異世界編 11
あれからまた三度ほど聞こえた地響き。
それをどうすることも出来ず、すっかり人通りの失われた道を走る。
そして私たちが辿り着いたのは、噴水……だったものがある広場だった。噴水は既に破壊され、辺りが水びたしになっている。
そこではローブの女性と、鉄の金棒を持った2メートルほどの巨人族の魔物が一騎打ちしていた。魔物が金棒を振り回し、ローブの人がそれを紙一重で避ける。
「確か、あの魔物は……」
「……ハイオークです!」
クオくんの言葉に、小さく頷く。
そう、あの魔物は本に載っていた。
討伐依頼であればAランクになる魔物で、その強大な力と硬い肌、そしてその巨体に似合わない素早さのせいで、歴戦の戦士でも手こずる相手だ。
事実、あの細い突剣で戦うローブのお姉さんは、苦戦しているように見える。相手の攻撃は当たらないが、彼女の攻撃も相手に通らないのだ。このままでは、彼女がやられてしまう。
そんなハイオークの弱点は……体中で唯一皮膚の薄い眉間!
それ以上何か考えるよりも先に、反射的に口から詠唱が紡がれた。
「『風よ、その自由な身を戒めとし、敵を拘束せよ』!」
つむじ風が、ハイオークの四肢に纏わりつく。ハイオークはその戒めから逃れようと、腕がずたずたになることも厭わず、激しく身を捩った。
が、彼女がその隙を逃さない。
「ハァッ!」
彼女はまるで重力を感じさせない動きで跳躍し、手にしていた突剣でハイオークの眉間を真っ直ぐに貫いた。そしてすぐに剣を抜き、彼女はそこから飛び退る。
その直後、一度大きくびくんと痙攣したそいつは、ぐらりと前方に倒れ伏した。
「……すごい!」
「……っ」
隙を作れば、彼女なら何とかしてくれると思ったけれど、まさか一撃とは。この人、明らかにCランクを受けるような実力じゃない。
クオくんも目を見開き、食い入るように彼女を見ていた。
「助かった、礼を言う」
「いえ、そんなことは……」
「だが、ここで喋っている暇はないな。私はもう行くぞ!」
「あ、私たちも行きます! クオくん!」
「はい!」
三人で王都を走る。途中で魔物に襲われるが、ほとんどは彼女の剣で屠られた。私も魔法で応戦するが、彼女の剣のスピードには敵わない。
しばらくそうやって敵を倒していくが、魔物は次から次へとやってくる。彼女はうんざりと、そして吐き出すように悪態を吐いた。
「……どれだけの数が入り込んでいるんだ! これではキリが無い!」
「外の壁に穴が開いているから、そこからまた入り込んでるんでしょう、ね! っと!」
水の槍を操作して、私が相対していた内の一匹をしとめる。
「ちっ……! 結界はどうしたと言うんだ!」
「結界? あの防壁とは別にあるんですか?」
その言葉に、首を傾げる。
彼女は剣を魔物に突き刺しながら、早口で説明してくれた。
「あの防壁は人間用だ! 魔物は城にある結界石の力に阻まれて、入れないはずなんだ!」
「なるほど」
じゃあ、何らかの原因で、結界石がその力を発揮できない状態に陥っているのだろう。
盗まれたか、壊されたか、何らかの原因で力を失くしたか。
どれにしても、結界をどうにかしなければ、この状況は変わらない、ということだ。
「チハルさん、どうにかなりませんか……!?」
「ん、やってみる」
クオくんの言葉に、小さく頷く。力はなるべく隠匿しておきたいものの、既にクオくんにも見せているのだから、許容範囲内だろう。
「ローブのお姉さん、10秒でいいですから私に魔物を近づけないよう、守ってください!」
「何をするつもりだ!?」
その問いには答えず、私は集中する。
クオくんに使う時のような小規模なものではなく、この王都全域を包むような、そんなイメージ。持続性を高めるイメージじゃなく、広い範囲に広げるイメージを持って……よし、行ける!
「『魔を隔てし結界よ、我らに次元の加護を』『たゆたう時間よ、流転する世界よ、加護を受けし地に祝福を』!」
私を中心として、結界がぐんぐんと広がっていく。
でも、まだ、まだだ……もっと広げて……ここ!
