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異世界編 12

「奥に行こう」

「はい」

 まだ昼だというのに、顔を赤くした男たちがガヤガヤとたむろする酒場。

 そんな中を、彼女は堂々とすり抜け、奥へと進む。

 カウンターの前を通る時、店の人に何か頼んでいたが、私は遠慮した。


 二人掛けの小さなテーブルに陣取った彼女は、椅子に腰掛ける。

 そこに店員さんが酒らしき赤い液体の入ったコップを持ってきてテーブルの上に置いた。

 ワインだろうか?


 それを見送ってから、彼女は初めて顔を隠していたローブを取った。

 そんな彼女の素顔に、思わず息を呑んでしまう。


 出てきたのは、目が離せなくなるほどの美人さんだったのだ。


 長く輝いた銀糸は上の方で一本にまとめており、肌はまるで白磁のよう。

 翡翠のような瞳に、切れ長な眦。僅かに頬に乗る赤が彫刻のような美しさに、一滴の生気を与えている。


 思わず、フォトショ加工かと疑うほどの美麗さだった。


 彼女は喉を潤すためか、飲み物を呷ってから口を開く。



「……自己紹介が遅れたな。私は、ルナフィリアだ。ルナとでもフィリアとでも、好きに呼べ」

「私はチハルです。ではルナさん、と呼びますね」

 そこで、一瞬気まずい静寂が訪れる。微妙な空気を払拭するように、ルナさんが一度咳払いした。



「……まずはチハル、先程は助かった。ありがとう」

「あ、い、いえ……」

 いきなり謝礼から入られて、驚きに口が回らなくなる。

 あの結界魔法について切り出されるのだろうと思っていたので、不意をつかれたのだ。


 しかし、この話し合いが、これだけで終わるはずが無い。私は覚悟して、次の言葉を待つ。

 緊張で空気が張り詰める中、彼女が口を開いた。



「そこでだ。お礼に、お前を私の近衛に任命しようと思うのだ」



 え? ……えっ!?



 ……あの、一体全体、どういう理論展開ですかルナさん。



 待ち構えていたはずの内容から大きく逸れた言葉に、私は思わず絶句してしまった。

 疑問だけが脳内で飛び交い、ポカーンと彼女を凝視してしまう。

 その視線に、彼女はハッとして言った。



「ああ、名前だけではわからないか。私のフルネームは、ルナフィリア=ジュビア=ミルアーナという」

「えーと……」

 ミルアーナ、という聞き覚えのある単語を、頭の引き出しから検索する。


 ええと、ええと……そうだ。ミルアーナはこの国の、な、まえ……?



「……え、もしかして……王族ですか?」

 それに肯定するように頷いて、彼女は続けた。



「私はこの国の、第二王女だ」

 よりにもよって、王女ですか。

 やっぱり強大な力というものは、厄介ごとしか連れてこないのだと確信した。


 私は、一度深呼吸して、自分を落ち着かせる。そして、答えを伝えるべく、口を開いた。



「……謹んでお断りさせていただきます」

「なっ、何故だ!?」

 がたん、と椅子が大きく鳴った。

 愕然とした表情で勢い良く立ち上がったルナさんに、周囲の視線が集まる。

 ルナさんがハッとしたように、ほんの少し表情を緩め、静かに座った。


 視線が私たちから逸れたあと、彼女が悄然とした様子で呟く。



「……何故だ。これほどの名誉の、何が不満なのだ……?」

 憮然とした表情に、彼女が本気でそう思っていることを悟る。


 恐らく、傲慢とか、尊大とかじゃなく、本気で彼女はそう考えているのだ。

 これは、育ちや感覚の違いとしか言いようがないだろう。


 事実、王女としての誇りを持ち、本気で国のことを考えているのであろう彼女の近衛になるのは、この国に住み、この国を守ろうと考えている人たちからすれば、大きな名誉だろう。


 だが、私にとって、この国はどうでもいい存在だ。

 悪感情も好感情もなく、つまりは関心がない。


 流石に、目の前で人が死にそうになっていたら、手が届く限りは助けたいと思う。

 だから先程の襲撃で、王都を守ったけど、心情的にはこの国がどうなろうと私には関係ないのだ。



「私は、国仕えするつもりは全くありません。探し物をしていますので、ここに留まることもありませんし。だから、それは受けられません。ごめんなさい」

 ぺこり、と頭を下げる。

 彼女は信じられない、といった様相で唇を噛み締めていたが、やがて諦めたように溜息を吐いた。



「……そう、か。ならせめて、その探し物を教えてくれ。出来る限りは協力したい」

「わかりました、ありがとうございます」

「3色の魔法使いが、何を探しているのか……個人的にも気になるしな」

 そう言われて、そういえば彼女には水も風も見せていたな、と思い出した。



「あ、ルナさん、違います。あの結界は、光属性じゃないんです」

「……何だと?」

 彼女が目を丸くする。



「あれは、何の属性にも属さない魔法なんです。つまり、魔法の才を見るためのファーストスペルと同じですね。……無色、とでも言えばいいんでしょうか? 属性が無いので、あれだけの規模の結界が張れたんです」

