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2 預言された破戒僧

 皇帝直轄の原時空人類捕獲部隊と原時空人類監視部隊が編成されたのは、五年ほどまえである。部隊の本部は、創設当時からら首都ペレスから遠く離れた山々の深い谷あいに設けられていた。

 この谷あいにも、ほかの谷あいと同じように集落が点在していた。点在している集落とはいっても、彼らの里にあるような村ではなく、団地と言えるほどの規模ではあった。但し、その存在は帝国の誰にも知られていはいはずであり、住んでいるものは全てこの極秘部隊の構成員たちだった。そして、ヤバルとユバル、モゼストも数か月前からこの一角に住み始めていた。

 なお、これら部隊とは別に、帝国には正規軍がある。正規軍は、捕獲部隊などと同じ皇帝直轄であるが、近衛兵部隊と同格に扱われているため、首都近くに軍司令部と部隊駐屯地がある。この正規軍は、第一皇子ドバールが統合司令長官となっている。

______________________________________


「混乱カオス 新機軸

 混迷混乱 新たなり

 整理整頓 無駄なこと

 どうせいつもの木阿弥だ」

 ユバルの自室から音痴な鼻歌が聞こえてきた。ヤバルとモゼストは、彼女の歌を聞きながら、妹の部屋をノックした。

「ユバル姉ちゃん!」

「ユバル、いるんだろ? 開けてくれ」

 すると、部屋の中から慌てたように返事が返ってきた。

「え? 誰?」

「ああ、ヤバルだ。それにモゼストもいるぞ」

「あ、殿下。というより兄さんとモゼストだね」

 ユバルは驚いてドアを開けた。ヤバルたちはその後に驚いた。ドアの開けたところから部屋の奥まで、文字通りぐちゃぐちゃだった。

「うわあ、ぐちゃぐちゃ。わーい、ここはゴミ箱なんだね! 遊ぼう!」

 モゼストは歓声を上げ、ユバルの部屋の中に駆け込んで遊び始めていた。だが、ヤバルはあきれたような声を上げた。

「この混乱状態はなにごとだ?」

「あ、ああ。片づけはしていないからね」

 ユバルは淡々とそう答えた。兄のヤバルは、同腹の妹でありながら目の前の彼女の言っていることが、どのような意味だか、今一歩把握できていなかった。

「なぜ片づけないのか?」

「片づけないことにしているんだ」

 彼女の言葉は、彼にとっては開き直りに聞こえた。

「はあ? 片づけないことにしている? これから作戦行動を控えた工作員が、このような状態で平気なのか?」

「だから、片づけないのが私の方針なんだ」

 彼女のこの言葉は、口調から明らかに開き直りだった。それが彼になぜわかったのか。それは彼女の反応の仕方が、兄である彼の開き直りの仕方とあまりに似ていたからだった。

「へえ、片づけない? 片づけられないのじゃないのか?」

「そうともいうね。でも我々エルフ族にとっては、この混乱カオスこそが発展をもたらすとされている面もあるはずだよ」

 ユバルのこの屁理屈も、兄ヤバルにそっくりだった。ヤバルは苦笑しながら、まだ再会したばかりでまだ親しくなっていないはずの妹の調子と、部屋の中ではしゃいでいるモゼストの様子に、家族の親しみがどういうものであるかを思い出していた。

「なるほどね、まあ、そう言うことにしておこう。但し、これから訓練という場合には、整理整頓が必要だ。だからここでは僕に従ってもらおう」

 ヤバルはそう言いながら、ユバルとモゼストを見た。だが、モゼストはいまだにはしゃぎまわっており、ユバルは整理整頓をする気を全く示していなかった。

「え? いまは片づけなくてはいけないのか? それは困る」

「なぜだ。わかった、片づけられないんだな」

「そ、そうかもしれない」

「わかった。」

 ヤバルはそう言うと、ユバルの部屋に入り込んでモゼストとユバルを追い出し、一人で掃除を始めた。だがその途端、彼は驚愕、困惑、不平不満、さらには怒り、そして諦めという五段階の感情を示していた。

