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55 王宮の危機


 それから、フィーネはシャルルから《薔薇の会》参加者についての話を聞いた。


 シャルルは彼女たちについてあまり多くのことを知らなかったけれど、彼女たちの家と夫がベルナール卿とどの程度交流があったのかについては信憑性の高い情報を持っていた。


「みなさん真っ黒ですね」

「父は絶大な権力基盤を持っていたからね。上流の家柄となると付き合いがない人の方が珍しい。だけど、同じ黒でもその濃さにはグラデーションがある」


 シャルルはチャンドラー公爵夫人とエルネス伯爵夫人が怪しいと言った。

 この二つの家は他の家よりも密接にベルナール卿と関わりを持っていたとのこと。


「ありがとうございます。調べてみます」


 鳥に姿を変え、すぐに二つの家の屋敷を調査するべく、空を飛ぶ。


『あまり他人事には思えなかったな』

「シャルルお父様のこと?」

『ああいう気持ち、僕はわかるから』

「そうね。だからこそ、私も言わずにはいられなかったし」


 フィーネは少し間を置いてから言う。


「やっぱり大人になると臆病になっていくもの?」

『いろいろ経験するからね。傷つきたくないって気持ちは強くなるかもしれない』

「それってなんだか寂しい感じがするけど」

『そうだね。それでも、そっちを選びたくなってしまうんだよ』


 フィーネにはその気持ちがわからなかったけど、それは恵まれてるからかもしれないと思った。


 自分も幽霊さんやシオン様やミアを失ったら、取り返しのつかない傷を負うのかもしれない。


 そして、現実としてそういうことはいつかは必ず起きるのだ。


 だからこそ、一緒に過ごせる今の時間を大切にしないといけないと思う。


 不可解な魔素の流れを感知したのは、エルネス伯爵家のお屋敷を探索していたときのことだった。


 かすかな違和感を追う。

 それは鍵付きの地下室に続いている。


『僕が見て来るよ』


 幽霊さんが扉の奥に消える。


 しかし、一人だけ見に行くというのは少しずるくないだろうか。


 私も見たい、とフィーネは鍵開けの魔法で開けて、扉を開けた。


 むせかえる魔素と血の臭いに息を呑む。


『見ない方が良い』


 幽霊がフィーネの視界を覆う。

 半透明のその先に獣の死体のようなものが見える。


「大丈夫よ。私、野山で魔物狩りしてたし」

『そういうのとは質が違う。ここにあるのは正気の人間には耐えられない類いの地獄だ。戻って。お願いだから』


 引き返して、扉を閉める。

 幽霊は中で見たことの概要を話す。


『死体を操作し、獰猛なアンデッドとしてしもべにする魔道具だと思う。強いアンデッドを生み出すためにいろいろ実験してたみたいだ』

「それも幽霊さんが作ったもの?」

『……違うよ。でも、ある意味ではそうなのかもしれない』


 幽霊は言う。


『仲の良かった同級生がいてね。彼は僕よりずっと速く魔法界で才能を認められていた。僕の才能を見抜いて引き上げてくれたんだ。独立して工房を作りたいと話したときも協力してくれた。いろいろな人に話を通して、面倒な手続きを全部引き受けてくれてさ。僕は彼を親友だと思っていた。だけど、彼にとってはそうじゃなかった』


 切なげに目を伏せてから続ける。


『ずっと嫌いだったと言われたよ。君のことが疎ましくて仕方なかったと。彼は工房のすべてを僕から奪い取った。そして制作途中だったもののいくつかを非人道的な魔法兵器に作り替えた』

「それが今使われている魔道具」

『うん。そのひとつだと思う』


 言葉に力は無い。


 この人は今、傷ついているのだと思う。


 親友だと思っていた人の裏切り。


 自分が作ったものが形を変えられて、誰かを傷つけている。


 それはきっと、痛くて苦しくて。


 だからフィーネは、幽霊の身体をぎゅっと抱きしめた。

 大人が子供にするみたいに。


「幽霊さんは悪くないよ。大丈夫」


 触れられない半透明の身体に、形のない何かを伝えようと力を込める。


「止めよう。一人でも傷つく人を少なくできるように」

『うん』


 うなずきあってから屋敷の探索を続ける。

 エルネス伯爵家夫妻は外出していて戻っていないようだった。


 伯爵領西部の豊富な鉱石資源を背景に、潤沢な資産を持つことで知られているエルネス伯爵。


 しかし彼はそのほとんどすべてを使った上に、借金までして裏社会から特級遺物に分類される危険な魔道具を買っていた。


 高価な魔道具には元々関心があるようだったけれど、この使い方は明らかに常軌を逸している。


 まともな判断ができているとは到底思えない。


(借金を返すことを考えると、何か収入のあてがあると考えた方が良い)