 考えておいた言い訳を口にすると、彼女は見るからに戸惑った様子を見せた。



「だが、それで、あんな……私は魔法についてそこまで詳しくないが、しかし今までチハルの言うような無色の魔法など……」

「でも、光属性の魔法が使えないのは事実ですよ?」

 これは今のところ嘘ではない。

 納得しきれていないのか、彼女は不服そうな表情をしていた。



「まあ、私が2色か3色かについてはともかく。今回の襲撃、何が原因だったかわかりましたか?」

「あ、ああ……結界石が何者かに壊されていたそうだ。誰が何の目的でそれを行ったのかは不明らしい」

「結界石の予備は?」

「ないな。今、城にいる光属性の魔法使いたちが、必死に新しい結界石を作っているところだ」

 てっきりどこかから発掘されたマジックアイテムとかだと思ったのだけど、どうやら城の魔法使いたちの作品であるらしい。

 結界の力を何かに込め、持続性を高めているのだろう。


 魔法の効果を何かに込めるという試みは面白い。あとで試してみようと思う。



「それにはどれくらいかかりますか?」

 私の問いに、彼女は少し考える素振りを見せる。



「そうだな……早くても3日はかかるだろう」

「それまで結界は維持していた方がいいですか?」

「結界石が直るまで、多くの兵士が都には配備されることになっている。だから必要はない。だが、出来るならば被害を防ぐため、維持していてくれるとありがたいのだが……?」

