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異世界編 18



 城の廊下には何十もの兵士が倒れていたが、どこにも赤いものは見えない。どうやら気絶しているだけらしいため、私たちはそれに目もくれず走り去る。

 何度か兵士の集団に襲われた。が、兵士は私たち……というよりはルナさんの姿に驚いている間に、前を走るルナさんとグレイさんにばっさばっさと薙ぎ倒されていた。

 二人の獅子奮迅の働きにより、後ろを走る私たちは殆ど何も出来ずに戦闘が終わってしまう。出来たことと言えば、彼女らの剣で倒された後の兵士を、眠りの魔法で更に昏倒させたくらいだ。まさに外道!



「父上の私室はここだ。行くぞ!」

 ルナさんがとある一室の前で立ち止まり、後ろを振り返る。私たちが頷いたところで、ルナさんはその扉を勢いよく開いた。



 ……そこは、赤だった。



「……ッ!」

 私は即座に、クオくんを私の背に隠し、視界を塞ぐ。

 こんな、こんなもの、クオくんに見せたくはなかった。私だって、正直きつい。


 その部屋には、4人の男がいた。


 1人は、50は過ぎているであろう水色の髪の壮年の男。全身傷だらけの上に血塗れで部屋の中央に伏しているが、まだ胸が上下しているので生きてはいるようだ。が、見るからに虫の息。放っておけば、すぐに死ぬかもしれない。

 1人は、鎧を着た男。すでに意識を失っているのか、ぐったりと壁を背にしてピクリとも動かない。彼の持つ剣は途中からぽっきりと折れていて、恐らく戦った後なのだろう、と思う。

 1人は、剣を持った白髪の男。全身に血を浴びてはいるが、どうやらすべて返り血のようで、平然とした様子でこちらに背を向けて立っていた。

 そして最後の1人は、水色がかった銀髪の男。彼だけはこの中で唯一血を浴びておらず、綺麗な恰好のままで、椅子の上で足を組んで座っていた。恐らくだが、彼が王子なのだろう、と直感する。



「ちっ、父上ッ!」

「あれ、姉さま? どうやって帰ってきたの? 随分早かったね?」

 王子なのだろう青年がよいしょ、と立ち上がり、その綺麗な顔に薄く笑みを乗せる。その見とれるくらいに綺麗な笑顔が、この場に似つかわしくなさすぎて、逆に、ゾッとした。



「どうしてではない! フェイル! お前は一体何をしている……!?」

「何って……それが判ってるから、ここまで来たんでしょう? ルナ姉さまも、変なことを聞くね?」

 おかしそうに、フェイルと呼ばれた彼が笑う。ルナさんは、その台詞に絶句したのか、それ以上言葉もないようだった。

 そこで、今まで静かだったヴィトさんが一歩前に踏み出し、声を荒げる。



「……隊長ッ! 何を、何をなさっているんですか!?」

 ヴィトさんの言葉に、隊長と呼ばれた男は、ようやく気付いた、というように振り返る。



「お、ヴィト、おったんか。……何って、見てわからん?」

「わかりません!」

「そうか、それはしゃあないなぁ。まあ、手伝いや、手伝い」

「手伝い、ですって……!?」

 軽薄な言葉に、ヴィトさんはいつもの穏やかな様子とは一変し、いきりたつ。ぎり、と歯軋りの音が聞こえるようだった。



「僕が説明するよ、キース」

「そうでっか?」

 フェイルがそう言って制すと、白髪の男――キースはそう返事して沈黙した。

 フェイルは、まるで世間話するように言う。



「簡単に言うと、王座奪取のための反乱だよ。兄さまや姉さまを王都から追い出してる間に、父上を殺しちゃおう。それで、戻ってきたみんなにぜーんぶ押し付けて有無を言わさず処刑しちゃえって計画。王になっちゃえば、僕が正義になるしね?」

 にこり。まるで天使の笑顔で、悪魔のような言葉を吐く。

 私に背を向けているルナさんから、怒りのオーラが立ち上るのがわかった。



「で、父上に、王家の秘術とか、色々聞いてから殺そうって思ったんだけど、父上ったら強情でさあ。時間もまだまだあるし、吐いてもらおうと色々やってたんだけど……まさか姉さまがこんなに早く帰ってくるとは思わなかったなあ。ねえねえ、どうやったの?」

 子供のように無邪気に問いかけるフェイル。ルナさんはもはや何も答えず、剣を構えた。



「……あ、もう。それって姉さまの悪いところだよ? 言葉じゃなくて力で解決って。それに、内側に入れた人に心を許しすぎるのも悪……」

「ハァッ!」

 全部言い終える前に、ルナさんの突剣がフェイルを襲う。それは即座に間に入ったキースの剣に塞がれたが、今度はヴィトさんがキースに襲い掛かった。だがそれも、彼が抜いたもう一本の剣に防がれる。どうやら彼は双剣士らしい。