 そのとき頭をよぎったのは、離宮の魔法障壁に仕掛けられた工作の跡と地下に保管されている魔道具だった。


(王宮が危ない)


 そこまで考えて不意に気づく。

 伯爵夫妻が戻らないのはなぜなのか。


(まさか、既に王宮に――)


 急がないといけないと思った。

 早くしないと、取り返しのつかないことになる可能性がある。






 ◇  ◇  ◇


 その日、シオン・クロイツフェルトは残った仕事の処理に追われていた。


 机に積み上がった書類の山。


 響くノックの音に視線を上げずに返事をする。


「忙しそうやね、シオンくん」


 聞こえた声に深く息を吐いた。


「何か用ですか?」

「シオンくんと話したくて」


《風の魔術師》ウェズレイはいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「俺は話したくないです」

「つれへんなぁ」

「忙しくしてるのがわかりませんか」

「わかってるから来てるんやけど」

「帰って下さい」

「その冷たい感じが良いんよね。ボクのこと好きじゃないところが好き、みたいな。そういう気持ちわかる?」

「また適当なことを」

「本心やのに。シオンくんいけずやわぁ」


 けらけらと笑ってウェズレイは言う。


「君は人の気持ちがわからんもんね。心に穴が開いてるから。ボクと同じ」

「違います」

「集めていた《黎明の魔女》に関する資料、抹消したやろ?」


 それがウェズレイが最も話したかった問いかけであることに、シオンは感覚的に気づく。


 表情を変えずに答える。


「なんのことですか」

「とぼけても無駄やで。悪いけど証拠も掴んどる」

「何を言っているのかわからないんですけど」


 ウェズレイはしばらくの間、じっとシオンのことを見つめる。

 それから言った。


「隠しても無駄やで。この件に関してはボクが正しい。あの子は君に嘘をついてる。王国に背いて守る価値が果たしてあるやろうか。賢い君ならわかってるやろ」

「そうですね。わかってますよ」

「だったら――」

「他のものすべてと比べても、俺にとってはフィーネの方が大切です」


 その言葉は、ウェズレイに少なくない動揺を与えるものだった。


「いやいや、おかしいやろ。どうしたらそんな結論に――」


 建物が激しく震動したのはそのときだった。

 遠くから響く地鳴りの音。


 その音は不気味な気配のようなものを孕んでいるように感じられた。


 よくない何かが起きようとしている。


 二人は感覚的にそう気づいている。


 シオンは執務室の窓を開けた。

 窓枠に足をかけ、強く蹴る。


 ウェズレイは目を見開く。


「ここ四階――!」


 シオンの身体は宙を浮いている。


 起動する魔法式。


 大気が一瞬で凍り付く。


 竜のように巨大な氷のスロープが現れる。滑り降りる。


「ためらいなさすぎやろ」


 呆れ混じりに言って後を追う。

 窓枠に足をかけて飛び、風魔法で身体を支えて地面に着地する。


 音がしたのは離宮の方だった。


 常軌を逸した量の魔素の気配。


 嫌な予感がしている。


 二人が到着したそのとき、離宮は既に壊滅的な状態だった。


 黒い大きな波が離宮を飲み込んでいる。


 夜の闇の中で、遠目に液体のように見えたそれは死者の群れだった。


 一面を埋め尽くす、無数のアンデッドが蠢いている。


(これは冗談言ってられる状況ちゃうね)


 無数の魔法式が起動する。


 風の刃がアンデッドの群れを切り刻む。


 視界の端では、シオンの氷結系魔法が目に映るすべてを氷に変えていた。


(相変わらず派手にやっとる。でも、この量じゃ埒があかん)


 タイムリミットが迫っているのをウェズレイは感じていた。


 離宮には警備の騎士と魔術師が配備されているが、その人員は決して多くない。


 この数のアンデッドに襲われればまず数分も持たないはず。


(早く助けに行かんと王妃殿下と王子殿下が)


 募る不安と焦り。


 しかし、アンデッドの肉壁に阻まれてなかなか思うように進むことができない。


(何か……何か方法は……)


 ウェズレイが考えていたそのときだった。


 常軌を逸した魔力の気配。


 轟音と共にはじけ飛ぶアンデッドの群れ。


 それはあまりにも破壊的な一撃だった。


 その一瞬で、八十七体のアンデッドが跡形もなく消し飛んでいる。


(アンリ兄やんか? ……いや、違う)


 異常な魔素濃度と歪む空間。


 しかし、そこにいる人物が誰なのかウェズレイには感覚的にわかった。


 その魔術師は、この一ヶ月自分が追っていた人物とぴったりと合致していたから。


 ――《黎明の魔女》


 正体不明の怪物がそこにいる。




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tobira
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