表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

3 破戒僧覚醒の片鱗

 時は流れた。ユバルが監視し続けていた数野家は、おそらくは正当な理由もないままに城町の高台を追われ、葛飾区双葉の湿地へ逃げていた。少し間をおいて、ユバルもまた数野家を追って葛飾区双葉にやって来ていた。城町の地で何が起きたのかは、ジミーの周辺を調べるユバルにとって重要なことだった。そう考え続けて、彼女は彼を監視し続けてきた。


 彼女の監視対象のジミーには、城町の地でも葛飾の地でも女性恐怖症以外の何らの特徴も見られなかった。ジミーは、身長が伸び、中学一年生になっていた。ただし、今の彼は以前の細さは見る影もなく、だらしなくデブった体格になりさがっていた。それでも、ユバルはジミーのその姿に何かかあるに違いないと考えていた。

「不思議な家族だこと...破戒僧の候補者を監視し続けて来たけど、あの少年にはおそらく何もない。ただ、予兆は感じられる。彼の一族には謎めいた祝福が満ちている......」


 葛飾の地でも、彼の家族の家業である葡萄園は非常に繁盛した。彼の家族は城町の地でもそれ以前の地でも、まるで彼の父親だけが祝福されているように家業が周囲とはけた違いに繁盛した。それはユバルにとっても不思議なことだった。

 この年度の11月後半。ジミーと数野家には大きな変化が生じた。それは、彼の同学年となる双子の姉妹たちだった。今までの数野家は、スマートに育った兄イサオとだらしなくデブになったジミーだけの男くさい家庭だった。そこに、突然に美しく育った双子の姉妹、理亜と玲華が同居することとなったことは、ジミーにとっても、吟遊詩人のユバルにとっても不思議なことだった。ユバルは、そう感じながら、ジミーと従姉妹たちの中学校生活と彼らの間の会話を注意深く観察し続けた。


 理亜と玲華は、ジミーの母親からクラブ活動に参加することを勧められた。このとき、玲華はすでにソフトボール部に参加していた。

 12月の上旬ごろのある日、ジミーと理亜は、イサオとともに玲華の練習風景を見ることを兼ねて、玲華を迎えに来ていた。すでに中旬を過ぎ、夜の寒さが厳しくなっていく季節だった。玲華は毎日放課後に投手を目指して、一人で基礎的なトレーニングをこなしていた。

 彼らが中学校の校庭に入って行くと、校庭と周囲はすっかり暗くなっていた。その奥まった冷たい夜間照明の照らされたところで、玲華は黙々とバットを振りつづて、ちょうど終わったところだった。その後、彼女はいつもどおりウォーターバッグを両手に抱えてのひねり運動をこなしはじめていた。


 ユバルは、ユバル達エルフ族とは違い、原時空人類が成長と変化の激しく著しい存在であり、出会いがすぐに変化をもたらすのではないかと考えつつあった。確かに、このころのジミーやイサオと玲華、理亜の仲はある程度深まっていた。そこで、彼ら4人のそれぞれの気持ちが会話とその心理に現われると予測し、注意深くやり取りの変化を見ていた。特に着目したのは、玲華が以前より厳しい言葉をジミーにぶつけるようになったことと、理亜、イサオのジミーに対する言葉のやり取りとの比較だった。


 夜の銀色の照明の下で、白と青、緑を夕闇に放つユニフォーム。そんな玲華の姿に魅せられたのか、ジミーがスマホで彼女の姿を撮影した。玲華は、そのストロボの光に気づくと、その撮影者がジミーであることに気づいたらしかった。

「あ、あんた、何やっているのよ」

 怒りを感じた玲華は、暗闇に隠れているジミーに猛然と走り寄った。

「この変態、あんた、誰よ。何を撮影しているのよ」

「え、ぼっ、僕は変態じゃないよ」

 玲華はジミーの返事に驚き戸惑い、ジミーの顔を覗き込んだ。

「ジミー君。なんで隠れて撮影なんか......」

「あまりに綺麗だったから」

 ジミーはそう答えた。


 ユバルにとって気になることは、ジミーが目立った成長を示さず、彼の言葉と態度とがいまだに幼すぎ素直すぎることだった。彼に対して、他の三人がどのような態度を示すか、さらには、それがジミーの心理にどう働くかに注目した。それらを把握することは、ジミーの周囲の人間たちからの刺激によって、将来、成長の遅いジミーが何らかの変化を起こすのではないかと感じられたからだった。この時、すでに兄のイサオは非常にハンサムで切れ者だったし、理亜と玲華の姉妹は、二人とも美しく聡明だった。そんな周囲の同世代たちが、愚鈍で素直すぎるジミーにどこまで関わり続けられるかも、ユバルの関心事項であった。