「……え? ちょい待ち、この二人をわてが相手するんか?」

「んー。まあキースなら何とかなるでしょう? 頑張って!」

「うっわあ、ごっつええ笑顔……まあ何とかしますわ」

 そう言ってキースは、へらへらと浮かべていた笑みを消し、真剣な表情で二人に相対する。ルナさんとヴィトさんも、真剣な面持ちで彼に剣を向けた。

 私もクオくんも、そんな彼らについていけなかった。転々と変わる状況に、ただぽかんと呆けてしまうだけ。私は入り口でただ棒立ちだし、クオくんも私の服を握り締めながら、後ろに隠れている。


 そこで私はふと、一言も発していないグレイさんに気付く。

 彼ならルナさんが戦っている時に、ただ棒立ちなんてことはないと思うのに。

 そう思い彼をこっそりと伺い見ると、彼は愕然とした表情でそこに突っ立っていた。まるで打ち捨てられた犬か猫のようだと、彼に対して有り得ない感想を抱く。



「……グレイも駄目だなあ。姉さまとは比べようもないとは言え、王族である僕に憧れを抱いていたのはわかるよ? でもこうなったら、柔軟に対応しなきゃ、柔軟に。ね?」

 ね、のところで首を傾げる彼は、小悪魔そのものだった。

 その言葉を受け、ようやくグレイさんは動き出し、フェイルに剣を向ける。が、その動きは精彩に欠け、フェイルの抜いた剣に軽々と弾かれていた。さっきまで獅子だった男は、この場面では猫になってしまったようだと思う。


 さて、この中でフリーなのは私だけだ。

 魔法で援護しようにも、混戦状態の今、攻撃魔法を放てば、ルナさんたちも巻き込みかねない。

 いっそ全員眠らせようかとも考えたが、ここは狭い部屋の中だ。私自身も眠ってしまうだろう。

 ならば、壁に倒れている鎧の男を治療しようかと考える。その男を治療し、彼が戦闘に加われば、こちらに戦況は傾くはずだ。だが、この戦いの中を潜り抜けて、あの男の元まで行く自信はない。それにクオくんもいる。一応、自動防護はかけてあるが、連撃に耐えられるほどの性能はないのだ。


 じゃあ……そうだ。拘束魔法があったっけ。どちらか1人にしかかけられないが、どちらにかけたとしても戦況はこちらに傾くはずだ。

 よし、そうしよう。


 そう思った私は、5人の戦いの様子を伺う。

 ルナさん+ヴィトさんとキースの戦いはほぼ互角。2対1で互角なのは、さすが隊長、と言ったところか。何故か関西弁だったけど。

 グレイさんとフェイルの戦いは、グレイさんが押されているように見える。が、大きな傷を負っていないところから考えると、攻められないまでも受け流すことは出来ているのだろう。

 なら、今がチャンスか。


 私は口を開く。その瞬間、どうしてか私は、咄嗟にその場を飛び退っていた。

 そして聞こえる、剣で風を切る音。フェイルの剣筋が、今まさに私の首があったところを通っていた。

 全身に、怖気が走る。

 自動防護の魔法は、ちゃんとかけているというのに。何故か、今避けなければ、死んでいたような気がした。

 今の鮮やかな剣筋にそう思うのか、それとも、フェイルに向けられた殺気でそう思うのか……あれ、待って? 私、今、ぞわぞわしてない。魔物と戦う時にはあったぞわぞわが、ない。

 自動防護の魔法は、“敵意や殺意など、害意を持った者の攻撃”を防ぐ魔法だ。じゃないと、ただぶつかっただけの相手でも、風で弾き飛ばしてしまうから。

 いつも魔物に(たまに、グレイさんに)感じていたちりちりとした感覚。

 それは、私を殺し、その血肉を食らってやろうという、意思。

 でも、今のフェイルには、それを感じていない。つまり、今の彼の攻撃には、殺意も敵意も、宿っていないんだ。

 殺すつもりがないのか、それとも彼にとっては、これはただの“遊び”なのか。



「ルナ姉さまが言ってた魔法使いって、やっぱり君だったんだ? たぶんそうかな、とは思ったんだけど、魔法を使う様子もないし、放っておいたんだ。まあ、注意だけは一応向けてたけどね? ……変なことしたら、次は死んでると思ったほうがいいよ?」

 変わらぬ笑顔で言う彼に、これはやばいかも、と思う。

 何度も言っているが、私は魔法が使えなければただの人だ。

 防御も出来ない、魔法も使えないじゃ、足手まといだ。


 さあ、どうする……?

