異世界編 16
組織の人間が根城にしているのは、とある一軒の家屋だという。
表から見れば普通の家なのだが、地下に隠し部屋があり、この街の下水道に繋がる抜け道があるらしい。
どうやって調べたのかと思ったが、どうやら諜報部隊からの情報らしかった。
……すごいな、この国の諜報部隊。
さてさて、作戦内容は至極単純だ。
ルナさんにグレイさん、そして私が表から突入。
それと同時に、アルバートさんとヴィトさんが地下から攻めて混乱させ、逃げ道を防ぎながら敵を一網打尽にする。
たったそれだけである。
個々の能力が高いからこそ出来る作戦だ。
「この作戦は、タイミングが重要だ。チハル、確か遠くに声を届ける魔法があるんだったな?」
「はい、あります」
「突入時にそれを使って、ヴィトかアルバートに声を届けてくれ」
「……あー、それなんですけど、ちょっといいですか?」
私が発言を求めると、グレイさんだけは微妙に睨みつけてきたが、他の面々は促すような視線を送ってくる。
私は頷いて、カバンから二枚の銀貨を取り出した。
それらは、魔力の減衰の過程を見た上で、使用するのに問題ないと判断した、コイン型簡易通信機・完結篇、である。何が完結なのかは、自分でもわからない。語感が全てだ。
「その銀貨がどうしたのだ?」
「えっと、こっちを持って『コール・チハル』って言ってください」
「……? 『コール・チハル』?」
私の持っている方の銀貨が、一瞬輝く。
それを確認した私は、声を投げかけた。
「ルナさん」
『ルナさん』
言葉が、二重音声となって耳に届く。
瞬間、周りの人間が硬直した。
「な、どうなっている!?」
『な、どうなっている!?』
特に驚いた様子のルナさんが、声を荒げる。
「声を届ける魔法を、銀貨に入れてみたんです」
『声を届ける魔法を、銀貨に入れてみたんです』
小さい声で銀貨に話しかけると、同じように顰めた声がルナさんのほうの銀貨からあがる。またしてもルナさんは目を丸くし、食い入るように手の中の銀貨を見つめていた。
二重音声がそろそろ鬱陶しくなってきたので、通信を切る。
「銀貨を持った同士で会話が出来るんです。ただ、一枚の銀貨で5人までしか相手を登録できないので、少し使い勝手は悪いですが」
「いや、それでも……こんなマジックアイテムが作れるものなのか……」
心底驚いた、という様子でルナさんが言う。他の面々も感心した様子でいたので、何だか気恥ずかしくなった。
「……と、いうことで、それはルナさんに預けます。で、こちらはヴィトさんに渡します。……あ、その前に発動時の言葉を変えましょう。それぞれコールのあとに名前で相手に届くようにしますので、ルナさんちょっと貸してください」
「あ、ああ……」
どこかまだ呆けた表情の彼女から銀貨を受け取り、二枚の銀貨に魔力を込めて呼びかけの言葉を変更する。
うん、これでよし、と。
「はい、これで大丈夫です。はい、ルナさん。こっちはヴィトさんに」
「ありがとう、チハル」
「ええ、確かに受け取りました」
二人が銀貨を私の手から受け取り、まるで貴重品を扱うような慎重さで懐にしまう。そこまでするものじゃないのになあ、と思いつつも、気持ちはわかるので何も言わずにおいた。
「……ところでチハル、これはお前が作ったんだよな?」
「えっと、そうですけど?」
「何故、銀貨なんだ?」
「ああー……」
私は苦笑して答える。
「本当は宝石とかで試したかったんですけど、お金がなかったんです」
「それで本当のお金で試したのか」
「……最初は試すだけのつもりだったんですけどね、存外に上手くいったので、つい」
「国法で複製や鋳潰すのは禁止されているが、原形のままで使うのはアリだ。というより、原形のまま、貨幣以外の用途が考えられなかっただけだが。……だが、あまり推奨はしないぞ」
「あははは……」
空笑いで誤魔化しておいた。
「なあ、チハル。この騒動が終わったら、このマジックアイテムをまた作ってくれないか? 勿論報酬は払う」
「……えっと、いいですよ?」
この騒動が終わった時、まだ私がこの世界にいるかどうかわからないけれど。
一応了承しておいた。
「……さて、話が逸れたな。続けるぞ」
そう言って彼女は、わき道に逸れまくった話題を引っ張り戻す。
