1

 「繋がりの鏡」をくぐれば、そこは深い森の中だった。私はどきどきと弾む胸を押さえながら、辺りを見回す。少しの間、周りを警戒したが、どうやら何もいないようだ。



 それを確認した私は……



「ちょ、マジで異世界来ちゃったー! 超やばい何これ楽しーッ!」

 思いっ切り叫ぶことにした。



「すごいすごい! 私すごい、この本すごい! いやっほーう! ひゃっほーう!」

 その場で小躍りしながら、私は興奮を全身で表す。ああ、正月とお盆と誕生日と学校の長期休みと学級閉鎖がいっぺんに来たみたいだ!


 私はしばらく一人騒いでいたが、数分ほどでようやく落ち着く。上気した呼吸で一息ついてから、その辺りの木陰に座った。

 そこでふと、上靴のままだということに気付く。



「……まあ、すぐ帰るしいっか」

 帰ったら雑巾か何かで拭こうっと。



 さて。



「……魔法、使ってみよう!」

 私は明るい声でにやつきながら、ぺら、と魔法ノ書の表紙を捲る。



『この本を読んだ者には、魔法の力が与えられる。

 その覚悟があるのなら、このまま読み進めるがいい。』



 以前見たときには、小説の序文としか思えなかったその一説。今は、何だかその文字が輝いて見える。



「魔法の力が、私にっ……あああ、もうっ、嬉しすぎる!」

 止まらないにやにやをもう抑える気にもなれず、早速ページをめくり、基本属性について、今度はじっくり熟読することにした。


 少し驚いたのだが、最初軽く読んだ時より行間が詰まり、文量が増えていた。

 これは恐らく、最初に書いてあった「所有権」の関係だと思う。私が「繋がりの鏡」を使用したことで所有権を得たのだろう。



『火は闘争を、水は治癒を、土は安定を、風は変化をそれぞれ司る。

 火と水は相反しあい、土と風は相反しあう。』



「まあ、この辺は良くあるよね」

 最初読んだときも思ったが、どこかのゲームや漫画に良くありそうだ。

 そんなことを思いながら、次の項に進む。



『詠唱によって発動させる魔法を詠唱魔法という。

 詠唱は、短縮することも出来れば、破棄することも出来る。

 また、精霊と契約し発動させる魔法を精霊魔法という。

 この世界の火の主精はフエゴ、水の主精はジュビア、風の主精はシエロ、土の主精はビーダである。』



「……この世界の? ってことは、他の世界に行けば、もしかしてここの文章書き換わるのかな? ……まあ既にごっそりと変化してるし、そうなんだろうな」

 地球にいたときはどうだったか考えたが、思い出せなかった。もしかしたら書いていなかっただけかもしれないけれど。


 基本四属性全ての説明のあとには、火や水など、それぞれの属性についての説明が続く。

 ちなみに魔法にはそれぞれ難易度があり、私の魔法使いとしての実力――つまりはレベルみたいなものだろう。これからはそう読もう――が上がらないと、呪文を唱えても失敗するらしい。私のレベルが上がれば使えるようになるようだ。何だかゲームみたい。


