第1話 できのいい姉とできの悪い弟
◆王国歴327年8月29日夜(次期伯爵決定まであと9日)
「姉上、ご機嫌よろしいか?くっくっく」
魔法騎士であるクレストが主である伯爵家令嬢メリオノーラを警護する中、その弟ルディフィスが話しかけてきた。
ルディフィスの声には皮肉が込められ、態度も傲慢そのものだった。
彼ら姉弟は家督相続争いをしている最中である。
できのいい姉とできの悪い弟。
結果は10人に聞けば10人が姉が相続すると答えるくらい明らかではあったが……。
「ルディフィスですか。あなたもお元気そうで」
失礼な弟に丁寧に応対するメリオノーラに、クレストは感心する。
実はクレストはこの姉弟とは学院で会話したことがある。
特にメリオノーラには世話になったことがあったし、ルディフィスには嘲笑されたことがあった。
そのためクレストは、メリオノーラには親愛と信頼を、ルディフィスには侮蔑と警戒を持っていた。
2人とも覚えていないだろうが。
「姉君には自殺願望でもあるのかな?くっくっく」
ルディフィスはさらに挑発的な言葉を続けた。
「……あなたは何を言っているのですか?」
あまりにも酷い物言いに、 メリオノーラは咄嗟に言葉が出なかった。
この国の貴族の家督相続は"契約の碑石"という魔道具によって判定される。
つまり、武力などによって相手を排除するような直接的な方法など普通は採られないのだ。
その事実を無視して敵対者を殺そうというようなバカを除いて……。
「特に意図はありません。ただ、この重要な時期にその程度の護衛で本当に安全だとお思いなのですか?」
あと9日で先代伯爵が亡くなって1年が経つ。
後継者お披露目のパーティーがあり、翌日、領民に向けた演説会を行い、その後"契約の碑石"が後継者を選ぶ。
その日まで、あと9日だ。
「この地におかしな気を起こす愚か者さえいなければ、特に必要ではありません」
メリオノーラは言外に思いとどまるよう匂わせながら回答したようだが、弟に愚か者といっているようにクレストには聞こえた。
「私の護衛は十分に優秀ですわ。あなたが心配する必要はありません」
続けてメリオノーラはきっぱりと言い放った。その声には不機嫌さが滲んでいた。
ルディフィスは、人を馬鹿にしたような態度を崩さず、汚い口を開き続ける。
「そうですか、それは安心しました。ではどうかお気をつけて……もうじき義兄上になられる方にもよろしくお伝えください。くっくっく」
そう言い残し、その場を去って行った。
ルディフィスの言う義兄とはマリウス・ク―ゼット……ク―ゼット侯爵家の四男で、メリオノーラの婚約者だ。
幼いころに両家の間で決まった政略結婚ではあるが良好な仲を保っており、今回の後継者争いの結果を見てもらうため、メリオノーラが招待したのだ。
しかし、予定より旅路が遅れているようで、まだ領都に着いていない。
この領の西側に大規模な盗賊が住み着いたとのことで交通が止まっているが……、まさかこいつ……。
かつて魔女によって示されたクレストへの予言……『大切な人を守って死ぬ』……。
それを思い出しながらクレストは警備を続けた。
◆王国歴327年8月30日朝(次期伯爵決定まであと8日)
「あのバカがそんなことを?」
メリオノーラから昨晩のルディフィスの話を聞いて怒りをあらわにしているのは、メリオノーラの秘書であり学生時代からの友人でもあるラウラだ。
彼女は当然ながらルディフィスのことも知っているので辛らつだ。
「どうされますかのぅ、メリオノーラ様。ここに至っては排除もやむなしと思いますが……」
そう言うのはイゴール爺。
彼は先々代伯爵のころから使えており、このリエフェンド家の重鎮だ。
メリオノーラの先生でもあり、今では心強い参謀だ。
「それはいけません。あれでも弟なのです。誅するようなことをしたくありません」
家族の情に厚いメリオノーラは当然ながら反対している。
まだ本当に行動したわけではないからだろう。
「しかし実際にマリウス様はいまだ到着しておりません」
「マリウス様には結果を見て頂くために招待したのです。争いに巻き込むためではありません」
メリオノーラはマリウスの実家であるク―ゼット家の目論見はもちろん知っている。
20年ほど前に長年争ってきた隣国の軍をついに完全撃破したク―ゼット侯爵家。
その功績をもってさらなる発展を目指しているが、目下邪魔なのは嫉妬。
そのため、帝国からの脅威に晒されるリエフェンド家とつながり、支援という形で軍需産業を潤したいのだ。
そのため、ク―ゼット家からするとメリオノーラが継いでも、ルディフィスが継いでもいい。
最も避けたいのは介入したとしてそれが露呈することだ。
ルディフィスがよほどの失態を演じた場合にはその限りではないが。
「メリオノーラ様」
「どうしたのですか?」
そこへ慌てた様子で入ってきたのは魔法騎士団の副団長だ。
「周囲を警戒しておりましたところ、不審なものを見つけたためこれを誰何。すると武器を取ったため捕縛しました。そして所持品を確認したところ複数の暗器を持っておりましたので、ご報告いたします」
「そうですか……。ご苦労様です。引き続き警備をお願いいたします」
その報告にメリオノーラは一瞬だけ悲痛な表情を見せた。
「このタイミングというのは……」
「イゴール爺」
「……」
当然ながら疑わしいのはルディフィスだ。
しかし内紛といった大きな事態を避けたいメリオノーラは言及をさせなかった。
「引き続き警護を続けます。ただ、1点お願いがございます」
「はい。なんでしょうか?」
副団長の敬礼しながらの発言にメリオノーラは先を促す。
「我が団の精鋭を1人だけでもよいので遊撃に配置させていただきたいのです。権限を与え自由に動かせます。そのものは特殊な魔法を持っており、諜報などを探るのに有効なのです」
「それはよいな。警備しながら探らせるのじゃ」
「はっ!」
副団長は提案が受け入れられたことで急いで戻っていく。
その副団長は魔法騎士団に戻るとクレストを呼んだ。
当然、彼に遊撃を任せるためだ。
副団長はクレストが持つユニークな魔法……『対象者の記憶を覗く魔法・スティール』と、『使用した場所の記憶を覗く魔法・クロノス』のことを知っていた。
「提案が通った。これよりお前の任務は遊撃手として怪しい行動の一切を排除するために活動することだ。期限は20日後。次期伯爵選定が完了し、落ち着くまでだ」
「はっ!」
当然ながらクレストは了解する。反論などない。
彼にとってメリオノーラは敬愛する相手である。
かつてクレストは彼の母が死の病に侵されたとき、メリオノーラの執り成しで薬を手に入れ、母に穏やかな余生を与え、最後を看取ることができた。
また、メリオノーラにとっては何気ない後輩との接触なので記憶にはないだろうが、クレストにとっては忘れられない学院での楽しい出来事の共有者である。
クレストには、メリオノーラを守るための行動を拒む理由などない。
文字通り命を賭して守るつもりだった。
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