第6話 薄明
◆王国歴334年9月7日午前11時半(次期伯爵決定当日)ーリエフェンド家の地下
「ヒール!だめです。目を覚ましなさい!ヒール!!!」
「エメリ様!」
カッターを使ったことによって最後に残った力を使い果たして倒れたクレストを必死で手当てするエメリの元にマリウスが辿り着いた。
「これは……?」
そこでマリウスが見たものは、既にこと切れている様子のルディフィスと、倒れているクレスト。そしてエメリだった。
「なにが?」
「マリウス様、すみません。私が捉えられてしまったばっかりに。メリオノーラは……」
「エメリ様。メリオノーラ殿は無事です」
「よかった」
ホッとするエメリ。しかし、彼女はクレストに回復魔法をかけ続けています。
「ここでなにが?」
「私がここに捕らえられていたのです。それを彼が助けてくれたのです。その後ルディフィスが来て私を斬ろうとしたのも止めてくれました」
「なんと……ひどい傷だ……」
マリウスはクレストの胸の傷に目をやる。
「マリウス様……」
「いけません、喋っては!」
クレストがマリウスの声を聞いてうっすらと目を開いた。
「大丈夫か?君は?」
「おれは……クレスト……まほうきしだんの……」
「君が?わかった、もう喋るな。すぐに治療術師を呼んでくる!……!?」
行こうとするマリウスの手をクレストが掴む……。
「たすかりは……しない……」
「なぜだ?深い傷だが、治せるはずだ!私に任せろ!功あるものをむざむざ死なせはしない!」
マリウスは改めてクレストの傷を確認する。
「まほうをつかった……」
「魔法?なんの?」
「いのちをささげる……」
「なに?」
しかし、クレストは淡々と説明する。
「おれは……終わる……それとともに……」
クレストが目線を動かした方をマリウスは見つめ、理解する。
「魔法で……ルディフィスを?」
「はい……そくし……させた……」
「なんということを……」
「これで……メリオノーラ様は……あんたいだ……」
そう。クレストはルディフィスからエメリを守るときに剣ではなく、魔法を使った。
これは正当防衛だ。
次期伯爵の母親を襲う次期伯爵の異母弟。
この時点では間違いなくルディフィスに非がある。
そのその攻撃を弾くのは良い。
ただ、カウンターで攻撃した場合には"契約の碑石"がどう判断するかがわからない。
しかも殺したとなると、過剰防衛となってしまうかもしれない。
つまり、メリオノーラに何かしら不利益があるかもしれない。
それをクレストは避けた。
魔法は一回しか使っていない。
これなら間違いなく正当防衛の範囲だ。
"契約の碑石"に誤解されることはない。
これによってクレストはメリオノーラを守った。
エメリを助け、ルディフィスを殺し、"契約の碑石"の誤解も生まない。
3重の意味でメリオノーラを守ったのだ。
自らの命と引き換えに。
それに気付いたマリウスはクレストの手を握る……。
「なぜそれほどまでに?」
魔法騎士団の1人ではあっても、自らの命を賭して守るというのはなかなかできることではない。
しかし、クレストは明らかに迷いなくそれを実行している。
「あなたは私を、そしてメリオノーラを救いました。でも、なぜそこまで?」
エメリはまだ回復魔法をかけながら語りかける……。
「おれは……せわになった……母が死ぬとき……だから……ないしょに……覚えてないだろうから……」
その言葉をエメリもマリウスも理解はできない。
「だめだ!死ぬな!」
だが、クレストがメリオノーラに何か特別なものを持っていたことはわかる。
「マリウスさま……メリオノーラさまを……」
クレストは震えながらマリウスが握っている手を握り返す。
「頼む……」
「おい!待て、誰かメリオノーラをここに!!」
しかしマリウスの手を握り返すクレストの手の力は失われていった……。
◆王国歴334年9月7日昼(次期伯爵決定当日)ーリエフェンド家の屋敷
「メリオノーラ」
「お母様!」
「ごめんなさい。私が油断したばっかりに」
「いえ、お母様。無事で良かった」
無事に地下から助け出されたエメリとメリオノーラが抱き合って無事を喜ぶ。
こうしてルディフィスが起こした事件は幕を閉じた。
メリオノーラは無事に伯爵となった。
◆王国歴334年9月14日(1週間後)ーメリオノーラの執務室
「ご報告書になります」
魔法騎士団長が今回の事件の報告をまとめてメリオノーラ伯爵とその夫マリウスに報告する。
「今回の件では3名の重傷者と1名の死亡者を出しました」
「そうですか。亡くなったものが……。ご冥福を祈ります。我が家の責任ですが、伯爵家を守った勇士に感謝を」
「ありがとうございます。そう言っていただければ彼も喜ぶでしょう」
短いやり取りの後、報告書を残して魔法騎士団長は戻っていった。
メリオノーラは報告書に目を通す。
「なっ……クレスト……」
そして、クレストの名前を見つけて驚きの表情になった。
「すまない、覚えのある騎士だっただろうか」
そんなメリオノーラに尋ねるマリウス。
「マリウス様……はい、彼は学院の後輩でした」
「そうか……すまない、エメリ様を助けたときに少しだけ言葉を交わしたのだ」
当然ながらマリウスはクレストを知らない。
「……。彼はなんと?」
「彼は自分の母が死ぬときにメリオノーラ殿に世話になったと感謝していた。そして、私にメリオノーラ殿を頼むと言って、そのまま亡くなった」
「クレストが……?」
目に涙を浮かべるメリオノーラ。
マリウスはワインを手に、メリオノーラの隣に腰を下ろし、彼女にグラスを渡す。
ワインは今しがた秘書のラウラが置いていった。
メリオノーラのただならぬ様子に声はかけず、マリウスに会釈だけして置いていったのだ。
「重ね重ねすまない。彼は、メリオノーラ殿は昔のことは覚えていないだろうと言っていたので、あえて伝えなかった」
「彼はそういう人ですね。覚えていないわけがありません。私の方こそなんども手伝ってもらったのです。学院で。そして卒業後は魔法騎士団としてなんども護衛をしてくれました」
そうして2人はゆっくりと語り合った。
亡くなったものに感謝し、未来を進んで行くことを誓いながら。
◆????????????
「おい!ふざけるな!なんで私が死ぬんだ!おい!!!」
真っ青な顔で嘆くルディフィス……。
私利私欲で伯爵位を狙ったことをもう忘れたのだろうか。
しかも明らかに優秀な姉への嫉妬心から正々堂々と継承争いをせず、義母を誘拐して命が惜しかったら自分に爵位を譲れなどと……。
そんな手段で伯爵に就いてもやっていけるわけがありません。
こんな自明の理を説明しても、きっと理解できないでしょうが。
ピチャンピチャン……
「ん?」
ピチャンピチャン……
「なっ、なぜ貴様がここに」
スパ―――ン!!!!!
死んだ後にもう一回死んだらどうなるんだろうか……。
ピチャンピチャン……
いや、きっともう一回死ぬとかはなくて、きっと気を失ったんだ……死んでるのに?というのは置いておこう。
ピチャンピチャン……
ピチャンピチャン……
殺した上に、死後の世界でもう一回切って捨てた彼は、明るい光の中に消えていった……。
~fin~
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