異世界編 13
「うーん」
私は一人、唸っていた。
魔法を物に込めるという試みを始めて30分。見事に私は挫折していた。
いや、魔法を物に込めること自体は成功した。
したのだが、魔法の効力が弱体化しすぎて使えたものじゃないのだ。
100の力を入れようとすると、10しか入らず、その10も少し時間が経つと1未満にまで減ってしまう。
「やっぱり素材かなあ……」
魔法を込める対象物に選んだのは、その辺に落ちていた小石。それではこの結果も仕方がないかもしれない。
やっぱり宝石とかがいいのかなあ、でもそんな宝石買うお金なんか無いもんなあ、なんて思いながらテーブルの上に散らばった小石を、ちょんちょんとつついた。
「光魔法が使えればなあ……」
光は創造を司る属性。
そのため光属性魔法の一つに、想像したものを創造する魔法があるのだ。洒落みたいだが。
さすがに複雑な機械などは、私自身の想像が及ばないため作ることが出来ないが、単純なものなら作ることが出来るようになる。
椅子の上で、ぐーっと両腕を伸ばし、身体をほぐす。
ぱき、ぽき、と背骨が鳴った。
「んー……あ、そうだ。宝石じゃなくて、金属とかどうだろう。銅貨は……何となく安っぽいし、銀貨で一度やってみようかな」
金貨じゃない辺り、貧乏根性が染み付いている私だった。
「とりあえず……、声を届ける魔法で試してみよう」
前に一度ルナさんに説明したそれは、マーキングした相手に声を伝える魔法だ。
マーキング情報は5人まで保持可能で、それ以上は上書き保存となる。
だから、この魔法を物に込め、会話したいもの同士で持っていると、携帯電話のような役割を果たしてくれる、はずだ。「はず」なのは、まだ実際に試せていないからであり、こうなればいいなあ、という私の勝手な希望だからである。
まだこの魔法は呪文を覚えていなかったので、クオくんのいない内に、と魔法ノ書を元の姿に戻した。
「……『風よ、その自由な身で我の声を届けよ』」
ページを見ながら、手に持っていた2枚の銀貨に、魔法を込めてみる。
「……お?」
小石に魔法を込めたときよりは、手応えがあった。
100の力を込めて、入ったのは60くらい、だろうか。
これから時間を置いてどうなるか調べてみないとわからないが、今の時点では意外といい感じだ。
「これでお互いにマーキングして、っと……どうだろう? ちょっと試してみたいな」
魔法ノ書を腕に戻し、何となく手持ち無沙汰になった私は、きん、きん、と魔法をこめた銀貨をぶつけ合う。
クオくん早く戻ってこないかな、と扉に目を向けてから少しして、ようやく彼が戻ってきた。
「チハルさん。次、お風呂いいですよ」
「あ、クオくん、お帰り。待ってたよー」
ほかほか状態のクオくんが部屋に入ってくる。
ちなみにフェンリルは、しとっとした状態で、彼の頭の上に乗っていた。
この宿には、一泊が高いこともあってか、部屋に小さなお風呂が備え付けられている。
今までは水浴びか、お湯を貰って身体を拭くくらいだったので、久しぶりのお風呂は楽しみだ。
が、それよりも新しい試みを実験する方が楽しそうだったので、先にクオくんに入ってもらっていたのだ。
ほかほかな彼を手招きし銀貨を一枚差し出すと、首を傾げながらも素直にそれを受け取る。
「えっと、それに向かって『コール・チハル』って言ってくれる? あ、私がトイレに入ってからね?」
「……? わかりました」
銀貨を持って、部屋のトイレに篭る。すると、手の中の銀貨が一瞬、白く光った。
……第一段階は成功っと。次は肝心の第二段階だ。
私は意を決して、そのコインに小さな声で話しかけた。
「……もしもーし、クオくん聞こえる?」
『……え!? チハルさん、の声!? あれ、何で銀貨から!?』
銀貨からクオくんの驚いたような声が聞こえてくる。
どうやら成功のようだ。私は笑顔のままトイレを出た。
「と、いうことで。コイン型簡易通信機が、出来ました!」
「す、凄いです……!」
クオくんが私に歩み寄り、キラキラとした瞳で私の両手を取る。
そこまで純粋に感心されるとこそばゆいものがあるが、悪い感じはしない。
「まだ完成じゃなくて、これから魔力の減衰の経過とかも見なきゃいけないんだけどね。他にも、回数とか、時間とか、距離とか……とにかく調べることはいっぱいだよ」
