表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/64

63 エピローグ


 それから、突然実体化した幽霊さんに、クロイツフェルト家の人たちはそれはもう大変戸惑うことになった。


「フィーネさんのお父さんですか」


 人の良いシャルル公はあっさり受け入れてくれて、屋敷の中に幽霊さんが泊まる部屋を用意してくれた。


「フィーネ様のお父さん……私、聞いてない……」


 最も強いショックを受けていたのはミアだった。


「ひどいですよフィーネ様! 私には話してくれてもよかったじゃないですか!」


 と口をとがらせ、


「これからは隠し事はなしですからね! なんでも話してくれないといやですから!」


 そんな風に言う。


(隠し事がないなんてありえないと思うんだけど)


 生きていれば言いたくないことのひとつくらいは抱えているもので。


 どんなに仲が良い相手でも、心のすべてをさらけだすのはさすがに難しいんじゃないかというのがフィーネの感覚。


 だけど、この子は簡単にできることみたいに『隠し事はなし』と言う。


 多分何も考えていないのだ。


 裏表なく、素直に思ったことを口にする。


 それでどうなるかなんて考えない。


 傷つくことを恐れずに、自分のありのままを差し出すことができる。


 そういうところが素敵だな、と思った。


 自分にはできないことだから。


 ううん、時にはやってみてもいいかもしれない。


「私、ミアのそういうところ好きよ」


 気恥ずかしくなって目をそらした。


「フィーネ様……!」


 ミアは瞳を輝かせて、フィーネをぎゅっと抱きしめた。


「私もフィーネ様が大好きです!」


 少し照れくさいけれど。

 でも、こういうのも悪くないと思った。






「見事な働きだった。よくやってくれたね」


 数日後、フィーネは宰相コルネリウスの執務室にいた。


「予想以上だったよ。王国に背信している裏切り者を発見しただけでなく、その背後にある原因まで突き止め、五賢人と協力して事態を収拾した。王宮が襲撃され、宝物と遺物が盗み出されたという危機的状況を解決できたのは間違いなく君のおかげで。本当に助けられたよ。ありがとう」


 穏やかな笑み。


 しかし、この人が一筋縄ではいかない相手であることにフィーネは気づいている。


「どこまでわかっていたんですか」


 その問いかけに、コルネリウスは首を傾ける。


「何のことだろう」

「貴方は《薔薇の会》に参加している誰かが危険な特級遺物を所有していることに気づいていた。あるいは、既に違う誰かに成り代わられていると知っていた。違いますか」

「どうしてそう思う?」

「《花の魔術師》アイリスさんに忠告されました。貴方は危険を承知で私をそこに送り込む、と。危険な仕事ではないと嘘をついて」

「なるほど。次があればもう少し気をつけることにしよう」


 コルネリウスは言う。


「申し訳ないことをしたと思っている。だけど、君の力がどうしても必要だったんだ。断られるわけにはいかなかったし、シオンに拒否されるリスクも避ける必要があった」

「私ではなく、《黎明の魔女》の力が必要だったのでは?」

「そこまで見抜いている、か」


 コルネリウスは深く息を吐く。


「その可能性も頭にはあった。君が《黎明の魔女》の弟子だという話を知ってね。ベルナール卿のときのように力になってくれる可能性を期待した」

「次は最初から言ってください。信用できない相手とは組めないので」

「情報はできるだけ共有することにするよ。本当にすまなかった」


 そう言いつつも、この人はまた嘘をつくのだろう。


 なんとなく感覚的に気づいている。


 この人は根っからの政治家だから。


 嘘と謀略の世界の住人だから。


 私にはわかる。


 だって、私も嘘をついているから。


「しかし、シオンと君の協力もあったとはいえ、あれだけの惨状をたった一日で収拾するとは。もし彼女と話す機会があったら伝えて欲しい。私はいつでも最大級の待遇で迎える用意があると」


 そんなことを言いながら、こき使うつもりなのでしょう、と心の中で舌を出す。


 だけど、嘘つきな私はにっこり目を細めてうなずいた。


「伝えておきます」


 フィーネは秘密の弾丸を隠し持っている。






 その日は日曜日で、《ハグの儀式》が行われる日だった。


 実体化した幽霊のにやにや顔がフィーネには苦痛で仕方ないらしく、「なぜこのような苦行を強いられなければならないのか」と踏み絵を強いられる宣教師のような顔で抵抗していたが、最後には折れてハグをする流れとなった。


