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44 風の魔術師


 ロストン王国王都の中心にある大王宮は、荘厳で絢爛な古典主義様式の建物と美しい庭園で知られている。


 公爵家の馬車で王宮に到着したフィーネは、待っていた騎士さんに案内されて面接を受けることになった。


 王宮で働く事務官らしき人たち五人、テーブルに並んで質問を投げかけてくる。


 しんと冷えた空気。

 そこにはどことなく敵意のようなものが感じられる。


(宰相様に勧誘されて来てるわけで、もっと歓迎されてると思ってたけど)


 どうやらそういうわけでもない様子。


 おそらく、フィーネが王宮で働くことを快く思っていない人もいるのだろう。


 辺境の屋敷で幽閉されて育ち、普通の人とほとんど関わることなく育ったフィーネだが、失敗した経験も無い分、面接に苦手意識はなかった。


 どんな相手だろうと最悪喧嘩になれば魔法で殴り勝てる自信がある。


 だったら何を恐れる必要があるだろうか。


 野山のボス猿のような特殊な思想を胸に、堂々と質問に答えていく。


 フィーネの面接ぶりは文官たちが想定していたよりも好ましいものだったのだろう。


 好意的な感触と手応えを感じつつ、面接を終えて王宮を歩く。


 時刻はちょうど、お昼の休憩が始まる頃だったようで、働いていた人たちはうんと伸びをして昼食の準備をしている。


 シオン様と一緒に過ごせないかと思い、「どこにいるかわかりますか?」と通りがかった使用人さんに声をかけてみた。


「シオン様は大変お忙しい方なので、お取り次ぎすることはできません。申し訳ありませんが、何か特別な事情などがないと」


 使用人さんは言う。


「それに、あの方はご結婚なされたばかりですから。お気持ちは分かりますが、近づこうとするのは止した方が良いと思いますよ」


 どうやら、フィーネのことをシオンの結婚相手だと気づいていない様子。


「その、シオン様と結婚したフィーネ・クロイツフェルトという者なんですけど」


 若干の気恥ずかしさを感じつつ伝えると、使用人さんは慌てた様子で姿勢を正した。


「申し訳ありません。似たようなことが何度かあったのでてっきり」

「いいんです。それで、シオン様はどちらにおられるかわかりますか?」

「今は外出されているはずです。お戻りは午後四時頃の予定だったかと」

「午後四時ですか」


 タイミングが悪かったようだ。

 どうやら、お話はできそうにない。


「ところで、もしかしてシオン様と近い関係の方ですか?」


 気になって言ったフィーネに、使用人さんは首をかしげた。


「どうしてですか?」

「ご予定を細かいところまでご存じのようだったので」


 使用人さんは口元をゆるめて言った。


「とんでもないことでございます。ただ、五賢人の方の動向は最も良く聞かれることなので記憶するように努めているだけです」

「良く聞かれることなのですか?」

「ええ。現代において、突出した魔力と高度な魔法技術を持つ魔術師は、一般的な兵士が何人集まっても敵わない絶大な力と影響力を持つ存在になりつつあります。五賢人の一人、《焔の魔術師》アンリ・ロズヴェルグ様が単騎で一万のアンデッドを灰に変えたと伝えられるように」


 アンデッドと戦ったことは無いけれど、それがとてつもないことだというのは感覚的にわかった。


「国同士の戦争は既に、どれだけ力のある魔術師を確保できるかで決着するものになっていると言っても過言ではないという話です。そのための囲い込み政策として、五賢人という制度ができました。その力は絶大で、今では多くの事柄が五賢人の力無しには継続できない状況になっています」


 噂には聞いていたけれど、本当にすごい魔術師さんたちの様子。


 しかしだからこそ、この国に無くてはならない存在として忙しい日々を送っているみたいだった。


「なのに皆さん自分の意思が強く、真面目に働いてくださらないことも多くて……常に手を抜かずに力を使って下さるシオン様は本当にありがたい存在なんです。その分、他の人より負担も大きくなってしまっているとは思うのですが」


 元々時間がある限り働くのが習慣になっている上、環境的にも仕事量が増えやすくなってしまっているのだろう。


 体調を崩されているということだし、これは真剣に仕事をセーブできる方法を考えてもらった方が良いかもしれない。


「いろいろ教えてくださってありがとうございました」


 恭しく一礼する使用人さんを見送ってから、壁にかけられた時計を見つめる。


 公爵家の馬車が、王都での用事を終えて迎えに来るまで少し時間があった。


 中庭のベンチに座って、売られていたパンを食べて時間を潰す。


 昼過ぎの日差しは眩しく透き通って感じられた。

 揺れる白い花の間を水色の蝶がひらひらと舞っている。


「なあ、お嬢ちゃん。ここ座っていい?」


 声をかけてきたのは気さくな印象の男性だった。

 黒髪のその人は気だるげな顔で私を見つめている。


「いいですけど」

「助かるわ。実は昨日の夜、一睡もしてなくてな。調べ物を始めたら面白くて止まらんくなってしもうたんよ。まったく、勢いに身を任せるのは良くないね。お嬢ちゃんも気をつけた方がいいよ」


