8 成功と裏切り
「すでに、二か月。そろそろ頃合だと思うが......」
「兄上、多数魅惑精神制御魔法パフューム! ある程度は出来上がってきました」
学園祭から2か月。ヤバルが気をもみながらも、時はただ流れるだけのように感じられた。彼の部下であるエルフ族工作員は、いまだ秘密結社チャウラ側に捕らえられたままだった。他方、ユバルは新たな大魔法を編み出すために、2か月の間に様々な研究をしていた。
「この多数魅惑精神制御魔法は、問題が一つあります。それは詠唱が長くなってしまったことです。何しろ、単一魅惑操作、単一精神操作、そして遠隔操作、それらを多重多元に展開するための展開拡張操作、これらを組み合わせて完成させた微妙なものなので......」
「それでは、完成したのか?」
「いや、完成したのではなく、単に組み合わせて構成できた程度のもので......」
「構成できたのであれば、使えるということだろう? それなら、すぐにでも活用したい」
「でも、これはある特定の場所にあらかじめ展開しておかなければならない皇帝があって......」
「ユバル、それは、大規模異次元て時空転移魔法と同じだろう?」
「それはそうだ」
「では、同じ場所にその二つの大規模魔法をあらかじめ設定しておくようにしよう」
「兄上、でも、今回の作戦は一気に学園完成者全員を捕獲するのだから、彼らが集合している場所に展開することになる......」
「それはそうだ」
「そんなところは、荏原学園の敷地だけじゃないか。でも、ジミーがいるところでは、いずれ気付かれてしまう......」
「それもそうだな」
「ジミーたちと学園関係者たちとを離しておく必要があるね」
「ジミーたちを学園に来させないようにするか?」
「けれど、毎日着ている彼を、欠席させるの?」
「そうだよなあ」
「それなら、まず早川教諭たち、転移対象の職員たちを忘年会と称して、先に転移エリアに来させておく。その後で、生徒たちも来させるのがいいね。二手に分けて扱うことで、あのうるさいチャウラの奴らも翻弄することもできる」
こうして、ヤバルとユバルは検討を続けた。そして、二か月の後、秘密結社チャウラを探り、次の作戦を立てることができた。
彼は、一気に学園関係者全員を捕獲して荏原学園を対象とした作戦を完了するつもりだった。そのために、ヤバルはユバルに命じて、ある山奥の温泉宿で、多数魅惑精神制御魔法と大規模異次元時空転移魔法を発動できるように準備をさせたうえで、その温泉宿に職員たちを集め、また別途に残りの生徒たちを集める作戦とした。
こうして、12月の学期末、ヤバルは罠を始動した。
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ヤバルは、二か月の間、荏原学園に対して様々な裏工作を続けていた。二か月前に学園に送り込んだ配下の工作員たちは、捕獲した理事長や校長、ほとんどの教師たちの代わりに、新理事長や校長、教師たちとなって入れ替わっていた。ただ、早川教諭など数人の教師たちはいまだに残っていた。
こまったことに、彼らは学園内の雰囲気に不信感を持ち始めていた。それもあってか、彼らは退職願を出してきていたものの、このまま学園の外へ出すわけにもいかなかった。そこで、ヤバルは、職員に成りすましている配下に指示し、彼ら早川教諭たちを離任記念の忘年会と称して、早川教諭たち数人と校長たちだけの職員旅行へと連れ出すことにした。期日は、二学期末に行われる実力試験の前日とした。
この時期に、忘年会と称して職場で旅行をすることは、不思議ではなかった。ただし、早川教諭たちが不信感を持っていることは、すでにラバンたちやチャウラ結社の工作員たちには伝わっていると考えてよかった。おそらく、チャウラの工作員たちは、この旅行が単なる職員旅行ではなく、残りの職員をさらうための作戦であると考えるに違いなかった。
ヤバルの指示により、配下の校長たちは、一台の貸し切りマイクロバスを用意した。実力試験が終了し、学生たちも採点に関わらない教諭たちも一息入れる時期だった。校長は早川教諭たちを巧妙に採点チームから外し、マイクロバスで温泉宿へと連れ出した。
マイクロバスは、のらりくらりと動き回った。このおかしな動きにつられてラバンや秘密結社チャウラの工作員たちは、すっかりこのマイクロバスに気を取られて、結社全体で大規模に追跡を行った。深夜になって、職員旅行のバスは、ようやく山奥の谷筋の温泉宿に至る一本道に入り込んだ。
