6 意識操作魔法・時間魔法と破戒僧
「ヤバル兄さん、間違いないよ。ジミーは私たちの不倶戴天の敵、いや私たちへ襲い来る化け物だ。このまま彼が成長すると、化け物が怪物になってしまう。そのように本格的に成長する前に、私たちはまだ未成熟なままの彼を、今のうちにつぶさなければならないよ」
「だが、まだ彼のことが分からないままでは......」
「そう、私たちはまだ彼のことがわかってない。しかし、もうこれ以上、彼のことを調べまわっても、彼の内側で何が起きているのかはわからない。それなら、もうこの段階で彼と戦いつつ、彼の弱点をさぐるしかないじゃないか?」
「それはそうだが」
「私たちは、彼に先手を打つ形で畳みかける、いや奇襲に奇襲を重ねて、勝利を得るしかないよ」
「そうだな。しかし、どうやれば......」
ヤバルとユバル達はこうして、様々に考えを巡らしていた。彼らは、原時空人類捕獲作戦と破戒僧監視作戦とを並行して進めざるを得なかった。
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この日、荏原学園の一年生たちは、一学期初頭の遠足ということで、初夏の丹沢に来ていた。このような集団行動は、ユバルの仲間たち捕獲部隊にとって原時空人類の若者を大量に誘い込むに絶好の機会だった。
「遠足は絶好の機会だね。彼らはまだ互いを知り合って時間が浅い。それが彼らを一定の集団で動こうとさせる。他方、隊列は切れ切れになるはずだ。それが狙いめ。誰かを釣れば、芋づる式に数人釣れるに違いないよ」
「それなら、うまい罠を仕掛けよう。山なら知らずにわき道に入り込んでしまうようなこともあるしな......山道に迷って遭難して行方不明で見つからない、なんてことはよくあることだからね」
捕獲部隊分析指令ヤバルは、丹沢の山道から一年生たちがことごとく入り込むように脇道に罠を仕掛けさせた。
その日、彼らは待ち続けた。しかし、遠足が始まると、先頭の1Aの進む速度が遅いため、隊列は切れ切れになるどころか、後続もびっしりとつながってしまった。それが影響して学年全体がまとまって移動する形態になってしまい、芋づる式に数人筒釣っていくというヤバルたちの目論見は、うまく運ばなかった。ところで、1Aの進む速度が遅かったのは、ジミーが女子生徒たちに目がくらんでいたためであり、やはりジミーの存在がヤバルたちの計画を邪魔していたのだった。
ヤバルの作戦は、用意周到なように見えた。結局長く待ち続け、やっと入り込んできた獲物は、たったの一人、瑞希という活きのいい女子生徒だけだった。瑞希は、当初は幸恵と二人一緒に行動していたのだが、瑞希が何かに操られるように一人で山道を進みすぎて、幸恵は後を付いてくることができなかった。
とにかく、それでもヤバルたちの部隊は瑞希を捕獲できた。その一報は、分析指揮官ヤバルから1Aに潜入していたユバルにも知らされた。同時に、隣の1Bクラスから瑞希失踪が知らされた。このとき、ユバルの潜入していた1Aや一年生全体で、大騒ぎとなっていた。ただ、ユバルやヤバルたち部隊が警戒していた当のジミーだけは、なぜか木偶の坊のまま何の反応も示してはいなかった。
遠足の一年生たちや教師たちは、瑞希失踪にもかかわらず、警察に任せるしかなかった。彼らは連絡と様々な手配をした後、さっさと学園へ帰ってしまった。ただ、この時、破戒僧ジミーだけは動き始めていた。
彼は、急にふらりと立ち上がった。バスの後部座席へと歩いていき、いつまでたっても戻ってこなかった。このときは、ユバルはジミーの奇行に何の兆候も感じず、放っておいた。長い時間がたってから、さすがにおかしいと感じたユバルは、最後尾に行ってみた。その時、ジミーは影も形もなくなっていた。