「なんじゃ、これは?」

「埃だらけ、砂だらけじゃないか」

「どうしてこんなになるまでほおっておいたんだ?」

 彼は、通常の片づけを想定していた。だが、出てきたのは、食べかけのスナック、書きかけのメモ、読みかけの技術文献、最下層からは行方不明の服と下着類......兄である彼にとってはもう言葉が出ず、ため息ばかりをつきながらの整理整頓となった。

 ヤバルは、整理を進めていくうちに、彼だけでは処理の方針が定まらないものが多い事に気づいた。ふと、ヤバルは、このようなカオスな部屋は、何かを隠すには絶好の場所であることに気づいた。ユバル以外の誰か、たとえば用心深い長兄ドバールが、兄弟たちの動向を探るために、そのような場所を活用していでもおかしくはなかった。もちろん、そんな類の装具類が見つかるわけはなかった。


 次の日、ヤバル分析指揮官は、原時空人捕獲部隊 東瀛方面派遣隊の壮行式を行っていた。

「分析指揮官を拝命しているヤバルである。明日、我々は、原時空(呪いによって生じた現在の分岐多層時空の(オリジナルとなった時空、現生人類が棲む)における東瀛の地へ再び派遣される。当地の原時空人類の若い男女たちをできるだけ多くいざない、この時空の自由恋愛花園へ連れてくることが任務だ」

 ヤバルが指揮官席から、部隊全員に対する訓辞を垂れていた。 


 次の日、転送魔陣を設けてある本部魔陣殿から、彼らは原時空へと転送されていった。

_________________________


 5年前、原時空人類捕獲部隊は地球各地や各惑星へと派遣されていた。捕獲部隊の目的は、原時空の惑星地球に生息している人類、つまり「原時空人類」と呼ばれる下位種族の大量捕獲だった。それも繁殖力の旺盛な若い雄雌だった。カインエルベン族の愛の交換に旺盛な原時空人類が交じれば、双方の女に子供を宿すことができることが知られていたからだった。ただし、生まれる子供は、原時空人類の純粋種か、ハーフエルフであり、エルベン族の純粋種を得ることはできなかった。それでもハーフエルフであればば、エルベン族と同様の寿命と身体的特徴が得られることもあり、それで十分だった。

 地球の原時空人類は、現代になってからは、彼らの社会構造の変化によって繁殖行動へ至る活動や場が破壊されていた。それでも、いまだに繁殖行動に対しては異常に積極的になる精神構造を持っていた。特に、もっともイキのいいのは、15歳から17歳までの男女たちだった。ただし、原時空人類の寿命はせいぜい70年ほどと恐ろしく短命であり、有効な繁殖力を有している年月はせいぜい20年程度だった。それゆえ、原時空人類捕獲部隊は、より多くの若い原時空人類を効率的に獲得しようと、特に地球の全地域へ展開していた。

 捕獲部隊の筆頭、極東方面派遣部隊には、第二皇子ヤバルがいた。彼は、皇帝一家の兄弟姉妹たちに先駆けて、5年前から原時空捕獲部隊に志願して参加していた。今の彼は、捕獲部隊を指揮する分析指揮官であり、彼の指揮する捕獲部隊は、筆頭部隊にふさわしく、原時空人類の中で絶大な勢力を誇る中央集中制権国「煬」に何度も派遣されてきた。

 この国は、原時空人類の中でも、「時空の創造者」と言われる者たちの教えから一番遠い民たちが、多く棲息するところであった。それゆえ、この地域の原時空人類だけは、固定的な一夫一妻制から崩れやすく、カインエルベン族の捕獲部隊にとって一番仕事のしやすい場所と考えられていた。

 

 ヤバルは、そんな過去を振り返りながら原時空へ部隊を送り出していた。全部隊が出撃した後、ヤバルは特に五年前のその時の最初の仕事の光景を思い出していた。

_________________________


 時刻はすでに夜、ヤバルたちにとって暗闇がくれば、作戦行動が可能になる時刻だった。彼らが第一に忍び込んだのは、「煬」の首都「北安」にある異常執着者収容施設という札の掛かる正門だった。ヤバルは、収容されていた「異常執着者」たちの言動と態度などを分析し、彼らを捕獲することを決定した。