「作戦の実行は、明日の真昼」
「……え、昼ですか?」
こういう作戦って、夜に遂行されるイメージがあるけど。
「夜は暗い分、余計に警戒されているからな。場合にもよるが、住民に被害が及ばないような作戦の時は、逆に昼の方がいいんだ。不意もつける」
「なるほど」
私はその説明に納得し、頷く。
まあ、彼女が言うなら間違い無いのだろう。
「さて、他に質問はないか?」
彼女が見回すが、他に質問は上がらなかった。
「じゃあ、今日はもう休み、各自、明日に備えること」
各々が各々の言葉で、了承を伝える。
それを受けたルナさんは、満足げに頷いた。
話し合いを終えたあと、ルナさんと二人で宿で夕食を取った私は部屋に戻る。
ちなみに男たちは酒場に向かったらしい。
グレイさんまで一緒に行ったのは意外だったが、アルバートさんと知り合いと言っていたので、その関係だろう。
することも思いつかなかった私は、そのまま服を脱いでベッドにもぐりこんだ。
「……ふう」
ベッドの中で天井を見上げ、一息つく。
異世界生活初日以来の一人きりに、少しの孤独感を覚えた。
しかも初日は、疲れていてすぐに寝てしまったため、実質初めてと言ってもいい。
何だか、寂しい。
やっぱりクオくんを抱き枕にしつつされつつ、そんな夜がいいなあ。
クオくんのとこに戻ったら、ぎゅーって抱き締めて寝よう。
ちょうど、そんなことを思っていた時だった。
(チハル、起きておるか?)
(あ、フェンリルー。起きてたよー)
睡眠を妨害しないように潜めた声に、私はのんびりと返す。
するとフェンリルはホッとしたように続けた。
(そうか、良かったわい。クオ坊が不安そうなのでの。チハルさんの迷惑になりますから、なんて言って連絡は頑なに拒否していたのじゃが、明らかに寂しそうじゃしな。ただの老婆心じゃ)
(あ、そうなんだ)
何だかその言葉に、無性に嬉しくなった。私がいなくて、彼も寂しく思ってくれているのか。
彼にしてきたことは余計なお節介じゃない、と思っていいのかな、今のところは。
(うーん……クオくんに通信コイン渡せば良かったね。フェンリル越しに連絡取れるからーって、持たせなかったけど……やっぱ直接お話したいよね)
(そうじゃな……)
(よし!)
がば、っと起き上がる。
(フェンリル、テレポート用の銀貨を床に置いて?)
(ん、来るつもりじゃな? わかった、こっそり置いておく)
服を着てから、三枚の銀貨をカバンから取り出す。
その内二枚は通信用の魔法が施してあるもので、残りの一枚は普通の銀貨だ。
その一枚に魔力を込め、目印として床に置く。これで帰りもばっちりだ。ただ、ルナさんが尋ねてきたりする可能性もあるので、早めに帰ってこなくてはいけないが。
(チハル、いいぞ)
(はいよー)
「『踏み入れしは、次元の裂け目。我が願うは、愛しき姿』!」
目を閉じ、そして再び開けた時には、辺りの光景は一変していた。
まず気付いたのは、とても明るいこと。
ちらりと上を見れば、まるで大きな電球のようなものがぶらさがっていた。電気があるとは思えないので、恐らくマジックアイテムだろう。
調度品も、宿のものとは格が違う。宿のものもそこそこ高価そうではあったが。
「ち、チハルさん!?」
「やっほー。フェンリルからタレコミがあったので来てみたよー」
「……こら、クオ坊に言うでない!」
はいはいツンデレ乙、なんて内心で嘯きながら、驚きの余り呆けているクオくんに近付き、その身体を抱き締めた。
ああ、やっぱり、人肌って安心するなあ。正直、このままベッドイン(not18禁)して、朝までじっくり熟睡したい。
が、そんなことも言ってられないので、しばらく経った後そっと彼から離れた。
「元気でた?」
「……はい!」
「なら良かった」
彼は恥ずかしそうに笑う。私も小さく微笑んだ。
「たぶん、明後日の夜には帰ってこれる、と思う」
「早いですね?」
「うん、意外と近くて」
まさか、組織の潜伏先がシルヴァニアにあるとは思わなかったわけで。
「そうでしたか。じゃあ、待ってますね」
「うん、待ってて。……あと、これ。暇があったらお話ししようね」
作っておいた通信用銀貨を彼に渡す。何故かその瞬間、彼が千切れんばかりに尻尾を振るところを幻視した。