「彼ははじめからいなかったのか? いや、確かにバスに乗っていた。確かにあの座席にいた。仲の良い理亜と玲華の傍で呆けていたから、単なる木偶の坊でいたから、目立たなかったんだ。そして、何かをきっかけにして、ふっとそのまま後ろの座席に歩いていった。そこまでは、把握していた。確かにその時までは、バスにいたはずだ。その後の彼の姿が記憶にない。いや、もう一度振り返って考えると、彼が急にふらりと立ち上がった様子から見て、彼は何かを見たんだ。なにかを見たために、彼自身が激高しかねない段階に移行した。そしてバスから消えた。そしてどこかに行った。そうか、激高しかねないなら、彼はに瑞希のところへ行ったに違いない」
ユバルははっと気づき、急いで分析指揮官ヤバルに連絡した。
ユバルは、急いで分析指揮官ヤバルに連絡し、指示を仰ごうとした。だが、ユバルの使った魔通信具の向こうでは、その時すでに、破戒僧ジミーとヤバルとの激しいやり取りが聞こえていた。彼は既にヤバルの目の前に身を現していたのだった。
「瑞希ちゃんをどこへ連れて行くのか?」
「どうやって追跡できたのかは知らんが、ここまで追いかけて来るとは、大した人間だ」
「人間? あんたたちは何者だ?」
「私たちも人間だよ。但し、私たちはあんたたち現生人類の上位種族のカインエルベンだ。あんたたちにとっては『カインエルフの末裔』もしくは『エルフ族』と言ったほうがいいかもしれないな」
ヤバルがそう言うと同時に瑞希を捕まえていたヤバルの部下たちが、一斉に攻撃し始めた。 しかし、破戒僧ジミーはものともせずに進んできた。
「むだだ。こちらに撃ち出しているものが何かは知らないが、無駄だ。すべての敵対行動を止めた方がいい。これは勧告だ」
「なんだ? お前のその魔術、もしくは魔法は…」
「ほ、ほう? これを魔術、魔法というのかね。ということは、あんたたちのその能力は魔術、魔法ということになるね」
ヤバルたちとのそのやり取りをしている隙に、瑞希は既にジミーの左側に転移しており、彼が左腕で抱えていた。
「な、何、いま、どうやって?」
「それは、あんたたちのつかう魔法、魔術の類ではない、とだけ言っておこう。ただし、これ以上やるなら、あんたたちは一度に消えることになるぞ」
「な、なんだと」
悪態とともに、ジミーの部下二人が襲いかかろうとした。ジミーは、彼らを睨みつけた。その途端、二人は蒸発した。
ジミーはヤバルを睨んだ。その時だった。女の身体に戻っていたユバルがヤバルの前に立った。
「待ちなさいよ」
彼女は、自らの裸体を晒した。次の瞬間、ユバルはサイキックによってジミーの脳裏にジミーの知っている女子生徒たちの裸身のイメージを送り込み、さらにはジミーを混乱に陥れる様々な情報を一挙に送り込んだ。
ジミーは瑞希を抱え込んだまま倒れこんだ。その隙に、ユバルは同胞たちを一人づつ、自分たちの時空へと転移させた。最後に残ったヤバルは、ユバルを再び男性体に変化させながら指示を出した。
「ユバル、気をつけろ。ジミーは激高すると恐ろしい謎の力を発するぞ。あれは我々の知る魔法ではないぞ」
「そうですね。それに、彼が激高するきっかけは相変わらずわかっていません。ただし、非常に有力な対抗手段があります。女性の裸身が彼にとっての弱点には違いないようです。先ほど彼が昏倒した時、直前に彼の脳内に、大量の女性の裸身像とそれに関連する概念などを送り込んだのです。......とりあえず、今は私にお任せを!」
ユバルがそう返事をすると、ヤバルは疲れ切った表情で返事を返し、魔國の時空へと転移していった。
「そうか、後は任せたぞ」
その様子を見送ったユバルは、そこに誰かいたことをにおわせる痕跡を一切消しさったあと、瑞希とジミーをそのまま残し、一足先にバスへと戻っていったのだった。