「この施設には、この国が異常執着者とレッテルをつけた者たちが強制収容されている。彼らがこの国で自由が無いのならば、われらの誘いに簡単に乗るであろうし、自由な愛の交換をさせる我らの戒律にも馴染むであろう」

 ただ、収容されている者たちの信念の強さを考慮して、非常に強い催淫剤を与えつつ彼らに呼びかけた。

「われらの時空に来ることは、新たな生まれ、転生だ。その世界では、あんたたちは主人公だ。誰ともすぐに深く交流できるぞ」

「確かに自由があるらしい。しかし、享楽的な性の自由の世界じゃないか」

 「異常執着者」たちからは、躊躇いのつぶやきが聞こえていた。彼らは、政治犯らしく精神のの自由を重視していたのだろう。そのせいか、彼らの目には、目の前に大勢いたエルフ族特有の魅惑的な男女たちの姿の先に、精神の自由とは違う性的な自由に興じる未来が見えたらしい。それでも、「異常執着者」たちは最終的には誘いに乗って別時空へ転移していった。


 次に彼らが侵入したのは、首都北安の躺平タンピン是正院だった。そこは、この国で生きることに絶望してやる気を失った若者たちが集められた収容施設だった。

「この施設には、この国家で諦観に落ち込んだ者たちが逃げ込んでいる。そう、彼らは行くところがなく、ただ諦めて無気力になっているんだろう。それなら、生物学的な欲求を刺激すれば、われらの誘いに簡単に乗るだろうよ」

 ヤバルは、収容されていた「躺平タンピン者」たちの言動と態度などを分析し、彼らを捕獲することを決定した。そして、彼らに大勢のエルフ族の男女を示して誘いの言葉をかけた。

「われらの時空に来ることになれば、新たな生まれ、転生となろう。その世界では、あんた方が中心になれる。周りの男女が仕えてくれるぞ。さあ、彼らから、奉仕を受けるのだ」

 ここでは催淫剤を与える必要はなかった。、彼らは、奉仕されていると錯覚し、互いにもつれあうように、簡単に捕獲することができたのだった。


 そして、最後に彼らが侵入したのは、「北安」にあった「議事大会堂」という、政治中枢機関だった。この時そこには、煬の権威主義的思想を体現した指導者たちから末端の先兵に至るまでが、全国大会と称して集合していた。

 以前から、ヤバルは煬の各地で活動していた指導者たちと先兵たちの言動と態度などを分析していた。彼らは権威を振りかざし、被支配層の民衆たちを力で従えさせる傲慢さを有していた。その傲慢さゆえに、ヤバルは彼らを捕獲することにしていた。

「この施設には、この煬を自らの頑迷で傲慢な意志をもって何度も勢いづけている。もし、彼らを連れて帰り、彼らの思想を洗脳してしまえば、われらの教えの先兵になるであろう。さすれば、われらの誘いをさらに強めて、傲慢な思いのままに自由な愛の交換をさせる我らの戒律にも馴染むであろう」


 このように、捕獲作戦は煬のどこでも何回も成功した。さらには、圧政や戦争で逮捕されていた者たちや、圧政や戦争を指導する者たちまで、多くを奪うことができた。このようにして、五年もの間、ヤバルは多くの若い男女を次々に捕獲した。そして......ヤバルたちが。煬やその首都北安からすべて捕獲しきったと考えられた時、それは起きた。


 それが、五年後の楚土蟲之変だった。この時、中央大陸の煬の首都「北安」を中心にした地に、大型の隕石が落とされたのだった。今では、「楚土亡火炎硫黄そどむかえんいおう」とも呼ばれる災害だった。それによって生まれた隕石海は、その大災害の際に形成された海だった。

(隕石海に接する円弧状の海岸線は、ほぼ溶岩で形成されていた。その円弧上の南側海岸線を進むと、そこには今は上海半島と呼ばれる半島に行き当たる。その突端にはかつての上海市の廃墟がかろうじて残る。そして、突端の先には円弧上の海を抱くように、向かい側には朝鮮半島がある)

