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異世界編 15


 どうして、こんなにあからさまに敵視されてるんだろう。険悪なオーラを垂れ流し、私を睨みつける男に、そんな疑問が浮かんでは消える。


 ルナさんと向かった待ち合わせ場所にいたのは、冒険者に扮した二人の男だった。



「宜しくお願いします、チハルさん」

「あ、はい、宜しくお願いします」

 一人は、おかっぱな青の髪の人。

 穏やかな表情を浮かべる彼の名前はヴィトで、この国の騎士団の副団長らしい。



「……お前か、チハルと言うのは」

「……はい、そうですけど」

 もう一人は、短い金髪の人。

 キッとした目と敵意むき出しな表情で、さっきから私を睨みつけてくる彼の名はグレイ。こちらは、第二王女近衛隊の隊長だそうだ。



「どうしたんだ、グレイ?」

「何でもないです、ルナフィリア様。早く馬車に乗って出発しましょう」

 ルナさんの問いかけに、態度を一変させる彼。ヴィトさんはそれを見て、しょうがないなあ、と言わんばかりの微妙な苦笑いを浮かべていた。


 ええと、つまりは、嫉妬なのだろうか? ルナさんが私と一緒に来たから?


 良く判らないが、そう思っておこう。

 そう考えていた方が、原因が全くわからないよりは精神的に楽だ。


 すぐ傍に用意してあった馬車に、ルナさんが一番最初に乗る。馬車は王族が乗るものとは思えないほどに質素なものだったが、大々的な行動でない以上、これくらいの方がいいのだろう。


 ヴィトさんは御者の位置に座る。そして私が乗ろうと馬車に足をかけたとき、ぼそりとグレイさんの声がした。



「ルナフィリア様の申し出を断ったらしいな」

 その言葉に、私は顔を強張らせる。

 恐らく、近衛についてのことを言っているのだろう。ルナさんが、この男に伝えたに違いない。

 そして、悟った。



 ……ルナさんじゃないですか、この視線の原因!



 これから任務を共にする人間に、どうしてそれを話してしまったのか。

 近衛を断ったような人間に、近衛が……しかも隊長が、いい感情を持つわけがないというのに。


 ルナさんはうっかりだな! このうっかりハチベエめ!



 はあ、と重い溜息を吐く。

 この任務が終わるまで、針のむしろに座り続けるしかないのだろう。

 これからの心労を思うと、私は憂鬱になった。



「チハル、乗らないのか?」

「あ、いえ、今乗ります」

 彼女に言われ、我に返った私は、かけていた足に力を込め馬車に乗り込む。

 最後にグレイさんが乗り込み、馬車の入り口が閉じられた。


 席の位置は、右奥がルナさん、私はその隣、グレイさんがルナさんの向かい側だ。



「そうだ、チハル。この馬車に結界を張ってくれないか?」

「あ、そうですね。わかりました。『魔を隔てし結界よ、我らに次元の加護を』」

 私は頷き、魔物避けの結界を張る。

 すると、向かいのグレイさんが瞠目して、ルナさんに、問いかけた。



「……彼女は光属性の魔法使いなのですか?」

「違うらしいぞ。属性なしの結界らしい」

「……そんな魔法、聞いたことがありませんね」

 本人そっちのけの会話に、段々とむなしくなってくる。

 ルナさんはともかく、グレイさんは明らかに私を無視しているから尚更だ。



(フェンリルうううう!)

(っ! な、なんじゃ、いきなりどうしたんじゃ!?)

 心話で絶叫してみたら、不意をつかれたフェンリルが素っ頓狂な声を上げる。

 私はそんなフェンリルにフォローも入れず、こう続けた。



(一人って、こんなに辛いことだったんだね……)

(……わしはクオ坊の無言の視線が辛いがのう)

 どうやら現実でも同じような声を上げてしまったらしい。

 恨みがましい声に、えへ、ごめん、と軽い調子で謝っておいた。







 シルヴァニアへと向かう馬車の中では、妙に張り詰めた空気が漂っていた。

 ちりちりと、まるで魔物と相対しているかのような殺気に、がりがりと精神が削られ、疲弊してしまう。



「……チハル、顔色が悪いが大丈夫か?」

「あー……大丈夫です」

 が、それを気付けないルナさん。

 というより、彼女が気付かないように殺気をコントロールしているに違いない。見るからにルナさん命なグレイさんなら、それくらいやっていそうだ。



 結界で殺気を阻害できないだろうか。

 途方もない考えだが、心から試してみたくなるから困る。


 それとも、こっそり魔法で馬車の中の人間を眠らそうか?

 出来なくはないが、そんなことをすれば、今まで以上に不信感を植え付けることになりかねない。


 じゃあルナさんと何かお話……したら更に視線が痛くなりますよねーですよねー。



 いいよ、こうなったらフェンリルとお話するから!