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一年生の遠足から一週間がたち、東瀛では初夏から梅雨の走りの時期となっていた。潜入中のユバルは、ヤバルとともに検討のうえ、破戒僧ジミーに対して18禁のグラビア雑誌を広げて置くわなを、再び活用することにした。ヤバルたちの狙いは、そのグラビア雑誌を見て動けなくなったジミーを、部隊で急襲する目論見だった。
ジミーは、この日いつも理亜や玲華たちとともに登校するはずだった。ところがこの日のジミーは運が悪かった。理亜や玲華とのトラブルのために、いつもより遅く一人で登校していた。彼は、三間通りを通り、道端にある駐車場を通りかかった。その奥には、先にグラビア雑誌を見つけていた1Cの男子生徒二人がいた。彼らはグラビアに慣れている、というよりはグラビアに特別の関心を持っていた。
「1Aのチャウラ玲華と体形が似ているぜ。細身なのに胸が大きくてよ」
「こっちの女の身体からだ、少しぽっちゃりで、チャウラ理亜に似ていないか?」
この言葉が通りかかったジミーの耳に入った。ジミーは二人の男子たちがグラビア雑誌に見入っている姿を発見した。
「あんたたち、1Cだよな。僕のクラスの理亜と玲華のからだがどうしたというんだ?」
ジミーはそう言いながら、二人の男子に近づいた。男子たちは、ジミーを嘲笑した。
「1Aの変人、数野じゃないか。お前には関係ないよ。あっちへ行けよ......おお、和人、この写真、すげーぞ」
「あ、あんたたち、それを見ながら同級生の女子を貶める話をしていたのか」
ジミーは、相手二人の足元のグラビア雑誌が18禁であることを一瞥し、それ以上近づかなかった。この時、ジミーの顔つきが変わったのを、ヤバルたちは見逃さなかった。明らかにジミーの脳の片隅で、例の能力が発揮され始めていた。
この段階で、ユバルとヤバルたちは作戦失敗であることを認めざるを得なかった。その状況を見て取ったヤバルの部下カラーナたちは、ヤバルに進言して先んじていた男子生徒たちを捕獲することに作戦を変更した。
「ヤバル指令、カラーナたちにお任せください。裸身になって男子たちに近づいて、捕獲するのがよいかと思います」
「ほお?」
「以前、ユバル様がご示唆なさったようにジミーを動けなくし、二人の男子生徒たちをいただくことにしましょう」
カラーナは二人の少女ともに男子生徒たちに近づいた。彼女たちの耳はとんがり、色白で背が高く、目は青色だった。少女とは言っても、すでに胸は十分にたわわに実った葡萄の房だった。ジミーはひるみ、予想通り動けなくなった。その隙に、カラーナたちは二人の男子生徒たちを連れ去ろうとした。しかし、ジミーはその手で男子たちやカラーナたちをつかみ上げた。
「待てよ、異次元世界から来た異世界人よ。お前たちは全て消し去ってやる」
破戒僧ジミーは、まず同級生の男子生徒たちを荏原学園内へ逃がした。おもむろに振り返ると、その場にいた二人の少女を睨みつけ、一瞬にして蒸発させた。その後、周囲を見渡しながら、展開していたヤバルの部下たちを次々に見つけ出しては、蒸発させはじめた。ジミーは明らかに、次の獲物、つまりヤバルを探していた。
「兄さん、私が時間魔法を準備する。その間、隠れていて」
彼女は、ジミーの目の前に18禁のグラビア雑誌をひろげ、彼を金縛りにさせた。その間にユバルは詠唱をしたうえで時間を理亜と玲華がその駐車場の前を通り過ぎる直前まで巻き戻した。それにより、ヤバルの部下たちが次々に蒸発前のように姿が戻ってきた。
「兄さん、後はまかせて! みんなを連れて転移していって!」
「おまえ、すごいな」
