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異世界編 10


 この世界での生活も、ようやく一週間を過ぎた。

 色々とあったが、ほどほどに順応してきたはずだ。



 魔法も、今までのを数えると、全部で25種類くらいは暗記した。

 ビバ(?)・トイレ魔法。



 それと昨日、クオくんと一緒にギルドランクがCになった。

 本来ならば、もっとランクアップには時間がかかるものらしい。


 だが、短期間で数多くの依頼をこなしたため、異例のスピード出世なのだとクリアさんには教えてもらった。


 「先日、初心者用である魔物討伐依頼の殆どを掻っ攫っていったDランクキラーのお二人に、ギルドが特別措置を与えたんですね」と、にこにこ顔で嫌味(?)を言われて、ちょっとへこんだりもした。



「ねえ、クオくん。王都行きの依頼、受けていい?」

 依頼書を見ながら、横にいるクオくんに問いかける。

 Cランクに上がったので、他の街への運搬依頼を受けられるようになったためだ。

 ランク上昇により、荷物を預かって運ぶための最低限の実績と信頼を得たから、というのが理由らしい。



 魔法ノ書について、この街の図書館で調べてみたりしたのだが、一つも有力な情報はない。

 これ以上情報を集めるには、王都にでも行くしかないかな、と考えていたところだったので、この依頼は渡りに船だった。



「僕はチハルさんの行くところなら、どこにでもついていきます」

「そう? じゃあ、これとこれにしようか」

 一覧から王都行きのものを二つ選び、引き受けることにした。







 からからから。荷馬車が揺れ、車輪が鳴る。

 私達がギルドで引き受けたのは、一通の手紙を届ける依頼と、この馬車の護衛依頼だ。


 護衛依頼は私とクオくんの他に、二人が一緒に受けている。


 その二人は、私たちと同じように、荷馬車の中で荷物に紛れて座り、各々何かやっていた。

 眼鏡をかけた神経質そうなお兄さんは、手元の杖に巻かれた長い布を巻き直しているし、もう一人の茶けた色のローブを深くかぶって顔をすっかり隠し、ただ黙って座っている。



「……全く、何なんだ……」

 魔法使いらしきお兄さんが、忌々しげに小さく呟く。

 その視線は、私を辿り、クオくんを辿り、そして最後にローブの人に向けられた。


 ……まあ、わからなくはない。

 私とクオくんはまだ子供だし、ローブの人は男なのか女なのかすらわからないのだ。

 ギルドで剣士だということは聞いたが……それだけでは先行きが不安になるのだろう。


 でも、今現在、この依頼を受けている以上、受けるだけの実力はあるということだ。

 見た目は関係ない。


 それが理解できないあのお兄さんは……何というか、探偵漫画とかで一番最初に死にそうな人だな、とそんな感想を持った。



(フェンリル、クオくんに身体痛くないか聞いて?)

 王都までは馬車で約半日。

 そして既に一時間は同じ姿勢なため、身体が少し強張ってきている。



(全く、わしを何だと思ってるんじゃか…………大丈夫じゃと)

(そっか、ならいいけど)