「行きます」

「来い」


 えいっ、と意を決して胸の中に飛び込む。


 ほんのりとあたたかい人肌の感触。


 自分より大きくて硬い身体。


 頭の中が真っ白になって関節技を極めてしまいそうになる。


『脅威発見! 脅威発見!』

『心拍数増加させます! 迎撃準備できました!』

『やられる前にやるしかない! 攻撃だ!』

『脳隊長! 攻撃指示を下さい!』


 脳内で鳴り響く緊急事態を告げるアラート。


 肉体は既に動き出そうとしている。


 電気信号は発達した運動神経を通り、フィーネの身体は磨き上げられた美しい関節技を外敵に決めることだろう。


『攻撃――しない』


 しかし、フィーネは耐えた。


 照れくささと気恥ずかしさに耐え、全力で抵抗したくなる本能を制御した。


 ハグをしてくれようとしている相手に関節技をかけるのは人としてよくないと思うから。


 何より、この人と本当の意味で家族になるために超えていかないといけないことだと思ったから。


「フィーネ様が普通のハグを……!」


 驚く使用人たちの声。


「すごい……すごいです、フィーネ様。ミア感激です」


 貴方たちは私をいったい何だと思っているのか。


 断固抗議しなければならないと心の中で憤るフィーネだったが、触れあう身体から伝わるぬくもりは思っていたよりも悪くないものだった。


 お互いの中にある寂しさを交換して打ち消し合っているような、そんな感じがする。


 恋愛感情なんて、やっぱり価値がないものだと思う。


 神経症の一種だという考えは変わらないし、面倒で厄介で邪魔なものだと思う。


 でも、こういうのも時々なら悪くないかもしれない。


 あたたかさに包まれながら、そんなことを思った。





 ◇  ◇  ◇


 一人と一人が二人になることはできるのだろうか。


 最近、ずっとそんなことを考えている。


 それは不可能なことのようにシオンには思える。


 人はどこまでいっても一人だから。


 どんなに相性の良い相手でも、合わないところや嫌なところは必ずある。


 いつか《風の魔術師》が言っていたように、本当の意味で百パーセントわかりあうことはできなくて。


 でも、それでもいいと思った。


 照れ屋で真っ直ぐで魔法が大好きで変な子で。


 だけど、そんな彼女を見ているだけで自分は幸せだから。


(付き合わせて、申し訳ないな)


 その日は、ハグの儀式が行われる日で、シオンは身体の力を抜いていつも通り関節技をかけられる準備をしていた。


 下手に抵抗するとお互い、怪我をする可能性がある。


 しかし、この日は様子が違った。


 フィーネが我慢している。


 普通のハグをしようと懸命に堪えている。


 いいのだろうか、と迷った。


 こんな自分を受け入れてもらっても。


 身体がこわばる。


 人との接触は苦手で。


 思いだされる嫌な記憶もあって。


 自分が汚れているような感覚もあって。


 だけど、彼女はそんなシオンの傷をやさしく受け止めてくれているように感じられた。


 気のせいかもしれない。


 錯覚かもしれない。


 都合の良い幻想を見ているだけかもしれない。


 それでいい。


 このぬくもりはたしかにここにある。


 心の奥にある冷たい何かが溶けていくのを感じている。


(ここにいてくれてありがとう)


