握厄冷嬢の転換期
「ノア・ヴィスパーザ! 貴様が行った蛮行悪行は数知れず。貴様はこの時を持って神に裁かれるのだ!!」
世の中には理不尽なことが多い。こうして、やってもいないことを己の罪として張り付けられるのだから。
私はいま、巨大な裁判所の中央で、黒い鉄かごの檻の中に閉じ込められている。
檻の中には私の家の高級椅子があって、私は両手足を鎖で拘束されている。
なぜか足を組んだ状態で、椅子の肘置きに頬杖をついているポーズで。
別にやりたくてこの姿勢になっているわけではない。連行されるときに何故かこのポーズにさせられ、そのまま拘束されて椅子ごと裁判所に運び込まれたわけである。
おそらく鎖に魔法がかけられているんだろう。体が全く動かない。そろそろ肘が痛くなってきたし足が吊りそう。
前方で髭を生やした聖職者が何か叫んでいて、それに合わせて横のおじ様がたが同意の相槌を口からこぼしていた。
国の中央にそびえたつ法の城、アデシオン中央裁判所。何らかの罪の疑いを被ったものは必ずここに連れてこられる。
さすがは、もともと「断罪の城」などと呼ばれていただけはある。相手に何の主張もさせず強制的に拘束し連行する。
神の意思による審判というテーマのもと、外装内装ともに天使や羽、神像などの装飾がなされている。そして見渡せば見渡すほど、金ぴかである。
神のいる天界は白と金の印象が強いらしい。裁判所はその色以外使われていない。物凄く目が痛い。
そしてこの場所の最大の特徴は、ドーム型で四方八方を囲うように傍聴席が設けられているところである。
かなりの人数を収容できるが、傍聴者全員が中央にいる被告人を見られるように映像魔法で私の様子が大きく投影されている。
裁判所というか、もはや闘技場である。
「人殺しが! 絶対にお前を許さないからな!!」
「この悪魔め! 火にかけられて死んじまえ!!」
「この期に及んでそんな態度でいられるなんて頭がおかしいわ! やっぱりアンタは最低なクズよ!」
周りには傍聴者が大勢いるが、私のこの体勢を見て罵詈雑言を投げる者が後を絶たない。
容疑をかけられた者が横柄な態度を取っていれば、裁判官や周囲の心象が一気に悪くなる。しかし私は悪態をついているわけでも、つきたいわけでもない。
強制的に「悪態」を作らされているのである。
これが普通の状況なら、愛嬌があれば多少は心象もよくなるだろうから笑顔を作って弁解すればいい話である。
だが、この体勢で笑ったとて、悪人が下卑た笑みを浮かべて高級椅子にふんぞり返っているようにしか見えない。余計ダメなのである。
ヘラヘラ笑わずに真面目に向き合っている風にしようと務める。しかし無表情でいると、この状況で平然と鎮座する「冷酷非道な極悪令嬢」が完成してしまう。
どちらに転んでも私は悪人なのだ。
傍聴者の声も大きいが、やはり前方にいる検事が一番大きく叫んでいる。
「貴様は他者を貶し、陥れるどころか国を破壊し虐殺を繰り返した!」
この人ずっと同じようなことを、言い方を変えて何度も繰り返している。言葉が尽きないのが不思議なくらいで語彙力に感服する。
しかし、この人は私がそこまでの規模のことをできると本当に思っているのだろうか。
説教が終わり、また説教が始まる。二十回以上はスタート地点に戻ってきている気がする。
聞き飽きたので魔導糸数でも数えるか。
前は向いたまま意識を体内に集中させて、自分の中にある魔導糸の数を数え始める。
しかし途中で検事の大声が脳を突き刺してきた。
「おい! 聞いているのか!」
「あ、はい。いま四十八糸目です」
「貴様まったく聞いてないじゃないか!!」
久しぶりに声を発した気もする。
しかし検事の心象が悪くなってしまったな。まあ今さらだけれども。
弁解することも許されず罪状と処罰が確定して、私は投獄されることとなった。
月明りしかない薄暗い牢屋を、手足の鎖の音を鳴らして歩き進む。冷たい風が吹き付け、私の体を芯から冷やしていた。
人との関係に信頼は必須である。
何度も糾弾され、こうして牢獄に送られる私は信頼とは無縁の人物なのだろう。
世界中の悪行の罪は私にあると言われ、これまでに張り付けられた罪は百八十億個を超える。
悪評を払拭しようと善い行いをしたとしても、いつの間にかそれが誰かの善行にすり替わっている。
その善行をしたとされるのは、大抵が勇者である。私の小さな善い行いは、彼らの素晴らしい雄姿となる。
だから私は、勇者というものを妬み、恨んでいる。けれどそれと同時に、憧れてもいた。
強くて勇敢で、皆を守り笑顔にする太陽。
しかし――
「おい喜べ。牢獄仲間ができたぞ」
その憧れは、彼と出会って破壊された。
勇者でありながら、周りのものを破壊しつくして百八十兆コルムの借金を抱えている男。
世界最強と呼ばれているのに、自由気ままにふらふらと放浪している災凶遊者。
つまるところ、
「よろしくお願いしますね。勇者様」
ヤバい人が現れたのだ。