 私はふんふんと読みながら、魔法を試してみることにした。



「えっと、まずは無難に火からやってみようかな。えっと、これは小さな爆発を起こす魔法、か……」

 魔法名はフレイムで、有する魔力により最大威力が変わるらしい。これもまた有りがちだとは思うが、自分で使えるとなれば話は別だ。


 立ち上がり、本を片手にノリノリで台詞を口にする。



「『火よ、その猛き身で敵を滅せよ』!」

 一瞬、指を向けた先に小さな光が散った。その次の瞬間、爆音が空気を揺らす。私はあまりの音にその場にひっくり返ってしまう。

 感じる熱風に恐る恐る瞼を持ち上げれば、森はものの見事に火事だった。



「ひやああああ! ちょ、火事っ、やばっ! とにかく、水、水! 水の魔法ううう!」

 私は急いで起き上がり、本のページを捲る。とにかく水だ、と、水のページにある一番上の魔法を私は唱えた。



「『水よ、その清廉なる身を癒しに変え、傷を癒せ』!」

 きらきら、と辺りに水色の光が舞う。だが、火が消える様子はない。



「……ってこれ明らかに回復魔法だ! 違う、水だけどこれ違う! 本物の水出す魔法どれ!?」

 私は指でなぞり、水を生み出す魔法を探す。その間にも、火は燃え広がり、ぱちぱちと小さくはぜる音が聞こえてきた。

 私はそれに更に焦りながら、ようやく目当ての魔法を探し出す。



「『水よ、その清廉なる身を我の前に示せ』!」

 その呪文と共に、私の目の前に浮かび上がったのは、それだけで良くある25メートルプールが満杯になりそうな、巨大すぎる水塊だった。



「……うっわあ……」

 私は思わず呻いた。

 だが呆けている暇などない、と我に返り、それを操ってみる。どうやら頭で考えたとおりに動くようなので、それで火を消していった。

 まだ細かい操作は慣れないため辺りを水浸しにしながら、一分ほどで燃え広がった火は全て消し止めた。

 だが、約20メートル四方は、ここで焼き畑農業でもやるのかといった有様で。



「あっちゃー……悪いことしちゃったなあ……」

 眉を寄せながらそう呟いた。



「うーん、魔法でどうにかならないかな。探してみよう」

 私は水浸しの地に座る気になれず、立ったまま魔法ノ書をめくる。基本属性ではどうにもならなそうなので、派生属性の項をめくる。



『派生属性は、停止を司る氷、激動を司る雷、創造を司る光、破壊を司る闇の四種類ある。

 火と風を極めることで雷、水と風を極めることで氷、火と土を極めることで光、水と土を極めることで闇を使用することが出来るようになる。』



「……つまり、レベルを上げてそれぞれの魔法を全て使えるようにならなきゃ、これらの魔法を使えないってことかな? じゃあ次だね」

 次は特殊属性である。繋がりの鏡はこの中の次元属性の魔法だったな、とふと思い出した。



『特殊属性は、無・時・次元・星である。

 これらは、それぞれが個別に何かを司るわけではなく、四つ全てで世界を司っている。』



「ふむふむ、なるほど。上位属性みたいなものか。……時魔法とかどうだろう。一時間前にこの森を戻す魔法とか無いかな」

 そう思って、時の属性について読んでみる。

 過去に行ったり未来に行ったりすることは出来ないが、過去や未来を見たり、無生物に限り別時間から持ってくることが出来るようだ。

 また、蘇生などは時属性に含まれるらしい。水属性では回復が限度だとか。ただ、死んでいなければ大抵は何とかなるようだが。



「とりあえず、この辺りに蘇生魔法をかけてみよう」

 焼けてしまった方を向き、私は呪文を唱える。



「『絶えず流れる時の雫よ、その力をもって』……私が焼いてしまった木々を元に戻して」

 前半は呪文なのだが、後半は何がしたいかを自分の言葉で言わなくてはならない。なので、酷く呪文がちぐはぐだ。ちょっと恥ずかしい。


 が、恥ずかしいだけの効果はあった。白の光が舞ったかと思うと、木々は先程までの姿を取り戻していた。効果はばつぐんだ! というやつだろう。違うか。



「ちょっと周囲に焦げてる部分が残ってるけど、このくらいなら……いいよね?」

 私は自分を納得させるように呟く。

 それにしても、魔法ってすごいな。燃えた森を戻せるなんて。燃やしたのは私だけど。



「でも、森があのままにならなくてよかったー」

 それにしても、あれのどこが「小さな爆発」なんだろう。それは余のメラだ、とかいっておこうかな。

 あの威力がデフォなのか、私にそれだけの魔力があるのか、それともこの本の装備性能が凄いのか。たぶん一番最後だろう。



「……あ、そろそろ学校に戻らなきゃいけないかも」

 ポケットの中から携帯を取り出せば、時計はもうそろそろ午後の授業が終わりそうな時間だった。午後をさぼってしまったから、友人たちも少しは心配しているだろう。図書室ですごく面白そうな本を見つけてつい、とでも言えば納得してもらえるだろうけど。



「じゃあ、戻らなきゃ。鏡、鏡ーっと」

 次元属性の項を見ながら、二度目になる呪文を唱える。



「『我求む、更なる魔法を。我願う、更なる力を。我望む、異なる世界を。繋がりの鏡よ、我の言霊をもってそれを成せ』!」

 これであの鏡が……あれ?



「……出てこない?」

 私は目を見開き、もしかしたら呪文を間違ったのかもしれないと、もう一度、一言一句間違えないように唱えてみる。



 が、結果は同じ。



「……どういうこと?」

 私は焦りながら、繋がりの鏡の説明をよく読んでみる。



『繋がりの鏡

 この魔法は異世界への道を作る魔法である。

 鏡を通った時点で、翻訳魔法がかかるようになっている。

(異世界という概念についての説明が続くため中略)

 しかし、上巻と下巻が別々の位置にある場合、“魔法ノ書の下巻がある世界”にしか道は繋がらない。』



「え? ……ええ!? ……げ、下巻!?」

 私は本を閉じ、背表紙に書かれた掠れたタイトルを良く良く見てみる。……あ、本当だ、魔法ノ書の文字の下に、「上」って書いてある。そっか、これって二巻組みだったんだ。じゃあ他にも使える魔法はあるんだな……じゃなくて!



「ちょ、おま、下巻ってなにさ!? 詐欺! 詐欺だってこれ! 帰れないじゃん!」

 涙目で、本にあたる。悪いのは、魔法の説明を良く読まずノリノリでこの世界に来た私だとわかっていても、何かに八つ当たりしたかったのだ。



 しばらく地団駄を踏んで、ようやくその事態を受け入れた私は、深い深い溜息を吐く。



「この世界で、下巻を探さなきゃ……それも一刻も早く」

 じゃないと帰れない。友達からすれば、図書室に本を返しに行ったと思ったら行方不明だ。しかも外靴や鞄は残っているので、サボりで帰ったとも思われないから……考えられるのは誘拐か? って、帰ってから何て説明すれば!?



「……それも考えなきゃいけないのか……どうしよう、ホント」

 肩を落とし、ままならない現実に、また一つ溜息を吐いた。

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