 ジミーは、ぼそぼそと答えていた。そこに、玲華は彼に何かを期待しながらも、むっつりスケベのままで成長しない情けなさを感じとったらしい。それゆえ、彼女は失望感によって屈折した強い言葉をジミーに投げつけていたようにみえた。

「女の子の体育着の姿を撮影しているなんて、おかしいんじゃないの? ジミー君がそんなことをしているなんて」

「玲華ちゃん、そうジミーを責めないでくれ......」

 ジミーのいる暗がりの中から、イサオがそう声をかけてきた。彼にとってジミーは保護しなければならない対象であると思っていたのだろう。

「......この写真はよく撮れている。躍動感がにじみ出ているよ。決してジミーは変な写真を撮っていないと思うんだが......」

 ジミーのいる暗がりには、イサオの他に理亜が隠れていた。理亜もジミーをかばうようにして玲華に話しかけていた。理亜がジミーをかばうのは、明らかにジミーに好意を持っているからであり、その発露は素直なものだった。

「ジミー君が撮影したくなったのは、きれいだったからよ。だから、そんなにきつく言わなくても......」

「それなら、ジミー君、撮影したものを私に見せてくれないかしら?」

 玲華は、まだ厳しい態度をとりながら、そう答えた。

 ジミーの撮影した玲華の姿は、確かに練習している姿だった。写真自体は健康的であり、理亜もイサオも「一生懸命な姿勢が撮影されている」と評していた。だが、玲華にしてみれば、彼女の撮影画像を見るジミーの視線に、屈折した思いを持ち続けていた。

「でも、ジミー君の目がいやらしいわ。そんな目で見るなら、もう撮影しないで!」

 玲華はそう言うと、ふたたび練習の場へと戻ってしまった。こうなると、ジミーはへこまされたまま下に顔を向けるしかなかった。


 これらのやり取りから、ユバルは、ジミーが中学生になっても、いまだに同年齢や年上の女性に対して恐怖を持ち続けていると理解できた。原時空人類ではこの年代が特に感受性の高い時期であり、そのためか、ジミーは毎日特定の女子にへこまされているらしかった。また、ジミーをかばう者もいて、その優しさがジミーを支えていることもおぼろげながら分かった。

 彼は、中学生になってから急速に背が伸びてデブと言われるほどに体格は大きくなっていた。だが、見かけとは大きく異なり、幼い時からの性格と能力は、原時空人類が成人として認められうる年齢になっても、少しも成長していないように見えた。

「ジミーは単なる女性恐怖症の愚か者ね」

「そうだな、今までやってこられたのは、周囲の家族や一族の者たちから守られてきたからだ。まあ、それも一種の祝福、もしくは恵みなのだろうが......」

 ユバルとヤバルは、ジミーを監視対象者からはずしてよいのではないかと考え始めていた。


 一応の結論を得たユバルは、原時空人類監視部隊の独立監視員「吟遊詩人」として東瀛の他の地域や地球上の他の地域に展開する捕獲部隊を支援するために、双葉町を去っていった。

_________________________


 二年後、ユバルは再び双葉町の地に帰ってきた。今までと同様に、彼女は吟遊詩人としての定点観測点である双葉町のクスノキの上に座り込んだ。だが、数日後、ユバルを驚愕させることがジミーの上に起こった。


 秋が深まったこの日、赤い夕陽が街のいたるところを濃く染め上げる時刻のことだった。ユバルはいつものように双葉町のクスノキの上に座り込んで、周囲に注意を向けていた。なぜかこの時だけ、ユバルは空気のわずかな振動と何かの虫の知らせからか、珍しく大きな何かが起きることを予感して、思わず独り言を言っていた。

「遠くから、何が聞こえてくる」

 ユバルは、赤い夕日が沈む西の方角を見つめて、清んだ透明な空気を震わす正体を見極めようとしていた。


 パラパラパラ、ブルブルブルン、ドドドドン。多くの不協和音からみて、改造された単車(オートバイ)の大集団が近づいてきていた。しばらくすると、眼下の数野園(数野家の葡萄園)の周囲に120台ほどが集まって来ていた。彼らは集まってくるなり、いきなりブドウ園施設に入り込んで破壊活動を始めていた。ブドウ園の周囲には、すぐに食い散らかしや施設の残骸、引き倒されたブドウの木などが散乱しはじめていた。最後には、だらしなく太ったジミーが引きずり出されていた。