 その時を機にヤバルたち捕獲部隊は五年経ったのを機会に煬の存在した中央大陸を見限り、活動の範囲を、「煬」で唯一残された領域である東瀛に集中することとなったのだった。

_________________________


 ヤバルとユバル、そして極魔皇帝ラーメックは、原時空の「楚土亡火炎硫黄そどむかえんいおう」を、彼らの神「時空の神」マスティーマに敵対する未知の「時空の創造者」からの挑戦と解釈した。古代文書には、このように天からの火炎が降る時代に、「破戒僧」もしくは「証人」と呼ばれる男女二人が現れ、時空の神マスティーマに逆らうことが預言されていた。

 そこで、極魔皇帝ラーメックは原時空人類監視部隊を創設し、「破戒僧」と呼ばれる敵対者を警戒するために、彼が出現すると予測された中央大陸の辺境である東瀛へ派遣したのだった。ヤバルは分析指揮官として監視部隊を指揮することととなっていた。また、膨大な魔力を有するユバルは、独立監視員「吟遊詩人」の一人なって派遣されることになっていた。この「吟遊詩人」とは、監視部隊とは別働の独立監視員部隊であり、特定の人物を監視し続ける任務を帯びたエージェントだった。

 ヤバルは、東瀛派遣の吟遊詩人たちを前にして、彼らの任務の重要性を強調した。

「いいか、古来より、巡回する者には吟遊詩人という輩がいる。彼らを装えば疑われにくいだろう。ユバルをはじめとしたお前たちには、これから吟遊詩人として独立に行動することを命令する。いいか、時空の神マスティーマの預言した『破戒僧』を探し出し、監視しつづけよ」

 この言葉の後、吟遊詩人たちは次々に転送魔陣を設けてある本部魔陣殿から、飛翔していった。最後に飛翔するのは、ユバルだった。

 ヤバルは、まだ残ったユバルに、特に具体的にわかっている条件から、破戒僧候補者を探し出すように特別な指示をした。

「預言と今までの報告をまとめると、破戒僧とみられる候補者の一人は、中央大陸のハイファー近くのシナイ山に生まれ、東瀛に帰国後は笛吹川の上流の寒村で二年、広島県上石郡の寒村で二年、北海道余市郡の山奥で二年、そして千葉県八柱市城町が丘へと移動しているらしい。それゆえ、ユバルよ。あんたは千葉県八柱市城町が丘の破戒僧候補者を含めた複数の候補者たちを、監視し続けろ」

 この言葉の後、ユバルは吟遊詩人として独立に行動し始めたのだった。

_________________________


 さらに、五年が経った。ユバルは今、八柱市の雑木林の高い小枝の一つに座り込んでいた。この五年間ほど、ユバルはときどきここに住んでいる家族たちを観察しに来ていた。その家族には、兄のヤバルから教えられた条件に合致する破戒僧候補者が一緒に暮らしていたのだった。

 彼らの住んでいたのは、八柱市城町が丘だった。ここには、ところどころに小高い丘が分布し、中規模の葡萄園がいくつも見られる。そんな一角に数野園という新規の葡萄園があり、そこに彼らが棲んでいた。

 

 ユバルは、この五年の間、此処のほかに各地を転々とし、各地で知った英雄譚や感動すべき事柄を注意深く観察してきた。報告すべき時は、様々な事柄を歌のようにしてまとめ上げ、兄のヤバルに報告していた。その姿は、まるで吟遊詩人が叙事詩を歌い上げるように見えた。この報告の仕方から、彼ら独立監視員は、「吟遊詩人」とよばれていた。


「兄さん、この家族には二人の男の子がいるね」

「わざわざ、そんなことで報告をしに来たのか?」

「今回は、そのうちの一人、『ジミー』という弟について、彼が『破戒僧』ではないかと私は考えている......。彼の行動原理はとても特異だ。もちろん、私たちにとって理解不能なんだが」

