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7 結婚式と立食パーティー


 顔合わせから数日後、フィーネとシオンの結婚式が行われた。


 挙式の後は披露宴と立食パーティー。

 そこで行われるのは、貴族同士の勢力争いだ。


 どの順番で挨拶し、誰と誰が交流するか。

 一挙手一投足を貴族たちは監視し合っている。


 特に当主が交代した今、クロイツフェルト家は細心の注意を払わなければならないのだろう。


 公爵家の方々は綿密な準備と計画の下、慎重に会食を進めているようだった。


 フィーネも次期公爵夫人として、必然的に様々な方から挨拶をされることになる。


(顔も名前もまったく覚えられる気がしないわ……)


 幽霊屋敷の中で外部の人と接することなく育ったフィーネにとって、社交界は慌ただしくてとてもついていけない。


(みんなよくこんなめんどくさいことできるわね。帰って本読みながらゴロゴロしたい)


 しかし、そんな会食にも良いところがある。

 それは、用意された料理が見たことがないほどに豪勢で色とりどりのものだったことだ。


 貧しく育ったフィーネにとっては初めて経験する食べ物ばかり。


(これは、絶対に全メニューを制覇しなければいけないわ)


 如何に周囲から食べまくっていることを悟られずに、食べ物を攻略していくか。


 その最適解を見つけだすことに、フィーネは頭の全リソースを注ぎ込んでいる。


 そんなとき、声をかけてきたのは義母と義妹だった。


「いい気にならないことね。役立たずの貴方に味方は一人もいない。忘れないように」


 小声で言った義母の隣で、義妹は言う。


「精々がんばって。絶対うまくいかないだろうけど」


 ベルナールが地位を追われ、結婚相手がシオンになったことが義母と義妹はかなり不服だったのだろう。


 しかし、相手が公爵家ということもあって表だって意見することもできないように見える。


 まだまだ文句を言いたそうだったけれど、近くにいる名のある貴族さんの姿を見て、口をつぐんだ。


「嫌な人たちですね、まったく」


 ミアが小声で言う。


「気にすることないですよ、フィーネ様」


 フィーネは顔を俯けていた。


 垂れ下がった前髪。

 物憂げな表情。


(このお食事を容器に入れて持ち帰ることってできないかしら)


 食べ物のことしか考えていないという事実に気づいていたのは、付き合いが長い幽霊だけだった。


 あきれ顔でフィーネを見ていた幽霊は、不意に瞳を揺らす。

 視線の先には、髭をたくわえた男性がいた。

 華やかな社交の場で、男性は一人、分厚い本に何かを書き込んでいる。


『へえ』


 と興味深そうにのぞき込んでから、手招きしてフィーネを呼んだ。


『ちょっと来て。この人、面白いことしてる』


 幽霊の声が聞こえるのはフィーネだけだ。

 ふと気になったような演技をしつつ、フィーネは男性に近づく。


 白髭の男性は本の余白に小さな字をびっしりと書き込んでいた。


 古代アルメリア式魔術言語で書かれたそれは、普通の人にはまったく何を書いているのか理解できない。


 しかし、幽霊屋敷で魔術言語に触れていたフィーネはその内容をある程度理解することができた。


 古書に書かれている魔術理論を応用する新しい仮説を検討しているところらしい。


(なにこれ、面白い……)


 見れば見るほどフィーネは彼の仮説に引き込まれた。

 そこにはフィーネが知らない最新の現代魔術理論が多く使われていたし、考えてみたいと思わせる色気があった。


 フィーネはじっと本をのぞき込み、考える。


「フィーネ様?」


 不思議そうなミアの声もまったく聞こえていない。


 感情のない瞳。

 加速する思考。


 小さなひらめきの種が急速に実を付け枝葉を伸ばしていく。


 フィーネは何かに導かれるように男性がテーブルに置いていた万年筆を手に取り、頭に浮かんだ何かをそのままテーブルに書き始める。


 旧文明で使われていた古代魔法の理論を応用した証明を書いてから、我に返って息を呑んだ。


 次期公爵夫人としてはおかしな振る舞い。

 集まる周囲の奇異の視線。


 義母と義姉もそれ見たことか、という顔でこちらを見ている。


 何より、失敗だったのは発端になった髭をたくわえた男性が眉間に皺を寄せてフィーネを見ていたことだった。


(めちゃくちゃ怒ってる……完全にやってしまった……!)


 あわてて取り繕おうとするけれど、言葉が出てこない。


「ふぃ、フィーネ様は本が大好きでとても頭が良くてですね。だから、ついこの方の読んでいる本に興味を惹かれてしまったと言いますか」


 向けられる高貴な身分の方々からの視線に、青ざめ身体を震わせながらフォローするミア。


 私も何か言わなきゃ、とフィーネが口を開こうとしたそのときだった。


「どうして……いや、間違いない……」


 白髭をたくわえた男性はふるえる声で言った。


「天才だ……」





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tobira
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