ふと、そろそろテレポートの目印なのか、通信用なのか、はたまた普通の硬貨なのかわからなくなりそうだ、と思う。何か対策しなくては。
私は大体の感覚でわかるけど。
「……さて、じゃあもう帰るね? クオくんの顔を見られたから、私も元気100倍になれたし!」
「もしそうなら、僕も嬉しいです」
可愛いことを言う彼の頭を撫で、魔法を使って戻る。
そして目を開けた時、私はクオくんに会う前以上の閑寂感を感じた。
「……いやいや、明後日には帰れるんだし、そんな深刻になるなよ、自分」
異世界に来て、より人恋しさを感じるようになった気がする。
こんな寂しさとか、今まで感じたことも無かったのにな。
「もう十日、か……」
あっちでは、行方不明とか、誘拐とか、家出とか、神隠しとか言われているのだろう。
元の世界に戻ったら、まず家に帰ろう。そして両親に、全部、言おう。魔法のことも、異世界のことも、全部。
頭がおかしくなった? とか言われるだろうが、実際に魔法を見せれば信じるだろう。
幸い、両親はいい意味で普通の小市民だ。娘を実験体にしてお金を受け取るような非道でもないし、娘の力を悪用して世界征服を企むような外道でもない。
「……っと、とりあえずもう今日は寝よう。これで明日、コンディションがぼろぼろだったら笑えないもん」
ベッドに潜り込み、目を閉じる。色々と考えて寝れないかも、なんて思ったがそんなこともなく。
私はすぐに眠ってしまった。
そして、次の日。
太陽がもう少しで真上に行く、という時間帯。
私たちは、物陰からある家屋を見つめていた。
その家屋は、思った以上に小規模で、本当に普通の家だった。私には、生活感溢れる、ただの民家にしか見えない。
「……本当にここなんですか?」
一緒にいたグレイさんから、ルナフィリア様の言葉を疑うのか! という視線を感じたが、それを口にしなかっただけマシだろう。
ヴィトさんの、「任務の時には、私情は挟まない人間」という言葉は本当らしい。
ルナさんは、やはりそれに気付くことはなかったが。
「ああ、間違いない。……表にいる奴は普通の一般市民に見えるだろうが、組織の協力者のはずだ。油断するな」
「は、はい……」
正直、言われなければ油断していただろう、と思う。
友好的に接せられたら、私は友好的に返してしまうから。
「……自動防御の魔法かけておこう」
「そんな魔法まであるのか。……私にも頼めるか?」
「あ、じゃあ皆にかけますね。『風よ、その自由な身で我らを守護せよ』!」
ひゅん、と風が舞い、私達を暖かく包む。
私にとってはもう慣れた感覚だったが、彼らはそうもいかなかったようで、驚いたように身じろぎしていた。
「これで、何度かの攻撃は勝手に防いでくれるはずです」
「チハル、ありがとう。さて……そろそろだな」
ルナさんが呟き、例の銀貨を取り出す。そして、『コール・ヴィト』と一言。
「……どうだ、ヴィト? そちらは準備出来たか?」
『ええ、いつでもいけます』
「なら……行くぞ!」
ルナさんが走り、まるで押し入り強盗のようにその家屋に突入する。
私がその次をついて走り、グレイさんが殿を務めた。
「何ですかアンタたち!」
「問答無用!」
私からすればどう見ても一般市民としか思えない男が、私達の侵入に驚きふためく。しかしルナさんは躊躇することなく、その手に持つ突剣を振りぬいた。
突剣とは、フェンシングのように、相手を突き刺すための剣だ。
かといって、彼女が今やったように、それで殴るのが駄目というわけではない。
ただ、それでは相手を無力化することは出来ないが。
……まあ、あれだけ思い切り殴られたら、“ものすごく痛い”だろうけど。
「っ……! ぐぁッ……?」
衝撃で倒れ伏した男が、悶絶して呻き声を上げる。が、ルナさんは容赦せず、その男の腹を踏みつけた。
ここまで、わずか3秒ほどの出来事である。
内心で、こえー、とか思っていたのは内緒。
「……地下への入り口はどこだ?」
「……な、何のことです……?」
「とぼけるな!」
ルナさんは一喝し、男の顔のすぐ横に剣を突き刺す。男はひい、と縮こまり、緩慢な動作である方向を指差した。
「グレイ、確認してくれ」
「はい」
グレイさんが、男の指差した部屋に向かう。
