憧れた勇者 (大幅 修正4/2)
「にしてもアンタ、生きづらそうだな。自分がやってもない罪を被って人から何度も非難されるなんて。正直、精神を病んで殺傷に走ってないのが不思議なくらいの状況だ」
「……以前、私を助けてくれてた勇者と約束したんです。ずいぶん昔のことで、あまりその人の顔は覚えていませんが。その人の光が眩しくて、焦がれそうなほど胸が痛くて」
ノアの瞳に光が湧き上がる。先ほどのように憂う様子はなく、その姿は勇者に憧れる純粋無垢な子供のようで。
男は少し驚いていたが、すぐに口角を上げた。
「私はあの人のような光に近づきたい。だから、誰かを傷つけるようなことはしません。立派な勇者になって人の安寧を支える人間になるために」
「なら、俺がその手助けをしてやるよ」
「え……」
男は立ち上がってノアの方に行き、鉄柵を隔てて彼女を見おろした。
まさか今日会ったばかりで、協力してくれるとは思っていずノアは戸惑ってしまう。
彼女は多くの罪の疑いをかけられ、世間的には悪人と思われている。
被った罪は大小さまざまだが、中には殺人事件の容疑もあった。
例え本当は罪なき人物だったとしても、そんな悪評がまとわりつく者には関わらないのが一番である。
周りのほとんどの人間が、ノアと距離を置いていた。
「変に私を擁護すると、あなたの印象が悪くなりますよ」
「いやー、俺に関しちゃ印象なんざ元から悪いからな。それにアンタの現状を変えるには、善の象徴である勇者を味方につけるのが一番だろ。利用できるものは利用してけ」
ニッと笑ってノアに手を差し伸べる。
「勇者は困っている人を助ける希望の光なんだぜ? アンタも、その助ける相手の一人だ」
「!」
ノアは目を見開いた。
暖かく笑顔を向ける彼が、昔に見た勇者のように見えて。
脳裏に焼き付いた、かつての勇者の声が蘇る。
『勇者はな、人を助ける仕事なんだ。皆を助けるとかほざく連中なんだぜ。悪名高いガキだとかしらねえ。お前を守ってくれる奴が少なくとも一人は、ここにいるからな』
暗いはずの牢屋の中で、ノアの世界が明るい光に染まっていく。
目から涙が少しこぼれて、心のままに口元にぎゅっと力が入った。
「ホントに、眩しすぎて目が痛くなる」
嬉しそうな様子の彼女を見られて男は微笑む。
しかしあることを思い出して「あ」を声を漏らした。
「そういや名前言ってなかったな。俺はアルジスだ。よろしくな、ノア」
「はい。よろしくお願いしますね、勇者アルジス様」
「様は辞めろよ。痒くなる」
仰々しく呼ばれてアルジスは苦い顔をして嫌がり、ノアは「ふふっ」と楽しそうに笑っていた。
* * *
二人は数週間を共に過ごし、アルジスが先に刑期を満了して出所した。
それからしばらくしてノアも出所したのだが、獄を出て少しの時間も経たずに、ノアは建物が破壊される光景を目の当たりにしてしまった。
中心部から少し離れた町で、魔物が大量に群れを成して襲ってきていた。
魔物の襲撃は広範囲にわたっており、多くの勇者たちが散開してそれぞれ魔物の討伐にあたっている。その中には、アルジスの姿もあった。
数十体の魔物を相手に制圧を試みるが、そこには小型の魔物に加えてドラゴンが二体いる。
しかし他の勇者たちは散り散りになってしまい、その場にいるのはアルジス一人だけだった。
一般市民は悲鳴を上げながら逃げまどい、アルジスは地面に巨大な白い魔法陣を展開させて周囲の一般人全員に魔法でバリアを張った。
近くにいる魔物を剣で切り捨てながら足元に黒い魔法陣を展開させ、接近してくる魔物に魔法で黒い槍を放つ。
槍が魔物に突き刺さるが、威力が強すぎてそのまま魔物をつれて建物に衝突した。