ユバルはこの時を待っていた。彼女はチャウラの工作員たちに幻惑魔法をかけ、道に迷うように仕向けた。チャウラ工作員たちは、これによって2日間ほど森の中をさまよい続けたのだった。
他方、学園では、学期末テストが終わった日、全員が気ままに学内で過ごしていた。また、学園の事務局は、震災直後から2学期の間、後片付けや修繕に使いまわしていたガードマンや業者、作業員たちに、一斉に支払いのために学園に来させていた日だった。
彼女は、すでにジミーたちやラバンたちの監視の目が学内からなくなったことを確かめていた。彼女は余裕を感じながら、彼女が編み出したばかりの多数魅惑精神制御魔法と簡単な大規模移動魔法とによって、生徒や関係者全員を一気に温泉宿に連れさった。これらにより、山奥の温泉宿には、生徒たち全員とガードマンや、出入りの業者たち関係者全員を、それぞれ本館と二つの別館に押し込むことができた。そして、やっと着いた早川先生達も、温泉宿の中に捕らえることができたのだった。
こののち、ヤバルとユバルは、温泉宿一帯を結界魔法によって封じた。この結界によって、だれしも入り込むことも逃げだすこともできなくなった。ジミーや玲華たち、またチャウラ工作員たちが、温泉宿の中へ入り込めないようにしたのだった。
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生徒たちや教師たちはリバービューになっている二つの露天風呂を使うことが許されていた。当然男女別になっているように見せていた。ユバルは、それらの施設をずっと監視し続けていた。そして、やはりこのとき、男子生徒二人が、ユバルの指示を受けたカインエルベン族の女に導かれ、入浴中の早川先生や女子生徒たちを覗こうとしていた。
ユバルは管理人の姿になって、女子風呂の奥からそれらの光景を観察していた。
早川先生やほかの女性たちが、ようやく男子生徒の悪事に気づきました。
「あ、あんたたち、何しているの!」
早川先生は、短いタオルで身を何とか隠しながら大声を出した。それに呼応して、女子生徒たちも騒ぎ始めた。
「あ、覗きだ。デバガメだ!」
「ゆるさない!」
女子風呂は大騒ぎになりました。時間をおくまもなく、着替え終わった女子生徒たちがすぐに英二と和人を取り押さえた。女子生徒たちは、ユバルが取り締まりの責任者であると考えて、犯人二人を突き出しました。ところが、ユバルは、女子生徒たちの非難を取り上げもせず、逆に犯人二人を解放してしまいました。
「この二人は、無罪放免です」
「なんでだよ?」
「彼らは覗きをしたんですよ」
「デバガメだよ」
女子生徒や早川先生ら大人の女性たちは、大声でユバルに訴えました。ところが、彼女は強く訴え続ける女性たち全員を、魔術で後ろ手に縛り上げて動けないようにした。さらに、隣接した男子風呂の男子生徒たちにまで呼びかけて、女子風呂に入ってくるように手招きをしたのでした。
「さあ、愛の交換の時間だよ。そもそもあんたたち原時空人類は、変なんだよ。なぜ、男女とも入り乱れて楽しまないのかい? これから連れて行くところじゃ、毎日こんな暮らしになるのに」
色香に酔った男子生徒たちが乱入しようと動き始めました。これは閉鎖空間で裸の男女が一緒になるという、カインエルベン族の理想とする姿となった。しかし、後ろ手にされて動けない女性たちは逃げることもできず、あらわな姿のままで悲鳴をあげるしかなかった。
その悲鳴と感情、特に早川先生の艦所が、結界の外で見張っていたジミーの脳に伝わった。とたんに、彼の脳の片隅で膨大な計算が始まりました。その計算によって、改編数学が発揮されると、強力な結界は一瞬にして消え去りました。その一瞬を、玲華や理亜、チャウラ工作員たちが見逃すはずがなく、一斉に突入した。
ジミーは、女子風呂を背にして身構えた。彼の目の前には、もうすでに色香に酔った男子生徒たちが次々に入り込んできており、ジミーは彼らをことごとく気絶させた。ちょうどその時、ジミーの背中側から、突入に驚いたユバルが何も身につけないまま外へ逃げだしてきた。また、後ろ手に縛られたままの女性たちも、後ろ手の裸身のまま女子風呂から外へと逃げ出してきた。
ジミーは思わず振り返った。そして、彼の見たユバルの裸は、理亜とそっくりだった。続いて、大勢の女性たちが、後ろ手の裸身のまま殺到してきた。これらの光景を見たジミーは、途端に卒倒し、理亜と玲華に抱えられた様子だった。