 彼女のどこか遠慮がちな声に、どうやら先程はにべもなく断りすぎたようだ、と反省する。

 なるべく柔らかい声色を出すようにと考えながら、私は頷いて言った。



「わかりました。そうしますね。結界石が完成したら教えてください」

「ならば、チハルの宿を聞いていいか?」

「あ、まだ決まってないんです。……ルナさん、安くてご飯の美味しい宿、知りませんか?」

 私の問いに、ふっと彼女が微笑む。



「そうだな。私のおススメの宿を教えてやる。ついでに結界石が直るまでの代金は、私が払おう」

「あ、本当ですか? ありがとうございます。クオくんの分もお願いしますね」

「あの少年だな? もちろんわかっている」

 彼女は、くい、と残っていた飲み物を全て呷り、テーブルの上に銀貨を一枚置く。

 立ち上がりローブをかぶりなおした彼女について、私も酒場を後にした。







 宿に向かう途中、不意に思い出したのか、ルナさんが口を開く。



「ところで、チハル」

「何ですか?」

「先程言っていた、探し物とはなんなんだ?」

「あ、そういえばそうでしたね。ええと……本なんです。魔力がこもった本」

 もしかしたら形を変えているかもしれないが、そうなると探しようがないので本ということにしておく。

 私が魔法ノ書を見つけたときは本のままだったし、たぶん本の形をしているだろう。



「ふむ……本か。タイトルはわかっているのか?」

「タイトルは……わかりません。ただ、強い魔力がこもっているとしか」

 具体的な名称を言うかどうか迷って、結局言わないことにする。

 もし、下巻を探している=上巻の持ち主、なんてことになったら目も当てられない。

 あくまでも魔力の篭った本を探していたら下巻を見つけた、ということにしたい。



「そうか、わかった。城の魔法使いたちに聞いてみよう。それと、宝物庫の中も見てみる」

「宜しくお願いします」

 もしも宝物庫の中にあったら、結構困った事態になりそうだ。

 譲渡して貰えるかどうか。たぶん難しいだろう。


 その時は、このカバンをマジックアイテムとして献上して、ご機嫌取りをしよう。

 それでも駄目なら、盗むしかない……が、それは最終手段だ。



「あ、そうだ。ルナさん、もう一つお願いがあるんですけど、いいですか?」

「何だ?」

「私のこと、誰にも言わないで欲しいんです。私のことっていうか、私が2色ってこととか、変な結界魔法が使えるとか」

「む……確約は出来ないが、出来るだけ秘密にしよう」

 彼女がそう言って頷く。私は一先ずは安心だと、ホッと息を吐いた。彼女がそう言う以上、どうしようもない時以外は秘密にしてくれるだろう。


 国なんかに目をつけられたら、行動制限がかかるどころか、クオくんを人質にされて何を求められるかわかったものじゃない。

 しかもこれでも、実力……というか魔法ノ書の存在を隠しているのだ。

 本の存在を気取られたら、以前思ったように拷問されてあとはポイだ。

 ああおそろしやおそろしや。


 ……それなら王女である彼女に本の捜索を頼むな、という話だが、今のところ手掛かりが全く無いのだ。使えるものは何でも使わなければ。

 匙加減が難しいが、まだその加減は間違っていない、と信じたい。



「チハルさーん!」

 なんて思っていたら、ちょうど前方からクオくんが走ってきた。

 宿に案内してもらうことを、フェンリルを通して伝えてあったからだ。



「クオくん、手紙は?」

「ちゃんと届けてきました! これ、サインしてもらった証明書です!」

「ん、ありがとう。お疲れ様」

 ぽんぽんと頭を撫で、その紙を受け取る。彼は嬉しそうに頬を緩ませた。

 そんな彼を微笑ましげに見下ろすルナさん。



「少年、私の名はルナフィリアだ。ルナとでもフィリアとでも、好きに呼んでくれ」

「あ、僕はクオです、宜しくお願いします」

「ああ、宜しく頼む。……ところでクオ。良く私達の居場所がわかったな?」

「チハルさんに、魔法で教えてもらったんです」

 あらかじめ伝えておいた言い訳を、クオくんは口にする。

 その言葉に、ルナさんは驚いた表情を作った。



「チハルの魔法はそんなことも出来るのか?」

「あ、はい。風属性の魔法の一つで、遠くにいる人に私の声を伝えられるんです」

 この話自体は嘘だが、事実、そんな魔法が風属性にあったりする。ただし、話したい相手にマーキングが必要だし、一方的にしか言葉を伝えられないので、いざという緊急時には全く使えないが。


 あ、でも待てよ? この魔法を物に込めることが出来たら、簡易通信機になるかな?

 これもあとでやってみようっと。



「そうか。チハルは何でもできる、凄い魔法使いなのだな……」

 何でもというわけではない。魔法ノ書に書いてあるものしか使えないのだから。

 ただ、魔法ノ書に記されている魔法が豊富なだけである。


 でも、魔法ノ書にある魔法って、どう考えても戦闘に偏っている気がするのは、ただの気のせいだろうか?

 戦闘用じゃないように思える地図作成魔法や前述の遠隔通信魔法も、考え方によっては戦争のような、大規模な戦闘行為に使えそうだ。



 もっと生活に使う魔法とか、あっていいと思うんだ。洗濯魔法とかさ。


 ……心から欲しいよ洗濯魔法。



「……なあ、チハル?」

「何ですか?」

「もしも……もしもだ。いつか私が力を必要とした時、チハルの力を貸してくれないか?」

 ルナさんが、どこか不安そうに言う。

 何だか彼女に似つかわしくない表情だと思いながら、私は笑顔で答えた。



「そうですね。もし、その時に連絡が取れたなら、否とは言わないと思います」

 何だかんだで、私は彼女のことが結構気に入っているのだ。

 卑怯だ、とか、どういう理論展開なんだ、とか色々思ったけど。

 それはそれとして。



「そうか……ありがとう」

 ルナさんが、小さく微笑む。

 その薄い笑みは、彼女の美貌をよりいっそう際立たせ、女の私でもちょっとどきどきした。







 宿をルナさんに案内してもらった後、彼女に護衛依頼の終了証明書を貰う。

 結界石についてか、探し物についてわかった時にまた来る、と言い残し、彼女は去っていった。恐らく城に帰るのだろう。



「それにしてもいい宿だ……はぁ」

 ちなみに彼女が案内してくれたのは、一晩当たり、二人で金貨3枚もかかる宿だ。


 安くって言ったのに! 言ったのに!

 ……ルナさんにとっては、安いのだろう。


 結界石が直ったら、宿を変えようと思う。節約第一だ。

 ちなみに今の所持金は、金貨10枚+端数、というところ。これでも一週間で頑張った方だ。



「あ、クオくん。ルナさんに聞いたんだけど、結界石ね、誰かに壊されてたんだって。だから、クオくんのせいじゃないよ」

「そ、そうですか……」

 どこかホッとしたようにクオくんが笑う。フェンリルは慰めているのか、それとも良かったなとでも言いたいのか、彼の肩から頭の上に飛び乗り、ぽふぽふと飛び跳ねていた。



 何だあの可愛い生き物。



「……そういえば、何で彼女、シルヴァニアなんかに居たんだろう?」

 ふと、思い出して呟く。

 馬車の護衛依頼を受けていた、ということは、シルヴァニアに滞在していたということだ。

 王女である彼女が、一体何の用で?



「ルナさんがって、どうしてですか?」

 不思議そうにクオくんが問いかけてくる。

 そういえば彼女が王女だということを、クオくんは知らないんだった。ルナさんも名前だけを紹介していたし、あまり身分については話題に出したくないのだろう。


 どうやって誤魔化そうか考えているうちに、更に彼が続ける。



「……でも確かに、Cランクっていう腕じゃありませんでしたよね。何でCランクの護衛任務なんて受けてたんでしょう?」

「あ、それはたぶん、Cランクがどうこうっていうより、王都行きの依頼を探しただけだと思うよ?」

「ああ、なるほど。……それにしても、凄かったですよね。僕も、あんな風に強くなりたいなあ……」

 憧れの宿った瞳で、彼が呟く。彼の左手は無意識にか、腰の剣の柄を握っていた。

 その仕草に、彼ももう一端の剣士なんだな、と実感する。


 剣を握った期間なんて関係ない。焦がれて、憧れて、強さを求めて。そうやって、少しずつ成長していくのだろう。



 ……ああ、何だか、眩しいなぁ。



「クオくんなら、きっとなれるよ」

「……はい!」

 目を細め、彼の笑顔を見やる。

 今度ルナさんに会った時、剣の稽古が出来る場所について聞いてみよう。

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