「それでも凄いです!」
「ありがとう」
彼の尊敬が篭った視線に、背中がそわそわする。
そういえばカバンは私が作ったと言っていなかったから、私が魔法で便利アイテムを作ったところを見せたのは初めてだ。ならこの熱のこもった視線も頷けるか、と一人納得した。
私は誤魔化すように笑って、クオくんの手から銀貨を返してもらう。
そのまま逃げるようにお風呂へ向かった。
そんなこんなで、この宿に泊まること三日。
朝起きて王都に結界を張ることから一日が始まり、朝食を食べた後はクオくんとギルドに行き討伐依頼をこなし、依頼を終えた後はすぐに王都へ戻りもう一度結界を張ってから、私は魔法のテスト兼修行、クオくんは剣の素振り、そして夕食を食べて風呂に入って寝る。
そんなルーチンワークが出来上がりつつあった頃。
「チハル様、お帰りなさいませ。ルナフィリア様から伝言を預かっています。以前の店に4時に来てほしい、だそうです」
そんな伝言が舞い込んできた。
「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」
伝えてくれた宿の従業員にお礼を言い、ちらりと視線を柱にある時計に移す。
まだ4時まで余裕はある。今からゆっくり行けばちょうどいい頃合だろう。
「クオくんは、宿に居てくれる? もし私が遅くなったら、ご飯は先に食べていいからね」
「はい、わかりました」
頷く彼をその場に残し、私は外に出る。
結界石の完成にはまだ少し早いはずだから、彼女の用件は魔法ノ書についてかな、なんて希望的観測を呟き、のんびりと歩いて酒場に向かった。
酒場に入ると、見慣れたローブが入り口の辺りで立っていた。
私を見るなり、軽く手を上げ私を招きよせる。
「こんにちは、ルナさん」
「一昨日ぶりだな、チハル。とりあえず奥へ行こう」
「はい」
頷き、彼女の後をついていく。またしても彼女は何か頼んでいたが、私はやはり遠慮しておいた。あまり、お酒は好きじゃないのだ。というか飲んだことがないのだけど。
以前と同じテーブルにつき、店員が今回は透明な飲み物を持ってきたところで、ルナさんがローブを取る。今日は何のお酒かな、なんて考えていた私は、すぐに彼女の潜めた声に意識を引き戻された。
「城の魔法使いたちの寝ずの作業のお陰で、今日、結界石が完成した」
「あ、本当ですか?」
最低でも三日かかると聞いていたので、よっぽど魔法使いたちは頑張ったんだな、と思う。
内心で、ご苦労様です、と今頃ぶっ倒れているであろう魔法使いたちに労いの言葉を送った。
「チハルのお陰で助かった。謝礼などは出せないが、心から感謝していることは知っておいてほしい」
「あ、謝礼とかはいらないですよ。好きでやったことですし」
むしろ国から謝礼が、となるほうが私にとっては困るのだ。
それに、あの宿のお金を出してもらったことだけで満足だったり。
「……そして、もう一つ。お前の探し物についてだが」
彼女の深刻そうな顔に、私は結果を予想し、肩を落とす。
まあ、見つかるとは思ってなかったが、これで手掛かりがまたゼロになるかと思うと、溜息を吐くしかない。
「やっぱり、駄目でしたか……」
「いや、一応、情報らしきものはあった」
「え!? 本当ですか!」
予想とは裏腹な言葉に、思わず頓狂な声を出してしまう。
が、その明るいニュースとは裏腹な暗い表情を浮かべる彼女に、それがどうやら思わしくない情報らしいことを悟った。
「……それで?」
「その前に、今回の事件の話をしたい」
いきなり飛んだ話題に、私は訝しげに思って眉を寄せる。が、無駄な話をするとは思えないので、黙って聞くことにした。
「私はここ一月、とある地下組織について調べていた。その組織は、メルティカ王家に強い敵対心を持っている者たちの集まりだ。今回の魔物による王都襲撃も、恐らくはそいつらの作戦行動の一部だろうと私たちは考えている」
あれ? 何か話に暗雲が立ち込めてきたような?
「……あの、その話って、一般市民は知りませんよね?」
「知るわけがないな」
「……もしかして、国家機密じゃありません?」
「そう言われると、そうなるな」
……ガッデム!
事も無げに言われて、私はその場に沈没した。
いやいや、何でそんなのに巻き込んじゃってくれてるんだろうルナさんったらもう……!