その間も、ルナさんは男の腹を踏みつけ、少しでも男が動こうとするたびに、力を強めその動きを封じていた。
こえー。
少しの時間の後、グレイさんが戻ってくる。
「ルナフィリア様、確かにありました」
「そうか。……チハル、こいつを眠らせてくれ」
「あ、はい。『風よ、その自由な身を夢に変え、敵を誘え』」
風が発生し、ルナさんが足蹴にしている男に纏わりつく。男はすぐに昏倒し、ぐったりとした様子で眠りについた。
「……魔法とは恐ろしいな」
「……いや、私はルナさんの方が……」
恐い。そう続けようとしたが、視線を感じたので口を噤んだ。
グレイさんが、用意してあった縄で男の手足を縛る。
「行くぞ」
縛り終えたことをルナさんが確認し、部屋へと先行する。その部屋の奥には、地下へ繋がっているのであろう穴が見えた。
どうやら、元々食器棚で隠してあったらしく、棚は斜めに動かされている。
「ルナフィリア様、私が先に行きます」
「ああ、頼んだ」
グレイさんが部屋の中に縄をくくりつけ、それを手掛かりに穴に突入していく。
少しした後、ぼんやりとした光が穴から洩れだした。恐らくランプに火を入れたのだろう。それを確認したルナさんも、縄を頼りにしながら下りていった。
さて、次は私だ。じっと中を覗き込んでみると、意外と深い。3メートルほどはありそうだ。
「チハル、下りられるか?」
「あ、大丈夫です。『風よ、その自由な身を翼に変え、我を運べ』」
ふわ、と足が地面から離れる。私はそのまま、えいっ、と穴に突入した。
「……本当に何でも出来るんだな」
「あははは……」
呆れ交じりの声で言われ、笑うしかない。
最初はあまり強い魔法を見せないように、とか考えていたけど、最近は忘れ気味だ。風と水に限り、だけど。
大体、ルナさんには結界魔法なんてジョーカーを先に見せてしまったのだ。今更だろう。
「まあ、いい。行くぞ」
「はい」
ランプを持つグレイさんが、駆け気味に歩いていく。私とルナさんも小走りでついていった。
地下は、床も壁もしっかりと均されており、私にはここ最近作られたものには思えない。それとも地属性の魔法使いがいるのだろうか?
一本道を進む。しばらく行くと、遠くに明かりが見えた。どうやら部屋があるらしい。
グレイさんが手で私達を制し、ランプをルナさんに預けてから、足音を殺して様子を伺いに行く。
そして、帰ってきた彼は、潜めた声で言った。
「……全部で10人ほどだ。チハル、その人数全員を眠らせられるか?」
「大丈夫だと思います」
グレイさんに普通に話しかけられて、少し驚きながらも答える。その答えに満足したのか、彼は、やれ、と視線で言ってきた。
何だか釈然としないものを感じながら、私は明かりの方へと歩いていく。距離的には今の位置でもあの部屋に届くのだが、その場合二人も一緒に巻き込みかねなかったために移動した。
「『風よ、その自由な身を夢に変え、敵を誘え』」
呪文を唱え、ありったけの魔力を込めて部屋に魔法を充満させる。
次の瞬間、ばたばたと倒れる音が聞こえてきた。どうやら成功らしい。
「……って、あ」
今の魔法濃度だと、私たちも入った途端昏倒することに気付く。
あちゃあ、と頭を抱えながら、私はもう一つ魔法を使った。
「『風よ、その自由な身を守護に変え、魔を打ち消せ』」
本来は敵の放った魔法を打ち消すためのものだが、自分が放った魔法にも使える。
ただし、打ち消せるのは魔法だけで、二次的な効果、つまり燃え広がった炎や、状態異常そのものまでは消せない。ちなみに、状態異常の解除は水属性だ。
私は、こそりと部屋の中を伺う。確かに10人ほどがいたが、全員昏倒していた。
……あれ、制圧ってこんなに簡単でいいの?
どことなく不満が残るが、楽に越したことはないだろう。
私は二人の元に戻った。
「みんな眠りました」
「そうか」
「チハル、よくやったな」
グレイさんとルナさんが口々に言い、二人は部屋の方へと足を向ける。
その、瞬間だった。
(チハル、大変じゃ!)
(え、フェンリル!? どうしたの!?)
突然の心話に、私はびくんと肩を揺らす。
一体なんなんだ、と思ったが、フェンリルの声があまりにも切羽詰って聞こえて、私はすぐに聞き返した。
そして、衝撃の一言。
(城で暴動が起きておる!)
「うぇええええっ!?」