 なんだか不思議な雰囲気を纏った人だった。

 一見人懐っこい感じだけど、どこか冷めているようにも感じられる。


「何を調べてたか気になる?」

「いえ、まったく」

「《黎明の魔女》って知ってる?」


 どきりとした。

 思わず顔を上げる。


 男性はにっこり目を細めて私を見ている。


(落ち着け……冷静に対処しないと)


 内心の動揺を鎮めつつ言葉を返す。


「ええ。知ってますけど」

「そうなんや。どこで知ったの?」

「なんだか話題になってるという話だったのでなんとなく」

「悪くない答えやね。でも、そういうの止めた方がいいよ。嘘をついてたら本当の意味で相手と親しくはなれないから」


 まるですべて見透かしているかのような口調だった。

 この人は何かに気づいているのだと推測する。


「そう言われても……本当のことをお伝えしているので」

「そうやろか。ボクにはそれが本当とは思えんけど」

「私に答えられる真実はこれだけなので」

「君、《黎明の魔女》やろ?」


 背筋に冷たいものを感じる。

 フィーネの身体は汗ばみ、心臓の鼓動は速くなる。


「そんなわけないじゃないですか」

「表情堅いで。それじゃ、バレバレや」

「だから違います」

「なら、こういうのはどうやろう。ほら、そこで花の手入れしてる使用人さんいるやろ」


 男性は中庭の向かい側で、背を向けている男性の後ろ姿を指さす。


「ボクはこれからあの人を殺す。一切の慈悲なく不条理に命を奪って、この世界から消す」

「何を言って……」

「正義の魔女さんは、自分のために罪のない人の命を切り捨てることができるんやろか?」


 男性の手元で魔法式が起動する。


 フィーネは即座に魔法式を起動した。


「やっぱり《黎明の魔女》なんやね」

「これくらいは私でもできるというだけです。魔術師フィーネ・ウェストミースをなめないでください」


 男性の魔法式から放たれる風の刃を、フィーネの電撃魔法が撃ち落とす。


「なるほど。あくまで自分の力として対処する、と。悪くないアイデアやけど、それで止められるほどボクは弱くないんよ。ごめんな」


 風の刃が勢いを増す。

 その魔力の気配と魔法式精度にフィーネは息を呑んだ。


(止められない……!)


 可能性があったとすれば、後のことを考えず自分の全力で彼を止めるしかなかったのだろう。


 しかし、ほんのわずかな時間でフィーネはそれを選ぶことができなかった。


 かすかな迷いと逡巡が致命的だった。


 フィーネが撃ち漏らした風の刃が使用人さんに殺到する。


 無防備な首筋。

 彼は迫る死に気づいてさえいないのだ。


 鋭利な風の刃は、人体をゼリーのように切り刻む。


 すべてがスローモーションに見えた。


 どうにかしないといけなくて。


 だけど、すべては既に手遅れで。


 広がる凄惨な光景を想像して思わず目を閉じたそのときだった。


「あまり良い趣向の歓迎とは言えませんね」


 次の瞬間、風の刃は植物魔法の花吹雪によってひとつ残らず撃ち落とされている。


 突然現れたその魔術師は、フィーネより年上の女性だった。


 純白のブラウスに真紅のジャンパースカート。

 花刺繍のヘッドドレスが印象的な彼女は、ティーカップの紅茶を一口飲んで言う。


「あるいは、貴方らしい悪趣味で品のないやり方だとお伝えした方がよろしいでしょうか」

「良いやろ。幻影魔法で錯覚させているだけやから誰も傷つかんし」


 刃の先にいた使用人さんの姿が消えている。

 知らない間に、魔法で認識を操作されていたのだと気づく。


「彼女が傷つくでしょう。そんなことだから《風の魔術師》は人の心がないと言われるのですよ」


 世情に疎く、王国魔法界のことについてはほとんど知らないフィーネだが、その名前については聞いたことがあった。


《風の魔術師》ウェズレイ・フリューゲル。

 五賢人の一人である王国最強の風属性魔術師。


「見解の相違やね。人の心が無いのは良い魔術師の条件やとボクは思う」

「そんな風に言ってるから一人も友達がいないのですよ、貴方」

「寂しいから友達になってや、姐さん」

「一人で生きて一人で死んでください」

「人の心ないわ、この人」

「ええ。良い魔術師なので」


 澄まし顔で言う女性魔術師。


「まあ、今日のところはこの辺にしとこうか」


《風の魔術師》は目を細めて言う。


「またお話しに来るから、そのときは相手してな、フィーネちゃん」


 強い風が吹き抜けて目を閉じる。


 目を開けたそのときには、彼の姿は消えている。


「大丈夫ですか、フィーネ・ウェストミースさん」


 女性魔術師さんの言葉にうなずく。


「助けてくださってありがとうございました」

「いえ。むしろ謝らないといけないくらいです。あれでも一応後輩ではありますからね。躾ができていないのはこちらの不手際と言われても仕方ないですから」

「躾って」


 冗談だと思って笑ったけれど、女性魔術師さんは笑わなかった。


 何かを観察するようにじっとフィーネを見てから言った。


「でも、よかったです。貴方とは一度お話ししてみたかったので」

「私とですか?」


 聞き返したフィーネに、女性魔術師さんはうなずく。


「自己紹介が遅れましたね。私はアイリス・ガーネット。五賢人の一人、《花の魔術師》です」




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tobira
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