ヤバルは部下たちを連れて、彼らの時空へと転移していった。最終的に巻き戻す時刻は、ちょうど理亜と玲華がジミーを簡単に見つけるタイミングだった。ユバルは、その時刻に向けて、18禁を顔にかぶせたジミーだけをその駐車場に時間転移させた。
ジミーははっと我に返った。そこには、すでに学校へ行ったはずの理亜と玲華が彼を覗き込んでいた。次の瞬間、彼ははっと気づいて握っていた18禁のグラビア雑誌を隠した。だが、理亜はそれを彼から引きはがし、途端に真っ赤な顔を彼に向けた。
「この雑誌は何よ?」
「ひええ...理亜ちゃん?」
理亜はジミーに馬乗りになり、ジミーの襟首をつかみ上げていた。ジミーは目の前に理亜の胸を見ると気を失った。
ヤバルとカラーナたちは全て助け出され、自分たちの時空に戻っていました。
「ヤバル指令、私たち、助かったんですね」
「ああ、俺たちは...助かった...」
そこに、遅れて転移して来たユバルが合流した。それを見たヤバルは大声を上げた。
「ユバル、あの魔法はなんだ?」
「あれは、時間魔法と言って、時間を思う通りに制御することができるし、ある物体をある特定の時刻へと時間転移させることもできるんだ」
「どこでそんな力を?」
「皇帝陛下にお目通りする以前に、時空の神マスティーマにより授けられた......」
「え、それはわれらの神ではないか。その神がおまえに、か?」
「そう言うことね、今のところ破戒僧ジミーは敵ではないね」
「お前、す、すごいな」
ヤバルはユバルが未知の魔法を身に着けていることに驚くばかりでした。
「では、畳みかけましょう」
「お前、何をしようとしているのか? あの破戒僧をどうするつもりだ?」
分析指揮官のヤバルは、破戒僧ジミーにいまだに恐怖が先行した。ユバルはヤバルを支え励ますように言葉を継いだ。
「今、破戒僧は、やっつけた気になったところをまるで何もなかったような風景に投げ込まれたショックに翻弄されているはず。それならば、彼を心理的に支えている家族たちを巻き込んで、彼ら全体を追い込んでみましょう。それと、破戒僧の弱点を二諌人や部隊の皆に確認してもらえる機会にもなるでしょ?」
「具体的はどう進めるつもりなんだ?」
「破戒僧は、彼の近くにいつもいる理亜や玲華を大切にしている。そこで、まずは、理亜と玲華の周辺から心理的な圧迫を与え始め、そして理亜と玲華を恐怖に陥れることから始めることを提案します」
「だが、理亜と玲華が助けを求めた途端に、破戒僧が襲い来るぞ」
ヤバルは具体的作戦を立てる前に、破戒僧に対する恐怖が先に立っていた。分析指揮官のヤバルのみならず、ジミーの間近にいるはずのユバルにとっても、ジミーは謎のままだった。それでも、ユバルは一つの提案を持ち出した。
「そうですね。だから、破戒僧の動きを封じるために、彼女らの裸身を利用するんです。つまりは、彼女たちが破戒僧から離れて裸身になった時を襲うことがポイントですよ。そうすれば、破戒僧ジミーは金縛りにあう」
「だが、ユバル。それは、彼女たちの裸身が破戒僧の動きを封じるというが、それは確かか?」
「まだ、仮説にすぎません。だから、兄さん。それを今回確認したいんです」
「だが、その策では彼女たちを我々が捕獲した後、彼女たちは愛を交換することはおろか、恐怖心を持ったままになってしまうね」
「確かにそうね。でも彼女たちは私たちにとっては単なる餌。利用した後は捨て去ってもいいでしょ?」
ヤバルは、ユバルの大胆な作戦に言葉が無かった。だが、部隊全体の作戦実施にうなづかざるを得なかった。
「私が魔法で威嚇対象の近くに白いニムロッドを転映させる。それが大きな亡霊のように見えるでしょう。私たちは、転映した空間をそのまま観察し続ける。作戦はこれだけで十分です」
最初にヤバルたちが工作対象にしたのは、理亜と玲華の友人で榛名家の春日と鶴羽の双子だった。それは荏原学園内で十分な騒ぎになった。ユバルはそれを確認してから、その夜に玲華たちを襲った。
