57 真相への道程
「俺は何をすれば良い、フィーネ」
予想外の言葉。
張り詰めた空気。
《黎明の魔女》は目を見開いてから唇を引き結んだ。
平静を装いつつ、探るような視線をシオンに向ける。
交錯する視線。
重たい沈黙が流れる。
やがて、意を決したように顔を上げた。
「えっと、いったい何のことでしょう?」
仮面の魔女はすきま風のような裏声で言った。
想定外の状況に激しく混乱した結果、残念なことになったみたいだった。
「隠さなくていい。もうわかっている」
仮面の魔女は、少しの間押し黙る。
じっとシオンを見つめ、ため息をついてから言った。
「いつから気づいてたんですか?」
探るような声で言った《黎明の魔女》に、シオンは言った。
「確信したのは今日君を見てからだ。注意して見ていると所作に癖がある」
「後学のために一応教えてもらっても?」
「いろいろあるが一番大きいのは足の開き方だ」
《黎明の魔女》は自分の足下に視線を落とす。
「がに股が原因でバレた……?」
悲しげな声で壁にもたれかかって続けた。
「バレないようにいつも以上にかっこつけて話してたのに……」
「かっこつけて話しているな、と思っていた」
「よりにもよってこんなバレ方だなんて……死にたい……」
顔を俯け、消え入りそうな声でつぶやく。
くすりと笑ったシオンを、仮面越しに睨んで言った。
「でも、シオンさんだって、結構恥ずかしい状況ではないですか。片思いしてた初恋の人の正体は私だったのですよ。覚えてます? 初日に言った「君を愛することは無い」って言葉」
「……言わないでくれ」
「いいえ、言います。愛することは無いって片思い相手の正体に言ってたのですよ。なんという残念な状況。冷たいキメ顔にツッコミを入れてやりたいです。それ、片思い相手だぞ、と」
「うう……ああ……」
苦悶の声をあげるシオン。
「その上、気づかないまま私のことを好きになっちゃって。二度も好きになるとかもうどれだけ私のことが好きなんだって、いやこれはいいです」
顔が熱くなるのを感じつつ、フィーネは言う。
「私を守ろうとしてくれたのはうれしいですけど、どうするんですかこれ。最悪国家反逆罪みたいな案件だと思うんですけど」
氷漬けになったウェズレイをつつくフィーネ。
シオンは口元に手をやり、じっと考えてから口を開く。
「盗まれた魔道具を取り返して、そのために必要だったという方向で申し開きをしよう」
「そうですね。それが一番間違いないですか」
フィーネはうなずいて続ける。
「持っている情報を整理しましょう。この襲撃事件の犯人について、心当たりがあります」
フィーネは自分がコルネリウスの命を受け、《薔薇の会》への潜入捜査を行っていたことをシオンに話す。
「エルネス伯夫人が怪しいと考えた私は、彼女の屋敷に忍び込んで伯爵夫妻が危険な魔道具の実験をしていたという事実を突き止めました」
フィーネは言う。
「伯爵夫妻は私財のほとんどをなげうって、裏社会から特級遺物を購入したようです。そして、愛玩用の動物や使用人を使ってより強いアンデッドを作り出す実験をしていました。この証拠は、エルネス伯邸の地下室にまだすべて残っています」
「あまり愉快な光景ではなさそうだな」
シオンは小さく首を振ってから言う。
「今回の襲撃のために特級遺物を買って準備していたと考えるのが自然だろう。だが、どうしてそこまでして特級遺物を欲しがっていたのか」
思案げに顔を俯けて続けた。
「たしかに魔道具の収集がエルネス伯の趣味だという話は聞いたことがある。だが、そのために王宮を襲撃するなんていうのは度が過ぎている」
「エルネス伯というのはどういう人物なのですか?」
「堅実で安定志向の人って印象だ。趣味や遊びもほどほどにするタイプ。もちろん、心の奥深くに人には見せない何かがあった可能性は否定できないが」
「そのあたりのことも、真相に近づけば見えてくるはずです。問題は、どうやって伯爵夫妻の場所を突き止めるかですが」
「あれだけの量の特級遺物を貯蔵するとなると魔素と魔力反応が外部に漏れ出すのは避けられない。保管場所には相応の準備が必要なはず」
「であれば、どこかからそのための物資を買った記録がある」
はっとした顔で言うフィーネ。
「だが、伯爵夫妻もこれだけの騒動を起こした以上、王国は総力を挙げて犯人を確保しようとするのもわかっている。表に出るような記録は残ってない可能性が高い」
「でも、裏社会のルートなら」
フィーネの言葉に、シオンはうなずく。
「祖父が関わっていたルートはすべて把握している。偽装や隠蔽の手順もすべて」
たしかな意思が含まれた声で続けた。
「時間をくれ。一晩でエルネス伯の隠れ家を特定する」