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勇者に憧れる令嬢

 暗く寒い獄中で鉄柵を隔てて、数日の間ノアと勇者の男は寝食を共にすることとなった。


 最初の挨拶を境に、二人は言葉を交わすことなく静かな時が流れる。


 ノアはしばし窓の外の月を眺め、目線は月からそらさずに口を開いた。


「獄中の勇者とは……勇者にもあなたみたいな人がいるんですね」


 ノアの声が静寂を孕む空気に波を立てる。それに呼応して、男は彼女に目を向けた。


 月に向けられるノアの赤い目は、その月光を受けて鮮やかに輝いている。

 愛想がなく、その顔で今の言葉を発せられると煽りのようにも思える。しかし彼は不満げにすることなく、口角を上げて笑った。


「アンタも勇者に憧れてるタチか。勇者ってキラキラしてるように見えるだけで、荒んだ奴も少なくはないんだぜ」

「まあ、それはそうですね。契約で縛られているから綺麗に見えるだけで、勇者として善い人間であっても本性は濁っていることもあると思います。ただ……貴方のように投獄されるような人は初めて見ました」


 勇者というものは人を救い人の希望になれる善の象徴、「光」でなければならない。そう国家から義務付けられている。


 勇気がある者はみな、勇者という職に就けるが、勇者になるには専用の職務履歴書と契約書が必要になる。


 それは国家とギルドによって作られたもので、紙に契約の魔法が印字されている。

 「特殊職務契約事項」と呼ばれる、勇者になるうえで絶対に守らなければならない規定である。


 一に、一般市民への攻撃はせず。

 二に、魔を倒すために尽力し。

 三に、己の術技によって生じた損害の一切の責任を担うこと。


 他にも長々と書き連ねてあるが、ほとんどは聖人であることを強制するもの。

 勇者が成るべき「光」を濁らせるような行為の禁止事項が列挙されていた。

 それら全てが、紙に印字された魔法によって強制的に勇者たちにのしかかる。


 一般人を攻撃しようとしても体が動かず、魔物を倒さずだらだら暮らそうとしても勝手に体が迷宮の方へと赴く。


 投獄はおろか、そもそも罰せられるような行いをしたくてもできないのである。


「いったい何をしたらこんなところに放り込まれるんですか」

「戦ってるときにちょっと建物破壊しちゃってな」

「? 確かに戦闘による損害は勇者の責任ですが、賠償金支払いと復元義務のみで投獄されることはないと思いますけど」

「んーまあ、監視塔の第一棟から第八棟の広範囲が全壊させちまったしな。さすがにちょっと厳しめの罰を与えた方がいいと思われたんじゃないか」

「……」


 ノアは驚愕して男に目を向け、黙り込んでしまう。

 先ほどまでは彼が投獄されていることに疑問を覚えていたが、今の話を聞いて納得してしまった。


「賠償金、凄そうですね」

「おー、たぶん億は超えるだろうな。今の借金が百八十兆コルムもあるってのを考えると億って言われても少なく思えるけどな」


 男はのんきな声で返して、笑って天井を見上げる。彼の態度があまりにも状況に似つかわしくなくてノアは苦笑いした。


「それだけの借金、ギルドで依頼を受けたとしても完済できないでしょうね」

「そうだな。それにギルドの任務は競争率がクソみたいに高いし、高報酬任務はベテランや実力がある奴に流される」


 ギルドの任務の報酬は、危険性に比例して上がっていく。

 時たま頭一つ抜けて高額な依頼があるが、大抵そこには死体の山が積みあがる。


 ギルド側としても勇者を無駄死にさせたいわけではないので、高報酬の依頼は軒並み強い勇者たちのパーティに流されていく。


 実力主義といえばそれまでだが、その観念の影響でギルドの人間が勇者を値踏みするようになってしまった。


 ギルドの任務は、基本的に早い者勝ちである。しかし最近ではギルドの人間によるベテラン贔屓が問題になっていた。


 先に任務申請を出した者がいるのにギルドの受付係がその勇者を外し、後から来たベテラン勇者に依頼を受けさせる。

 実力に見合った任務を受ける勇者も、より名声のある者に仕事を奪われることが多発していた。


「この間の大規模ストライキがあってギルドも組織内の是正をしたって話だが、良い依頼を受けるのが難しいのは変わらない。勇者の中には、ハイエナがいるからな」

「ハイエナ?」

「勇者って職は報酬によって生活が左右されるから、低報酬の依頼はずっと掲示板に残り続ける。残っている依頼はどうなると思う」

「……期限が来たら破棄されると思いますが」

「依頼内容によってはそうなるな。ただギルドに来る依頼なんざ、大抵が魔物関連の困りごとだ。放置すると命にかかわることもある。そういう依頼は破棄される前に報酬の値上がりが起きるんだよ」