「だれ?」
入浴中の玲華が問いかけるように声を出した。次の瞬間、彼女の悲鳴がチャウラ家の家全体に響きわたった。理亜が駆けつけると、玲華が理亜に不安そうな声で天井を指した。
「私に問いかける声が聞こえたの...それで振り返ったら、確かに何かがいた気配があったの! 見えなかったけど、白い手が感じられたのよ......」
浴室内を観察していたユバルは少し笑った。それを感じたのか、理亜が叫んだ。
「ここに何かいるわ。玲華、今すぐバスルームから出た方がいいわ」
理亜のこの言葉に応じるようにラバンが叫んだ。
「ジミー、周囲を見回った方がいい」
「僕が周囲を見てきます」
ジミーが玄関から飛び出してきた。彼は大声を上げながら、ユバルの影を追ってきた。
「逃げるな」
「うふふ」
広い公園の暗がりに達した時、ユバルは追ってきたジミーをあざ笑いながら、異次元時空へと転移していった。今回は、彼が明らかに浴室を避けていたのかは、わからなかった。
ユバルは、ジミーが浴室に駆け付けることはなかったということまでは、分かった。彼女は、ジミーの弱点の核心に近づいたような気がしていた。
「じゃあ、次は私が男の姿になって、入浴中の玲華たちを襲ってみる。彼がどう行動するかを確認しよう」
玲華が怯えて悲鳴を上げた時、最初に浴室傍に来たのは、ジミーだった。ユバルが理亜やラバンのいる空間を魔法で封鎖したため、しばらく家族たちは浴室に来られなかった。
浴室の中で、玲華は悲鳴を上げ続けた。だが、それでもジミーは声をかけることすらできなかった。やっと、理亜が駆けつけて浴室内の玲華をバスタオルで覆うと、その後ラバンが駆けつけた。
「確かにいたのよ」
玲華は理亜の顔を見ながら、脱衣所の外に駆け付けたラバンに訴えた。
「どこから見られているというんだい? 外を見ても誰もいなかったぜ」
「窓じゃないのよ」
「天井かしら」
「でも、バスルームの天井裏は、すぐ二階のトイレ室だったよね。人間の入り込むスペースがなかったはずだが......」
ラバンはそう言うと、バスルームの設計図を引っ張り出した。
「バスルームの中を覗き込む余地はないなあ」
全員が油断しているときに、ユバルは不意撃ちを喰らわすように自らの姿を現した。彼女が浴室から玄関へと走り抜けると、ジミーは浴室の脇から飛び出て、後を追ってきた。
「こいつは、最近出没しているエルフ族だ!」
ジミーは自宅を飛びだして、近くの公園にまでユバルを追ってきた。袋小路になったところでユバルは時空転移口に飛び込んだ。姿が消えたように演出したはずだった。
この時、ユバルは油断をしていた。今日の彼は明らかに格段に覚醒していた。脳の片隅が膨大な計算が行われ、状況を精密に分析し始めていた。彼はち密な計算結果を得て時空転移口を見出し、躊躇せずに飛び込んできた。これは、ユバルにとって予想外のことであり、慌てて時空転移疑似空間内を逃げることになった。このままでは、転移先であるカインエルベン族の異次元時空に、ジミーを入り込ませかねなかった。
ユバルは別ルートに折れた。前方に原時空への緊急用出口があるはずだった。ユバルは、その飛び出していった。ユバルが飛び出した出口は、ジミーに追われた時に、彼を振り切る為の者だった。そこはチャウラ家の浴室だった。この時の転出面は、バスタブの水面から少し上に設定されていた。ユバルは、そこから飛び出してバスルームの扉を開け、玄関へと飛び出していった。その直後に、ジミーが飛び出そうとした。ところが、そこには、ふたたび湯船に浸かっていた玲華がいた。それを悟ったジミーは、ユバルの目論見通り、彼の足首を出してしまったものの、転出面の直前にとどまった。