「やったぜ!」

「徹底的にやってやったぜ!」

「イサオへの復讐だ!」

「これで、イサオも俺たちの復讐を思い知るだろうよ」

 彼らは「房総族」らしく、雄たけびのような歓声を上げていた。


 そんな彼らの足元には、デブった少年ジミーが頭を抱えてうずくまっていた。ユバルから見ても、彼が恐怖のためか、体を震わせているのが見えた。立ち上がった彼は、恐怖と絶望、あきらめ、怒り。そんな感情の混ざった口調で、押し殺した声を絞り出していた。

「あ、あんたたち...は......なぜ、こんなことを......。明間あくま利美よみ重田おわた泰一だいち、お前たちだったんだな」


「あ、ジミーが...小心者だから、やはり震えているんだな」

 ユバルは独り言を言いながら、眼下で起きている破壊活動を淡々と観察していた。その時だった。ユバルの脳裏に突然にジミーの声が響き渡った。ユバルがまとっているヘクサマテリアルを媒体にして、ジミーの脳内からとぎれとぎれながらに伝わってきた絶望の叫びだった。

「僕は虫けら

 アリに襲われて、引き裂かれていく

 体はただ大きいだけ

 ただ引き裂かれていくだけの虫けら」


 すると、突然、それに呼応するように彼女の脳裏に聞き覚えのある声が、響き渡った。

「呪われし者...マスティーマの言うままに動く者どもよ...」

 この時、ユバルははっとした。これは、かつて彼の時空にある荒野で脳裏に響き渡った疑似声音だった。ユバルがそれに気づくと、疑似声音はさらにユバルに話しかけてきた。

「呪われし者...我々はこの時空の創造者である.....汝の額の印によりお前に注がれる預言の言葉をわが愛する者に注げ」

 ユバルは、その指示を聞きながら、眼下のジミーを見つめた。しばらくすると、ジミーがユバルを見つめ、その目が大きく見開かれていた。彼の脳裏に、ユバルが聞いたのと同じ声が響いているように見えた。

「なぜいうのか

 私の道は主に隠されている、と

 私の裁きは神に忘れられた、と

 あなたは知らないのか、聞いたことはないのか

 啓典の主は、とこしえにいます

 疲れた者に力を与え

 勢いを失っている者に大きな力を与えられる

 恐れるな、虫けらと言われたジミーよ

 私はあなたを助ける

 見よ、私はあなたを新しく鋭い歯を持つ叩き棒とする

 あなたは山々を踏み砕き、風が巻き上げ 嵐が散らす」

 この詩が脳裏に響くのを聞きながら、ユバルはジミーを改めて見つめた。ジミーは視線をユバルから外し、一台の単車を見つめた。すると、突然ジミーの目の前の単車の燃料タンクが突然爆発し、火だるまとなりながら近くの単車群に突っ込み、房総族たちの改造単車は次々に誘爆しながらひっくり返っていき、全ての乗り手たちが火だるまとなって投げ出された。

「単車が爆発した」

「火、火だ」

「服、服が燃える!」

「た、助けてくれ」

 大声はうめき声に変わってやがて静まった。しばらくたつと、ジミーの周囲には、吹きとばされたり火傷を負った房総族全員が気を失って倒れていた。


 ユバルは、目の前で何が生じたのか、まだ理解できないでいた。 

「先ほどまで、あのデブは一方的に半殺しになっていたのに......。急に奴らが叩きのめされて壊滅している。これは、まさか、今の預言が彼を救ったのか。いや、預言の通りになっただけなのか......」

 ユバルは、眼下の光景を見つめながら、ただただ驚愕するばかりだった。明らかにこれらはデブのジミーが引き起こしたに違いなかった。小心者のジミー、しかし、一挙に敵を粉砕するジミー。このようなジミーは、ユバルにとってカオスの状態だった。それでも、ユバルはカオスのような情報を長く眺めてから、ヤバルとともに分析検討を行って、ある一定の結論を得たのだった。