キィィン、と音がする。それは今までにないような遠い感覚で、私の耳に届いた。
「……はあ、しんどい……」
今まで使ったことのないほどの規模だからだろう。頭がふらふらし、ぐらりと身体が傾ぐ。
魔法ノ書があってこれだ。普通に使おうとしたら、一体どうなるんだろうと恐ろしくなる。
ふう、と大きく息を吐いて、倒れるようにその場に座り込んだ。
「ご苦労様でした」
クオくんがそう言って労ってくれる。
……ああ、癒されるよチハルお姉さんは。
と、癒してくれそうにない剣幕で、ローブの女性が私に詰め寄ってくる。
「な、何だ、今のは……!?」
「この王都全体に結界を張りました。これ以上、魔物は入ってこれません。ただ、最高でも半日しか持ちませんので、早く魔物が侵入してきた原因を突き止めなきゃいけませんが」
クオくんにかけた結界魔法の有効時間が約三日だったので、これだけの広大な結界だと保ってもそれくらいだろう。
「あ、既に入っている魔物はどうしようもないので、倒してきてください。私はしばらく動けませんので」
「くっ……聞きたいことは山ほどあるが……また後で聞きに来る! ここに居ろよ!」
ローブのお姉さんはぎりと歯噛みし、悔しそうな声色で言う。
だが今はこの状況を何とかするべく、たった一本の突剣で魔物を殲滅しながら走っていった。
いやあ、やっぱ彼女はすごいな。
「フェンリルー、疲れたー、もふもふしてー」
「……仕方がないのう」
クオくんの肩の上に陣取っていたフェンリルは、ぴょんと私の手に飛び乗ってくる。私はそれをもふもふと抱き締めた。ああ、やっぱ癒される。
しばらくそうしていると、クオくんが深刻な表情で話しかけてきた。
「……あの、チハルさん」
「クオくん、どうした?」
「僕のせい……なんでしょうか?」
そんないきなりの言葉に、私はきょとんとしてしまう。
「ええと、僕のせいって何が?」
「……この襲撃です!」
彼の顔を見れば、その顔は僅かに青ざめていて。真剣にそう思っているらしいことが伺い知れた。
「いやいや、ちょっと待って、クオくんどうしてそんな結論が……」
「だって、本当なら結界石っていうもので守られているんでしょう!? ……きっと僕がここに来たから、効果が無くなっちゃったんです!」
確かに、そう言われればそう取れるかもしれない。私達の到着と同時に、王都が襲撃されたから。
タイミングが悪すぎただけなのだろうが、特別な体質を持つ本人からすれば深刻に受け取ってしまうのだろう。
私は、首を横に振る。
「……それは無いと思う」
「でも……!」
「大体、まだ王都に入っても居なかったでしょ? それに、本当にクオくんのせいだとしても、襲撃が早すぎるよ」
そうやって諭すように言った私は、彼の腕を引いて隣に座らせる。
「だから、そんな風に自分を責めないの。絶対クオくんのせいじゃないから」
「……はい」
不承不承という風に、彼が頷く。まだ納得は出来ないが、私の言葉に否定は出来ない、そんなところだろう。
彼は、俯いて唇を噛み締めていた。
……うーん、どうにも根が深いな。仕方がないんだろうけど。
「……さて、と。これ以上休んでるのも申し訳ないし、私たちも魔物を倒しに行こうか。まだ、残ってるかどうかはわからないけど」
ここは王都だ。兵士や冒険者も沢山いるだろうから、私が行かなくても、殆どの魔物は倒されていると思う。が、ここでじっとしているのも、少し心苦しい。
あの女性には待ってろと言われたけど、私は「はい」と答えていない。
それに再び彼女に会ったら、私の魔法についてあれこれ聞かれそうだろうから、正直あまり会いたくはない。
私たちは連れ立って、門の方に戻ることにした。
結局、私達が門に辿り着いた時には、どうやら侵入した魔物は全て倒された後のようだった。
死者は奇跡的にゼロ。
負傷者は兵士や市民にいくらか出たらしいが、既に治療を受けているそうだ。
今は残党が残っていないか、兵士達が死骸の回収や被害状況の確認を兼ねて、街中を見回っているらしい。
だが、物陰に隠れて人間をやりすごす、なんて知能は魔物にはない。
そのため、残党はいないだろう、という緩んだ雰囲気が周囲には漂っている。辺りの賑わいも段々と元に戻っているようだ。
「……でも、馬車を襲った魔物たちは、妙に整った動きだったって言ってたよね。それって、そういう行動をするだけの知能があるってことでしょう?」
「そんな魔物がそうそういるとは思いませんけど……」
クオくんの言葉に、うーんと唸る。
こういう場合、何かしらの影響で魔物が知恵をつけ始めてるとか、誰かに操られてるとか、そういう展開になる気がする。ゲームや漫画では、良くある話だ。
「まあ、これから注意するようにしようね。戦術を立てて襲い掛かってくる魔物とかも出てくるかもしれない」
今はまだ無秩序に襲ってくるから、対処するのは楽だ。
しかし、もしそれが連携を組んで、前から後ろから翻弄されるようになると、私たち二人では倒すのがかなり大変になるだろう。
そんなことにならないよう祈っておこうと思った。
「……そういえば終了証明書、貰ってなかったっけ。御者のおじさんも居ないし……どうしたらいいんだろう?」
「ギルドで聞いてみればどうでしょう?」
「……そうだね、そうしようか」
私達は、門番の人にギルドの位置を聞いて、その場所に向かうことにした。
結果的に、それは致命的な判断ミスだった。
……何故かと言えば。
「……やはり来たな」
ギルドで、彼女が待ち受けていたのだ。ローブで顔は隠れているくせに、怒気がびんびんと伝わってくる。そんな彼女に、内心で苦笑を浮かべるしかなかった。
私たちは、一緒の依頼を受けたのだ。あの場から消えた私たちに、ここで張っていれば会えると思ったのだろう。そしてそれは大正解である。時間置けばよかったな、と思っても、もう遅い。
「話がしたい。付き合え」
「……その前に、護衛依頼についてどうすればいいか聞いてきますので、ちょっと待ってて下さい」
「ああ、そういえば先程の御者からこれを預かったぞ」
彼女が取り出したのは、依頼の終了証明書だった。私は小さく礼を言いながらそれを受け取ろうとしたのだが。
「これは、話が終わった後に渡す。だから付き合え」
うわ、卑怯。
これは何としても話を聞かなくてはならないパターンだ。つまりは強制イベントである。
私は小さく溜息を吐いて、クオくんに話しかけた。
「クオくん、私はちょっと話してくるね。クオくんは、お手紙届けてきてくれる?」
「あ、わかりました」
カバンから取り出した一通の手紙と終了証明書を彼に手渡す。
手紙や荷物を届ける場合、届けた相手の人にサインを書いて貰うことで終了証明になるのだ。
(クオくんを宜しくね、フェンリル)
(うむ、わかった)
フェンリルにそう伝えてから、彼に手を振って見送った。
「……さて、どこで話しますか?」
「近くに酒場がある。そこに行こう」
そう言って彼女はくるりと踵を返す。
未成年なんだけどな、とか思いながら、私はその背を追いかけていった。