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62 少しでも近づいていけるように


「ま、待って、心の準備が……」


 アンデッドの群れを押し返し、幽霊の力を借りて仕掛けられていた特級遺物を解除した後、シオンは目の前に広がったその光景を困惑しつつ見つめていた。


 柱の陰に隠れる幽霊と、


「いいから出てきなさいって」


 その手を引っ張ろうとするフィーネの姿。


「僕にとっては数千年ぶりの人間との接触なんだって。しかも、娘の結婚相手とか絶対に失敗が許されない相手じゃないか。ただでさえ、初対面には強くても継続的に関係していく相手は不得手な方で」

「うだうだ言わない! 大人でしょうが!」

「大人でも怖い物は怖いの!」


 目の前で展開される残念なやりとり。


 アンデッドの群れを、その理を理解することさえできない美しい魔法でなぎ倒してから、未知の特級遺物をあっさりと解除してしまった規格外の魔法使い。


 かっこよく見えていたあの姿は幻だったのだろうか。


 シオンは無表情で二人を見つめつつ思う。


(なんだか緊張してきた)


 相手の緊張は自分にも伝わるもの。


 まして、その人は自分の結婚相手の父親なのだ。


 絶対に失敗は許されない。


 身体が固まり、動けなくなってしまうシオンだが、その姿も孤高と捉えられてしまうミステリアスな雰囲気を持っている彼である。


(なにをはなせばいいのかわからない)

(なんという落ち着き……やっぱり怖い……)


 必然、ファーストコンタクトは極めてぎこちない形で行われた。


「はじめまして。幽霊と呼ばれてます。フィーネの師匠であり父です」

「シオン・クロイツフェルトです。よろしくお願いします。お義父さん」

「お、お義父さん……!?」


 その言葉は、幽霊にとって特別な響きを持つものだったらしい。


「そっか、息子になるんだ。息子……息子か……!」


 信じられないという顔でつぶやいてから続ける。


「君みたいに立派な息子ができてうれしいよ。困ったこととかあったらなんでも相談してね。フィーネはいろいろと変わってて残念なところがあるけど、根は本当に良い子で時々そっぽを向きながら感謝の言葉を言ってくれて――」

「余計なことを言わないで……!」


 慌てて止めるフィーネと、それでも話そうとする幽霊。


 楽しいやりとりを見ながら、この二人はずっとこんな風に過ごしてきたのだと思う。


 そんな家族の一員に自分もこれからなるのだ。


 うまくできるかはわからない。


 いや、多分うまくはできないだろう。


 人付き合いが不得手で不器用な自分だから。


 でも、それでいい。


 少しずつでもできるようになっていくのだ。


 時間はたくさんある。


 どんな環境で育ったとしても、なりたい自分に近づくことはできるはずだから。


 微笑ましい時間を過ごした後、先に外に出る。


 不意にシオンが感じたのはかすかな魔力の気配だった。


 吹き抜ける風に混じるその残滓をシオンは感じ取る。


「いつから幻影魔術をかけていたんですか」

「シオンくんに会うたびに少しずつやね。シオンくんは精神の防壁が硬いからなかなか簡単じゃなかった。言葉で動揺させて、ちょっとずつ染みこませていってたわけ」


 何も無いように見えていた空間から現れたのは針金細工のような細身の男だった。


《風の魔術師》ウェズレイは意地悪な笑みを浮かべて言う。


「とはいえ、保険をかけてたからギリギリ騙し切れただけで、紙一重の勝負ではあったんやけど。その点、フィーネちゃんは楽やわ。単純な性格やからすぐかかってくれる。警戒することを覚えられたら、また厄介になってくるんやろうけどね」

「どこまで見ていたんですか」

「全部見てたよ。地下には近づけんかったからそこで起きたことに関してはわからんけど。でも、大筋はわかってると思う。フィーネちゃんが《黎明の魔女》であることも知ってる」

「国王陛下に報告するんですか」

「そのつもりやったよ。手柄になるんは間違いないしね。でも、気が変わった」


 ウェズレイは言う。


「《黎明の魔女》が危険な存在でないのはよくわかったからね。むしろ救ってもらったくらいやし。何より、強いカードは使わず持って置く方が良い。君らと今後関わっていく中で、その方がボクにとって有利やから。ボクはこの国よりも自分がかわいいからね」


 ウェズレイはシオンに背を向ける。


「今後ともよろしゅう。あと、東の門に面白い人が来てるで」

「面白い人?」

「誰かは会ってのお楽しみ。ほな、また」


 ひらひらと手を振る後ろ姿が風に消える。


 食えない人だ、とシオンは息を吐いてからウェズレイが残した言葉について考える。


(とにかく、行ってみるしかないか)


 荒れ果てた庭を歩く。

 花壇は雑草であふれかえり、涸れた池には干からびた粉のような砂が堆積している。


 頭を下げて蜘蛛の巣をかわしつつ、たどり着いたその場所に居たのは意外な人物だった。


 シャルル・クロイツフェルト。

 クロイツフェルト家現当主であり、シオンの父。


 自分を手放し、迎えに来てはくれなかった人。


 一瞬動けなくなるシオンの姿に、シャルルが気づいて小さく目を見開く。


「シオン……」

「どうしてここにいるんですか」

「たまたま近くを通りがかったときに君を見かけたという話を聞いて。王宮で大変な事件が起きた後だから」


 気になって見に来たということらしい。


 そこには心配の感情も含まれているように感じられる。


 何を今更、と思う自分がいる。


 意地を張りたくなる自分がいる。


 傷つけてやりたいと思う自分がいる。


 だけど、うれしいと感じている自分もいる。


 自分はこの人の子供だから。


 どうしたって意識せずにはいられないようにできていて。


 自分には親に抱きしめられた記憶がない。


 愛された記憶がない。


 でも、まずは許すところから始めようと思った。


 歪んだ家族の呪いから抜け出すために。


 あの二人みたいな綺麗な家族になれないかもしれないけれど、それでも少しでも近づいていけるように。


「ありがとう」


 シオンの言葉に、シャルルは小さく息を漏らす。


 驚いたような顔でシオンを見つめて、


「無事で本当に良かった」


 やさしい声で言ってから、おずおずと歩み寄ってシオンの肩に手を回した。


 親子のそれにしてはよそよそしい感触。


 だけど、それも悪くないと思った。




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tobira
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