大きな衝撃音と破壊音が鳴り響き、土煙の中で瓦礫が降り注ぎ一般市民たちの悲鳴が混ざる。
一般市民たちはバリアで守られていたが、その近くにいた魔物は瓦礫にのまれて動かなくなった。
アルジスは眼前の敵を制圧しながら周囲を意識し、一般人に襲いかかる魔物を魔法で撃墜していく。
その度に周囲が破壊されるが、今の状況で彼にそんなことを気にする余裕はなかった。
他の魔物に対処している間にもドラゴンの一体が容赦なく鋭い爪を振り下ろし、もう一体が背後から炎のブレスを吐いてくる。
そんな攻撃をすれば近くの魔物も巻き込まれるが、ドラゴンは全く気にした様子なくアルジスを殺しにかかってくる。
アルジスは自身にバリアを張ってドラゴンの爪と炎を受け止めた。
しかし強い力に圧されてバリアにヒビが入る。
「くっ!」
アルジスは足元に金色の魔法陣を出現させる。空から金色の槍が突き刺さり、それを中心に雷撃がいくつも発生してドラゴンに食らいついた。
同時に強圧の衝撃派が放たれ、ドラゴンは唸り声をあげて攻撃を辞め痛みに悶える。
しかし周りの多くの建物にも雷撃が当たって崩れ、風穴が開き、衝撃波で地面が割裂した。
「あああ! 俺の店がああ!!」
「きゃあああ!! 建物が!! みんな早く離れて!!」
「死にたくない死にたくない死にたくない!!」
破壊音に混ざってそこら中で悲鳴が飛び交った。
ノアはアルジスが戦っているところを初めて見るが、目の前の光景に呆然とする。
「魔導糸がこんなに……」
ノアはアルジスが出した魔法陣を見て驚愕していた。
魔法陣は、魔法発動者の魔導糸を体外に放出して陣を描く。
魔導糸の量によって効果を調整できるが、アルジスの魔法陣は糸が多すぎる。
人並の魔法陣の糸の十倍は超えるだろう。
そこに込められた魔力だけでも、普通の人間一人が持つには異常な量だった。
(この量、意図的に出すにしても多すぎる。もしかして自分でも制御できないのか……確かに魔法の威力は凄いし人は無事だけど、このまま魔法を打ち続けていると街が壊滅する)
魔法の威力が高すぎて周辺の建物の被害が甚大である。
しかし、だからと言ってアルジスが魔法の使用をやめてしまうと、彼が殺されてしまいかねない。
そうなればドラゴンによって街が滅ぼされるのは容易に想像がつく。
「仕方ない」
眼前では彼と魔物が激しい攻防を繰り広げているが、ノアは気にすることなく近づいた。
これ以上、街に被害が出るとまた自分に罪が降ってくるかもしれない。
ノアは足元に白い魔法陣を発現させ、周囲の建物にバリアを張っていく。
ひとまずバリアを張り終わって安堵するが、建物の中の一つから少女が外に出てきてしまった。
「おかあさん、どこ……?」
『!!』
少女は建物のバリアを抜けて、親を探して辺りを歩き始めた。
ノアだけでなく応戦していたアルジスもそれに気づく。
しかし彼は魔法を発動する途中で、意識が少女に向いたと同時に炎の魔法が発動され、標準がずれてしまった。
ずれた魔法の矛先は少女へと向かう。
膨大な魔力をまとった炎のうずが猛スピードで降り注いだ。
「まずい!!」
アルジスはすぐさま防御魔法を発動させようとするが、放った炎魔法が早すぎて間に合わない。
少女の瞳に炎の赤がキラキラと映り込む。
巨大な爆発音が鳴り響き、土煙が舞い上がった。
「くそ!!」
アルジスは声を上げ、攻撃してくるドラゴンを切り払って少女のもとへ駆ける。
しかし、煙が晴れて見えた光景に目を見開き、足を止めた。
炎に抉られて陥没する地面のそばで、少女の前でノアがバリアを張っていた。
「俺の、魔法を……受け止めた……」
アルジスは驚愕して小さく声をこぼした。