 ギルドの依頼には国から要請されるものと、国の結界外の村からくるものがある。


 国から要請されるものは報酬が潤沢だが、周辺の村はそこまで高額の金を出せるわけではない。

 しかし依頼を受けてくれる者がいなければ、苦渋の決断で報奨金を上げるのである。


「勇者の中には、ギルドの受付嬢が値上がりに応じて依頼を張り替える時間まで待機し、張り替えた瞬間に高報酬の依頼だけかっさらっていく奴らがいる。ハイエナってのはそいつらのことだよ」

「そんな販売店の値引きセールじゃないんだから……」


 ノアの中で勇者のイメージが少し崩れて苦笑いする。


「依頼内容を確認して切羽詰まっているようなら報酬額なんて気にせずに受けたいところなんだが、ハイエナの奴らはそこでも邪魔をしてくるんだ。『俺は獲物が熟れるまで待ってるんだ。横取りしてんじゃねーぞ』って顔でな」


 勇者の契約では一般人に敵意を向けることと、一般人に負の面を知られることが禁じられている。

 しかし勇者同士のそういったものの規制はない。


 つまるところ、一般人に見られていないところで、勇者相手なら敵対行動ができてしまうのである。


 民衆の前では聖人であることに努めているが、勇者の中には隠した毒牙を同業者に向ける者もいる。


 何度かハイエナに牙を剥かれたことがあるのか、男は苦い顔をしていた。


「現実はそんなものですよね……でもそれでも、その光に憧れてしまうんですよ」


 ノアは再び月を眺める。彼女の表情に男は目を見開いた。


 憧れているという割には、その瞳の赤に悲痛の色がにじんでいたのである。

 それも、悲しく憂うように見えて、どこか劣等感と嫉妬心を孕んでいるようで。


 言葉と裏腹に、まるで勇者を憎んでいるように。


「アンタ、勇者職に就きたいのか?」


 彼女の表情からは、あまり考えられないようなことを尋ねた。ノアの返事は、すぐに返ってこなかった。

 彼女が黙ってしまい、男は窓の方を見る。


「ご令嬢でも勇者になりたいと思うんだな。勇者職に就けるが、『わざわざ危険を冒したくはない』って人がほとんどなのに」


 貴族令嬢で勇者に憧れを抱く者はたいてい、応援する側である。

 「勇者職」に憧れを抱く者はほとんどいない。


 勇者というものは危険と隣り合わせである。わざわざ自ら死地に出向くような令嬢は稀有だった。


「……令嬢でも、勇者職に就くことは誇れることではありますから」

「だったらなれば良い。最初は難しいと思うが、出会った縁だ。多少は手伝ってやるよ」


 自然な流れで助けるような姿勢を見せているが、彼の脳内は金のことでで埋め尽くされていた。


 貴族令嬢に恩を売ることで、代わりに金銭面を支えてもらおうとしているのである。


「残念ながら無理なんですよ」

「もしかして、危険なことはするなって家族に反対されてるとか?」

「いえ、その逆です。むしろ強さを極めるべきと考えている家で、戦闘訓練もしているんです」

「どんな家だよ」


 お嬢様が戦いの鍛錬をしているなど普通ならあり得ないことである。


「でもそれなら、なんで勇者になれないんだ」

「……勇者は『勇気ある者』なら誰にでもなれると言われています。でも最初から人間的に信用のない者は、その資格もないと見なされるんです」

「あー、そうか。アンタ何度も有罪判決くらってるからか」


 ノアが断罪される度に街が騒がしくなるため、彼女のことは皆が知っている。


 ノアは生まれてからずっと、罪を被って断罪されてきていた。その度に刑期満了後、裁判を起こして勝訴し、慰謝料を受け取っている。


 誕生から現在までの彼女の前科は百八十億個。そんな人物は、勇者職に就くことを認められないのである。


「勝訴して結果的に冤罪だって分かってるなら、勇者にもなれるんじゃないのか」

「張り付けれた紙は外された後、画鋲やテープの跡が残るものです。冤罪だと判明しても、周りの嫌疑の目は変わらないんですよ」


 どこに行ってもノアの噂は聞こえてくる。

 『あの極悪令嬢のことだから金で裁判官を買ってる』とか『権力で握り潰した』だとか。


 冤罪とはいえ百八十億もの疑いをかけられたなら、それなりに悪い人間なのであろう、と世間は捉えるのである。


「どこぞのバカな勇者が空中都市の城を爆散させたせいで他国からも敵視されているんですよ」

「……」


 勇者は励ましの言葉を探していたが、彼女の話を聞いて黙り込んでしまった。


 それもそのはず、ノアが今いった空中都市の城の破壊は、この男が一人でやったことである。周りには誰もいなかった。


 しかし何故か、その件にノアが関わってるとして彼女はありもしない罪を塗りつけられていた。


 それを知らないノアは怪訝そうに彼を見る。


「どうかしましたか?」

「い、いや。別に……?」


 自分の行動のせいで他人が罪人に仕立て上げられる状況で、正直に話しづらくなってしまう。


 男は額から汗を流し苦笑いして、逃げるように目をそらした。

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