 未だ戦況は動かない。ルナさんたちはキースに翻弄されているようだし、グレイさんも少しずつ調子を取り戻してはいるようだったが、そこでようやくフェイルと互角に見えた。



(ねえ、フェンリル)

(……なんじゃ)

(やばいよね、この状況)

(……冷静なのか冷静じゃないのか、わからん言葉じゃな)

 フェンリルに呆れたように言われるが、でもそれ以上、私には何を言うことも出来ない。

 思考が働かないのだ。現代っ子だった私が、こんな窮地に立たされたことなんて、一度もあるはずがなかったのだから。

 こちらに来てからは、魔法で全てが何とかなっていた。だから、こんな、命の危険なんて感じたことがなかった。

 だけど、何とかしなくては。この中で動けるのは、私だけなんだかたら。

 何か。そう、何かないか?

 記憶を巡り、この状況を打破できる何かを探す。


 …………そういえば、詠唱破棄魔法、なんてものがあったな。

 今まで一度も使ったことはない。短縮詠唱魔法とは違い、呪文のないそれは、緻密な魔力の制御が必要だ、と魔法ノ書には書いてあったから。

 でも、やるしかない。この状況を何とかするには、やるしかない。

 なら、まず何の魔法を使うか決めなきゃ。

 さっき考えた拘束魔法は没だ。制御に不安が残るのだから、下手したら仲間の誰かを拘束しかねない。そうすれば、死ぬ。私だけじゃなく、みんなが。

 治療も没。壁で倒れ伏している彼が、気絶からすぐに回復しなければ、私は殺される。

 ならば、ならばどうしたら?


 ……そうだ。


 こっそりと天井を見上げる。そんなに高くはないが、それでも3メートルほどの高さはある。急に私が飛び上がれば驚いて隙も出来るだろうし、彼らの剣が届かないように天井と平行に飛べば、一方的に魔法を使えるようになるだろう。そうなれば普通に詠唱をすればいいのだから、拘束魔法を使えばいい。

 制御を失敗すると頭を強打しかねないが、大丈夫だろう。短い間ではあったけど、魔法はたくさん使ってきたんだから。



(フェンリル、クオくんに伝えて。こっそりと私の手を握って、って)

 フェンリルが伝えたのだろう。後ろのクオくんが、そっと私の左手を取る。

 よし、これで準備は完了。あとは、私次第。

 集中しろ。私は、私たちは空を飛ぶんだ。

 詠唱は『風よ、その自由な身を翼に変え、我を運べ』。

 そう、翼だ。風の翼。空を舞う大きな翼。そして私たちは、両手を広げて、大空を舞うんだ。自由に、風を纏って……!



 ……行くッ!



「……!」

 ふわり、私たちは舞い上がる。初速は遅かったが、フェイルたちも驚いたのだろう、追撃はなかった。

 その間に、私たちはぴったりと天井にくっつく。

 よし、これで私たちは安全……!



「『風よ、切り裂け』」

 それは、あまりにも無情な言葉。

 私は、何が起きたか、わからなかった。

 気付いた時には、空中だというのに何かに弾き飛ばされ、私はそのまま地に落ちていた。落ちた衝撃に、前がちかちかする。背中が痛くて、げほげほと咳き込んだ。



 ……そうだ。だって、この世界は、剣と魔法のファンタジーな世界。



 私以外にも、魔法を使える人はいっぱいいるんだ。

 だから、フェイルが使えたって、おかしくはない。

 どうして、私は、忘れていたんだろう……?



「変なことしたら、次は死んでると思ったほうがいいって言ったのに。馬鹿だなあ。……まあ、死ぬのはそっちみたいだけど」

「……え?」

 ハッとなって、跳ね起きる。

 そうだ。私は、何かに弾き飛ばされたんだ。空中に居たのに。

 待って? ちょっと待って?

 何か、って、1つしかないじゃん。



 そう、1人しか……っ!



「……クオくんッ!」

 そこにいたのは、全身に裂傷を負った、真っ赤な、クオくん。

 抱き上げると、血に塗れているというのに、彼は微笑んだ。



「チハ、さ……が、無事で……よ……った」

 どうして。

 どうしてそんなに傷だらけなのに、そんな風に笑えるの。

 私がここまで連れてこなきゃ、こんなことにはならなかったのに。

 どうして、私の心配、してくれるの?



「……いやあああ!」

 その時、私の視界は真っ白になった。

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