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災凶遊者の金づる

 この世界では全ての生物が体内に魔力を持ち、その魔力を流動させる糸を持っている。


 「魔導糸(まどうし)」と呼ばれるそれは、魔力の粒が平たく薄い帯状になったものである。粒の群が様々な文字や模様を作り、形を保ったまま流動している。


 その魔導糸は、持っているというよりは体内に組み込まれているといった方が正しい。脳や内臓、血管や筋肉、果ては血液や体内の小さな細胞に至るまで、肉体を構成する全ての物質に魔導糸が絡みついている。


 しかし中には、魔力の塊に魔導糸が絡みつき、それを依り代として肉体が構成されることで生まれる生物もいる。

 彼らは魔物と呼ばれ、魔力を食糧としているため他の生物を食らう習性がある。


 そんな危険な生物が跋扈する世界で、魔物から人を守る「勇者」という職業が生まれた。

 老若男女関係なく「勇敢な者」は全員が勇者という職に就く権利を持つ。魔導糸の心臓を持つ魔物や魔族を除けば、人間以外でも勇者になれるのである。


「またやらかしたなー」


 牢獄で地べたに座るこの青年もまた、勇者だった。


 明かりも少なく薄暗い牢屋に、窓から月光が差し込む。青年の金髪は月明かりを受けてキラキラと輝いていた。緑の目は輝きなど失っているが。


 二十代なかほどか、爽やかで凛とした見た目はまさに人々の憧れる勇者そのものである。


 しかしその手足には勇者に似つかわしくない鉄枷がついていた。


「うー、さび」


 冷たい夜風にあてられて体を丸くする。


 牢獄で何もすることがなく暇な青年は、ただひたすらに妄想に勤しむことにした。


 * * *


 人々の安寧を支える太陽のような存在、勇者。

 人々の憧れの的、勇者。

 俺の現職はそれである。

 つまるところ、俺は「民草の憧れの男」である。


 今まで数々の偉業をこなしてきたが、やはり感謝と尊敬、崇拝の目ほど心地いいものはない。


 一丁目のわんぱくなあの少年は、俺を目指して勇者になると言っていた。

 二丁目のあの少女は、将来は俺の相棒になりたいと意気込んでいた。

 五丁目のおっちゃんは、俺の雄姿を見て、また勇者職に就きたいと再就職した始末だ。

 そういえば七丁目のあの美女とか、俺に骨董品をプレゼントしてきたな。あの人、俺に惚れているんじゃなかろうか。


「何をニヤニヤしているんだ。気持ち悪い」


 さっきまで黙っていた看守が呆れた声を出して脳内に割って入ってきた。


「うわストレートな悪口ィー。傷つくなー。勇者を傷つけると懲役十年の罰則だったなー」

「お前反省する気ないだろ」


 わざとらしく声高めに言う俺に看守は大きくため息をついた。俺は任務中にちょっと周りを壊しすぎてしまって、罰として数日投獄されている。


「今回は魔物監視塔を巻き込んじゃったけど、あれまだマシな方だろ。ちょっと穴にしただけなんだけどなあ」

「あれのどこがちょっとなんだ。監視塔の第一棟から第八棟の広範囲が全壊して盆地になってたぞ」

「周りの人は生きてたんだから情状酌量で」

「損害賠償が請求されているから後で確認しておけ」


 営業スマイルを見せたがバッサリ切り捨てられてしまった。

 今日の看守は頭が固い奴みたいだ。他の奴なら、ちょっと恩赦を申請してみますねとか言ってくれるのに。いつもこいつが看守の時は交渉がうまくいかない。


 いつも。そう、「いつも」だ。


 俺は任務中、事あるごとに周囲を破壊してしまい投獄され、賠償金を請求される。

 現在その総額は百八十兆コルムにまで膨れ上がっている。この間、空中都市の城を爆散させてしまったせいで一気に増えてしまった。


「あーくそ。また借金が増えるー」

「百八十兆コルムも借金抱えるのはもうわざとだろ」

「わざわざそんな額の債務背負うのはドМだろー。仕方ねーんだよ。俺、力強すぎて破壊しちゃうから」


 この発言をすると毎回この看守には物凄く冷めた目で見られる。

 『中二のガキか? このナルシストめ』と目が訴えてくる。


 実際に俺の力が制御下を超えているのは事実なんだが。あと、


「俺はどちらかと言えば自意識は過少な方だ」

「聞いてない」


 この看守、おそらく俺への信頼や敬意は全くない。


 勇者というものは信頼の上に成り立つ職業だ。何度も周りを破壊し、こうして牢獄に送られ多額の債務を抱える俺は信頼とは無縁の人物なのだろう。


 信頼がなくても俺は勇者という職業を辞める気はないが、債務の増えすぎが悩みどころだ。

 俺の場合は勇者という職に就いている以上、借金が増え続けることになるだろう。


「お前、そろそろ転職したらどうだ」

「バカヤロー。普通の職で返せる債務額じゃねーのわかってんだろー」


 普通に働いて返せる額ではない。

 『契約』上、踏み倒すこともできないし国外に逃亡することもできない。だから勇者を続けている。


 ただ、あくまで勇者ならまだ返せる額ってだけだ。勇者の給金なんざ、自分の動きようによっては砂粒に等しくなることもざらにある。


 勇者は魔物討伐や迷宮調査とかの成果を記録して、国に提出し報酬を得る。その報酬が給料となるわけだが、魔物の種類や数、強さに応じて金額が変動する。

 比較的安全な場所で雑魚を倒し続けても小銭稼ぎにしかならない。


 だが、いくら報酬の高い依頼をこなし迷宮の魔物を倒しても、百八十兆コルムなんて額は何年かかっても完済できないだろう。


 俺に必要なのは細々した金山ではなく、でかく太く長い金づるなのだ。


「どっかのご令嬢に惚れられねーかなー」


 勇者でなければ、戦わなければ負債は増えない。しかし勇者でなければ、賠償金を返済できない。

 依頼を受ければ受けるほど負債が増えていく。


 現実的じゃない額に段々真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきて、バカみたいな妄想にすがりたくなる。


 出口のない地獄で同じことを繰り返すしか選択肢がない状況に絶望し、そろそろ心も疲れてきた。


 しかし――


「おい喜べ。牢獄仲間ができたぞ」


 その絶望は、彼女に出会って打ち破られた。


 冷たい風の吹きつける暗い牢屋に、眩しい宝石を携えた女がやってきた。


 暗闇を動く長い黒髪は悪魔のようで、けれどこの場に似合わない華やかなドレスを身にまとっていて。ヒールを打ち鳴らし、手錠の鎖の音を響かせ、美しくも禍々しい赤い目でこちらを見下ろす。


 世界でも有名な、極悪令嬢と言われる女。

 なぜか世界に起こる事件の罪をことごとくなすり付けられ、裁判を起こし最後には慰謝料をごっそり貰っていく。厄にまみれた手を持つ握厄令嬢。


 つまるところ、


「あらまあ……よろしくな。お嬢さん」


 金づるが現れたのだ。


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