 ふう、と一息つく。

 そして、少し途方にくれはじめた。


 段々と暇になってきたのだ。

 最初の頃は初めての馬車にはしゃいでいたのだが、流石にこれ以上は、テンションを持続できそうにない。


 これで私一人であれば魔法ノ書を読むのだが、今は他に人がいる。

 私は少し考えて、カバンの中から、ギルドで購入した魔物の本を取り出した。


 各魔物の特徴や討伐証明部位についてだけでなく、絵も描いてあるため、見ていて動物図鑑のようで非常に面白いのだ。



「あ、チハルさん、僕の分も下さい」

「ん、わかった」

 どうやらクオくんも暇だったらしい。

 お金に余裕が出来てから彼のために購入した分もカバンから取り出し、手渡した。



 しばらくそれを読んでいると、不意に馬が嘶き、馬車が急停止する。

 何かと思い視線を上げると、既にローブの人は立ち上がり、馬車を出るところだった。

 私とクオくんも本を投げ出し、慌ててそれを追いかける。


 外に出ると、周りを沢山のゴブリンが取り囲んでいた。



「こんなに……いつの間に!?」

「いきなり現れたんだ! すまねえ、頼む!」

 御者をやっていた男が、叫ぶように言った。

 彼は顔を恐怖で強張らせ、急いで馬車の中に引っ込む。


 私はそれを全て聞く前に、魔法を唱えた。



「『水よ、その清廉なる身で敵を切り裂け』!」

 手元から噴き出す高圧の水が敵を襲い、荷馬車に近付いたゴブリンの首と胴が、すぱっと鮮やかに離れ、赤い血が水に混じり舞う。

 私は既に見慣れてしまったそれに目もくれず、次の魔法を唱え始めた。


 クオくんは腰の剣を抜き、どうにか身を守っている。

 この多数対少数の状況では上出来だろう。


 ローブの人は、どこから出したのか、細いレイピアのような剣で次々と急所を突き、まるで踊るかのように魔物を倒していた。



「『水よ、その清廉なる身を力に変え、全てを貫け』!」

 今度は4本の水の槍が現れ、それが敵目掛けて飛んでいく。

 水の槍はゴブリンを次々と貫き、一本あたり5体ほどを倒したところで掻き消えた。


 そこでようやく、遅くやってきた眼鏡の人の魔法が発動する。

 どうやら彼は土の魔法使いらしく、残り少ない残党は小さな石に押し潰されていた。



「……これで全部かな?」

「そうみたい、ですね……」

 私とクオくんの言葉に、ローブの人がさっと突剣をしまう。眼鏡の男の人はどこか悔しそうに顔を歪めながら、馬車に戻っていった。

 あんな奴ら使えない、と思っていたはずの私やローブの人に、殆どの敵を倒されてしまったからだろう。


 眼鏡の人が馬車に戻ったからか、それと入れ違いになるように御者の男が出てきた。

 ローブの人は、御者に近付く。



「聞きたいのだが」

 ローブの人は、初めて口を開く。その声は、なんと若い女のものだった。

 話しかけられた御者は弾かれたように、ローブの人に向き直る。



「いきなりとは、どういう状況だったのだ?」

「何と言いますか……軍のようだった、とでも言えばいいのでしょうか。妙に整った動きでした。いつもは、あんな風に出てこないんで、焦ってしまいまして」

「……なるほど。わかった、ありがとう」

 それだけ言って、彼女は馬車に戻っていった。

 私とクオくんは、ぽかんと彼女の背を見送る。



「女の人だったんだ……てっきり、男の人かと」

「僕もそう思ってました」

 それだけ先程の戦いは鮮やかだったのだ。

 さすがファンタジーな世界。女性も強かなものだ。



「お二人さん、そろそろ出発したいんだが、いいかね?」

「あ、ごめんなさい! 今乗ります!」

 急かされ、クオくんと馬車に乗り込む。

 つい視線が、彼女に向かってしまうが、当の本人は全く意に介した様子も無く、先程までと同じようにじっと座っていた。







 あれから他の魔物に出会うこともなく、私達は王都ディルティアに辿り着いた。

 御者の人が、数人いる門番の内の一人と会話するのを横目に、私は初めての王都に感動していた。


 溢れんばかりの人、人、人。シルヴァニアも賑わっていたけど、さすが王都だ。その数倍はこちらの方が盛況だった。


 しばらくして御者の人がこちらに戻ってくる。



「皆さん、ありがとうございました。これが終了証明書……」

 そして彼が手渡そうとした、一枚の紙を受け取ろうとした瞬間。

 地面が揺れた。



「何だ!?」

 周囲が一気に沸き立つ。

 私たちも状況を把握しようと周りを見回すが、何の変化も見当たらない。

 何事かと辺りがざわめく中、こんな叫びが聞こえた。



「魔物だ! 魔物が防壁を壊して王都に……!」

 そして、また聞こえる地響き。


 隣のクオくんと同時に顔を見合わせて、こく、と頷きあう。

 先程のように、既に先行していたローブの女性の後ろをつき、騒ぎの大きい方へと私たちも向かった。



「っ!」

 そして辿り着いたその場所は、凄まじい有様だった。

 魔物の侵入を防ぐ石の壁が無残にも破壊され、恐らくそれを止めようとしたのだろう数人の兵士が血を流しながら倒れている。腕は曲がってはいけない方向に折れ曲がり、真っ青な顔でぐったりとしていた。


 ローブの女性は倒れている兵たちには目もくれず、その穴から王都へと進入していった。

 私はそれを視界の端で見送りながら、倒れている兵士に駆け寄り、声を掛ける。



「今、治療します! 『水よ、その清廉なる身を癒しに変え、傷を癒せ』!」

 ぱあ、と広範囲に光が舞う。その水色の光は傷を負った兵士達に吸い込まれ、傷を治す。

 が、流れた血が戻るわけではない。兵士たちの顔は青いままだ。

 だが、痛みが無くなり楽になったのだろう、先程よりは表情が緩んでいる。



「大丈夫ですか? まだ痛いところはありますか?」

「……い、いえ、大丈夫です……ありがとう、ございました。私達のことはもう良いので、魔物をお願いします……!」

 他よりも軽症だった一人の兵士にそう言われ、一瞬戸惑う。

 だが、このまま放っておいては、もっと死傷者が増えてしまうだろう。

 蘇生魔法はあるが、人に試したことはない。木はちゃんと直ったが、人が本当に蘇生できるとは限らないのだ。



「……わかりました。クオくん、行こう!」

「はい!」

 兵士を置いて、私達は王都の中に進入する。人々は既にどこかに避難したのか、その一帯の賑わいは既に失われていた。

 だが、遠くからは悲鳴のような声が聞こえ続けている。



「急ごう!」

 私達は、悲鳴の聞こえる方向を目指し、石造りの道を走り抜けた。

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