「ほお、今までにない言い方だな。確かに今までにない特異さなのだろう。だが、特異なだけでは『破戒僧』ということにはならないと思うが…」

 ヤバルは冷静だった。ユバルはつづけた。

「彼の行動原理は、異性を前にした時にいつも混乱し、周囲を滅茶滅茶にしているように見える。おそらく彼の行動は頭で考えたものではなく、無意識な行動だと考えられるんだ。無意識というのは、外からの刺激に対する感受性が強いものだ。ただ、今までの彼の行動パターンと結果からすると、彼こそ『破戒僧』、私たちの潜在的な敵になりうるといえる」

 ユバルがこの時期に早々にこの男児を見つけたことは、幸運というべきだろう。その後ヤバルが再確認のために観察しただけでも、この男児には確かに『破戒僧』と呼ぶべきいくつかの注目すべき行動があった。

 ヤバルは、ユバルと議論した結果、『ジミー』という男児が『破戒僧』である可能性が高いという点で一致した。ヤバルは、ユバルにもっと注意深く細かく観察をせよと指示をした。そこで、ユバルはこの日から常時ジミーとその家族を観察することになった。

______________________________________


「ジミー?」

 母親と思われる大人の女が、ジミーを大声で呼んでいた。だが、すぐに返事はなかった。通常の子供とは違い、彼は机の下で震えながら隠れていた。ユバルにとっては不思議なことだった。母親に呼ばれているのに、なぜ震えていたのだろうか。


 ユバルは再び歌を口にした。彼女から見て、ジミーと呼ばれた子供は、母親という存在から女性を理解していたようにみえた。おそらくは女性を絶対に侵してはならない神聖な存在であると、心に刻んでいるように見えた。そして、彼女の口からは思わず、ジミーに関する報告が歌となっていた。それは、ジミーがただ一人の女性を大切にし続ける宿命をうたうものだった。ただ、その時の震えは、遠き将来の彼の愛の在り方を意味していないことも分かっていた。その震えの理由は、さらに観察を続けたことで、明らかになってきた。今のジミーのそれは、単なる女性恐怖症だった。


 この母親は男児の気配を感じ取ると、その声を少しずつ厳しくした。このイキのよすぎる女は、母親というよりは鬼婆といったほうが当たっていたかもしれない。

「ジミーさん?」

 それは静かな問いかけだった。だが次の瞬間、雷鳴のような大声に代わった。

「ジミーさん!、あんた何しているの?」

 既に母親は怒りを発していた。男児はそろそろ顔を出さなければ危ないと感じたのだろう。恐る恐る返事をしていた。これもまた、通常の母子の関係ではないように見えた。

「あ、あの、何をすればいいんですか?」

「双子の従姉妹たちの応対をしてあげるのよ」

「い、いとこ? 男の子だったっけ。それなら......」

「女の子たちよ、従妹の女の子たちよ」

「え? お、ん、な、の、こ?」

 男児の震えが増していた。ユバルから見ても、男児はあきらかに女性恐怖症だった。どうやら、幼い彼の中では、母親というより女性一般が恐怖の対象となっているようにみえた。これが、母親の気配だけで震えていた原因だったのだろう。


 ユバルは、この男児がカインエルベン族とは正反対の心理を有しているかもしれないと感じた。引き続き彼を観察し続けると、この男児の心理を母親は十分承知しているらしいことも分かった。これからの母親の接し方が、この男児に接触する仕方を検討する際に、参考になるだろうとも考えられた。

 母親は、男児が恐怖を感じている心理を許さないぞという固い決意を顔に表していた。それは、彼女の言葉にも表れていた。

「いとこの女の子たちよ!」

「たち?」

「そうよ」

「女の子、いやだ。女の子たち、もっといやだ」

 男児は明らかに嫌がっているのだが、母親は彼を絶対に従わせるという姿勢をまといつつあった。

「さて、ジミーさん。あんた、なにいっているのかしら!」

「女の子たち こわい」

「なんだって? そんなことで許されると思っているの?」

 母親は完全に怒り始めていた。男児は余計に震えあがって追い込まれていた。明らかにパニック症候群に陥っていた。

「女の子、女の人、こ、こわい」

「ジミー、許さないからね、逃げられると思うなよ」

 この母親は、有無を言わさずに首根っこをつかむと、とうとう客間と思しき部屋の前まで力づくで引きずってきた。引きずられたまま男児は、客間と思しき部屋の入り口から、こわごわと中を覗きこんでいた。