(ねえねえ、フェンリルー、今暇ー?)

(残念じゃが、クオ坊と話しておるので暇じゃないわい)

 ……何という四面楚歌!



 そんな風に現実逃避と泣き言を重ねながらも、なんとか半日耐えた私は、シルヴァニアに到着した時、叫び出しそうなくらい嬉しかった。



「チハルはヴィトと一緒に行って、宿を取っておいてくれ。私はグレイと一緒に下調べに行ってくる」

「あ、はい、わかりました」

 ルナさんの言葉に、ようやくあの視線から逃れられる、とホッと表情を緩める。その瞬間、またしてもグレイさんに睨まれた気がしたけど、気のせいだと思っておいた。精神衛生上。


 彼らの背を見送り、姿が見えなくなったところで、私は一つ安堵の息を吐いた。



「チハルさん、大変でしたね……」

 ヴィトさんが心から、といった様相で、労わってくれる。

 げんなりとしていた私はそれだけで少し癒されたが、今まで放置されていた身としては、文句の一つや二つや三つほどは言いたくなるわけで。


 彼に、少しきつめの口調で言ってみる。



「ヴィトさん、あれ、何とかならないんですか?」

「……すみません」

 困った表情を浮かべて、謝罪を口にするヴィトさん。どうやら、どうにもならないらしい。

 つまるところグレイさんは、筋金入りの“ルナさん馬鹿”らしかった。


 そして、それにまるで気付く様子のないルナさんは筋金入りの鈍感、と。

 ある意味ピッタリな主従である。



「任務の時には、私情は挟まない人間ですので……」

 そんな時にまで私情を挟まれたら困る。

 後ろから刺されないか気にしながら戦うのは、絶対にごめんだ。



「チハルさんの良心に頼る形になってしまい、本当に申し訳ないのですが、もう少しの間だけ耐えてください。お願いします」

「まあ……ルナさんの申し出を、一も二も無く、断ってしまった私が悪い……ってわけでもないと思いますが、波風立てるのも好きじゃないんで、そうします」

「……ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします」

 心底申し訳なさそうに頭を下げるヴィトさんの姿が、まるでどこぞのサラリーマンのように煤けて見えて。苦労してるんだなあ、とちょっと同情心が湧いた。



「そろそろ行きましょうか」

「はい」

 ヴィトさんがそう言って歩き出す。私も彼の横をついていった。

 宿に向かう間、ふと疑問を感じた私は、彼に質問する。



「ところで、ヴィトさんって、グレイさんと仲がいいんですか? フォローの仕方が、妙に板について見えたんですけど」

 後半に、彼は微笑を引き攣らせた。図星だな。



「……ええ、私たちは幼馴染で、共に騎士団を目指した仲でした」

「へえ……」

「ですが……ある日、一瞬でしたが、ルナフィリア様を拝見する機会があったんです。それからグレイは道を踏み外……いえ、彼女の近衛になることを目指すようになりました」

 途中まで本音が駄々漏れていた気がするが、スルーしておいた。


 彼にとっては、一緒に夢を語っていたはずなのに、気付いたら裏切られていたようなものだ。それくらい言う権利が、彼にはあるだろう。



「ルナフィリア様は、確かに素晴らしい方です。グレイア王からはその巧みな剣技を、后であるメルカート様からは、その類稀なる美貌を受け継いでおられます」

 確かに、ルナさんは強く美しい。憧れる者は、多いだろう。

 激しくうっかりさんなところを除けば、完璧な人だと私も思う。



「それは事実なのですが……グレイは少し、行きすぎ、と言ったら良いのでしょうか? ……ああ、本人には内緒ですよ?」

 少しじゃなく、盛大に行きすぎだと思う。

 むしろ時代の最先端を生きすぎて逝きました、って感じ。


 そうじゃなかったら、私みたいな少女(と自分で言うのもなんだが)を、あんな風に威圧しないだろう。



「……ヴィトさんも、今までも苦労したんでしょうね」

「……はい、しました。どうしてか、彼を止めるのはいつも私なんです」

「……悲惨ですね」

「……ええ」

 哀愁漂う空気に、お互い溜息を吐く。

 物悲しい気持ちになったが、ちょうどよく宿に辿り着いたお陰で、そのネガティブなオーラもいくらか払拭された。


 ちなみに宿は、以前この街に居たとき泊まっていた場所より、2つ程グレードが上の場所だった。ブルジョワめ。



「部屋は三室取りましょうか。ルナフィリア様、チハルさん、私とグレイ、の部屋割りで」

「ええ、そうしましょう」

 その提案に即答する。

 その部屋割りなら、グレイさんを無闇に刺激することもないだろう。


 ルナさんには、どうして私とチハルの部屋を分けたのだ? と聞かれそうだが、適当に誤魔化すことで意見が一致した。