「ジミーはやはり『破戒僧』と呼ぶべきだろう。確かに彼は小心者であるかもしれないが、恐ろしい力を爆発させる謎の能力を持っている。ただ、彼がその能力をどんな条件で暴発させるのかについては不明である。今後、彼は我々カインエルベン族の原時空人類捕獲作戦を邪魔する可能性があるばかりでなく、我々の帝国地震にすら敵対する可能性がある。となれば、彼がその能力をどんな条件で暴発させるのかについて、調査する必要がある。他方、彼は女性を前にすると意思が働かなくなる。それゆえ、彼に対する調査では、同年齢の女性を不用意に近づけてはならず、同年齢の男性が彼の周辺を探る方がよいだろう」


 年が明けて二月初め、ユバルは破戒僧ジミーの行動形態調査をさらに続けるために、ジミーから壊滅的反撃を受けた房総族の残党を探した。彼女は、監視部隊の仲間からの情報提供を受けて、普段ジミーを監視している活動拠点の双葉町から、荒川沿いまで足を延ばした。そこで、ようやく房総族残党の重田おわた泰一だいち明間あくま利美よみ達を見い出した。

 ユバルは、荒川土手に生える大きな柳の木をえらび、その頂上に座り込んで河川敷を観察しはじめた。すると、重田おわた泰一だいち明間あくま利美よみ達房総族の奴らの会話が聞こえて来ていた。彼らはちょうどイサオに遭った直度だった。

「あのイサオも、ジミーも化け物だ」

「いや、イサオは渋谷のハングレたちの仲間だろう? だが、ジミーは違う。奴は依然、弱虫の木偶の坊だったはずだ。それが今や、奴は得体のしれない化け物だ」

 会話の主たちは、低い声で破戒僧ジミーについて言い合いながら、イサオの前から動き出したところだった。彼らは、荒川河川敷から逃げ出そうとするところだった。ユバルは、指揮官ヤバルと検討した結果、彼らを捕獲することにした。

「これは、破戒僧ジミーを調べるには好都合な奴らだね。尋問のために自由恋愛花園へ連れ去ろう」

 うまいことに、房総族たちは全てがビクついており、彼らを心理的に追い詰めることは、容易であると思われた。そこで、ユバルは、彼らに奇襲攻撃を仕掛けるようにして、彼らの行く手に降り立った

「お、女。あんた、どこから来た?」

利美(よみ)。この女、金髪に白い肌、蒼い目、切れ上がった耳、こいつ、このあたりの人間じゃねえぞ」

 彼らは狼狽して腰を抜かしていた。ユバルは浮足立った房総族の男たちを一人ずつ一瞥し、利美(よみ)泰一だいちの前に立った。ユバルは、この二人を覗き込みながら静かに話しかけ始めた。

「あんたたち、いい男だね。ねえ、私たちの国に来てみない?」

「あんたの国?」

「そうだよ、私みたいな女がたくさんいるんだよ」

 ユバルはそう言って、誘いの言葉を房総族の男たちに投げかけた。先ほどまで怯えていたはずの彼らは、すぐに典型的な反応を示していた。つまり、重田おわた泰一だいち明間あくま利美よみたち房総族のすべての男たちは、ステディを大切にするような人間とは違い、好色な表情を表していたのだった。

「そ、そうかい?」

「こんな火傷をした顔でも、かい?」

 少し経った後、そこには房総族がいたという証拠は一切残っていなかった。


 房総族たちは、ユバルから連絡を受けた原時空人類捕獲部隊によって、異次元時空「魔國まごく」のウーマンヤール領の自由恋愛花園の付属施設へと、連れて来られていた。その施設は彼らにとって見知らぬところであったはずなのだが、ユバルを目の前にした彼らはいずれもが好色な目を彼女に向けていた。ユバルはその視線を十分に意識しながら、房総族たちに話しかけた。

「さあ、みなさん、お疲れ様でしたね。ここはウーマンヤール領と言って私の育った地です。いつも霧深いために見通しが聞きませんが、日焼けしないせいかここの女性たちは白い肌と蒼い目をした美人ぞろいですよ」

「おっほっほ、へえ」

「お、美人だぞ」

 重田おわた泰一だいち明間あくま利美よみたち房総族のすべての男たちは、皆一様に大きな歓声を上げた。ユバルは、その歓声に眉一つ動かさず、彼らに外の様子を示した。すると、彼らは、彼らの部屋の外、また屋外を歩いている男女たち、特に女性たちに手を振ったり声を掛けたりして、大騒ぎをし始めていた。

