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56 背信行為


 激戦の中で、シオン・クロイツフェルトはその魔力の気配に唇を引き結ぶ。


 ――《黎明の魔女》


 あの日、死にたがっていた自分を救ってくれた恩人。


 その正体は、フィーネかもしれないとシオンは感じている。


 そう考えていいと思えるだけの確信がある。


 だからこそ、この状況にシオンは首筋を冷たい汗が伝うのを感じる。


(彼女は王国から危険視されている。この国に属するすべてが彼女の敵と言っていい)


 王立騎士団は第一級の警戒態勢を維持している。


 王宮を守るべく駆けつけて来た援軍は、彼女を敵として認識する可能性が高い。


 そもそも、シオン自身も王国に属する以上、形式的には彼女を捕縛しなければならない立場にあるのだ。


 王国を取るか、彼女一人を取るか。


 その答えは揺るぎなく彼の中にある。


(絶対に彼女を守りきる)


 強く決意しつつ、アンデッドに襲われている離宮へ向け、地面を蹴る。


 近づけば近づくほど、状況は絶望的なものであるように感じられた。


 なだれ込んだアンデッドの群れ。


 為す術無く破壊された門と外壁。


 崩落した外壁の瓦礫。


 空気に混じる砂塵の味。


 生きている人の気配はそこにはない。


 警備していた騎士も魔術師は、数分も持たずに壊滅したはずだ。


(一人でも……一人でも生存者は……)


 シオンはアンデッドの群れの中に飛び込む。


 強引に道を切り開いて、離宮の中に入る。


 割れた窓の破片。


 一面に蠢く腐乱した怪物の群れ。


 正面階段の手すりの上を走り、二階の奥にある王族の私室を目指す。


「王妃殿下! 王妃殿下は――!」


 殺到するアンデッドを氷の刃で引き裂いて、私室の中へ。


 そこにあったのは見るも無惨な光景だった。


 変形した調度品。

 散らばるグラスと器の破片。


 災害跡のようなその場所で、彼女は全身から血を流し、ボロボロの状態で立っていた。


「遅いですよ、まったく」


《花の魔術師》、アイリス・ガーネットは苦々しげに言った。


 優雅な姿を保つことができていない。


 その事実が不満で仕方ないように見える。


 背後に広がる植物魔法の巨壁。


 その奥で、王妃殿下と第二王子殿下。そして、負傷した騎士と魔術師が横たわる姿が見えた。


「王立魔法大学から連絡が来たんです。フィーネさんが見つけた離宮の魔法障壁の不具合は意図的に作られたものだ、と。いろいろお世話になったから彼女の頼みならと優先して解析してくれたみたいですね。最悪の場合に備えて、警備に参加したのが運の尽きでした。あのティーカップ、大好きだったのに……」


 よろめくアイリスにシオンは慌てて駆け寄って抱き留める


「出血がひどい……止血を」


 シオンの言葉に、アイリスは歯噛みして言った。


「このくらい自分で処置できます。それより、地下室に行って下さい。敵の狙いは、地下の魔道具です。早く」


 シオンは怪我の状態を確認する。


 消耗は激しいが、彼女の魔法技術なら自分である程度の処置をすることは可能だろう。


「行きなさい。これは命令です」


 うなずいて、元来た道を戻る。

 アンデッドの群れはその数を減らしていた。


 ウェズレイと《黎明の魔女》が屋敷の一階まで入ってきている。


「王妃殿下は無事です。地下の宝物庫の確認を!」

「は? これで無事ってどういう――」


 そこまで言ってウェズレイは、はっとする。


「なるほど。大したもんやわ、姐さん」


 小さくつぶやいてから続ける。


「行くで、《黎明の魔女》。こっちや」


 アンデッドをはじき飛ばしながら走る二人の後にシオンも続く。


 地下はアンデッドの群れでひしめいていた。


 腐乱した臭い。


 そのすべてを無力化して状況を確認するまでに、しばし時間がかかった。


 破砕した魔導式の防御機構。


 壁のように分厚い扉は開けられ、中の宝物はひとつ残らず持ち去られていた。


「まんまとしてやられた、と」


 ウェズレイは軽い口調で言う。


「どうする、シオンくん。ボクら絶対怒られるで」

「冗談を言ってる場合じゃないでしょう」

「冗談言うしかないやん、これもう」


 ウェズレイは頭をかいてから続ける。


「どうにか挽回せんと。何か代わりの成果があったら許されるやろか。どこかに良いのは――あるやん」


 起動する魔法式。

 風魔法の刃が《黎明の魔女》に殺到する。


 しかし、寸前でそれらの刃は氷の壁によって止められていた。


「ええの、そんなことして」


 ウェズレイは無機質な声で言う。


「彼女を拘束して脅威にならないよう排除するのがボクの仕事や。邪魔するんは王国への背信行為になるで」

「助けられたにもかかわらず拘束して正体を暴くのは違うでしょう」

「見解の相違やね。ボクはボクが一番大事やから」


 しんと冷えた空気。

 ウェズレイは肩をすくめる。


「抵抗せん方がええで。正義はボクの方にある。いくらなんでも国王陛下を敵に回すのは君だって避けたいはず――」

「そうでもないですよ」


 瞬間、動いたのはシオンだった。


 即座に間合いを詰め、ウェズレイの展開した魔法障壁を解体する。


 壁際に押しつけ全身を氷漬けにした刹那、左手を伸ばして何も無い空間にあった何かを壁に叩きつけた。


 何も無いはずのそこにあるたしかな肉体の感触。


 幻影魔法が解ける。


 左手の先にいる本当のウェズレイの喉元をつかみ、魔力を込める。


「待って、それはほんまにまず――」


 すべては一瞬の出来事だった。


 自身の幻影魔法に絶対の自信を持っていたがゆえの隙。


 氷の塊の中にウェズレイが目を開けたまま閉じ込められている。


 念のため周囲を点検して、幻影魔法が起動していないか確かめるシオン。


「い、いったい何を……」


 戸惑った声で言ったのは仮面の魔女だった。


「その人は貴方の味方のはずでは」

「君にとっては敵だろう」

「どうして私を助けるんですか」

「君を守ると決めている」


《黎明の魔女》はたじろぐ。


 何より、彼女を動揺させたのはそこにある確信と落ち着きだった。


(この人は何かに気づいている)


 戸惑う《黎明の魔女》に、シオンは言う。


「たとえ世界を敵に回しても君の側に立つ」


 静かな目で彼女を見据えて続けた。


「俺は何をすれば良い、フィーネ」




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tobira
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