「……ヴィトさん、私は先に部屋で休んでますね。もう疲れました」

 主に精神的に、とは心の中で。



「ええ、そうしてください。ルナフィリア様がお帰りになられたら、お呼びしますので」

「はい、お願いします。じゃあ」

 軽く手を振って、自分に割り当てられた部屋に入る。

 そして蝶が花に誘われるように、私はカバンを下ろす余裕もなくベッドへと直行した。







「……ん、ふあ……」

 目が覚めて、私はぼんやりとしたまま起き上がる。辺りは薄暗く、どうやらもう夜のようだ。腰を捻って鳴らし、何となくすっきりしたところで、月明かりを頼りにランプを灯した。


 部屋の中を照らす光にホッとしながら、服が乱れていないかチェックする。どうやら大丈夫らしいことを確認してから、ふと呟いた。



「……起こされなかったってことは、まだルナさんたち、帰ってきてないってことだよね」

 なら、今後のために魔法を確認しておこう。役に立ちそうな魔法は一応一通り覚えているが、一度も使ったことがないものもある。

 呪文を間違って覚えていたら今回ばかりは洒落にならないし、まず発動するかどうかも確認していないというのはまずいだろう。


 そう考えた私は、魔法ノ書を元の形に戻し、一つ一つ確認しながら読み、試していった。


 さて、30分ほどそうしていただろうか。扉を二、三度打ち付ける音がした。



「はーい」

 ヴィトさんだろうと予想をつけて扉を開く。ノックの主はやはり彼だった。



「起きておられましたか」

「さっき起きたんですけどね」

「そうでしたか。では、ルナフィリア様の元へ向かいましょうか。紹介したい方も居ますし」

「あ、はい」

 紹介したい? 誰だろう、と首を傾げながら彼の後をついて歩く。

 ルナさんの部屋に行くのかな、と思っていたのだが、着いたのはヴィトさんたちに割り当てられた部屋だった。



「……あ、宿の部屋とは言え、あの人がルナさんの部屋に他の人を入れるわけが無かった」

 ハッと思いついて思わず呟くと、ヴィトさんが苦笑する。どうやら私の言葉は、満点大正解のようだ。

 ヴィトさんがノブに手を掛け、扉を開く。


 だが、部屋の中に居たのは、予想外な人だった。



「あ、アルバートさん!?」

「魔法使いとは、チハルのことだったのか……」

 どうやらあちらも私がいることは知らなかったらしく、彼にしては珍しい、驚きの滲んだ声を上げている。



「む? チハルはアルバートと知り合いだったのか?」

「知り合いというか、恩人なんです。その、色々ありまして。……それより、どうしてアルバートさんが?」

「やはりこの人数では、心もとないからな。グレイが、この街に信頼できる人間がいる、というのであたってみたんだ」

 ええとつまり、グレイさんとアルバートさんは、知り合い?

 一体どんな知り合いなのか気になったが、聞ける雰囲気ではなかったので、ここでは口をつぐむことにした。あとでアルバートさんの方に聞こう。


 そんな私たちの会話を黙って聞いていたアルバートさんが、不意に口を開いた。



「……チハルは水属性ではなかったか?」

 その言葉に、私のことを水属性の魔法使いだと伝えていたことを思い出す。



「ならば、この任務には向かないのではないのか?」

 水は治療魔法が中心で、攻撃には向かないとされている。


 が、魔法ノ書クオリティのお陰で、水で木とか鉄とか両断できるので、そんな常識はすっかり忘れていた。


 しかし、それを言っても、実際に見ない限り信じてもらえないだろうし、私も今更2色を隠すつもりはない。



「えっと、私、風属性も使えるんです。風には、拘束魔法や催眠魔法もあるので、大丈夫です。お役に立てると思います」

「そうか、それは頼もしいな。安心して背中を任せられる」

 彼のそんな言葉に嬉しくなって、私ははにかんだ。



「だが、ならどうしてギルドカードには水、と?」

「あ、ギルド登録の時は、水だと言ったらそのまま流されて、それ一つで登録されてしまったんです。まあ、その時は属性にこだわっているほど余裕もありませんでしたし」

 という言い訳を、即興で作ってみる。


 安易な誤魔化しだと我ながら思ったのだが、アルバートさんはすんなり信じたようだった。

 安易に信じすぎな気もしたが、きっと私の“事情”を知っているためだろう。嘘だけど。



「さて、じゃあ任務について話し合うぞ」

 ルナさんの言葉に、この場にいる者たちの顔が引き締まる。

 そしてそれを確認した彼女は、王女に相応しい風格で話を進めていった。

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