「……チハル、どうした?」
テーブルにいきなり突っ伏した私に、彼女が心配そうに声を掛けてくる。
だがもう私のライフはもうゼロである。
「……すみません、どっと疲れたのでこのまま聞かせてください」
「ん? あ、ああ、よくわからないがわかった。……それで、私はその地下組織を調べていたのだが、どうやらその組織が魔物を操っているらしくてな」
「……それで?」
「その、魔物を操るためのマジックアイテムが、どうやら本の形をしているらしいのだ」
がばっと、身体を起こす。
「本当ですか……!?」
「確証はない。が、諜報員からそういう話が上がっているらしいと聞いた」
「そう、ですか」
その情報が正しいとは限らない。限らないが、今のところ手掛かりはそれしかない。ならばそれに食いつくしかないだろう。
それに、魔物を操るなんて非常識な力を持っているというのなら、魔法ノ書である可能性だって高いはずだ。
「……で、それを私に言うってことは」
「ああ、チハルが思っている通りだ。もう潜伏先はほぼ全て突き止めてある。その内の一つを、私が落とすことになった」
つまり、その潜伏先の一つを壊滅するのを手伝え、その代わりその本が私の探し物だった場合は、報酬としてお前にくれてやるから、ということだろう。
「……お話は理解できました。でも、一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
「どうして私を誘ったんですか? 確かに2色魔法使いですけど、城にはもっと強い魔法使いがいるんじゃないですか?」
私の言葉に、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやらあまり聞かれたくない話だったらしい。
「……情けない話なのだがな。元々、誰が味方で、誰が敵かわからない状況だったのだ。だから私が動くことになった。貴族の方は、大体目星がついたのだが……そこに、今回の事件だ。通常、結界石のある場所に行けるのは、私達のような王族か、城抱えの光属性の魔法使いたちだけなんだ。……恐らく、その中にいるのだろうな、組織の人間が」
うわあ、としか言いようのない状態である。第二とはいえ、王女が動かなきゃいけないって、相当深刻な状況だろう。
まあ、そういう方面はとんとわからない私には口が出せないので、上の人たちに任せるしかないわけだが。
「だから正直なところ、チハルの方が信頼できるんだ」
「この間会ったばかりですよ?」
「一緒に王都を守っただろう?」
「……そういう作戦かもしれませんよ? 信頼させて内側からパクリ、みたいな」
「私の姿を見ても、名前を聞いても、何の反応も示さなかったお前が何を言う。大体、あんな結界張れる奴が、そんな作戦に任命されるか、ばかもの」
苦笑気味に言われ、それもそうだと納得してしまった。
そんな稀有な魔法が使えるのであれば、違う役割に回されるだろう。
「動かせる兵士たちは、他の場所にある潜伏先を潰すことになっている。だから私たちは、少数精鋭で向かうことになったんだ」
「私たち」ということは、私以外にも誰か彼女に同行する者がいるのだろう。ただ、それでは余りにも心もとないから、私を誘ったということだ。
「お受けしたいのですが、……一つ、お願いしていいですか?」
「何だ?」
「クオくんのことです」
「ああ、それは任せてくれ。城で面倒を見よう」
私はそれに、ホッと息を吐いた。
彼の結界については、次元属性にテレポートの魔法があったりするので心配していない。
が、彼を一人でここに残すことは心配だった。
厳密にはフェンリルがいるので一人と一匹だが、心配なことには変わりがない。
「……あ、そうだ。もし良ければなんですけど、城で面倒見るついでに、誰か、クオくんに剣の稽古をつけてもらえませんか?」
「ん? ……そうだな。どうもまだ拙いようだし、この機会に学ぶのもいいだろう。話は通しておく」
「ありがとうございます!」
私は、使えるものは、どんどん使う主義である。どんなチャンスも逃さず、食いつくのが重要だ。
ただ、やりすぎると眉を潜められるので、相手の機嫌の見極めは大事だが。
「じゃあ、引き受けたいと思います」
「そうか、良かった。明日の昼、宿に迎えをやる。城に来てくれ」
本当のことを言うと、あまり城とかには関わりたくないのだけど、こうなれば仕方がないだろう。
「はい、わかりました」
私はそう言って了承した。
それにしても、思ったより急な出発になってしまうようだ。
その魔物を操るという本が、魔法ノ書だったらいいんだけど。
私は期待と不安が複雑に混じりあった息を、長く長く、吐き出した。
ルナさんも一息ついて、しばらく放置していたために水滴のついたグラスを呷る。
「……なあ、チハル?」
「何ですか?」
「少なくとも私は、王族として誇りのある行動をしてきたつもりだ。そして私の家族も、誇りのある行動をしてきたはずだ。……だというのに、このざまだ。何が、間違っていたんだろうな」
悔しそうに、そして苦しそうに吐き出す彼女に、私はなんと返していいか、わからなかった。
でも、一つだけ、言えることがある。
「……貴族とかは知りませんけど、私はシルヴァニアで、色々な人を見てきました。そしてその人たちはみんないい人で、とても輝いた表情をしていました」
アルバートさんや、クリアさん、屋台のおばちゃんに、宿の人。他にも、私は色々な人と関わってきた。彼らは、みんないい顔をしていたと思う。元の世界にはなかった、輝きを持っていたと思う。
「それって、ルナさんたちが誇りある行動をしてきたお陰で守られてきたものだと思いますよ。もし国が荒れていたら、そんな顔、出来ないはずですからね」
「……そうか。それも、そうだな。ありがとう、チハル」
「いえいえ」
彼女の表情が少し緩んだ気がして、私は少し安堵した。
「……あ、そうだ。クオくんに事情を説明する時、ルナさんの身分って言っていいですか?」
「ん? クオに言ってなかったか?」
「……あ、隠してたわけじゃないんですか」
思わず微妙な笑みを浮かべてしまう。
敢えて名前だけで自己紹介したのかと思ったのだが、杞憂だったようだ。
「じゃあ教えちゃいますよ?」
「好きにしろ」
「好きにします。さて、私はそろそろ帰りますね。クオくんに説明したいですし」
「そうか。私はもう少し飲んでいくつもりだ」
言いながら、彼女はグラスを持ち上げ、僅かに傾ける。
「わかりました。じゃあ、また明日」
「ああ、明日な」
私達は、お互いに小さく手を振って別れた。