 本当の意味でわかりあうことはできないかもしれない。


 それでも、ずっと傍にいて欲しいと思った。





 ◇  ◇  ◇


 フィーネが関節技を堪えたことで、ハグの儀式は終わりどころを見失ったまま続くことになった。


 そんな状況をまったく想定していなかった二人は、周囲が『あれ? 長くない?』と困惑するところまでハグを続行。


 その事態に気づいたフィーネは激しく混乱し、顔を真っ赤にしてシオンに関節技を極めた。


「ぐ……良い感じだったのに、なんでこんな……」


 夕食後、自室でフィーネは頭を抱えていた。


 人と関わっていくってやっぱり難しい。


 何より、うっとうしいのはからかってくる人がいること


「僕は見ててすごく面白かったけど」


 にやにやした笑みを浮かべる幽霊さん。


 右手で頭を抱えたまま、左手だけ伸ばして「うるさい」とパンチする。


 すかっとすり抜けるはずだったそれが、彼の身体に当たる。


 硬い胸板の感触に少し驚く。


 それはおかしなことで。慣れないことで。


 だけど、その感触を悪くないと思う。


 触れられなくても不満は一ミリもなかったけど。


 でも、触れられるのも悪くない。


「それじゃ、僕は自分の部屋に戻るから」

「待って。あれをしてないって気づいたの」


 言った幽霊さんを引き留める。


「あれ?」

「実体が戻ったらやろうって言ってたでしょ」


 フィーネの言葉に、幽霊は少し考えてから言う。


「……暴力反対」

「違うわよ。ほら、実体に戻ったらダンスをしましょうって言ってたじゃない?」

「ああ。あのときの」

「ほら、しましょう」


 手を差し出すフィーネ。


「でも、音楽とかないし」

「いいじゃない。なくても」

「僕、経験ないから動きとかわからないよ」

「そんなのなんとなくでいいの。ほら、いいからやる」


 フィーネは幽霊の手をつかむ。


 視線が交差する。


 にっこり目を細めてフィーネは幽霊を引っ張る。


 自分を軸にして幽霊をくるくると振り回す。


「これ逆じゃない?」

「私の方が幽霊さんより強いからこっちが自然よ」

「……言ったな」


 幽霊の瞳にあやしい光が灯る。


 地面にしっかりと両足をつくと、慣性の力を利用して、フィーネの身体を振り回す。


「わっ。すごいすごい。もっと回して」

「いいよ。それっ」


 周囲の景色が線になる。


 静かな部屋の中で、二人は幼い兄妹のように笑い合いながらくるくると回っていた。


 人と関わっていくのは難しいことで。


 傷つくことや悲しい出来事もあって。


 でも、だからこそ楽しいこともある。


 触れられるから起きる嫌なこともあるけれど、触れられるから体験できる素敵なこともある。


 呼吸を合わせて二人で踊る。


 見られることなんてまったく気にしていない不格好なダンス。


 リズムに合わせてステップを踏み、全身で喜びを形にする。


 響く子供みたいな笑い声。


 二人の両手はしっかりとつながれている。






というわけで、二章でした。


人間関係と触れるということがテーマなのかなと思ってます。


人付き合いに疲れてしまいやすくて一人が好きで、だけど深いつながりに憧れている。


そんな自分の願いと祈りが伝わっていたらいいなと願いつつ。


続きを書くかどうかは未定です。


やりたいネタが出てきたら、やるかもしれません。

(今はとりあえず「ブラまど」の続きをがんばりたい所存)


期待せずにお待ちいただけるとうれしいです。


本作はコミカライズも進行していて、ぐんたお先生がすごくすごく素敵な漫画にしてくださっています。

(葉月は一話ネームを読んでちょっと泣いた。よかった)


いつ連載開始されるのかはまだわかりませんが、よかったらそちらも楽しみにお待ちいただけるとうれしいなって。


何より、見つけてくれて、最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。


面白い小説がたくさんある中で、自分の小説を読んでくれる人がいること。


今でもそれが奇跡のように思えてならないし、反応がもらえるたびに頬をゆるめています。


感想コメントもいいねも誤字報告も本当にありがとう。


目に見える反応はせずに読んでくれている皆様にも心から感謝しています。


まだまだ未熟な自分ですが、もっと面白い小説が書けるように励んでいきますので、よかったらお付き合いしていただけるとありがたいなって。


最後に、お手数ですがよかったら、

励みになりますので、ブックマーク&評価で応援していただけるとすごくうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ版2巻が5月12日に発売しました!】
(画像を押すと掲載ページに飛びます)
氷の魔術師様コミカライズ

【書籍版も発売中です!】
(画像を押すとAmazon掲載ページに飛びます)

tobira
― 新着の感想 ―
見つけることができました! ここまで読みました! とってもよかったです! ただ、幽霊さんの名前が明かされないまま、せっかく実体化したのにずっと幽霊呼ばわり。。 そこだけがなんか、かなしい。。 作品…
悪くないね
めちゃくちゃ面白くて1日で読破しました!!! 続き出て欲しい、ほんっっとうに面白かったです! ストーリーが面白いのはもちろんなのですが、 それだけでなくて 一つ一つの言葉選び、情景の表現と説明の仕方…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