 ユバルの横で、房総族たちを観察していたヤバルは、うなずきながらユバルに感嘆の声を上げていた。

「こいつらは、原時空人類の中でも、特に活きがいいね。ということは、ユバル、あんたの尋問もうまくいくだろうよ」

_________________________


 その年の三月、ユバルは急いで原時空に戻っていた。彼女の代わりにジミーを監視していた原時空人類監視部隊の独立監視員「吟遊詩人」の仲間が、ユバルの兄、ヤバルに破戒僧ジミーの失踪を報告して来たからだった。


 ヤバルは、ユバルを眺めながら考えをまとめて指摘をした。

「ユバル、手短に経緯を報告すると、どうやらジミーと彼の兄との間で何か争いがあったらしいのだ」

「そう、では、兄上、その争いとはどんなことなのだろうか?」

 ユバルは、ジミーが暴走族を壊滅させた際のジミーの意識と感情の動きを思い出しながら、ヤバルに対して問いかけた。ヤバルはしばらく考え込んだうえで妹ユバルに応えた。

「情報不足で推測の域を出ないんだが、どうやら愚鈍なジミーが兄のイサオから何かを横取りしたらしいんだ」

「横取? 何を取ったというんだろうか?」

 ユバル達から見ると、兄弟同士の間とはいえ横取とは明らかな敵対行為だった。やはりジミーは混乱した人間なのだろうと考えられた。

「何かを横取りしたんだろうが、彼はいつも混乱している様子だからなあ」

 ユバル達はしばらく破戒僧ジミーについて検討しあった。彼らから見ると、破戒僧ジミーに対してイサオやイサオの仲間たちが敵対し始めたと解釈することが、妥当に思われた。それゆえ、何が彼らの間の対立点なのかを、知る必要があった。ユバルやヤバルたちは、その手掛かりすら持ってはいなかった。

「結局、われらにはそれが不明のままなんだな。逃げ出したジミーは手ぶらで数野家を飛び出している。単に、兄イサオの恨みを買っただけなのかもしれないが、イサオの怒りの度合いからすると、彼は単なる恨みというより横取された悔しさを抱いているといったほうが自然なんだ」

「わかった。兄上、ありがとう。ここからは、私がジミーを追跡しつづけて、ジミーが奪ったものと、彼の思考と行動のパターンをできるだけ早く理解して、彼の行動の予測を試すことにするよ」

 この時から、ユバルは破戒僧ジミーの行動を本格的に予測する研究を始めた。そして、試行的に予測をする一つのテーマとして、手始めに行方不明になっているジミーの行き先を予測することとした。そこで、まずはジミーの行き先を予測しながら葛飾区内の様々な場所を飛び回ることにしたのだった。

 やがて、ユバルは荒川河川敷を南に移動していくジミーを発見した。ジミーは堀切橋をわたらず、そのまま荒川土手沿いを南へひたすら歩いていた。ユバルは、少し離れながらジミーの後を追い続けることにした。じきに春の日は暮れて、ジミーは京葉道路橋梁の下で置き去りにされていた段ボールの中に潜んだようだった。このあとに、ユバルがジミーの行動の予測をどの程度できるかを試すちょうど良い機会が訪れた。それは、深夜に、新小岩駅から逃げて来た少女だった。


 その少女は、ちょうどジミーの潜んでいる近くの段ボールの中に逃げ込んでいた。だが、その少女を追ってきた男たちが彼女を段ボールから引きずり出したのだった。

「俺たちから逃げ出した罰だ。馬鹿にした罰を与えてやる」

「いやぁ」

 ここの時点で、少女の悲鳴は当然ジミーに聞こえているはずだった。しかし、ジミーは何の動きをも示さなかった。

 ところが、この悲鳴とともに、その少女の脳に悲痛な思いが浮かび上がった。少女からの詩のような悲痛な思いが、ユバルの脳裏に響きわたったことで、ユバルにもそれが分かった。ただし、ユバルが予想しなかったことがその時生じた。段ボールの中にいた破戒僧ジミーもまた、顔を上げ少女の方を見たのだった。しかも、彼の顔は少女の悲痛な思いをまるで自分の苦しみのように受け取っていたことを現していた。

「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになるのか

 なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず、

 呻うめきも言葉も聞いてくださらないのか

 ......

 私は虫けら、とても人とは言えない

 人間の屑くず、民たみの恥

 私を見る人は皆、私をあざ笑い

 唇を突き出し、頭を振る。

『お前の言う啓典の主に救ってもらえよ

 啓典の主が愛してくれているなら、

 助けて下さるだろうよ』と

 ......