「え、こゎぃ 声が大きいから怖い」

 「ジミー」という男児は、すぐ前の女児と目が合った。ユバルが予想したように、そう言われた女児は典型的な反応なのだが 当惑と怒りを感じていた。顔は次第に赤くなっていた。あと数年で、イキのいい少女になるに違いなかった。他方、男児は、女性たちのこのような反のを前にして、余計に怯えるに違いなかった。それでも、怯えた反応が強く出ている様子から見て、彼もまたイキのいい少年になるに違いなかった。ただし、彼がカインエルベン族の自由恋愛の中に放り込まれたとすれば、恐怖にかられて何をしだすかわかったものではない、とユバルは彼について、危険性を感じた。


 女児の言葉は、徐々に怒気が含まれつつあった。

「ジミー君、ねえ、ジミー君、私、あんたと同じ歳なんだけど!」

「ひ、ひええ」

 女児は怒りを覚えたついでに、少し意地悪な気持ちを持ったようだった。

「イサオ兄さん。教えてほしいんだけど。ジミー君は、私のどこが怖いのかしら」

 この言葉に、男児はつられるようにさらに声を出していた。

「う、うう。こわい」

「ジミー君、私はイサオ兄さんに聞いているのよ。あなたに聞いてないわよ」

 女児は、ぴしゃりと指摘した。


 ジミーと呼ばれた男児は、恐怖と同時に被害妄想のような感情を持っているようにも思えた。これでは、男性と女性が自由に愛を交わすカインエルベン族の世界に来た時に、彼は女性に対して恐怖と被害妄想の感情を持つばかりであると考えるしかなかった。


 ユバルは、一旦 分析指揮官ヤバルの下に帰還し、今まで観察してきたことと彼女の検討内容を報告した。

「....母親が男児を呼びに来た時のやり取り、そして来客の女児たちに応対しなさいと命じられた時の母親とのやり取り、これらのやり取りからだけでも、男児がいかに女性に恐怖を感じているかがわかりました。おそらく、このやり取り以外でも、普段から彼は女性たちに追い詰められがちなのでしょう。特に母親や同年齢の女児たちは、一番の恐怖の対象になっていますね。そうか......このような経験があるから、彼がまるで何らかの戒律におのずと導かれていて、異性との関係を否定的に考えて行動しているように考えられますね。これらは、彼がわれらの自由恋愛の戒律に敵対する、潜在的な理由になっていると思えます」


 その後もユバルは、ジミーを監視し続けた。彼女がジミーの顔色を観察し続けた結果、彼の表情だけで彼女は彼の心の中の叫びを認識できるようになっていた。ヘクサマテリアルを介した精神感応術を使ってみても、彼の心の動きは、彼が今まで女性たちと交わした言動から見えたことと同様に、同年齢や年上の女性に対して恐怖を持っていることが分かるだけだった。

 その後にユバルが把握したことは、彼の女性に対する恐怖にかられた行動が、彼をして『女を女として見る者は、心の中ですでに姦淫をした...姦淫を犯した男は死刑…』という戒律に、無意識に縛られているようににみえることだった。ヤバルも同意見だった。それゆえ、ジミーという男児が、もし、将来に原時空人類捕獲計画を邪魔する『破戒僧』へ成長する可能性があるならば、彼の周辺をもう少し詳しく探ることが良策だろう、と彼らは結論したのだった。


 ユバルは、ヤバルと一致した方針に基づいて、ジミーを監視し続けることにした。この時、ユバルには、ジミーという独りよがりで愚鈍で小心者の男児が、女性恐怖症以外の何かをまだ秘めているのではないか、と感じられていた。

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