ユバルは、理亜と玲華の裸身こそがジミーの弱点の核心であると結論付けられた。ただし、ヤバルたちが異次元世界と原時空との間を行き来している手段までも、ジミーに知られてしまう結果にもなった。それは、今まで原時空に限られていたジミーの行動が、自分たちの本拠地である異次元時空世界ノドにまで、ジミーが来襲しうることを意味していた。
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ヤバルやユバル達カインエルベン族から見て、たかが理亜と玲華の裸身を見て卒倒してしまうというジミーの弱点が、なぜ存在するのかは、非常に不思議なことだった。また、そのような欠点が簡単に克服されうるものなのかどうかも問題だった。また、破戒僧ジミーが突然に能力を覚醒する現象についても、ユバルはさらに研究を重ねるべく、ジミーの傍でクラスメートとして静かに彼を観察し続けることにした。そして、ユバルは、破戒僧ジミーが突然覚めたようにして動き始めるのは、理亜や玲華という尊敬する女性を蹂躙されたときがきっかけであると、仮説を立てていた。
ある時、ユバルは職員室で、女性をまともに見ることができないジミーのために、強制的性教育をジミーに受けさせるという話を聞いた。ユバルは、ヤバルにも確認をしてもらういい機会であると判断し、部隊全員でジミーが受ける強制的性教育を観察することを提案した。数日後、ヤバルたちの監視体制が整ったころ、破戒僧ジミーの矯正教育が始まった。
「さて、逃げようとしても無駄だからね」
学園内の少し離れた教室で、ジミーは椅子に縛り付けられていた。彼は学園から予備誰た母親ルビカに発作的に監禁されたらしかった。そこに、慌てたようにラバンと早川先生がやってきた。
「数野さんのお母さん、こ、これはいくら何でも......」
「ルビカ、ジミーを縛り付けるなんて、やりすぎじゃないか」
ラバンは、室内の光景に驚いて思わず妹ルビカを糺していた。ルビカは、さも慣れた手つきでジミーを縛り上げながら、言葉を返した。
「いいのよ。昔から、彼は縛ってでも引っ張り出さないと、逃げ出してばかりいたんだから」
「いやだあ、見たくない」
ジミーは急に悲鳴を上げ始めた。彼の前には従姉妹たちの水着の写真が掲示されていた。この様子に、早川先生はためらいながらも優しくジミーを説得していた。
「みんなも、もう幼い時からすでに学んでいるのよ。女性の大切な所は知っておく必要があるの。特に男の子は、ここを大切に扱わなくちゃいけないからよ。ちゃんと見ましょうね」
「そんな変なの、見たくない」
「胸も大切な所よ」
「い、いやだ」
ジミーは目をつぶってしまいました。ルビカは我慢ならない様子で、無理やり目を開かせてしまいました。
「絶対、目を閉じるな」
「あ、あ、僕は見てしまった。僕は災いだ。女性を情欲をもって見つめてしまった。僕は災いだ」
「目をそらすな」
ルビカの仕打ちに、早川先生は見るに見かねて声をかけた。
「数野さんのお母さん、それはいくら何でもやりすぎです」
「これでもまだ優しい方なんですよ。彼は今まで逃げだすばかりではなく、半狂乱になって抵抗したりしていたんですから......」
教室内を監視していたヤバルやユバル達は、このやり取りから一つの仮説を立てることができた。ジミーが彼にとって親族である者たち、もしくはそれに準じる関係にある女性の裸体が、彼の弱点の核心であると...。それでも、その次に深い関係の、例えば友人や教師の裸体ではどのようになるかが、いまだにわからなかった。
ユバルは、早川先生に対して精神回廊を設け、彼女を操作することにした。それは、母親や伯父を遠ざけたうえで、先ほどの疑問を試すためだった。
「でも、これは教育ではありません」
早川先生はジミーをかばうようにして、母親ルビカの立ちふさがった。