 犬たちが私を取り囲み

 さいなむものが群がって私を囲み

 獅子のように私の手足を押さえつける

 私の体を彼らはさらしものにして眺め

 私の服を、衣を取ろうとしてくじを引く」


 少女の、詩のような悲痛な思いに続いて、こんどはユバルの脳裏に聞き覚えのある声が響き渡った。

「呪われし者...マスティーマの言うままに動く者どもよ...我々はこの時空の創造者である....汝の額の印によりお前に注がれる預言の言葉を、わが愛する者に注げ

....

なぜいうのか

私の道は主に隠されている、と

私の裁きは神に忘れられた、と

あなたは知らないのか、聞いたことはないのか

啓典の主は、とこしえにいます

疲れた者に力を与え

勢いを失っている者に大きな力を与えられる

恐れるな、虫けらと言われた者よ

私はあなたを助ける

見よ、私はあなたを新しく鋭い歯を持つ叩き棒とする

あなたは山々を踏み砕き、風が巻き上げ 嵐が散らす」

 その言葉は預言の言葉なのだろうか。ユバルはそんなことを考えながら、脳裏に浮かんでくるその詩を口ずさんだ。と、同時にその詩の言葉が、目の前の少女と破戒僧ジミーの脳裏にも響いた様子だった。それは、少女とジミーとが同時に口にした言葉でわかったのだった。

 少女は告白のように虚ろに言った。

「私は虫けら」

 それが破戒僧ジミーにとって怒りの引き金になったらしく、彼は独り言のように言葉を発して立ち上がっていた

「虫けらと言ってはならない。虫けらは僕だけで十分だ、ほかの人が、女性たちが虫けらであってはならない」


 少女を捕まえていた男は、既に彼女の中へ強引に手を入れこんでいた。

「あうっ、いや...ハウ、い、いやあ」

 この声で、破戒僧ジミーはわれに返り、ようやくその少女が誰だかを悟ったようだった。彼女はジミーのよく知る少女だったらしく、立ち上がったジミーは髪を逆立てるほどの狂気と衝動を現した破戒僧として覚醒していた。

「あんたたち、青木さんを..青木恵子さんを......」

「ジミー君......」

「お、お前は誰だ」

「あ、こいつ、ジミーだ。イサオさんが捕まえろと言っていた男だ」

「あんたたち。いや、こうまでするなら、呼びかけを変えよう。この下衆げすども」

 その途端に、恵子の周囲の男たちは脱力してあたりに転がったそれと同時に、破戒僧ジミーは彼女に駆け寄り自分の羽織っていた上着を彼女に重ね、かばうようにして彼女の前に立った。すでに、ジミーと恵子の周囲は、新たに駆けつけた権康煕ら大勢のハングレたちが包囲していた。それでも破戒僧ジミーは、ハングレたちへふり返ると狂気と殺気をみなぎらせた視線を注いだ。その途端、彼らの手のすべての指は次々にあらぬ方向へ曲げられ、全ての男たちは、それぞれが腰を抜かして座り込み、悲鳴を上げていた。

「指が、指が」

「いてえ いてえよ」

「まだそこに座り込んでいるんですか。では指以外も使い物にならないようにしていいということですね」


 ユバルは、今、明らかに悟っていた。ユバルに対して呼び掛けて来た疑似声音の主が、破戒僧ジミーを突き動かしていることを。しかも、ユバル自身が破戒僧ジミーを動かすきっかけを与えていることを。これは、ユバルやヤバルにとってはゆゆしきことだった。


 ユバルは、ジミーと少女が立ち去った後、ハングレの奴らがもうこれ以上破戒僧ジミーを怒らせてはならないと考え、周囲にいたハングレたちをすべて捕獲し、以前の重田や明間たちと同様に、異次元時空「魔國まごく」のファラスリム領の自由恋愛花園の施設へと、連れ去っていった。

_________________________


 ユバルは、タワルワイス領の自室で、あらためて破戒僧ジミーに関するカオスのような情報を眺めていた。一応、彼女なりに独立監視員の「吟遊詩人」としてある一定の結論を得つつあった。

 それは、破戒僧ジミーが将来に原時空人類捕獲計画を邪魔する存在になり、また彼らカインエルベン族に敵対する『破戒僧』になりうることだった。これに対処するには、破戒僧ジミーの周辺を探る程度の調査では不足であり、クラスメートとして常に彼に接触し続けて彼の様々な点を把握することが必要だろうということだった。しかも、同年齢の誰かが、ジミーの交友関係の中に入り込んで、接触し続けるのがいいだろうという結論だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