ユバルは、ジミーや理亜、玲華たちが反抗できなくなったのをチャンスと見て、気絶している男子生徒たちや逃げ出した女性たち、そして温泉宿に突入したラバンたちチャウラ工作員までをすべて包囲捕獲する結界を発動し、そのまま異時空へと転移させた。また、ユバルはチャウラ工作員に捕らえられていた仲間も探し出し、彼らとともに離脱していった。
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ヤバルたちは、原時空人類たちを異世界時空の魔國ファルマリ領に転移させていた。
此処から、新しい収容所に捕獲した原時空人類を移送する予定だった。ただ、ユバルは多数魅惑精神制御魔法パフュームと転移大魔法とを駆使したために、彼女の魔力はほぼ枯渇していた。ヤバルたちは、捕獲した原時空人類全員をファルマリ領の収容施設まで、獣数日を掛けて歩かせるしかなかった。
そんな護送業務が残っているとはいえ、ヤバルとユバル、そして配下の工作員たちも、自分たちの時空へ戻ってきたこともあって、気の緩んだ行軍だった。
「九時方向より、敵襲!」
「敵襲だと?」
ヤバルは監視部隊の報告に動揺した。ユバルも押し寄せてくる軍勢を見て驚いていた。
「完全に奇襲だ。しかも、あれは長兄ドバールの姿。彼らは帝国正規軍の制服を身に着けている。だがなぜ帝国正規軍が私たちを襲うのか。しかも私たちに気づかれずにあらかじめ布陣していたなんて......あ、しかもあれは原時空人類を兵士に仕立て上げている。しかも彼らは、我々が捕獲した房総族とハングレの奴らじゃないか。横取したのか?」
ユバルはこれらを見て取った後、動揺を隠せなかった。
ユバルは動揺と戸惑いと怒りを同時に覚えた。すぐに、遠隔伝声魔法でドバールに呼びかけていた。
「兄上、なぜ我らを攻め立てるのですか?」
「ヤバル、ユバルよ。あんたたちは僕に隠し事をしていたね」
「隠し事?」
「あんた達は、原時空人類の家畜どもをウーマンヤール領とファラスリム領の孤島に溜め込んでいたね」
「ドバール兄さん、その原時空人類は、皇帝直轄の捕獲部隊による仕事だよ。父上、皇帝陛下は了承なさっている」
「では、なぜ僕に報告しない? 僕は第一皇子だぞ。その僕に、隠し通せると思っていたのか。これは非常に重い裏切りだよ。しかも、今回も捕獲した家畜どもをファルマリ領へと運び込むのかい。」
「これはドバール兄さんには関係がないことだよ」
「関係がない? そんなことはないぞ。僕は帝国正規軍の総帥だぞ」
「それでも兄さんにも帝国正規軍にも関係がないことだ」
「ユバル、あくまでそう言い通して、僕に従わないのかい? そうかい。でも、今では、僕は君たちより圧倒的な力を持っているんだぜ。その一端を見せてあげよう。あの家畜を奪ってみせるよ」
ドバールは、そのようなユバル達の動揺に楽しむように、攻撃態勢を紡錘陣形から横陣形となるように指令を出した。すると、帝国正規軍を構成する混成兵士たちが一気にヤバルの部隊の横腹を襲った。ヤバルの部隊は、戦列がいっぱいに伸びており、完全に奇襲の餌食だった。
ユバルとヤバルたちと部隊は、帝国正規軍に対して懸命に応戦していた。
ヤバルは魔槍ゲイボルグと魔槍グングニルの二つを駆使して応戦しているユバルに叫んだ。
「これはドバール兄さんの裏切り、というより、兄さんによる横取りなんだろうね」
「そんなあ」
ユバルは怒りを覚えた。横取りされた原時空人類たちとヤバルの部隊は、すでに山際まで追いやられつつあった。ドバール率いる正規軍は圧倒的な物量にものを言わせて、完全に包囲しつつあった。
「ヤバル兄さん、少し、私に詠唱する時間をくれないかな」
ユバルはドバールの旗を睨むと、今まで聞いたことの無い詠唱を始めた。すると、結界がヤバルたちの部隊を守るように包囲した。ヤバルたちの部隊が結界内に逃げ込むと、今度は結界外の谷いっぱいに広がっていた正規軍が、一気に壊滅した。谷には、阿鼻叫喚の声さえ聞こえなかった。文字通り、全てを塵、いやヘクサマテリアルに変えてしまっていた。
指揮所にいたドバールと側近は、目の前に起きた巨大災害のような一撃に、呆然としていた。
「これは、誰の魔法か!? あいつら、いつの間にこんな大魔法を......」
「ドバール兄さん、連れてきた正規軍の兵士たちは、全て原時空人類たちを使ったんだね。だから容赦なく蒸発させたよ。さて......まだやるかな?」
「ユバル、お前、こんな大魔法をいつの間に?」
「さあ、ドバール兄さん、降伏するなら今のうちだよ」
「おのれ!」
ドバールたちは驚愕しつつも、自分たちの逃げ道は確保していたようだった。ただ、あまりの慌てように、その姿はあまりに滑稽だった。