第3話 お披露目パーティーの表裏
◆王国歴334年9月5日夜(次期伯爵決定まであと2日)
次期伯爵決定の儀式の前日にはお披露目のパーティーが開催される。
そこにはリエフェンド家の重鎮や有力者、周辺貴族などが集まる。
そのパーティーを翌日に控え、クレストは会場となるホールの準備を手伝っていた。
「ありがとうございます、騎士様。重いものを運んでいただけたお陰で滞りなく準備が終わりそうです」
「役目を果たしただけだ」
この場を受け持つメイドがクレストに礼を言うが、はっきりいってぶっきらぼうすぎて怖い。
そもそもよく声をかけられたなと、周囲の者たちは思っているだろう。
そして、クレストは当然ながらただ手伝っているわけではない。
この場に怪しいものが入り込まないかを探っていたし、クロノスの準備をしていた。
彼の魔法、クロノスはその場で起きた出来事を後から見る魔法だが、特定の目当てがあればより詳細に見ることができる。
目当てとするのは通常は人が多い。
知人の行動であれば探れる。
そして、もう1つ、自分が見知った"物"でも同じ効果が得られる。
彼は後から記憶を確認しやすくするために、目当てとなる"物"を見定めていた。
これを怪しまれずに行うために、準備を手伝っていたのだった。
そしてクレストが準備を終えて帰った後……。
「ねぇ、よく話しかけられたわね」
「えっ?あぁ、あの騎士様のこと?」
「そうそう。すごく怖そうだった……」
「たしかに不愛想だったわね。でも、準備は丁寧だったし、重いものは率先して運んでくれていたから、きっと優しい人だろうなと思うわよ?」
「そうだったんだ。でも、もし怒らせたらと思うと私には無理だわ」
◆王国歴334年9月6日夕方(次期伯爵決定まであと1日)
「メリオノーラ殿」
「はい、マリウス様」
次期伯爵候補のお披露目パーティーの中で、メリオノーラとマリウスは素晴らしいダンスを披露した。
まるで長年信頼を醸成してきたパートナーのようにお互いを支え合い、自信を持って踊ったのだ。
曲調に合わせた優雅な踊り。
壮大なシャンデリアと魔道具のランタンに彩られた会場は彼女たちのもので、メリオノーラの淡いブルーのドレスは彼女が動くたびに美しく輝き、マリウスのフォーマルな黒の服装と完璧に調和していた。
曲が終わると、周囲からの拍手が二人を包み込んだ。
彼らはお互いに感謝の微笑を交わし、手を取り合って再び観客の前に向かった。
その夜、メリオノーラは次期伯爵としての責任と将来に向けての確固たる一歩を踏み出していた。
一方、ルディフィスは淡々と踊った。
ぎこちなくはないが、無難な踊り……。
そして、ダンスが終わると誰とも会話せず、そそくさと会場を後にした。
こんな場所に意味はない、義務だけは果たしたと言わんばかりだ。
会場にいる誰もがメリオノーラの承継を想像したのは当然だろう。
メリオノーラとマリウスには多くの客人が入れ代わり立ち代わり挨拶していった。
しかし、ダンスが終わったメリオノーラの表情は冴えない。
母であるエメリの姿が会場から消えていたためだ……。
◆王国歴334年9月6日夜-リエフェンド家の屋敷(次期伯爵決定まであと1日)
メリオノーラ陣営が騒然とする中、なんとか無事にお披露目パーティーが終わった。
母が消えたことにメリオノーラは不安を隠し切れない。
「お母様を狙うなんて……」
彼女は自分が狙われることはあっても、周囲に害は及ばないと予想していたのかもしれない。
「恐らく"契約の碑石"のことなど、もう考慮していないのだろう。明日の儀式まで、もしくは儀式の最中に何かを仕掛けてくるだろう」
マリウスはできることを考えているようだが、魔法騎士団員が探索に出ている中で2人にできることはない。
マリウスはメリオノーラの肩を優しく抱き、彼女を慰める。
◆王国歴334年9月6日深夜-???(次期伯爵決定まであと1日)
一方、招待された客人たちが帰った後の会場で、クレストはルディフィスの行動に注目して調査をしていた。
あのバカは自分の部下としか喋っていなかった。
そして、ダンスの途中、その部下の1人がメリオノーラの母エメリと接触し、彼女を伴って会場を後にしていた。
クレストは場所の記憶を探る魔法・クロノスを使用してエメリの行方を探り、跡を追っていく。
その痕跡はリエフェンド家の屋敷の裏にある古井戸につながっていた。
屋敷からエメリを出そうとすると警備兵たちは不審に思うだろうから、それを避けてここから出て行ったのだろうとクレストは予想した。
古井戸が必ずしも通路になっているわけではないが、クレストは自宅の裏庭の井戸を思い出していた。
そこは彼が特殊な魔法を覚えるきっかけになった場所だからだ。
クレストの母が死ぬ間際に彼に語って聞かせたのは、自分が死んだら古井戸にある小部屋を訪ねるようにという遺言だった。
その言葉に従ったクレストが発見したのは不思議な石像であり、それは自らを魔女だと言った。
その魔女はクレストにいずれ3つの魔法を覚えると言った。
既に覚えた2つの魔法……対象者の記憶を覗く魔法・スティールと、場所の記憶を覗く魔法・クロノス。
そして、使えば自らの死と引き換えに敵を殺す魔法・カッター……。
クレストは魔女との遭遇を思い出しながらリエフェンド家の裏庭の古井戸を降りて行った。
「まさかここを探り当てるやつがいるとは思わなかった……」
そして怪しい黒服の男と遭遇した。
クレストは無言で剣を振る。
ガキィン!
「問答無用か。良い心がけだ」
クレストは剣が弾かれたことは意に介さず、その反動を利用しながら反転し、再度剣を振るう。
しかし、この攻撃は避けられた。
「魔法騎士にしては良い剣だ。だが、そんなことをして良いのか?あの女が危険にさらされても……」
キィン!
クレストは一切気を抜かない。
倒すことしか考えていなかった。
しかし相対する男も相当な手練れだった。
攻撃はすべて防がれてしまう。
「スティール」
そこでクレストは魔法を使った。
「ぐぅ……」
記憶を探る魔法を。
ズバッ!
「な……」
そして敵は倒れた。
スティールには記憶を探る効果のほかに、対象となった相手に激しい頭痛や吐き気、悪寒をもたらす。
これによって相手の行動を縛り、その隙に剣で切り裂いたのだった。
さらにスティールによってもたらされる敵の記憶。
その中には……
<敵は黒服の男が2人……>
ガン!!!
「うっ……しまった……」
スティールによる情報取得に注意を向けたクレストは、潜んでいたもう一人の敵に斬られた。
ボチャン!
そして水路に落ちたクレストは、流されながら沈んでいった……。
◆王国歴334年9月6日深夜-リエフェンド家の屋敷(次期伯爵決定まであと1日)
「メリオノーラ殿……」
「……」
眠れないメリオノーラに寄り添うマリウス。
「きっと無事だ。言っては悪いがキミ以外を害することはルディフィスにとって意味がない。明日必ず何かの動きがある」
静かに涙を流すメリオノーラに優しく、落ち着いて話しかけるマリウス。
「……」
メリオノーラは無言だが、マリウスは彼女を抱きしめ、頭をなでる。
優しく、優しく。
そして夜が明けた。
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