「私に任せてください」
早川先生はそう言うと、ラバンとルビカを外へ出してしまった。この時、ユバルの心に、以前話しかけて来た時空の創造者と名乗る疑似声音が響いてきた。
「呪われし者よ。今おまえに許されるのは、ジミーの正しい心を乱さないこと、すなわち愛する者の裸身を見る時だけは耐性ができるように、預言を与えることだ」
この言葉の後に、重々しい言葉が語られ始めた。それは、早川先生にも伝わり始めていた。早川先生は、そのままジミーに語り掛けていた。
「ジミー君、最初に私から伝えたい言葉があります。これはなぜか今私の心に浮かんだのよ。まるで預言のような言葉ね...。
気高い乙女よ
サンダルを履いた貴女の足の美しさ
匠の磨きによる彫り物のような太腿
その先の秘められたところは盃
腹は百合に囲まれた小麦の山
乳房は二匹の小鹿、双子のカモシカ
首は象牙
目は蒼いヘシュボンの二つの池
気高い頭はカルメルの主峰
亜麻色の長髪
ナツメヤシのごとき立ち姿
そして胸の乳房はその実の房。
私はその房をつかんでみたい
私の願いはあなたの乳房、あなたの息、あなたの口...
この預言は、ある特定の女性を愛する男性が歌いあげたよ。私はよく知らないんだけど、時空の創造者に讃美を二人で捧げつつ、約束の相手となった女性を愛撫し愛するべきであるという意味なのよ。この預言の意味を、あなたは知るべきよ」
ここまでは、早川先生は心が正常だった。この預言は明らかにユバルの工作を阻止しようとするものだった。それを察したユバル達は、その預言が終わると、早川先生への働き掛けを強めた。それは、早川先生の言葉に早くも現れていた。
「ジミー君、このことは、...ジミー君と私の二人だけの秘密よ。ここは、二人だけの約束の場なのよ。このことは黙っていて」
「其れって、僕と先生とが約束の関係なのですか。それはいけないことだ。い、いやだ」
ジミーの言葉にもかかわらず、
「せ、先生、やめてください」
早川先生は意識を乗っ取られ、普段ならば行うはずのない行動を起こしていました。この時、早川先生は催眠状態のままでした。
「静かにして。そして口を閉じて。ここはただ見るだけの学びだから」
彼女はそう言うと、素肌を彼に示し始めました。肩から、背中、そしてその反対側、さらに腰から下へと、身に着けているものを脱ぎ始めていました。
「へ、ひええ」
早川先生は、催眠状態のまま、生徒のために自らの裸身を晒すことが、生徒のためになると信じ切っていました。それゆえにこんな行動に走っていたのでした。ただし、預言を与えられたジミーの脳の片隅の計算部分では、「約束の二人」というフレーズを断片的にジミーと早川先生との婚約と理解していた。そのために、ジミーの潜在意識は、目の前の女性の身体を愛情をもって見つめてよいと解釈していた。それでも、同時に、早川先生が縛り付けられているジミーに迫ってくることが、婚約者同士の行動とはあまりに異なることに気づいた。ジミーの目の前にあるのは、あくまで尊敬する教師の裸体だった。見てはならない尊敬する女性教師の裸体、それを認識したとたん、ジミーは凍り付きはじめた。
「は、早川先生? ひ、ひええ、た、たすけ、て」
彼はこう叫ぶと、またも気を失ってしまった。このジミーの悲鳴で、早川先生も正気に戻り、慌てて服を着た。
ジミーはしばらくのあいだ気を失っていた。その間に、早川先生は、ジミーの見た光景が夢であると思い込ませる言い訳を用意することができ、その後はなんとか気まずい空気を取り繕うことはできたようだった。
一連の事象を観察をし続けて来たユバル達は、破戒僧ジミーが尊敬する女性の裸体も、金縛りになるきっかけになることを確認できた。これだけでも、破戒僧ジミーに対抗する策に一歩近づけたとかんじられていた。